徳雲寺の梵鐘
徳雲寺の鐘が「時」を告げはじめたのはいつ頃だろうか!!境内案内板から文化年間(1804年~1818年)と推察するが…。詳細は分からない…。さて昭和18年、日中戦争から太平洋戦争に入り、戦局激化する。それに伴い物資不足が起こっている。特に金属類不足となり、政府は官民所有の金属類回収令をだす。この時、徳雲寺の梵鐘も、応召の鐘(供出)となっていることが、鐘の銘文から過去の行跡を知ることが出来る。
新たな時を告げたのは昭和二十二年の十二月、妙音が塩谷の谷間に響き渡る。
【施主 當寺檀信徒有縁之道俗 発願主 山主】
【銘曰 曩所蔵供出 新鋳復旧観 佛法音矣 願存亡等安】(嚢所のうしょとは、昔からの意味)
【塩田山徳雲寺什具 三十八世朴道代 昭和廿二年十二月造之】