池崎社長に呼ばれた日から忘れるほど日数が経過したある日、平助の住むアパートの階段下の汚い壁にへばりつくように設置された錆だらけの二個口集合ポスト。その右側の受口からはみ出た分厚い封筒が見える。
これは確かに自分のポストに入れられたものだ。
「何だろう?」
別に通販に商品を注文した覚えは無いし、田舎から送られてくる物は大抵宅配小荷物便を使うから、直接手渡しでポストは使わないし。
ポストにねじ込むように無理やり入れられた封筒を引き出してみると、宛名の部分には確かに竹藪平助殿と書かれているし、差出人は大きく『内閣府』と印刷されている。
「内閣府ゥ~?何じゃコリャ?」
平助が思わずこんなリアクションをするのは当然だろう。
普通の人に内閣府から郵便が送られて来るなど、普通は一生涯無い。
でも平助はすぐに思い当たった。「そうだ、そう言えばだいぶ前に池崎社長が総理大臣ナンチャラって言ってたっけ。・・・で、これがその結果?ホゥ、随分大げさだな。」
そう云いながら封筒を小脇に抱え階段を上る。
粗末な部屋のドアを開け、真っ直ぐ正面の窓を全開、独身男の部屋特有の淀んだ空気を入れ替えた。
部屋の真ん中に今時珍しいチャブ台を広げ、封筒を置く。
「カッターナイフはどこだっけ?」
2~3分は探し、歯がさび付いたカッターを見つけ封を開けた。
「どれどれ・・・・。」
まるで他人事のようにワクワクし、封筒の中身に興味を持った平助。
そして一枚目のカガミの文章が目に入ると、他人事気分が一瞬にして吹き飛び、極度の緊張が走る。
「何?『おめでとうございます・・・』第一次選考通過告知?霞が関合同庁舎に来い?
二次選考?この僕がマジに内閣総理大臣候補?ホンマかいな?」
頭の中がウニ状態で呆けた顔の平助。
そこに当然の如くノックもせずに部屋に入ってくるカエデ。全身脱力し放心した様子の平助を見て、
「どうした平助?幽霊でも見たか?」
無言で書類を差し出す平助。
「・・・・内閣総理大臣二次選考?これって何?」
「だからこの僕が総理大臣になるかも?って通知さ。」
「何で平助が総理大臣?平助は平助でしょ?」
「カエデに言ってなかったけど、この前うちの社長に言われたんだ。僕に総理大臣やらないか?ってさ。嘘みたいだろ?」
「何でよりによって平助よ!だって平助はこの世の中の全人類の敵でしょ!一番不適切な人選じゃない。あんたの所の社長さんて、もしかしてバカ?」
「誰が全人類の敵じゃ!!一番不適切な人選じゃ!!そりゃ、僕よりマシな奴は腐るほどいるけど、僕だって天下の竹藪平助ぞ!その辺のニャンコより役に立つだろ?」
「あんたもバカ?
その辺のニャンコと競ってどうする!平助が総理大臣って、裏の田中さんちの夫婦喧嘩より笑えるわ。
一体どうして平助にそんな大それた話が持ち上がったの?気でも狂ったのかしら?」
「カエデは超が付くほどの政治音痴だから知らないだけだよ。今は裁判員裁判同様、政治家も官僚も一年限りの一般公募なんだって。分かった?」(偉そうに言ってるが、当の平助もあまり詳しくはない。)
「分かる訳ないでしょ!だってこの平助よ。天地がひっくり返ったって有り得ないわ。」
「この平助って・・・・そうだね。もしかしてカエデに天地がひっくり返るところを見せてあげられるかもよ。
僕も何だか見てみたくなったし。」
「無責任過ぎるわ。国民たちが可哀想。すぐ辞退しなさい。今すぐに。」
「まだ選出が決定されてもいないのに、自分から辞めますなんて言えるかよ。
まあ見てなって。良いようになるからさ。」
「その根拠のない自信のようなものは何処から来るのかしら?
そうね・・・。成り行きを眺めてみるのも面白いかもね。
どうせダメになるんだし、老後の笑い話のネタにもなるし。」
「え?老後も僕たち一緒なの?」
「何言ってんの!バッカじゃない?何で私と平助が一緒なのよ?」
顔を真っ赤にして狼狽えるカエデ。
(カエデが言ったんでしょ。)そう思ったが、口には出せない平助であった。
かくして二次選考に臨む平助。
当日は貴重な有休を使って省庁雑居庁舎前まで電車で行った。
(何で有休よ!これは社長命令なんだから本来なら出張扱いでしょ?
池崎社長のケチ!!)これも口に出せない内気な平助。
眼前に聳え立つ合同庁舎ビルが伏魔殿に思える。
波乱万丈な物語の幕開けだった。
つづく