最近 「死ぬ前にはこうしたい。こうしようとは思う。」 みたいなお話を伺う機会がよくあるので、前にもブログで紹介させていただいた詩をもう一度紹介させていただきます。
ノーマ・コーネット・マレック
(生前書かれたものだそうです。2001年9月11日のアメリカの同時多発テロのレスキュー隊で行方不明になった方です)
訳:佐川 睦
~最後だとわかっていたなら~
あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら、私は もっとちゃんとカバーをかけて神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう。
あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら、私はあなたを抱きしめてキスをしてそしてもう一度呼び寄せてだきしめただろう。
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら、私はその一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう。
確かにいつも明日はやってくる。 見過ごしたことも取り返せる。 やりまちがったこともやり直す機会がいつでも与えられている 。
「あなたを愛してる」と言うことはいつだってできるし、 「何か手伝おうか?」と声をかけることもいつだってできる。
でも、もしそれがわたしの勘違いで今日で全てが終わるとしたら、私は今日どんなにあなたを愛しているか、伝えたい 。
そして私達は忘れないようにしたい 。若い人にも、年老いた人にも、明日は誰にも約束されていないのだということを。 愛する人を抱きしめるのは今日が最後になるかもしれないことを。
明日が来るのを待っているなら今日でもいいはず。 もし明日が来ないとしたら、あなたは今日を後悔するだろうから 。
微笑みや、抱擁や、キスをするためのほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと、忙しさを理由にその人の最後の願いとなってしまったことをどうしてしてあげられなかったのかと。
だから今日、あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう。 そしてその人を愛していること、いつでもいつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう。
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を 伝える時を持とう。そうすればもし明日が来ないとしてもあなたは今日を後悔しないだろうから。
誰もがそのとき そう想うのでしょうね。
私もまさに、忙しさを理由にその人の生きている時の最後の願いとなってしまったことをどうしてしてあげられなかったのかと、とても後悔したことがあります。
それは生きている人にも、亡くなられた人にも言えることでしょう。
生きているうちに言えなかったり、出来なかったら亡くなった後でも後悔の念が残ってしまいますし、その人が生きてるうちに言えなかったり、出来なかったら、やはり後悔の念を抱えながら生きていくことになります。
観たくないものに蓋をして忘れてしまっていたとしても無意識のレベル(潜在意識)に残っているのです。
シーターヒーリングのサイキックアナトミーの研修でその時の感情が沸きあがってきてしまい思わず掘り下げをしていただいてるときに涙ぐんでしまいました。
皆様も後悔の念を残さないためにも、かけがえのないものを大切にしてください。
伝えたいことをいつかではなく、自分が去るときにではなく、今このときに伝えましょう。
ノーマ・コーネット・マレック
(生前書かれたものだそうです。2001年9月11日のアメリカの同時多発テロのレスキュー隊で行方不明になった方です)
訳:佐川 睦
~最後だとわかっていたなら~
あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら、私は もっとちゃんとカバーをかけて神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう。
あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら、私はあなたを抱きしめてキスをしてそしてもう一度呼び寄せてだきしめただろう。
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら、私はその一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう。
確かにいつも明日はやってくる。 見過ごしたことも取り返せる。 やりまちがったこともやり直す機会がいつでも与えられている 。
「あなたを愛してる」と言うことはいつだってできるし、 「何か手伝おうか?」と声をかけることもいつだってできる。
でも、もしそれがわたしの勘違いで今日で全てが終わるとしたら、私は今日どんなにあなたを愛しているか、伝えたい 。
そして私達は忘れないようにしたい 。若い人にも、年老いた人にも、明日は誰にも約束されていないのだということを。 愛する人を抱きしめるのは今日が最後になるかもしれないことを。
明日が来るのを待っているなら今日でもいいはず。 もし明日が来ないとしたら、あなたは今日を後悔するだろうから 。
微笑みや、抱擁や、キスをするためのほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと、忙しさを理由にその人の最後の願いとなってしまったことをどうしてしてあげられなかったのかと。
だから今日、あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう。 そしてその人を愛していること、いつでもいつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう。
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を 伝える時を持とう。そうすればもし明日が来ないとしてもあなたは今日を後悔しないだろうから。
誰もがそのとき そう想うのでしょうね。
私もまさに、忙しさを理由にその人の生きている時の最後の願いとなってしまったことをどうしてしてあげられなかったのかと、とても後悔したことがあります。
それは生きている人にも、亡くなられた人にも言えることでしょう。
生きているうちに言えなかったり、出来なかったら亡くなった後でも後悔の念が残ってしまいますし、その人が生きてるうちに言えなかったり、出来なかったら、やはり後悔の念を抱えながら生きていくことになります。
観たくないものに蓋をして忘れてしまっていたとしても無意識のレベル(潜在意識)に残っているのです。
シーターヒーリングのサイキックアナトミーの研修でその時の感情が沸きあがってきてしまい思わず掘り下げをしていただいてるときに涙ぐんでしまいました。
皆様も後悔の念を残さないためにも、かけがえのないものを大切にしてください。
伝えたいことをいつかではなく、自分が去るときにではなく、今このときに伝えましょう。