2020年は何も変わったことがなく平静に始まった。これからずっとこの調子で同じ時間が流れていくのかと思うと、ちょっと虚しい気持ちもする。まあ、別に正月と言ったって、特別、他の月と変わったことがなきゃいけないわけでもないが、年頭に当たって感じるものは人それぞれあると思う。私は年の初めに、この人生は一度切りだから何かもう一花咲かせたい、なんて柄にもないことを考えてしまった。自然とそういう思いが出てきたのである。特に思い当たることもないが、そろそろ終わり方を考える時が来たのかな?、と素直に「しみじみとした気分」になった。そんな訳で、例年と違った意味で「今年の抱負」などを書いてみたい。まだまだ死ぬまでには20年位はあると自分勝手に思ってはいるが、20年というのは何かをやり遂げようと思ったら、あっという間に過ぎてしまうものだ(らしい)。それで、私はそうならないように、「達成しなくてもそこそこ満足できる」ような目標を立てることにした。ああ、人間が小粒だなぁ〜。まあそんなこんなで皆様、今年も宜しくお願いいたします。
さて2020年最初の話題は、例年のごとく、快晴の箱根駅伝と我が母校中央大学の結果である。レースは記録ラッシュの大会で青山が優勝、東海が2位。ちょっと期待した國學院が3位に入った。まあ順当である。母校中央は(あの忌々しい中央学院ではない!)今年も去年と同じで、最初っから下位キープの14、5位あたりをウロウロして往路復路とも見せ場なく、最終的にはシードに届かず「納得の12位」に終わった。ゴールに待ち構える仲間たちもサバサバした表情で、緊迫感ゼロのゴールシーンにむしろ「爽やかさと清々しさ」を覚えたのである。結果はほぼ実力通りであったから、シードを取るなんてことは「思ってもいませんです、ハイ」的な、見事なまでの「己の分」を知った謙虚な態度である(他に褒めるところがない、トホホ)。今回シード入りした10位東洋のタイムとは、総合で4分以上離れているので「惜しい!」というレベルではないから、彼らの気持ちも良く分かる。まあ来年も予選会に回るわけだが、中々シードを取るだけの実力あるランナーが入ってこないから難しい。箱根を走れるだけで満足してはいけないのだが、取合へずは今の位置をキープすることで力をつけ、4年後位にはシードを奪回してさらに10年後、「王者の再生、悲願の復活優勝!」なんてストーリーを、個人的には描いている。その頃私は80歳、涙もろくもなっているだろうから、年寄りへの正月プレゼントには「もってこい」である。そんな奇跡的な最高の年が80過ぎて味わえるというのは、それはもう「老人冥利に尽きる」と言う他はないではないか。だから愛する中央よ、10年計画で天辺を取りに行け!・・・オウオウオウ!
まあ、のっけから好き放題を書いてしまったが、ここで本題に戻るとしよう。さて私は今年は本を読む年にする、というのを「2020年の抱負」としたい。
なんか去年も同じようなことを書いたような気がするが、今年は去年と違ってより具体的に、可能な事を書きたい。そうでもしないと結局途中ですっかり忘れてしまうから、目標をもっと鮮明にするのである。「今年こそ」というような、毎年同じことを繰り返すのでなく、静かにコツコツと目標に向かって努力してみたい。目標は「読み続ける事」である。それで、「目標達成の秘訣」をおさらいしておくことにする。
1、毎日少しずつ本を読み続ける
一年に何十冊読む!などと年末を期限として馬鹿げた不可能な目標を掲げるのではなく、一日一章ずつでもいいから「365日」読み続けること。結果を求めるのではなく、「過程を大事」にするのである。結果はいまさらどう逆立ちしたって、学生時代のような壮大な夢を叶える時間も体力も気力も無い。だから毎日少しずつ読んでいって「気がついたら思ったより多くの本を読破していた作戦」である。記念すべき最初の作品は、「枕草子」あたりにしようかと思っている。実はまだ、読んだ事がないので、幕開けにはちょうど良い。で、一年で何冊読めるか分からないが、読めなかったらそこまでのつもりで、気楽にコツコツやって行きたい。誰のでも無い私だけの人生、折角だから楽しんで生きていこう。
2、本格的にテレビを見ないことにする
何と言っても、諸悪の根源はテレビである。野放図に画面に流れる映像を、ただ一日中見ているだけでは何も残らない。会社勤めしていた頃はそれでも話の種にはなった。だが話をする人とていない独居老人の現在では、無用の情報を垂れ流すだけの時間の無駄である。そこでラジオとストリーミング・ミュージックに的を絞り、コンテンツを「BGM」的に流して、何か他のことをする事にした。耳で音楽や会話を聞いている間は、「ながら読書」とか「ながらパソコン」など、何でも自由に生産的な事が出来るのだ。何をやるかなんて考える必要もなく、何でもやれちゃうんである。本当はこんなこと今更言うことではなく、皆さん既にやっておられる事だということは分かっている。私が遅れているのである。それでもいい、死ぬ前に気がついたことは素晴らしいことである。考えてみれば人類の歴史は、科学の発展と「反比例して」精神的には「貧しくなっている」のかも知れない。まあ、良い。とにかく去年からのテレビ離れ宣言を実行に移す時である(何だよ、やってなかったのかよ!)。
3、読書範囲を限定する
何でも読めばいいってもんじゃ無い。そんなに大量に読めるほど、人生の時間が残っていないのだ。それで私は「古代史と平安日記文学の研究」と、「奈良・平安時代の雑学」に範囲を絞ることに決定した。それ以外は「読まない」のである。引っくるめて「古典」である。これを今年、「一生のライフワーク」に認定した。しかし「一切読まない」と宣言するのは色々問題があるので、本業に飽きた時に「ちょっと気分転換」で読むことぐらいは許そうと思う。例えば、ゴルフレッスン漫画とか、中国やヨーロッパの芸術家の伝記とか、これは大事という本を読むことにする。但し、本業に対して8対2ぐらいに抑えておく。つまり、本業の古典が読めなかったら、その他の本も「読まない」ことでバランスを取りたい。一にも二にも「古典」が私の求める世界である。
以上で、私の「2020の抱負」を終わりとしたい。
結局、私のどうでも良い話に終始したわけだが、ここまで読み進めた人は殆どいないと思うので、つまらん話のついでに「もっと余計な話」を書いてみたい。本を読むことに特化した「今年の抱負」だが、これは面白いとか研究したいとか何かのハッキリとした目的があるわけではなく、今年は「本を読む習慣をもう一度身につける」ことにしたのだ。だって昔は、やたらめったら本を読んでいたのである。小学校の頃は、シートン動物記やファーブル昆虫記や少年少女文学全集などの全集本を愛読書にしているくらいの読書家だったのである。中でも森鴎外の「安寿と厨子王」などは、子供心に感動したのを覚えている。要するに、本は「習慣」になっていないと中々急には読みきれないのだ。それで、起きて食事と薬を済ましてから「午前中3時間」を読書にあてることにした。この時間帯は、眠くなる古典の本でも、何んとか読み進められる。この時間は「本業の古典」の読書と、間に気分転換に面白い雑学本を読む。そして寝る前の2時間を「寝入りの準備」として、眠くなる古典の本を充てるのである。まずは朝の部は、きっちりと「古典」を読むこと。以上、私の抱負でした。
今年はブログの方を少し控えて、読書の方に精一杯努力することにします。
さて2020年最初の話題は、例年のごとく、快晴の箱根駅伝と我が母校中央大学の結果である。レースは記録ラッシュの大会で青山が優勝、東海が2位。ちょっと期待した國學院が3位に入った。まあ順当である。母校中央は(あの忌々しい中央学院ではない!)今年も去年と同じで、最初っから下位キープの14、5位あたりをウロウロして往路復路とも見せ場なく、最終的にはシードに届かず「納得の12位」に終わった。ゴールに待ち構える仲間たちもサバサバした表情で、緊迫感ゼロのゴールシーンにむしろ「爽やかさと清々しさ」を覚えたのである。結果はほぼ実力通りであったから、シードを取るなんてことは「思ってもいませんです、ハイ」的な、見事なまでの「己の分」を知った謙虚な態度である(他に褒めるところがない、トホホ)。今回シード入りした10位東洋のタイムとは、総合で4分以上離れているので「惜しい!」というレベルではないから、彼らの気持ちも良く分かる。まあ来年も予選会に回るわけだが、中々シードを取るだけの実力あるランナーが入ってこないから難しい。箱根を走れるだけで満足してはいけないのだが、取合へずは今の位置をキープすることで力をつけ、4年後位にはシードを奪回してさらに10年後、「王者の再生、悲願の復活優勝!」なんてストーリーを、個人的には描いている。その頃私は80歳、涙もろくもなっているだろうから、年寄りへの正月プレゼントには「もってこい」である。そんな奇跡的な最高の年が80過ぎて味わえるというのは、それはもう「老人冥利に尽きる」と言う他はないではないか。だから愛する中央よ、10年計画で天辺を取りに行け!・・・オウオウオウ!
まあ、のっけから好き放題を書いてしまったが、ここで本題に戻るとしよう。さて私は今年は本を読む年にする、というのを「2020年の抱負」としたい。
なんか去年も同じようなことを書いたような気がするが、今年は去年と違ってより具体的に、可能な事を書きたい。そうでもしないと結局途中ですっかり忘れてしまうから、目標をもっと鮮明にするのである。「今年こそ」というような、毎年同じことを繰り返すのでなく、静かにコツコツと目標に向かって努力してみたい。目標は「読み続ける事」である。それで、「目標達成の秘訣」をおさらいしておくことにする。
1、毎日少しずつ本を読み続ける
一年に何十冊読む!などと年末を期限として馬鹿げた不可能な目標を掲げるのではなく、一日一章ずつでもいいから「365日」読み続けること。結果を求めるのではなく、「過程を大事」にするのである。結果はいまさらどう逆立ちしたって、学生時代のような壮大な夢を叶える時間も体力も気力も無い。だから毎日少しずつ読んでいって「気がついたら思ったより多くの本を読破していた作戦」である。記念すべき最初の作品は、「枕草子」あたりにしようかと思っている。実はまだ、読んだ事がないので、幕開けにはちょうど良い。で、一年で何冊読めるか分からないが、読めなかったらそこまでのつもりで、気楽にコツコツやって行きたい。誰のでも無い私だけの人生、折角だから楽しんで生きていこう。
2、本格的にテレビを見ないことにする
何と言っても、諸悪の根源はテレビである。野放図に画面に流れる映像を、ただ一日中見ているだけでは何も残らない。会社勤めしていた頃はそれでも話の種にはなった。だが話をする人とていない独居老人の現在では、無用の情報を垂れ流すだけの時間の無駄である。そこでラジオとストリーミング・ミュージックに的を絞り、コンテンツを「BGM」的に流して、何か他のことをする事にした。耳で音楽や会話を聞いている間は、「ながら読書」とか「ながらパソコン」など、何でも自由に生産的な事が出来るのだ。何をやるかなんて考える必要もなく、何でもやれちゃうんである。本当はこんなこと今更言うことではなく、皆さん既にやっておられる事だということは分かっている。私が遅れているのである。それでもいい、死ぬ前に気がついたことは素晴らしいことである。考えてみれば人類の歴史は、科学の発展と「反比例して」精神的には「貧しくなっている」のかも知れない。まあ、良い。とにかく去年からのテレビ離れ宣言を実行に移す時である(何だよ、やってなかったのかよ!)。
3、読書範囲を限定する
何でも読めばいいってもんじゃ無い。そんなに大量に読めるほど、人生の時間が残っていないのだ。それで私は「古代史と平安日記文学の研究」と、「奈良・平安時代の雑学」に範囲を絞ることに決定した。それ以外は「読まない」のである。引っくるめて「古典」である。これを今年、「一生のライフワーク」に認定した。しかし「一切読まない」と宣言するのは色々問題があるので、本業に飽きた時に「ちょっと気分転換」で読むことぐらいは許そうと思う。例えば、ゴルフレッスン漫画とか、中国やヨーロッパの芸術家の伝記とか、これは大事という本を読むことにする。但し、本業に対して8対2ぐらいに抑えておく。つまり、本業の古典が読めなかったら、その他の本も「読まない」ことでバランスを取りたい。一にも二にも「古典」が私の求める世界である。
以上で、私の「2020の抱負」を終わりとしたい。
結局、私のどうでも良い話に終始したわけだが、ここまで読み進めた人は殆どいないと思うので、つまらん話のついでに「もっと余計な話」を書いてみたい。本を読むことに特化した「今年の抱負」だが、これは面白いとか研究したいとか何かのハッキリとした目的があるわけではなく、今年は「本を読む習慣をもう一度身につける」ことにしたのだ。だって昔は、やたらめったら本を読んでいたのである。小学校の頃は、シートン動物記やファーブル昆虫記や少年少女文学全集などの全集本を愛読書にしているくらいの読書家だったのである。中でも森鴎外の「安寿と厨子王」などは、子供心に感動したのを覚えている。要するに、本は「習慣」になっていないと中々急には読みきれないのだ。それで、起きて食事と薬を済ましてから「午前中3時間」を読書にあてることにした。この時間帯は、眠くなる古典の本でも、何んとか読み進められる。この時間は「本業の古典」の読書と、間に気分転換に面白い雑学本を読む。そして寝る前の2時間を「寝入りの準備」として、眠くなる古典の本を充てるのである。まずは朝の部は、きっちりと「古典」を読むこと。以上、私の抱負でした。
今年はブログの方を少し控えて、読書の方に精一杯努力することにします。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます