人は青年時代において苦しむにあらざれば、大人となりて人生の味を充分に味わうことができないのである。苦は楽の種である。神の恩恵が、生涯のつらき経験を糖化する時に、人生の真の味は現れてくるのである。
苦痛のない生涯は味のない生涯である。したがって意味の無い生涯である。われらは青年時代に苦しめられて、人生の味の素を醸造(つく)りつつあるのである。
ゆえに聖書に言う、「人、若き時に、くびきを負うは善し」と。若い時は二度はないといえば、人は若い時に充分に苦しむべきである。誤解のくびき、虐待のくびき、背棄のくびき、貧困のくびき、失敗のくびき、死別のくびき、重きくびきというくびきを、いずれもになうべきである。
しかして忍耐その実を結び、人によらずして神によりて自己に勝つを得て、彼は、貴むべき神の子の自由に入ることができるのである。 (内村鑑三)
「人が若い時にくびきを負うことは、良いことである」(哀歌3:25)
It is good for a man that he bear the yoke in his youth. (Lamentations 3:27)
---------------------------------
(今日のお弁当)
豚肉のしょうが焼き弁当
高野豆腐の煮物
ポテトサラダ 他2品
(今日の夕食)
.
.
.