Q20 勝手に残業して,残業代を請求してくる。
(1) 不必要に残業をする社員への対応
不必要に残業をする社員に対しては,注意,指導して,改めさせる必要があります。
長時間労働は,残業代(割増賃金)請求の問題にとどまるものではなく,過労死,過労自殺,うつ病等の問題にもつながりますので,放置してはいけません。
(2) 早く帰るように注意しても帰らない社員への対応
不必要な残業を止めて帰宅するよう口頭で注意しても社員が指導に従わない場合は,現実にオフィスから外に出るまで指導する必要があります。
終業時刻後も社内の仕事をするスペースに残っている場合,残業していると評価される可能性が高くなります。
残業させる必要がない場合は,社内の仕事をするスペースから現実に外に出すべきでしょう。
最低限,タイムカードを打刻させるとか,現実に働いていた時間を自己申告させるとかする必要がありますが,いつまでも部屋に残っているのを放置していると,タイムカード打刻後も残業させられていたとか,実際の残業時間よりも短い残業時間の自己申告を強制された主張されて,残業代請求を受けるリスクが生じることになります。
やはり,現実に,社内の仕事をするスペースから外に出すのが本筋でしょう。
(3) 所定労働時間に仕事に集中しない社員の労働時間
仕事の合間に,食事したり,仕事とは関係のない本を読んだり,おしゃべりしたり,居眠りした場合であっても,まとまった時間,仕事から離脱したような場合でない限り,所定の休憩時間を超えて労働時間から差し引いてもらえないのが通常です。
居眠り等が目に余る場合は,その都度,上司が注意,指導して仕事させるのが本筋です。
上司が部下の注意,指導,教育を怠っていたのでは,無駄な残業はなくなりません。
(4) 残業代支払の基本的な発想
残業させたら残業代の支払を免れることはできないという前提で考える必要があります。
①残業自体を減らすことで残業代の発生を抑制するか,②残業代を支払済みにしておく必要があります。
(5) 能力が低い社員,真面目に仕事をしない社員の残業代
本人の能力が低いことや,所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことが残業の原因であった場合であっても,現実に残業している場合は,残業時間として残業代の支払義務が生じることになります。
本人の能力が低いことや,所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことは,注意,指導,教育等で改善させるとともに,人事考課で考慮すべき問題であって,残業時間に対し残業代を支払わなくてもよくなるわけではありません。
(6) 一定金額以上は残業代を支払わない約束
一定金額の残業手当を支給し,その金額の範囲内で残業を行う旨合意されていたとしても,残業手当の金額を超えて労基法上の割増賃金が発生している場合は,不足額部分の支払義務が生じることになりますので,そのような合意で割増賃金の支払額を限定することはできません。
例えば,「月5万円の残業代を払うから,5万円の範囲内で残業して下さい。」と伝えていたとしても,社員が現実に残業した時間で残業代を計算した結果,残業代の金額が5万円を超えた場合は,原則として追加の割増賃金の支払を余儀なくされることになります。
(7) 上司の責任・管理能力
部下に残業させて残業代を支払うのか,残業させずに帰すのかを決めるのは上司の責任であり,上司の管理能力が問われることになります。
その日のうちに終わらせる必要がないような仕事については,翌日以降の所定労働時間内にさせるといった対応が必要となります。
(8) 黙示の残業命令
明示の残業命令を出していなくても,残業していることを知りながら放置していた場合は,想定外の時間にまで残業していたような例外を除き,黙示の残業命令があったと認定されるのが通常です。
実際の事案では,どれだけ残業していたのかはよく分からなくても,残業していたこと自体は上司が認識しつつ放置していることが多いというのが実情です。
上司が残業に気付いたら,残業をやめさせて帰宅させるか,残業代の支払を覚悟の上で仕事を続けさせるか,どちらかを選択する必要があります。
(9) 事前申告制と残業代
残業する場合には,上司に申告してその決裁を受けなければならない旨就業規則等に定められていたとしても,実際には決済を受けずに仕事をしていて,上司がそれを知りつつ放置していた場合は,黙示の残業命令により残業していたと認定され,残業代の支払を余儀なくされるリスクがあります。
就業規則を整備しても,実態を伴わなければ,残業代請求対策として不十分です。
(10) 部下が上司の知らないところで残業したような場合
「上司が先に帰って,部下が上司の知らないところで残業したような場合も,残業代を支払わなければならないのですか?」といった質問を受けることがありますが,弁護士に相談するような事案はたいてい,毎日のように部下が残業をしているのを上司が知りながら放置しているケースです。
部下がたまたま1日だけ,上司の知らないうちにこっそり残業したといった程度の場合は,残業代の支払いを拒絶できる余地がありますが,そのような場合は,弁護士に相談しなければならないような問題にはならないのが通常です。
(11) タイムカードと労働時間
残業代請求の訴訟では,タイムカードに打刻された出社時刻と退社時刻との間の時間から休憩時間を差し引いた時間が,その日の実労働時間と認定されることが多くなっています。
タイムカードの打刻時間が,実際の労働時間の始期や終期と食い違っている場合は,それを敢えて容認してタイムカードに基づいて割増賃金を支払うか,働き始める直前,働き終わった直後にタイムカードを打刻させるようにすべきでしょう。
(12) 自己申告制と労働時間
基本的には申告どおりの労働時間が認定されますが,自己申告された労働時間が,実際の労働時間に満たない場合は,実際の労働時間に基づいて残業代が算定されることになります。
自己申告制は,適切に運用しないと,隠れ残業時間(残業代不払い)が生じるリスクを負うことになりかねません。
パソコンのオンオフのログで在社時間をチェックし,自己申告の労働時間との齟齬が大きい場合には事情説明を求める等の工夫をすべきでしょう。
(13) 長時間労働のリスク
長時間労働は,過労死,過労自長時間労働は,過労死,過労自殺,うつ病等の問題が生じやすいという問題があります。
当該社員の人生が破壊されるだけでなく,職場の雰囲気も悪くなり,会社が高額の損害賠償義務を負うこともあります。
本人の同意があったとしても,月80時間を超えるような時間外労働を恒常的にさせるのは勧められません。
弁護士 藤田 進太郎