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ニチアス事件中労委平成22年3月31日命令(労経速2077-22)

2010-10-11 | 日記
 本件は,ニチアス株式会社が,全日本造船機械労働組合関東地方協議会神奈川地域労働組合及び分会から平成18年9月20日付け及び平成19年3月5日付けで申し入れられた,C及びDを含む分会の組合員11名(会社在職中の従業員である組合員はいません。)に対する石綿健康被害の補償制度の創設等を議題とする団体交渉に応じなかったことが,労働組合法第7条第2号の不当労働行為に当たるとして,同年4月5日,再審査被申立人全日本造船機械労働組合及び分会が,奈良県労働委員会に救済を申し立てた事案です。
 奈良県労委は,平成20年7月24日,会社が本件団交を拒否したことは労働法第7条第2号の不当労働行為に当たるとして,本件団交に速やかに誠意をもって応じるよう命じることを決定し,同月31日,命令書を交付しました。
 会社は,翌月8日,これを不服として,初審命令の取消し等を求めて再審査を申し立てました。

 本件では,本件団交拒否が,労組法第7条第2号の不当労働行為と認められるかが問題となったわけですが,その判断にあたり,
① 分会は,会社が「雇用する労働者の代表者」に該当するか。
② 本件団交事項は,義務的団体交渉事項に該当するか。
③ 本件団交拒否には正当な理由がないか。
が争点となりました。

 争点①に関し,本命令は,
・労組法第7条第2号において使用者が団体交渉を義務づけられる相手方は,原則として「現に使用者と雇用関係にある労働者」の代表者(労働組合)をいうとしつつ,
・労組法第7条第2号が基礎として必要としている雇用関係には,現にその関係が存続している場合だけではなく,解雇され又は退職した労働者の解雇・退職の是非(効力)やそれらに関係する条件などの問題が雇用関係の終了に際して提起された場合も含むと解されるとし,
・雇用関係継続中に個別労働紛争を含む労働条件等に係る紛争が顕在化していた問題について,雇用関係終了後に,当該労働者の所属する労働組合が団体交渉を申し入れた場合についても,同様に解すべき
との一般原則をまず述べています。
 そして,本件は,会社を退職した後長期間が経過した労働者ら(及びその遺族)が,在職中に従事した会社の業務において石綿にばく露したことにより出現したという胸膜プラークについて,その補償等を求めて組合を結成し,会社に団体交渉を求めた事案のため,本件団交要求に係る個別労働紛争は,雇用関係継続中に顕在化し退職後に持ち越されたものではなく,退職後長期間を経て紛争として顕在化したものであり,しかも,退職の是非やこれに関係する条件が争われているものでもないので,上記いずれの場合にも当たらず,従来の一般原則からすると,分会は労組法第7条第2号にいう「雇用する労働者の代表者」には該当することになると認定しています。
 本命令は,上記一般原則への当てはめでは終わりにせず,さらに,
 「退職後の労働者に係る個別労働紛争解決のための団体交渉については,退職前の雇用関係に起因して,退職者の生命・健康に関わるなどの客観的に重大な案件に係る紛争が発生し,退職前に当該紛争が顕在化しなかったことにつき,客観的に見てやむを得ない事情が認められるような場合」
には,例外的に「雇用関係が確定的に終了したとはいえない場合」とみなし,「雇用する労働者」に準じて考える「余地がないではない。」
と考えています。
 文末の「余地がないではない。」表現からは,積極的にこれを認めていこうという意思は感じられません。
 本件は,本件団交拒否が労組法第7条第2号の不当労働行為とは認められないという結論なので,この程度の表現でもいいのかもしれませんが,このような規範で労組法第7条第2号の不当労働行為を認定するのは難しいかもしれません。
 つまり,「退職後の労働者に係る個別労働紛争解決のための団体交渉については,退職前の雇用関係に起因して,退職者の生命・健康に関わるなどの客観的に重大な案件に係る紛争が発生し,退職前に当該紛争が顕在化しなかったことにつき,客観的に見てやむを得ない事情が認められるようあ場合」であれば,分会は会社が「雇用する労働者の代表者」に該当すると断言することが本当にできるのかという問題が生じると思います。
 あてはめでは,下請企業の労働者であった者,元労働者の配偶者・遺族は,会社が「雇用する労働者の代表者」に該当しないと判断されました。
 元労働者については,上記例外に該当すると判断することも「一応可能」であり,「雇用関係が確定的に終了したとはいえない」場合とみなして,「雇用する労働者」に準じて考える「余地があるといえなくもない。」と判断し,かなり消極的,あいまいな表現ながら,争点①を充足している可能性を示唆しています。
 その上で,争点②③についての判断となりますが,よく読まないと分かりにくい論理展開かもしれません。

 争点②③に関してですが,
 本命令は,まず,本件は,退職後約25年ないし50年と極めて長期間が経過してから顕在化した個別労働紛争につき,その解決を求めて団体交渉の申入れがなされた事案であることを確認しています。
 その上で,「一般的に,退職後団体交渉申入れまでの経過期間が長期化すればするほど,事実関係の確定等に必要な資料・関係者の散逸等が伴い,また,退職後長期にわたって継続していた事実状態を覆すことにより法的安定性を損なう結果が生じかねず,ひいては,使用者に対する罰則が背後に控えているが故に求められる労組法第7条第2号の適用範囲の明確性を損なうことがあり得ると考えられる。」と一般的な問題点を指摘し,
 本件事案に関しては,「本件団交申入れについて,上記のような長期間の経過それ自体については石綿被害の性質上やむを得ない面があるとはいえ,法的安定性・明確性の側面にかんがみると,会社に対し,団体交渉という形式での交渉を法的に義務づけることが必須かつ適切であるかどうかには疑問なしとし得ない。」との疑問を呈し,
 「したがって,退職後団体交渉申入れまでに経過した期間の長短は,当該団体交渉が正当な理由がなくて拒否されたものかを判断するに当たって考慮すべき一つの要素となるというべきである。」と結論づけています。
 争点③と同じ項目で検討されている争点②の義務的団体交渉事項については,「使用者が労働組合との間で団体交渉を義務づけられるのは,原則として当該労働組合の組合員に係る労働条件等についてだけであり,これを超えて組合員以外の労働者の労働条件等の問題の解決にまでは及び得ない(労組法第6条,第17条,第18条参照)のであるから,会社が団体交渉に応じる義務のある事項は,所属する退職者のみに係る権利主張としての補償要求に限られることになる。」「会社に分会との団体交渉において義務づけられるのは,原則として所属する退職者に関する補償等の要求を検討するに必要な資料の提供等に限られる。」とされています。
 そして,胸膜プラーク出現者に関し,健康管理手帳交付支援による重篤な疾病の早期発見及び疾病が判明した段階での独自の補償等による救済措置が既に講じられているなどの点,会社が本件団交を拒否するに至った経緯,会社の代理人である弁護士を介した話し合いの方とを設けていたことなどが認定されています。
 その上で,以下のような規範を定立しています。
 「本件が,『雇用する労働者』という要件について例外的に認める余地のある労働者の退職後に顕在化した個別労働紛争解決に係る団体交渉義務に関する事案であることにかんがみれば,会社が当該紛争解決のための交渉の方途を外に用意するに至った経緯や,その方途が確実に用意されているか,更にはその方途が個別労働紛争の解決に適したものかなどといった点も,団体交渉が正当な理由がなくて拒否されたものかを判断する際に考慮できる事情というべきである。」
 つまり,本件において「雇用する労働者」と認定する余地があるとしてもそれは例外的な扱いなのだから,様々な事情を考慮して判断することができると言っているわけです。
 「雇用する労働者」と例外的に認められる範囲が広がると,使用者は予測が立たなくなりますから,仮にこのような扱いを認めるとしても,極めて例外的な場面に限るべきであることは当然でしょう。
 その上で,争点③に関する結論が続きます。
 「法的安定性・明確性の側面にかんがみると,団体交渉を義務づけることに疑問を抱かざるを得ないほど退職後長期間が経過していることに加え,会社は胸膜プラークが出現した者について健康管理手帳交付支援による重篤な疾病の早期発見及び疾病が判明した段階での独自の補償等による救済措置を既に講じていること,会社に対し建設的な団体交渉の実施につき重大な疑念を抱かせるような言動が分会らにあったことなどを総合的に判断すれば,会社が代理人弁護士を介した交渉の方途を用意しつつ,分会らの本件団交の申入れを拒否したことには,労組法第7条第2号の『正当な理由』がないとまではいえないというべきである。」
 これまで認定した事実をまとめて述べ,争点③の結論を述べたものです。
 文末の「労組法第7条第2号の『正当な理由』がないとまではいえない」という表現も二重否定となっており,「『正当な理由』がある」と断言しているわけではありません。
 このような遠回しというか,控えめというか,断言しない言い回しが本命令には多い印象です。

 本命令は,結論として,本件団交拒否は労組法第7条第2号の不当労働行為とは認められないとした上で,初審救済命令を取り消し,本件救済申立てを棄却しています。 
 妥当な結論といえるでしょう。

弁護士 藤田 進太郎
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