弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログです。

ホウレンソウ(報・連・相)ができない。

2015-09-18 | 日記

ホウレンソウ(報・連・相)ができない。


1 ホウレンソウ(報・連・相)の重要性
 いわゆるホウレンソウ(報・連・相)は,「報告・連絡・相談」の略語です。一般的には,部下が仕事を遂行する上で上司との間で取る必要のあるコミュニケーションの手段を表す言葉として,ホウレンソウ(報・連・相)が用いられることが多いようです。
 報・連・相が適切に行われれば,仕事の進捗状況や会社の問題点についての情報を共有することができるようになります。その結果,個々の社員としてではなく,組織として問題点に対処することができますので,リスクを管理したり,仕事を効率的に処理したりしやすくなります。
 逆に,報・連・相が適切に行われていない組織においては,問題点が上司等に伝わらない結果,十分なリスク管理ができずに会社が大きな損害を被ることになりかねません。また,仕事の処理能力が不十分な社員が孤立した状態で仕事をすることになりがちのため,仕事の効率が悪くなったり,成果が上がりにくくなったりしやすくなります。
 現在,報・連・相が適切に行われることの重要性は,ますます高まっているといえるでしょう。


2 適切な報・連・相とは
 もっとも,部下が上司に対して報・連・相すべき対象を吟味せずに何でも報・連・相すればいいというものではありませんし,効率的に報・連・相ができるよう工夫する必要もあります。何でも報・連・相しなければならないとしたのではあまりに業務効率が悪くなりますし,部下が自主的に判断して仕事を進める能力が鍛えられにくくなってしまいます。また,報・連・相の仕方について工夫しないと,部下が上司に報・連・相したいことがうまく伝わらなかったり,余計な時間がかかってしまったりしがちになります。
 何を報・連・相すべきかは,ケース・バイ・ケースの判断が求められることが多いですが,上司から部下に対して何らかの指標を示してやらないと,適切な報・連・相ができるかどうかは,部下個人の資質により大きく左右されてしまいます。上司と部下でよくコミュニケーションを取って認識を共有し,何を報・連・相すべきなのかについて部下が判断しやすくなるよう努力すべきでしょう。例えば,部下からの報・連・相を待つだけでなく,定期的に報・連・相のための時間を取り,部下が報・連・相しやすくするといった工夫も考えられます。
 可能であれば,必ず報・連・相すべき事項や,どのような方法で報・連・相すべきかについてのルールを整備しておきたいところです。また,報・連・相に用いる書式を作成し,効率的に報・連・相できるようにするといった工夫も考えられます。
 一般論としては,会社にとって都合の悪い情報ほど,直ちに報・連・相する必要性が高くなります。会社にとって大きな問題とならないような情報であれば,定期的に直属の上司に対して報・連・相するようにさせれば足りますが,会社にとって大きな問題となりそうな悪い情報の場合は,緊急に上司ひいては経営者が把握できるようにしておく必要があります。
 部下の上司に対する報・連・相の具体的なやり方について少しお話ししますと,まずは結論を簡潔に伝えた上で,具体的経過等の説明を行った方が,上司は情報を把握しやすいのが通常です。「事実」と「意見」を明確に区別して報告等を行うことも重要で,自分の意見や感想をあたかも客観的事実であるかのように報告すると,上司が正確な判断をすることができなくなってしまいます。単純な内容のものや急いで報告しなければならないことはまずは口頭で報告すべきですし,重要で記録に残しておく必要性が高いものや複雑で書面に記載しないと分かりにくいものは,口頭で説明するだけでなく,できる限り書面も作成して説明する必要があります。電子メールは有用なツールですが,頼りすぎるとコミュニケーション不足に陥るなどして,かえって効率が悪くなることがありますので,重要なものや緊急のものについては,対面又は電話での報・連・相と併せて電子メールを利用すべきでしょう。


3 報・連・相ができない社員の対処法
 上司と部下でよくコミュニケーションを取って認識を共有する努力をしていれば,部下が最低限の報・連・相もできないということは,仕事に不慣れな新入社員のケースでもない限り,そう多くはありません。部下が報・連・相しようとしない場合,まずは上司である自己の言動が,部下の報・連・相を抑制させる結果になっていないか,よく考えてみるべきでしょう。部下が当然,報・連・相すべきときに報・連・相したのに対し,上司として当然行うべき対応を怠ることが度重なれば,部下も上司に対して報・連・相しなくなります。
 部下が報・連・相できない場合,上司が当該部下とよくコミュニケーションを取って,報・連・相すべき事項について繰り返し指導教育する必要があります。それでもなお,部下が報・連・相しない場合には,部下に報・連・相する意思がないのか,いくら教育しても理解できない程度の能力しか有していないのかを見極める必要があります。
 部下に報・連・相する意思がない場合は,厳重注意書を交付したり,懲戒処分に処したりして対応します。懲戒処分を繰り返しても態度が改まらない場合は,退職勧奨 解雇 も検討せざるを得ないでしょう。
 部下の理解能力不足が原因の場合は対応が少々やっかいです。本人は精一杯,報・連・相しようとしてもする能力がないわけですから,賞与等の査定において低く評価することはできても,懲戒処分に処することはできません。また,裁判所は,一般的には,地位や職種を特定して高額の賃金で採用したような場合を除き,能力不足を理由とした正社員の解雇をなかなか認めない傾向にありますので,本人が退職に同意しない限り,辞めさせることも困難なケースが多いというのが実情です。
 後になってから言っても仕方がないことかもしれませんが,部下の理解能力不足については採用の段階でチェックすることができたはずです。筆記試験の成績が悪かったり,会話の受け答えがちぐはぐな応募者を採用しないようにすれば,極端に理解能力が不足した社員を採用せずに済むのではないかと思います。縁故採用の場合は理解能力のチェックが甘くなりがちですが,最低限の能力があるかどうかについてはチェックしないと,大きな問題を抱えることになりかねません。仮に,採用時には理解能力不足を見抜けなかったとしても,試用期間 満了時までには理解能力不足を把握して本採用拒否できるようにしておきたいところです。


≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

営業社員が営業中に仕事をサボる。

2015-09-18 | 日記

営業社員が営業中に仕事をサボる。


1 営業中に営業社員が仕事をサボっている情報を入手した場合の対応
 営業中に営業社員が仕事をサボっている情報を入手した場合,まずは当該営業社員が何月何日の何時頃どこでどのようにサボっていたのかといった事実関係を整理するとともに裏付け証拠を収集します。
 それが会社として容認できない程度のものである場合は,当該営業社員から事情を聴取して下さい。事情を聴取するのは気まずいとか,職場の雰囲気が悪くなるとかいった理由で,当該営業社員から事情も聞かずに放置してはいけません。
 当該営業社員が仕事をサボっていることを認め,反省の態度を示した場合は,基本的には勤務時間中は仕事に集中するよう注意指導して改善を促せば足りるでしょう。もっとも,何度注意指導してもサボり癖が直らない場合は,本気で反省しているとは考えられませんので,懲戒処分も検討せざるを得ません。
 他方,当該営業社員が仕事をサボっていることを認めなかった場合は,より慎重な対応が必要となります。日報の記載内容について当該営業社員に質問したり,当該営業社員が担当している顧客から情報収集したりして,当該営業社員の説明に矛盾や不自然な点がないかをチェックします。当該営業社員が仕事をサボっていることを証拠により立証できない場合には,当該営業社員に対して強い注意指導や懲戒処分をすることはできませんが,当該営業社員が仕事をサボっていることを証拠により立証できる場合には,当該営業社員が正直に事実を説明した場合よりも厳しく注意指導していく必要がありますし,懲戒処分に処せざるを得ないケースも多くなるのではないかと思います。
 懲戒処分を繰り返してもサボり癖が改まらない場合は,最終的には退職勧奨 又は解雇 して辞めてもらうことも検討せざるを得ません。


2 営業中に営業社員がサボるのを防止する方法
 まずは,新規採用時によく選んで営業社員を採用することが重要です。履歴書や職務経歴書の書き方がルーズで,短期間で転職を繰り返しており,採用面接時にだらしない印象を受けた応募者を採用すれば,仕事中にサボる可能性が高いことは容易に予測できることです。
 事業場外労働のみなし労働時間性(労基法38条の2)を適用している営業社員については使用者の具体的な指揮監督が及びませんので,営業中にサボっているのかどうかを厳密にチェックすることは困難です。営業中にサボっているのかどうかを厳密にチェックする場合は,営業社員を事業場外労働のみなし労働時間性の適用対象から外し,使用者の具体的な指揮監督が及ぶようにする必要があります。
 場合によっては,営業社員を事業場内の部署に配置転換して仕事をサボれないようにするといったやり方も考えられなくはありませんが,営業社員以外の人員は既に足りていて事業場内の配転先がないことも多いものと思われます。また,営業社員の職種が限定されていないとしても,主に営業に従事させる目的で採用した営業社員を営業以外の仕事に就けるのは,社員の適正配置の観点から現実的でない場合もあります。
 一概に言えることではありませんが,営業中にサボっている営業社員は営業成績も悪い傾向にあります。営業成績の悪い営業社員については,営業中にサボっていないかのチェックを特にしっかり行う必要があります。
 毎日,営業の時間,場所,面会者,面談内容等を具体的に日報に書かせて下さい。日報には毎日目を通し,疑問点が見つかった場合には,その都度営業社員に問い合わせて,疑問点を解消するようにして下さい。サボっていることが疑われる営業社員については,営業社員の説明をその都度,記録に残しておいた方がいいかもしれません。
 毎日数回,営業社員からどこで何をしているのか電話で報告させ,報告内容をメモに残しておいてもいいかもしれません。自分がどこで何をしているのか,何度も会社に報告しなければならないことを意識していれば,仕事をサボりにくくなるのではないかと思います。
 ときには上司が自ら,営業社員が担当している顧客のところへ営業に赴くというのも,虚偽報告を予防する上で有効なやり方です。上司が顧客と直接話して営業社員の営業状況を確認する可能性があるとなれば,営業社員は虚偽の報告をしにくくなります。顧客に電話で問い合わせる方が楽かもしれませんが,実際に顧客と会って話した方が実態をつかみやすいと思います。信頼できる営業社員がいるのであれば,その営業社員に同様のことをさせることも考えられます。
 営業車やスマートフォンにGPSをつけて営業社員の位置情報を管理するという方法も,サボり防止には有効なのではないかと思われます。日報や電話等であれば,営業社員は自分の行動を虚偽報告することもできますが,GPSでは会社は客観的に営業社員の位置情報を把握することができます。GPSの記録から日報等の内容が虚偽であることが判明することもあるかもしれません。
 サボり防止に直結するわけではありませんが,賃金に占める歩合給の比率を高めることで,営業成績を向上させることに対する営業社員のモチベーションを高めることができます。仕事をサボっていたのでは営業成績を向上させることはできませんから,結果としてサボり防止に役立つことがあります。もっとも,このやり方は全ての営業社員について有効なわけではありませんし,営業成績向上に直結しない仕事を怠る風潮を助長しかねないといった問題点もあります。


3 営業社員に求める優先順位の検討
 営業社員の中には,結果が出せるかどうかが問題なのであって,どこでどれだけ息抜きするかは大きな問題ではない,仕事をサボった結果は最終的には自分に跳ね返ってくる,といった発想を持つ人がいます。このようなタイプの人は,仕事をサボって結果を出せなければ高い給料は稼げないということについては納得してくれやすいのですが,営業社員の行動に対する管理を強めようとすると強く反発することがあります。個々の営業社員が結果を出すことを最も重視するのか,それとも,営業社員がサボらずに誠心誠意会社のために仕事をすることを最も重視するのか,営業社員に求める優先順位をよく検討し,優先順位に合致したやり方で営業社員の管理を行っていくとよいでしょう。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

退職勧奨しても退職しない。

2015-09-18 | 日記

退職勧奨しても退職しない。


 退職勧奨 の法的性格は,通常は,使用者が労働者に対し合意退職の申込みを促す行為(申込みの誘引)と評価することができます。
 労働者が退職勧奨に応じて退職を申し込み,使用者が労働者の退職を承諾した時点で退職の合意が成立することになります。

 退職勧奨を行うにあたっては,担当者の選定が極めて重要となります。
 退職勧奨が紛争の契機となることが多いこともあり,相手の気持ちを理解する能力を持っている,コミュニケーション能力の高い社員が退職勧奨を担当する必要があります。
 退職勧奨を受ける社員と仲の悪い上司が退職勧奨を行うとトラブルが多いので,できるだけ避けることが望ましいところです。
 同じようなケースであっても,退職勧奨の担当者が誰かにより,紛争が全く起きなかったり,紛争が多発したりします。

 解雇 の要件を充たしていなくても退職勧奨を行うことができますが,有効に解雇できる可能性が高い事案であればあるほど,退職勧奨に応じてもらえる可能性が高くなります。
 退職勧奨に先立ち,問題点を記録に残し,十分な注意,指導,教育を行い,懲戒処分を積み重ねるなどして,解雇する際と同じような準備をしておく必要があります。

 退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。
 退職勧奨を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにして下さい。

 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。」(雇用保険法施行規則36条9号)は,「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),退職勧奨による退職は会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,労働者が失業手当を受給する上で不利益を受けることにはなりません。
 失業手当の受給条件を良くするために解雇する必要はありません。
 退職届を出してしまうと失業手当の受給条件が不利になると誤解されていることがありますので,丁寧に説明し,誤解を解くよう努力して下さい。
 なお,助成金との関係でも,会社都合の解雇をしたのと同様の取り扱いとなることには注意して下さい。

 退職届等の客観的証拠がないと,口頭での合意退職が成立したと会社が主張しても認められず,解雇したと認定されたり,職場復帰の受入れを余儀なくされたりすることがあります。
 退職の申出があった場合は漫然と放置せず,退職届を提出させて証拠を残しておいて下さい。
 印鑑を持ち合わせていない場合は,差し当たり,署名したものを提出させれば足ります。
 押印は,後から印鑑を持参させて面前でさせれば十分です。

 退職勧奨を受けた労働者が退職届を提出して合意退職を申し込んだとしても,社員の退職に関する決裁権限のある人事部長や経営者が退職を承諾するまでの間は退職の合意が成立しておらず,労働者は信義則に反するような特段の事情がない限り合意退職の申込みを撤回することができます。
 退職勧奨に応じた労働者から退職届の提出があったら,退職を承認する権限のある上司が速やかに退職承認通知書を作成して当該労働者に交付して下さい。
 退職承認通知書は事前に写しを取って保管しておくとよいでしょう。

 後日,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等を理由として,合意退職の効力が争われることがありますが,退職届が提出されていれば,合意退職の効力が否定されるケースはそれほど多くはありません。
 錯誤,強迫の主張が認められ,退職の効力が否定される典型的事例は,「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。ただ,退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇 できる事案であることを主張立証できなかったケースです。
 退職勧奨するにあたり,「懲戒解雇」という言葉は使うべきではありません。
 同様の話は,普通解雇 についても当てはまります。

 退職勧奨を行うことは,不当労働行為に該当する場合や,不当な差別に該当する場合などを除き,労働者の任意の意思を尊重し,社会通念上相当と認められる範囲内で行われる限りにおいて違法性を有するものではありませんが,その説得のための手段,方法がその範囲を逸脱するような場合には違法性を有し,使用者は当該労働者に対し,不法行為等に基づく損害賠償義務を負うことになります。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト  


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

精神疾患を発症したのは長時間労働や上司のパワハラ・セクハラのせいだと主張して損害賠償請求してくる

2015-09-18 | 日記

精神疾患を発症したのは長時間労働や上司のパワハラ・セクハラのせいだと主張して損害賠償請求してくる。


 長時間労働や上司のパワハラ ・セクハラが原因となって労働者が精神疾患 を発症した場合,使用者は安全配慮義務違反(労契法5条,民法415条)又は使用者責任(民法715条)を問われ,損害賠償義務を負うことがあります。
 過去の裁判例,心理的負荷による精神障害の労災請求事案において労業務上外を判断する際に用いられる「心理的負荷による精神障害の認定基準(平成23年12月26日基発1226第1号)」(認定基準)等を参考にして,損害賠償義務の有無,賠償額等について検討することになります。

 認定基準は,心理的負荷による精神障害の労災請求事案について,行政機関が業務上外の判断に用いる内部基準に過ぎず,裁判所を拘束するものではないし,労災認定における相当因果関係や安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係と同じものではありません。
 しかし,認定基準は,最新の臨床経験上の知見を踏まえて作成されたものであり,労災認定における相当因果関係や安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係の判断に当たり,認定基準を参考にすることには合理性があるものと考えられます。
 訴訟や労働審判 になっていない場合は,労災申請を促して労基署の判断を仰ぎ,審査の結果,労災として認められれば労災として扱い,労災として認められなければ私傷病として扱うこととすれば足りることが多いのではないでしょうか。

 労災保険給付がなされた場合,使用者は,同一の事由については,その価額の限度において民法の損害賠償の責を免れることになりますが(労基法84条2項類推),労災保険給付は,慰謝料は対象としておらず,休業損害や逸失利益の全額を補償するものではないため,労災保険給付がなされている場合であっても,使用者は,労働者から,慰謝料,休業損害や逸失利益で補償されなかった金額について,損害賠償義務を負担する可能性があります。
 精神疾患の発症が労災として認められた場合,業務と疾病等との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が認められたことになります。
 業務と疾病等との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があるにもかかわらず,民事損害賠償請求における相当因果関係,結果の予見可能性・回避可能性がない事例や,使用者が結果を回避しないことが違法と評価できないような事例は,それほど多くはありません。
 業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合は,使用者は民事損害賠償請求においても,安全配慮義務違反や使用者責任を問われて損害賠償義務を負う可能性が高いというのが実情です。

 電通事件最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決は,「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。」としており,長時間労働により疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した場合において労働者の心身の健康を損なうことを通常損害と捉えていると考えられます。
 とすると,長時間労働により疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した事実が認められれば,通常は労働者の心身の健康を損なうことの一態様であるうつ病等の精神疾患発症との間に相当因果関係が認められることになる可能性が高いものと思われます。

 認定基準では,長時間労働との関係では,
① 発病日直前の1か月におおむね160時間を超えるような,またはこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働(週40時間を超える労働時間数)を行った場合(休憩時間は少ないが手待ち時間が多い場合等,労働密度が特に低い場合を除く。)
② 発病直前の連続した2か月間に,1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合
③ 発病直前の連続した3か月間に,1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合
④ 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって,出来事の後に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合
⑤ 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって,出来事の前に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められ,出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っている場合,又は,出来事後すぐに発病には至っていないが事後対応に多大な労力を費しその後発病した場合
⑥ 具体的出来事の心理的負荷の強度が,労働時間を加味せずに「弱」程度と評価される場合であって,出来事の前及び後にそれぞれ恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。

 男女雇用機会均等法11条は,第1項において,「事業主は,職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け,又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と定め,第2項において,「厚生労働大臣は,前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して,その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。」と定めています。
 第2項を受けて定められた指針が,「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)」(セクハラ指針)です。
 セクハラ指針は,行政指導の根拠規定であって,直ちに安全配慮義務違反の有無を判断する際の基準となるわけではありませんが,使用者にはセクハラ指針が定める措置を講じる義務がありますし,その内容にも合理性が認められますので,安全配慮義務違反の有無を判断する際にも参考にされるものと考えられます。

 認定基準では,セクハラとの関係では,
① 強姦や,本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた場合
② 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって,継続して行われた場合
③ 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって,行為は継続していないが,会社に相談しても適切な対応がなく,改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合
④ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって,発言の中に人格を否定するようなものを含み,かつ継続してなされた場合
⑤ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって,性的な発言が継続してなされ,かつ会社がセクシュアルハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく,改善がなされなかった場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。

 認定基準では,「② いじめやセクシュアルハラスメントのように,出来事が繰り返されるものについては,発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも,発病前6か月以内の期間にも継続しているときは,開始時からのすべての行為を評価の対象とすること。」とされています。
 また,認定基準では,以下のような留意事項が定められています。
① セクシュアルハラスメントを受けた者(以下「被害者」という。)は,勤務を継続したいとか,セクシュアルハラスメントを行った者(以下「行為者」という。)からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから,やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや,行為者の誘いを受け入れることがあるが,これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならないこと。
② 被害者は,被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことがあるが,この事実が心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
③ 被害者は,医療機関でもセクシュアルハラスメントを受けたということをすぐに話せないこともあるが,初診時にセクシュアルハラスメントの事実を申し立てていないことが心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
④ 行為者が上司であり被害者が部下である場合,行為者が正規職員であり被害者が非正規労働者である場合等,行為者が雇用関係上被害者に対して優越的な立場にある事実は心理的負荷を強める要素となり得ること。

 違法なパワハラに該当するかどうかは,行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうかにより判断されることになります。
 平均的な心理的耐性を有する者に心理的負荷を過度に蓄積させると客観的に評価されるような行為は,原則として違法となります。
 ただし,その行為が合理的理由に基づいて,一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には,正当な職務行為として違法性が阻却される場合があります。

 認定基準は,パワハラとの関係では,
① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた場合
② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた場合
③ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト  


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

管理職なのに部下を管理できない。

2015-09-17 | 日記

管理職なのに部下を管理できない。


 まずは,自分で仕事をこなす能力と,部下を管理する能力は,別の能力であることをよく理解した上で,人員の配置を行うことが重要です。
 自分で仕事をこなす能力が高い社員であっても,部下を管理する能力は低いということは,珍しくありません。

 部下を管理できない理由が,単なる経験不足によるものである場合は,部下の管理方法について指導しながら経験を積ませたり,研修を受けさせたりして教育することにより,管理職 としての育成を図れば足ります。
 当該社員が管理職 としての適性がないことが原因で部下を管理できない場合は,当該社員の能力でも対応できるレベルの管理職に降格させるか,管理職から外して対応するのが原則となります。

 人事権の行使としての降格処分は,就業規則等の根拠規定がなくても会社の裁量的判断により行うことができるのが原則です。
 ただし,その裁量も無限定のものではなく,相当な理由がないのに労働者に大きな不利益を課したような場合には,人事権の濫用により無効と判断されることがあります。

 賃金減額を伴う降格処分も行うことができますが,賃金の減額を伴う場合は,降格の効力を争われるリスクが比較的高くなります。
 賃金減額の程度は,人事権の濫用の有無を判断する際に考慮され,賃金減額の程度が大きい場合は人事権の濫用と判断されやすくなります。
 降格を行う必要性と賃金減額の相当性について,説明できるようにしておく必要があります。
 可能であれば,賃金減額を伴う降格に同意する旨の書面を取ってから降格させることが望ましいところです。

 新卒採用されて管理職に昇格した社員や,地位を特定しないで中途採用された社員については,部下を管理する能力に欠けていたとしても,平社員として最低限の勤務をする能力がない場合でない限り,解雇することはできません。
 初めから地位を特定して管理職として中途採用した社員については降格が予定されていないため,本人の同意を得ずに降格処分を行うことはできません。
 地位特定者については,原則として,降格ではなく解雇を検討することになります。

 部下に問題があるために上司が部下を管理できていない場合は,上司に任せきりにせず,組織として対応することが何よりも重要です。
 問題行動が多い部下がいることを役員等が知りながら,本腰で対策を練らずにそのまま放置した結果,問題をこじらせるケースが多くなっています。
 問題から逃げずに正面から向き合い,組織として対応すれば,余程難易度の高い事案でない限り,問題は解決に向かうという印象です。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ソーシャルメディアに社内情報を書き込む。

2015-09-17 | 日記

ソーシャルメディアに社内情報を書き込む。


 ソーシャルメディアへの不適切な社内情報の書き込みを防止するための事前対応としては,ソーシャルメディアの利用に関するガイドラインを作成し,ガイドラインの遵守義務を就業規則で定めて周知させ,繰り返しガイドライン遵守の重要性を伝えること等が考えられます。

 就業時間内は,社員は職務専念義務を負っているため,書き込みの内容にかかわらず,就業時間内にソーシャルメディアへの書き込みを行わないよう命じることができます。
 また,社員は企業秩序遵守義務を負っているため,書き込みの内容にかかわらず,会社が所有し,社員に貸与しているパソコン等の通信機器を利用してソーシャルメディアへの書き込みを行わないよう命じることもできます。

 ソーシャルメディアに不適切と思われる社内情報の書き込みがなされていることが発見された場合,まずはその画面をプリントアウトしたりPDFに保存したりして,証拠を確保します。
 次に,ソーシャルメディアに書き込まれた社内情報の内容を検討し,ソーシャルメディアに対する当該書き込みの当否について検討します。
 会社にとって好ましくない内容の書き込みであれば,本人と話し合って削除させることになります。
 当該書き込みが,単に会社にとって好ましくないという程度にとどまらず,会社の名誉信用等を毀損したり,顧客のプライバシーを侵害したりするようなものである場合には,単に書き込みを削除させるだけでは足りず,十分な事実調査をした上,懲戒処分等の対応を検討せざるを得ません。

 事実関係の調査としては,本人からの事情聴取が中心となります。
 当該社員が書き込みを行ったということで間違いがないか,動機・目的,社内情報の取得経路,それ以外の社内情報の書き込みの有無等を聴取して書面にまとめます。
 聴取書は,当該社員に内容を確認させてから,その内容に間違いない旨記載させます。
 本人に事情説明書・始末書等を作成させて提出させるという方法も考えられますが,重要な事実関係の確認については,十分な事情聴取を行い,漏れがないようにしておく必要があります。
 書き込みを行った社員が作成・提出した事情説明書・始末書等の内容が不合理・不十分だったとしても,突き返して書き直させたりせずに,受領して会社で保管して下さい。
 事実関係の解明に役立つこともありますし,本人が不合理な弁解をしている証拠にもなります。
 不合理・不十分な点については,別途,追加説明を求めれば足ります。

 書き込み内容がインターネット上で拡散したり,ニュース報道されたりして会社に対する批判が高まった場合は,会社として謝罪を検討します。
 謝罪内容としては,社員教育を徹底し,再発防止に全力を尽くすこと等を約束することが多いです。

 書き込み内容の悪質性の程度に応じて,懲戒処分を検討します。
 労契法15条では「使用者が労働者を懲戒することができる場合において,当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。」と定められており,懲戒事由に該当する場合であっても,懲戒処分が有効となるとは限らないことに注意が必要です。
 軽度の懲戒処分であれば使用者の裁量の幅が広く,有効と判断されるケースが多いし,訴訟等で争われるリスクも低いです。
 他方,退職の効果を伴う懲戒解雇 ・諭旨解雇・諭旨退職等の処分については,訴訟等で争われるリスクが高く,無効と判断されるリスクを慎重に検討する必要があります。

 ソーシャルメディアへの書き込みにより会社が損害を被った場合は,書き込みを行った社員やその身元保証人に対し,損害賠償請求をすることも考えられますが,余程悪質な事案でない限り,思ったほどの賠償金を取得できないことが多いことが予想されます。
 また,損害の性質上,損害額の立証が困難なことが多いです。
 裁判所は,口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定することができる(民訴法248条)ため,損害額の立証ができない場合であっても,損害が生じていることさえ立証することができれば,相当な損害額は認定してもらえますが,思ったほどの金額にならないことが多いものと思われます。
 労働契約の不履行について違約金を定め,損害賠償額を予定する契約をすることは禁止されているため(労基法16条),社員がソーシャルメディアへの書き込みをした場合に賠償すべき損害額を予め定めても無効となります。

 営業秘密がソーシャルメディアに書き込まれた場合は,不正競争防止法に基づき,差止めや損害賠償請求をすることも考えられますが,同法の保護が及ぶ「営業秘密」とは,「秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないもの」をいい,
 ① 秘密管理性
 ② 有用性
 ③ 非公知性
の要件を満たす必要があります(不正競争防止法2条6項)。
 実際の事案では,①秘密管理性の有無が問題となることが多いです。
 不正競争防止法にいう営業秘密の要件としての秘密管理性が認められるためには,①当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていることや,②当該情報にアクセスできる者が制限されていることが必要であるとか(東京地裁平成12年9月28日判決),少なくとも,これに接した者が秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理している実体があることが必要である(東京地裁平成21年11月27日判決)とされています。
 社員の多くがアクセスできるような情報は,事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であっても,①秘密管理性の要件を欠き,不正競争防止法では保護されません。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

解雇した社員が合同労組に加入し,団体交渉を求めてきたり,会社オフィス前などで街宣活動したりする。

2015-09-17 | 日記

解雇した社員が合同労組に加入し,団体交渉を求めてきたり,会社オフィス前や社長自宅前で街宣活動をしたりする。


 解雇 された社員であっても,解雇そのものまたはそれに関連する退職条件等が団体交渉 の対象となっている場合には,労働組合法第7条第2号の「雇用する労働者」に含まれるため,解雇された社員が加入した労働組合からの団体交渉を拒絶した場合,他の要件を満たせば不当労働行為となります。

 多数組合との間でユニオン・ショップ協定(雇われた以上は特定の組合に加入せねばならず,加入しないときは使用者においてこれを解雇するという協定)が締結されていたとしても,ユニオン・ショップ協定は多数組合以外の組合に社員が加入することを禁止するものではありませんから,社員が合同労組の組合員となった場合に,合同労組が社員を代表することができないことにはなりません。
 社内組合が唯一の交渉団体である旨の規定(唯一交渉団体条項)のある労働協約が締結されていたとしても,団体交渉拒否の正当な理由とはなりません。
 社外の合同労組からの団体交渉申入れであっても,原則として応じる必要があります。

 会社オフィス付近での街宣活動が正当な組合活動と評価される場合には,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等をすることはできません。
 他方,正当な組合活動を逸脱するようなものについては,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等が認められます。

 労働組合が組合員の経済的地位の向上をはかる目的で,会社の経営方針や企業活動を批判する場合,文書の表現が激しかったり,多少の誇張が含まれているとしても,なお正当な組合活動といえ,そのために会社が多少の不利益を受けたり,社会的信用が低下することがあっても,会社としてはこれを受忍すべきものと判断される可能性が高いものと思われます。
 しかし,組合活動としてなされる文書活動であっても,虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して,会社の利益を不当に侵害したり,名誉,信用を毀損,失墜させたり,あるいは企業の円滑な運営に支障を来たしたりするような場合には,組合活動として正当性の範囲を逸脱すると評価することができ,懲戒処分,損害賠償請求等の対象となります。
 ビラ配りがなされた場合は,ビラを確保してビラの内容をチェックして下さい。

 労働組合またはその組合員が,使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは,原則として使用者の施設管理権を不当に侵害するものであり,正当な組合活動とはいえません。
 会社敷地内での組合活動であっても,一般人が自由に立ち入ることができる格別会社の職場秩序が乱されるおそれのない場所での組合活動は,使用者の施設管理権を不当に侵害するものとはいえないと評価される可能性が高いものと思われます。

 労働組合の諸権利は企業経営者の私生活の領域までは及びません。
 労働組合の活動が企業経営者の私生活の領域において行われた場合には,企業経営者の住居の平穏や地域社会における名誉・信用という具体的な法益を侵害しないものである限りにおいて,表現の自由の行使として相当性を有し,容認されることがあるにとどまります。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

社員を引き抜いて,同業他社に転職する。

2015-09-17 | 日記

社員を引き抜いて,同業他社に転職する。


 在職中は,労働契約上の誠実義務として,同業他社に勤務したり,自ら同業他社を経営したりすることは当然禁止されますが,退職後は,競業避止特約がある場合に限り,合理的な範囲内においてのみ競業が禁止されることになります。
 特約がない場合であっても,労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して,使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されず,そのような働きかけをした場合には,労働契約上の債務不履行となるとする裁判例(チェスコム秘書センター事件東京地裁平成5年1月28日判決)もありますが,競業自体というより,取引先への働きかけが問題とされたものと考えておいた方が,穏当なのではないかと思います。

 社員が退職後の競業避止義務を定めた誓約書を提出したとしても,競業の制限が合理的範囲を超え,職業選択の自由,営業の自由を不当に制限するものである場合は,公序良俗に反し無効となります。
 退職後の競業の制限が合理的範囲を超えるか否かは,「制限の期間,場所的範囲,制限の対象となる職種の範囲,代償の有無等について,債権者の利益(企業秘密の保護),債務者の不利益(転職,再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ,それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する」(フォセコ・ジャパン・リミテッド事件奈良地裁昭和45年10月23日判決)と考えるのが一般的です。

 個別の同意がない場合であっても,退職後の競業避止義務を就業規則に定めれば,その内容が合理的なものである限り,退職後の競業避止義務を課すことができます。
 また,就業規則の服務規律に在職中の引き抜き行為を禁止する旨定め,在職中の引き抜き行為を懲戒解雇 事由として規定しておくべきでしょう。

 退職金の不支給・減額・返還事由として,退職後の競業避止義務に違反した場合や懲戒解雇事由に該当する場合を規定しておくことも考えられます。
 当該個別事案において,退職金不支給・減額の合理性がある場合には,退職金を不支給または減額したり,支給した退職金の全部または一部の返還を請求したりすることができることになります。

 退職金の不支給・減額・返還の合理性の有無は,
① 退職金の性格の中に功労報奨金的要素の占める度合いがどの程度か
② 会社の損害,額の大きさ,会社において営業努力により回避できるか,不可避なものか
③ 労働者の背信性の存否等
等を考慮して判断されることになります。

 競業避止義務に違反したというだけでは,会社の損害の有無,損害との間の因果関係の立証が困難なことが多く,損害賠償請求は必ずしも容易ではありません。
 従業員の引抜行為のうち単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえず,転職の勧誘が引き抜かれる側の会社の幹部従業員によって行われたとしても,直ちに雇用契約上の誠実義務に違反した行為と評価することはできません。
 ただし,退職時期を考慮し,あるいは事前の予告を行う等,会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべきであり,会社に内密に移籍の計画を立て一斉,かつ,大量に授業員を引き抜く等,その引抜きが単なる転職の勧誘の域を越え,社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には,それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行あるいは不法行為責任を負うことになります。
 社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは,転職する従業員のその会社に占める地位,会社内部における待遇及び人数,従業員の転職が会社に及ぼす影響,転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無,秘密性,計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断されます。

 ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合,単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には,その企業は雇用契約上の債権を侵害したものとして,不法行為として引抜行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任があります。
 ただし,社員には退職・転職の自由が認められているため,社員の自由な意思による退職・転職に伴って会社に発生する損害については,原則として損害賠償請求することはできません。
 転職の多い業界,代替人材の確保が容易な業界における引き抜きについては,それが違法なものであったとしても,会社の主張する損害の一部しか相当因果関係を認めてもらえないことが多いというのが実情です。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

営業秘密を漏洩する。

2015-09-17 | 日記

営業秘密を漏洩する。


 社員は,在職中・退職後いずれについても,労働契約の付随義務として当然に守秘義務を負っていると考えられますが,それを明確にして自覚を促すため,諸規定を整備し,誓約書を取っておくことが重要です。

 社員が営業秘密を漏洩したと思われるような事案であっても,損害賠償請求は必ずしも容易ではありません。
 事後的な損害賠償請求が容易ではないことを念頭に置いて,事前の営業秘密漏洩防止に力を入れるべきです。

 社員が営業秘密を漏洩したことを立証することは,必ずしも容易ではありません。
 事情をよく聞かないうちに,退職してしまうこともあります。

 損害の性質上,損害額の立証が極めて困難なことが多いという印象です。
 裁判所は,口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定することができる(民訴法248条)ため,損害額の立証ができない場合であっても,損害が生じていることさえ立証することができれば,相当な損害額は認定してもらえますが,思ったほどの金額にならないことが多いというのが実情です。
 労働契約の不履行について違約金を定め,損害賠償額を予定する契約をすることは禁止されているため(労基法16条),社員が営業秘密を漏洩した場合に賠償すべき損害額を予め定めても無効となります。

 不正競争防止法に基づき,差止めや損害賠償請求をすることが考えられますが,同法の保護が及ぶ「営業秘密」とは,「秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないもの」をいい,
① 秘密管理性
② 有用性
③ 非公知性
の要件を満たす必要があります(不正競争防止法2条6項)。

 実際の事案では,①秘密管理性の有無が問題となることが多いです。
 不正競争防止法にいう営業秘密の要件としての秘密管理性が認められるためには,①当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていることや,②当該情報にアクセスできる者が制限されていることが必要であるとか(東京地裁平成12年9月28日判決),少なくとも,これに接した者が秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理している実体があることが必要である(東京地裁平成21年11月27日判決)とされています。
 社員の多くがアクセスできるような情報は,事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であっても,①秘密管理性の要件を欠き,不正競争防止法では保護されないことになります。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

業務上のミスを繰り返して,会社に損害を与える。

2015-09-17 | 日記

業務上のミスを繰り返して,会社に損害を与える。


1 募集採用活動の重要性
 業務上のミスを繰り返す社員を減らす一番の方法は,採用活動を慎重に行い,応募者の適性・能力等を十分に審査して基準を満たした者のみを採用することです。採用活動の段階で手抜きをして,十分な審査をせずに採用したのでは,業務内容が単純でマニュアルや教育制度がよほど整備されているような会社でない限り,業務上のミスを減らすことは困難です。


2 採用後の対応
 採用後の社員による業務上のミスの対策としては,社員の適性に合った配置,人事異動,注意指導,教育,人事考課,保険加入によるリスク管理等が中心であり,退職勧奨や解雇は能力不足の程度が甚だしく改善の見込みが低い場合に限定して検討するのが原則です。
 ただし,地位や職種が特定されて採用された社員については,基本的には配置転換する義務はありませんし,賃金額が高い場合には能力を向上させるために教育する必要はないと解釈される傾向にあります。当該地位や職種で要求される能力を欠く場合は,退職勧奨や普通解雇を検討するのが原則となります。
 事業主は労働者を使用することにより得られる利益を享受する以上,損失についても事業主が負担すべきとの考え(報償責任の原則)が一般的であり,過失によるうっかりミスについては損害賠償請求はなかなか認められませんし,損害賠償請求が認められる事案であっても,支払が命じられるのは損害額の一部にとどまることも多く,実際の回収作業にも困難を伴うことは珍しくありません。基本的には,業務上のミスによる損害を当該社員に対する損害賠償請求で填補できるものとは考えるべきではありません。


3 退職勧奨
 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく,十分に注意指導,教育しても改善の見込みが低い場合には,会社を辞めてもらうほかありませんので,退職勧奨や普通解雇を検討することになります。解雇 が有効となる見込みが高い程度に業務上のミスの程度・頻度が著しい事案では,解雇するまでもなく,合意退職が成立することも珍しくありません。
 他方,業務上のミスの程度・頻度がそれほどでもなく解雇が有効とはなりそうもない事案,誠実に勤務する意欲や能力が低い等の理由から転職が容易ではない社員の事案,本人の実力に見合わない適正水準を超えた金額の賃金が支給されていて転職すればほぼ間違いなく当該社員の収入が減ることが予想される事案等で退職届を提出させるのは,難易度が高くなります。
 能力不足により引き起こされる業務上のミスを理由として懲戒解雇を行うことはできませんので,懲戒解雇を示唆して退職届を提出させた場合には,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められて退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いものと思われます。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条)により,退職は無効となることがあります。


4 解雇
 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく改善の見込みが低い場合には,退職勧奨と平行して普通解雇を検討します。普通解雇が有効となるかどうかを判断するにあたっては,
 ① 就業規則の普通解雇事由に該当するか
 ② 解雇権濫用(労契法16条)に当たらないか
 ③ 解雇予告義務(労基法20条)を遵守しているか
 ④ 解雇が法律上制限されている場合に該当しないか
等を検討する必要があります。
 解雇が有効となるためには,単に①就業規則の普通解雇事由に該当するだけでなく,②解雇権濫用に当たらないことも必要となります。②解雇権濫用に当たらないというためには,解雇に客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当なものである必要があります。
 解雇に「客観的に」合理的な理由があるというためには,「裁判官」が,労働契約を終了させなければならないほど当該社員の業務上のミスの程度・頻度が甚だしく,業務の遂行や企業秩序の維持に重大な支障が生じているため,労働契約で求められている能力が欠如していると判断するに値する「証拠」が必要です。会社経営者,上司,同僚,部下,取引先などが,主観的に解雇に値すると考えただけでは足りず,単に思ったよりもミスが多く,見込み違いであったというだけでは,解雇は認められません。
 長期雇用を予定した新卒採用者については,社内教育等により社員の能力を向上させていくことが予定されているため,業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えたとしても直ちに労働契約で求められている能力が欠如していることにはならず,解雇は例外的な場合でない限り認められません。一般的には,勤続年数が長い社員,賃金が低い社員は,業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が認められにくい傾向にあります。採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。
 地位や職種が特定されて採用された社員については,当該地位や職種で要求される能力を欠く場合は,労働契約で求められている能力が欠如しているものとして,普通解雇が認められやすくなります。ただし,解雇が比較的緩やかに認められる前提として,地位や職種が特定されて採用された事実や,当該地位や職種に要求される能力を主張立証する必要がありますので,できる限り労働契約書に明示しておくようにしておいて下さい。
 業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が有効と判断されるようにするためには,何月何日にどのような業務ミスがあり,会社にどのような損害を与えたのかを,業務ミスがあった当時の証拠により説明できるようにしておく必要があります。抽象的に「業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えた。」と言ってみてもあまり意味はありませんし,「彼(女)が業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えたことは,周りの社員も,取引先もみんな知っている。」というだけでは足りません。会社関係者の陳述書や法廷での証言は,証拠価値があまり高くないため,紛争が表面化する前の書面等の客観的証拠がないと,何月何日にどのような業務ミスがあり,会社にどのような損害を与えたのかを主張立証するのには困難を伴うことが多くなります。


5 損害賠償請求
 社員の業務上のミスにより会社が損害を被った場合には,社員に対して損害賠償請求(民法415条・709条)することができる可能性がありますが,社員に軽過失しかない場合(故意重過失がない場合)には免責される傾向にあります。
 社員に損害賠償義務が認められる場合であっても,賠償義務を負う損害額は損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度にとどまるため,故意によるものでない限り,社員に対し請求できる損害額は全体の一部にとどまることが多いというのが実情です。
 労働契約の不履行について違約金を定め,損害賠償額を予定する契約をすることは禁止されているため(労基法16条),社員がミスした場合に賠償すべき損害額を予め定めても無効となります。
 損害賠償金負担の合意が成立した場合は,「書面」で支払を約束させ,会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせて下さい。賃金から天引きすると,賃金全額払の原則(労基法24条1項)に違反するものとして,天引き額分の賃金の支払を余儀なくされる可能性があります。
 損害額が軽微な場合は,賞与額の抑制,昇給の停止等で対処すれば足りる場合もあります。
 月例賃金を減額して実質的に損害賠償金を回収ようとする事案が散見されますが,賃金減額の有効性を争われて差額賃金の請求を受けることが多いですし,退職されてしまった場合には回収が困難となるため,お勧めしません。
 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額がさらに減額される可能性があります。身元保証の最長期間は5年であり(身元保証に関する法律2条1項),自動更新の合意は無効と考えるのが一般的です(同法6条参照)。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト  


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

会社の業績が悪いのに,賃金減額に同意しない。

2015-09-17 | 日記

会社の業績が悪いのに,賃金減額に同意しない。


1 賃金減額の方法
 賃金減額の方法としては,
 ① 労働協約の締結
 ② 就業規則の変更
 ③ 個別合意
によることが考えられます。


2 労働協約の締結による賃金減額
 労働組合との間で賃金に関する労働協約を締結した場合,それが組合員にとって有利であるか不利であるか,当該組合員が賛成したか反対したかを問わず,労働協約で定められた賃金額が労働契約で定められた賃金額に優先して適用されるのが原則です(労組法16条)。したがって,労働者が賃金減額に反対していたとしても,当該労働者が加入している労働組合との間で賃金を減額することを内容とする労働協約を締結すれば,賃金を減額することができます。労働協約の規範的効力が及ぶ範囲は原則として組合員との範囲と一致し,労働協約締結後に組合員となった者にも組合加入時から労働協約の規範的効力が及びますが,労働組合を脱退した場合には離脱の時点から労働協約の規範的効力は及ばなくなります。労働協約が締結されるに至った経緯,当時の会社の経営状態,同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らし,同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものである場合には,その規範的効力を否定され(朝日海上火災保険(石堂・本訴)事件最高裁平成9年3月27日第一小法廷判決),賃金減額の効力が生じません。
 労働協約締結による賃金減額の効力が及ぶのは,原則として労働協約を締結した労働組合の労働組合員に限られることになりますが,労働協約には,労組法17条により,一の工場事業場の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは,当該工場事業場に使用されている他の同種労働者に対しても右労働協約の規範的効力が及ぶ旨の一般的拘束力が認められており,この要件を満たす場合には,賃金減額に反対する未組織の同種労働者に対しても労働協約の効力を及ぼし,賃金を減額することができます。労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容,労働協約が締結されるに至った経緯,当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし,当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは,労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼし,賃金を減額することはできません(朝日海上火災保険(高田)事件最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決)。少数組合に加入している組合員に対しては,労組法17条の一般的拘束力は及びません。
 具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約により処分又は変更することは許されません(香港上海銀行事件最高裁平成元年9月7日第一小法廷判決)。
 労働協約を締結することができない場合や労働協約の効力が及ばない労働者の賃金を減額する方法としては,就業規則変更又は個別同意による賃金減額が考えられます。


3 就業規則の変更による賃金減額
 就業規則の変更により賃金を減額する場合は,就業規則の不利益変更に該当するため,就業規則の変更が有効となるためには,以下のいずれかの場合である必要があります。
 ① 労働者と合意して就業規則を変更したとき(労契法9条反対解釈)
 ② 変更後の就業規則を周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(労契法10条)
 ①に関し,「就業規則の不利益変更は,それに同意した労働者には同法9条によって拘束力が及び,反対した労働者には同法10条によって拘束力が及ぶものとすることを同法は想定し,そして上記の趣旨からして,同法9条の合意があった場合,合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないと解される。」(協愛事件大阪高裁平成22年3月18日判決)との見解が妥当と思われますが,労働者の同意があれば合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないとの見解に立ったとしても,合意の認定は慎重になされるのが通常のため,労働者が就業規則の変更を提示されて異議を述べなかったといったことだけでは不十分であり,最低限,書面による同意を取る必要があります。また,合理性に乏しい就業規則の規定の変更については,書面による同意を取ったとしても,労働者の同意があったとは認定されないリスクが高いものと思われます。
 ②に関し,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるとされています(大曲市農協事件最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決)。
 具体的に発生した賃金請求権を事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されません(香港上海銀行事件最高裁平成元年9月7日第一小法廷判決)。


4 個別合意による賃金減額
 個別合意よりも社員に有利な労働条件を定めた労働協約,就業規則が存在する場合には,それらの効力が個別合意に優先するため(労組法16条,労契法12条),個別合意だけでは賃金減額の効力は生じず,労働協約,就業規則を変更して初めて賃金減額の効力が生じることになります。
 個別合意よりも社員に有利な労働条件を定めた労働協約,就業規則が存在しない場合は,個別合意により賃金減額の効力が生じることになりますが,賃金減額に対する社員の同意の認定は慎重になされることが多いため「口頭」での同意では同意なしと認定されるリスクが高いものと思われます。賃金減額に対する社員の同意は「書面」で取るようにして下さい。
 「既発生の」賃金債権の減額に対する同意の意思表示は,既発生の賃金債権の一部を放棄することにほかなりません(北海道国際空港事件最高裁平成15年12月18日第一小法廷判決参照)。労基法24条1項に定める賃金全額払の原則の趣旨に照らせば,既発生の賃金債権を放棄する意思表示の効力を肯定するには,それが社員の自由な意思に基づいてされたものであることが明確でなければなりません(シンガーソーイングメシーン事件最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決参照)。既発生の賃金債権を放棄する意思表示が,社員の自由な意思に基づいてされたものであることが明確なものではなく,社員の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したということができない場合には,既発生の賃金債権を放棄する意思表示としての効力を肯定することはできません。
 「未発生の」賃金債権の減額に対する同意についても「賃金債権の放棄と同視すべきものである」とする下級審裁判例もありますが,「未発生の」賃金債権の減額に対する同意は,労働者と使用者が合意により将来の賃金額を変更した(労契法8条参照)に過ぎず,賃金債権の放棄と同視することはできないのですから,通常の同意で足りると考えるべきであり,それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであることが明確であることまでは要件とされないものと考えます。
 北海道国際空港事件最高裁平成15年12月18日第一小法廷判決が,「原審は,上告人が平成13年7月25日に減額された賃金を受け取り,その後同年11月まで異議を述べずに減額された賃金を受け取っていた事実によれば,同年7月1日にさかのぼって賃金が減額されることも,上告人はやむを得ないものとしてこれに応じたものと認めることができると認定した。すなわち,原審は,上告人が平成13年7月25日に同月1日以降の賃金減額に対する同意の意思表示をしたと認定したのであるが,この意思表示には,同月1日から24日までの既発生の賃金債権のうちその20%相当額を放棄する趣旨と,同月25日以降に発生する賃金債権を上記のとおり減額することに同意する趣旨が含まれることになる。しかしながら,上記のような同意の意思表示は,後者の同月25日以降の減額についてのみ効力を有し,前者の既発生の賃金債権を放棄する効力は有しないものと解するのが相当である。」 と判示し,未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定しているのは,既発生の賃金債権の減額(放棄)に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件と未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件を明確に区別し,未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件としては,それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであることが明確でなければならないことを要求していないからであると考えられます。


5 定期昇給凍結
 就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められている場合に定期昇給を凍結するためには,定期昇給を凍結する旨の労働協約を締結するか,定期昇給を凍結する旨就業規則の附則に定める等の就業規則の変更が必要となります。
 労働協約を締結できず,定期昇給を凍結する旨の就業規則の変更に関し同意が得られない場合は,就業規則変更により一方的に労働条件の変更をせざるを得ませんが,その合理性(労契法10条)の有無が問題となります。
 就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められておらず,使用者に定期昇給の努力義務が課せられているに過ぎない場合は,定期昇給をしなくても法的問題はありません。


6 ベースアップ凍結
 ベースアップは労使交渉により特段の決定がなされない限り行う必要がありません。


7 賞与不支給
 個別労働契約,就業規則,労働協約で一定額・割合の賞与を支給する義務が定められていない場合には,使用者には賞与を支給する義務がないため,賞与を支給しなくても法的には問題がありません。
 一定額以上の賞与支給が労使慣行になっているとして賞与請求がなされることがありますが,労使慣行の成立が認められるケースは多くありません。民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには,
 ① 同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと
 ② 労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないこと
 ③ 当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていること
が必要であり,使用者側においては,当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことが必要です(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件最高裁平成7年3月9日第一小法廷判決,同事件大阪高裁平成5年6月25日判決参照)。
 他方,一定額・割合の賞与を支給する義務が定められている場合は,賞与を支給する義務があります。就業規則の定めを変更して賞与不支給とする場合には,就業規則の不利益変更の問題となるため,就業規則変更の高度の合理性の有無が問題となります。


8 諸手当の廃止,支給停止
 賃金規程で定められた諸手当を廃止したり支給を停止したりする場合は,賃金規程を変更したり附則に支給を停止する旨定めたりする必要があり,就業規則の不利益変更の問題となります。


9 年俸額の引下げ
 年俸制を採用した場合に,年度途中で年俸額を一方的に引き下げることができるか,次年度の年俸額引下げを求めたところ合意が成立しない場合における次年度の年俸額がどうなるかは,当該労働契約の解釈の問題です。トラブルを予防するためにも,労働契約上明確にしておくべきでしょう。
 一般的には,年度途中で年俸額を一方的に引き下げることはできないケースが多いものと思われます。
 次年度の年俸額引下げを求めたところ合意が成立しない場合における次年度の年俸額については,使用者の提示額を超えては請求できないとされた裁判例,前年度実績の年俸額を支給すべきものとされた裁判例等があり,事案により結論が別れています。

10 休業時の賃金カット
 会社の業績が悪いことを理由とした休業がなされた場合は,通常は使用者の責めに帰すべき事由があると言わざるを得ないため,平均賃金の60%以上の休業手当を支払う必要があります(労基法26条)。
 労基法は労働協約,就業規則,個別合意に優先して適用されますので(労契法13条,労基法13条・92条),使用者の責めに帰すべき事由による休業がなされた場合における休業手当(労基法26条)の支払義務は,労働協約,就業規則,個別合意により排除することはできません。
 民法536条2項は任意規定であり特約で排除することができますので,民法536条2項の適用を排除し平均賃金の60%の休業手当のみを支払う旨の労働協約が締結された場合には,当該労働組合の組合員については,平均賃金の60%の休業手当を支払えば足ります。
 民法536条2項は任意規定であり特約で排除することができますので,民法536条2項の適用を排除し平均賃金の60%の休業手当のみを支払う旨就業規則や労働契約に定めた場合には,理論的には平均賃金の60%の休業手当を支払えば足りるはずですが,裁判所は,就業規則等による民法536条2項の適用除外について慎重に判断する傾向にあります。
 例えば,いすゞ自動車(雇止め)事件東京地裁平成24年4月16日判決は,休業手当に関し,就業規則に「臨時従業員が,会社の責に帰すべき事由により休業した場合には,会社は,休業期間中その平均賃金の6割を休業手当として支給する。」と定められている事案において,「被告は,本件休業に係る休業手当額を平均賃金の6割にすることについては,第1グループ原告らとの間の労働契約及び臨時従業員就業規則43条により,その旨の個別合意が存在し,この合意は本件休業の合理性を基礎付ける旨主張する。しかし,上記の規定は,労働基準法26条に規定する休業手当について定めたものと解すべきであって,民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」による労務提供の受領拒絶がある場合の賃金額について定めたものとは解されないから,被告の上記主張は,その前提を欠くというべきである。」 と判示しており,民法536条2項の適用除外を認めていません。
 就業規則や労働契約により民法536条2項の適用を排除するためには,単に休業期間中は平均賃金の60%の休業手当を支払うとだけ就業規則や労働契約に規定するのではなく,民法536条2項の適用を排除する旨明確に規定しておくべきでしょう。もっとも,就業規則や労働契約に民法536条2項の適用を排除する旨明確に規定したとしても,就業規則の合理性や合意の効力が問題とされる可能性は残されています。
 少数組合の組合員など労働協約の効力が及ばない社員に対し平均賃金の60%の休業手当を超えて賃金を支払う必要があるかどうかについては,従来,民法536条2項の「使用者の責めに帰すべき事由」の存否の問題として争われてきました。
 例えば,いすゞ自動車事件宇都宮地裁栃木支部平成21年5月12日決定は,使用者が労働者の正当な(労働契約上の債務の本旨に従った)労務の提供の受領を明確に拒絶した場合(受領遅滞に当たる場合)に,その危険負担による反対給付債権を免れるためには,その受領拒絶に「合理的な理由がある」など正当な事由があることを主張立証すべきであり,その合理性の有無は,具体的には,使用者による休業によって労働者が被る不利益の内容・程度,使用者側の休業の実施の必要性の内容・程度,他の労働者や同一職場の就労者との均衡の有無・程度,労働組合等との事前・事後の説明・交渉の有無・内容,交渉の経緯,他の労働組合又は他の労働者の対応等を総合考慮して判断すべきものとしています。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

虚偽の内部告発をして,会社の名誉・信用を毀損する。

2015-09-17 | 日記

虚偽の内部告発をして,会社の名誉・信用を毀損する。


 労働契約上,社員は,会社の名誉信用等を害して職場秩序に悪影響を与え,業務の正常な運営を妨げるような行為をしない義務を負っていると考えられますが,それを明確にするために,その旨,就業規則に規定しておくべきです。

 虚偽の内部告発については,その程度に応じて,注意,指導,懲戒処分を検討することになりますが,公益通報者保護法,言論表現の自由との関係を検討する必要があります。

 公益通報者保護法との関係では,
① 公益通報をしたことを理由とする解雇 の無効(3条)
② 公益通報をしたことを理由とする労働者派遣 契約の解除の無効(4条)
③ 公益通報をしたことを理由とする不利益取扱いの禁止(5条)
が問題となります。
 これらは,公益通報をしたことを理由とする解雇,労働者派遣契約の解除,不利益取扱いを禁止するものに過ぎず,公益通報をしたからといって,公益通報をしたこと以外の事実を理由とする解雇,労働者派遣契約の解除,不利益処分ができなくなるわけではありません。

 「不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的」を有する内部告発は「公益通報」(2条)に該当しないため,公益通報者保護法では保護されません。

 公益通報者保護法が保護の対象とする同法2条3項所定の「通報対象事実」とは,刑法,食品衛生法,証券取引法,個人情報保護法等の同法2条別表に掲記の通報対象法律において犯罪行為として規定されている事実と犯罪行為と関連する法令違反行為として規定されている事実に限定されており,通報対象法律以外の法律に規定された犯罪行為やその犯罪行為と関連する法令違反行為の事実,通報対象法律において最終的にその実効性が刑罰により担保されていない規定に違反する行為の事実は該当しません。
 公益通報者保護法の保護を受けようとする社員は,その法令違反行為が,いかなる通報対象法律において犯罪行為として規定される事実と関連する法令違反行為であるのかを明らかにする必要があります。

 「当該労務提供先等に対する公益通報」(勤務先,派遣先等に対する公益通報)が保護されるためには,「通報対象事実が生じ,又はまさに生じようとしていると思料する場合」であれば足ります。
 「当該通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関に対する公益通報」が保護されるためには,「通報対象事実が生じ,又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合」である必要があります。
 「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する公益通報」(マスコミ等に対する公益通報)が保護されるためには,「通報対象事実が生じ,又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり,かつ,次のいずれかに該当する場合」であることが必要となります。
① 労務提供先等,行政機関等に公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
② 労務提供先等に公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され,偽造され,又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
③ 労務提供先等から労務提供先等,行政機関等に対する公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合
④ 書面により勤務先等に対する公益通報をした日から20日を経過しても,当該通報対象事実について,当該労務提供先等から調査を行う旨の通知がない場合又は当該労務提供先等が正当な理由がなくて調査を行わない場合
⑤ 個人の生命又は身体に危害が発生し,又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合

 公益通報者保護法が保護の対象とならない内部告発についても,言論表現の自由との関係で保護されることがあります。
① 内部告発事実(根幹的部分)が真実ないしは原告が真実と信ずるにつき相当の理由があるか否か(「真実ないし真実相当性」)
② その目的が公益性を有している否か(「目的の公益性」)
③ 労働者が企業内で不正行為の是正に努力したものの改善されないなど手段・態様が目的達成のために必要かつ相当なものであるか否か(「手段・態様の相当性」)
を総合考慮して,当該内部告発が正当と認められる場合には,仮にその告発事実が誠実義務等を定めた就業規則の規定に違反する場合であっても,その違法性は阻却されるとする裁判例があります(学校法人田中千代学園事件東京地裁平成23年1月28日判決)。

 公益通報者保護法の適用がない場合であっても,正当な内部告発を理由とする懲戒処分等は無効となり,正当な内部告発に対する注意・指導については不当なものと評価されることになります。
 場合によっては,これらが不法行為法上において違法と評価されるリスクも生じかねません。

 内部告発が正当なものとはいえなかったとしても,出向命令権濫用法理(労働契約法14条),懲戒権濫用法理(同法15条),解雇権濫用法理(同法16条)が適用されるため,直ちに出向命令,懲戒処分,解雇が有効となるわけではないことには注意が必要です。
 原則どおり,これらの法理の有効要件を満たすか検討する必要があります。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

派手な化粧・露出度の高い服装で出社する。

2015-09-17 | 日記

派手な化粧・露出度の高い服装で出社する。


 化粧・服装等の身だしなみは,本来,私的領域に属する問題ですが,職場では労働契約上の制約を受けます。
 使用者は,化粧・服装等の身だしなみに関し規律を定めることができ,それが職種や業務内容に照らし必要かつ合理的なものである場合には,社員はその規律に従う義務を負うことになります。

 化粧・服装等の身だしなみの問題は,基本的には注意,指導して改善させるべき問題です。
 業務遂行にどのような支障が生じるのか,よく説明して指導する必要があります。

 長期間,派手な化粧・露出度の高い服装での出社を認めてきた職場で注意しても,素直に指示に従ってもらえないことが多いというのが実情です。
 問題を把握したら,早期かつ平等に対処することが重要です。

 どのように指導するかということだけでなく,誰が指導するかということも重要です。
 あの上司の言うことなら聞くが,この上司の言うことは聞きたくないということもあり得ます。
 直属の上司の指導力が不足している場合は,直属の上司に任せきりにせず,組織として対応すべきです。

 男性の上司が女性の身だしなみについて指導する場合,指導をセクハラ だと言われることがありますが,職種や業務内容に照らして必要かつ合理的な身だしなみの指導はセクハラではありません。
 ただし,普段,性的な事柄に関しふざけた発言を繰り返しているような上司が指導しても,納得してもらいにくいという事実上の問題はあるかもしれません。
 一概には言えませんが,女性の上司・先輩が指導した方がうまくいくこともあります。
 上司の指導をパワハラと言い出す社員もいますが,職種や業務内容に照らして必要かつ合理的な身だしなみの指導はパワハラ ではありません。

 口頭で注意,指導しても改善しない場合は,書面で注意,指導することになります。
 書面で注意指導しても改善しない場合には,懲戒処分を検討せざるを得ませんが,職場秩序を乱した程度と懲戒処分の重さのバランスに気をつける必要があります。
 特に解雇は慎重に行うようにして下さい。
 余程の事情がない限り,解雇 は無効とされるリスクが高いというのが実情です。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

社外の合同労組に加入して団体交渉を求めてきたり,会社オフィスの前でビラ配りしたりする。

2015-09-17 | 日記

社外の合同労組に加入して団体交渉を求めてきたり,会社オフィスの前でビラ配りしたりする。


 社内の過半数組合との間でユニオン・ショップ協定(雇われた以上は特定の組合に加入せねばならず,加入しないときは使用者においてこれを解雇 するという協定)が締結されている会社の場合,ユニオン・ショップ協定を理由に,社内の労働組合を脱退して社外の合同労組に加入した社員を解雇することができないか検討したくなるかもしれませんが,「ユニオン・ショップ協定のうち,締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが,他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は,右の観点からして,民法90条の規定により,これを無効と解すべきである(憲法28条参照)。」とするのが最高裁判例(三井倉庫港運事件最高裁第一小法廷平成元年12月14日判決)ですので,ユニオン・ショップ協定を理由に,当該社員を解雇することはできません。

 社外の合同労組からの団体交渉 申入れであっても,原則として応じる必要があります。
 社内組合が唯一の交渉団体である旨の規定(唯一交渉団体条項)のある労働協約が締結されていたとしても,団体交渉拒否の正当な理由とはならず,団交拒否は不当労働行為となります。

 会社オフィス付近での街宣活動が正当な組合活動と評価される場合には,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等をすることはできません。
 他方,正当な組合活動を逸脱するようなものについては,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等が認められることになります。

 労働組合が組合員の経済的地位の向上をはかる目的で,会社の経営方針や企業活動を批判する場合,文書の表現が激しかったり,多少の誇張が含まれているとしても,なお正当な組合活動といえ,そのために会社が多少の不利益を受けたり,社会的信用が低下することがあっても,会社としてはこれを受忍すべきものと判断される可能性が高いものと思われます。
 しかし,組合活動としてなされる文書活動であっても,虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して,会社の利益を不当に侵害したり,名誉,信用を毀損,失墜させたり,あるいは企業の円滑な運営に支障を来たしたりするような場合には,組合活動として正当性の範囲を逸脱すると評価することができ,懲戒処分,損害賠償請求等の対象となります。
 ビラ配りがなされた場合は,ビラを確保して内容をチェックし,対応を検討すべきです。

 労働組合またはその組合員が,使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは,原則として使用者の施設管理権を不当に侵害するものであり,正当な組合活動とはいえません。
 他方,会社敷地内での組合活動であっても,一般人が自由に立ち入ることができる格別会社の職場秩序が乱されるおそれのない場所での組合活動は,使用者の施設管理権を不当に侵害するものとはいえないのが通常と思われます。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

2015-09-16 | 日記

トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。


(1) 高年齢者雇用確保措置の概要

 高年法9条1項は,65歳未満の定年の定めをしている事業主に対し,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,
 ① 定年の引上げ
 ② 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度)の導入
 ③ 定年の定めの廃止 のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)
を講じなければならないと規定しています。


(2) 雇用確保措置の内容
 厚生労働省の「今後の高年齢者雇用に関する研究会」が取りまとめた「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」によると,平成22(2010)年において,雇用確保措置を導入している企業の割合は,全企業の96.6%であり,その内訳は以下のとおりです。
 ① 定年の引上げの措置を講じた企業の割合 → 13.9%
 ② 継続雇用制度を導入した企業の割合   → 83.3%
 ③ 定年の定めを廃止した企業の割合    → 2.8%


(3) 継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準
 改正前の高年法9条2項は,過半数組合又は過半数代表者との間の書面による協定により,②継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることができる旨規定していました。
 平成25年4月1日施行の『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律』では,継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止について規定されていますが,平成25年4月1日の改正法施行の際,既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準については,平成37年3月31日までの間は,段階的に基準の対象となる年齢が以下のとおり引き上げられるものの,なお効力を有するとされています。
 平成25年4月1日~平成28年3月31日 61歳以上が対象
 平成28年4月1日~平成31年3月31日 62歳以上が対象
 平成31年4月1日~平成34年3月31日 63歳以上が対象
 平成34年4月1日~平成37年3月31日 64歳以上が対象
 継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準は具体的で客観的なものである必要があり,トラブルが多い社員は継続雇用の対象とはならないといった抽象的な基準を定めたのでは,公共職業安定所において,必要な報告徴収が行われるとともに,助言・指導,勧告の対象となる可能性があり,勧告を受けた者がこれに従わない場合は企業名が公表される可能性もあります(高年法10条)。
 健康状態,出勤率,懲戒処分歴の有無,勤務成績等の客観的基準を定めるべきです。
 「JILPT「高齢者の雇用・採用に関する 調査」(2008)」によると,実際の継続雇用制度の基準の内容としては,以下のようなものが多くなっています。
 ① 健康上支障がないこと(91.1%)
 ② 働く意思・意欲があること(90.2%)
 ③ 出勤率,勤務態度(66.5%)
 ④ 会社が提示する職務内容に合意できること(53.2%)
 ⑤ 一定の業績評価(50.4%)
 常時10人以上の労働者を使用する使用者が,継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めた場合には,就業規則の絶対的必要記載事項である「退職に関する事項」に該当することとなるため,労基法89条に定めるところにより,労使協定により基準を策定した旨を就業規則に定め,就業規則の変更を管轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。


(4) 高年法9条の私法的効力
 高年法9条には私法的効力がない(民事訴訟で継続雇用を請求する根拠にならない)と一般に考えられていますが,就業規則に継続雇用の条件が定められていればそれが労働契約の内容となり,私法上の効力が生じることになります。
 したがって,就業規則に規定された継続雇用の条件が満たされている場合は,高年齢者は,就業規則に基づき,継続雇用を請求できることになります。
 就業規則に定められた継続雇用の要件を満たしている定年退職者の継続雇用を拒否した場合,会社は損害賠償義務を負う可能性があることに争いはありませんが,裁判例の中には,解雇 権濫用法理の類推などにより,継続雇用自体が認められるとするものもあります。
 津田電気計器事件最高裁第一小法廷平成24年11月29日判決は,定年に達した後引き続き1年間の嘱託雇用契約により雇用されていた労働者の継続雇用に関し,東芝柳町工場事件最高裁判決,日立メディコ事件最高裁判決を参照判例として引用して,「本件規程所定の継続雇用基準を満たすものであったから,被上告人において嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があると認められる一方,上告人において被上告人につき上記の継続雇用基準を満たしていないものとして本件規程に基づく再雇用をすることなく嘱託雇用契約の終期の到来により被上告人の雇用が終了したものとすることは,他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ない。したがって,本件の前記事実関係等の下においては,前記の法の趣旨等に鑑み,上告人と被上告人との間に,嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり,その期限や賃金,労働時間等の労働条件については本件規程の定めに従うことになるものと解される」と判示しています。
 この最高裁判決は,定年退職後の嘱託社員を継続雇用しなかった事案に関するものであり,正社員が定年退職した直後に継続雇用されなかった事案に関するものではありませんが,正社員が定年退職した直後に継続雇用されなかった事案についても同様の判断がなされる可能性もあり,十分な検討が必要です。


(5) 希望者全員を継続雇用するという選択肢
 トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくることに対する対策としては,
 ① 改正法施行前から継続雇用制度を採用していた会社で「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」を維持する
 ② 再雇用自体は認めた上で,トラブルが生じにくい業務を担当させる(接客やチームワークが必要な仕事から外す等。)ことや,賃金の額を低く抑えること等により不都合が生じないようにすること 等が考えられます。
 継続雇用制度を維持した上で,「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」を定める方法によりトラブルの多い社員の継続雇用を阻止することができればそれに越したことはありませんが,継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みは原則として廃止されています。
 改正法施行の際,既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準については,平成37年3月31日までの間は,段階的に基準の対象となる年齢が引き上げられながらもなお効力を有するとされていますが,例外的制度であるという位置づけは否めません。
 また,基準を適用することによる継続雇用拒否は,紛争を誘発しがちです。
 高年齢者雇用確保措置が義務付けられた主な趣旨が年金支給開始年齢引き上げに合わせた雇用対策であること,継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが廃止される方向に向かっていることからすれば,原則どおり,希望者全員を継続雇用するという選択肢もあり得るのではないでしょうか。
 統計上も,継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準制度により離職した者が定年到達者全体に占める割合は,わずか2.0%に過ぎないとされています(「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」)。
 トラブルが多い点については,トラブルが生じにくい業務を担当させる(接客やチームワークが必要な仕事から外す等。)ことや,賃金の額を低く抑えること等により対処することも考えられます。
 改正法では,継続雇用制度の対象者を雇用する企業の範囲の拡大についても規定されていますので,そういった規定を活用することも考えられるところです。


(6) 継続雇用後の労働条件による調整
 高年法上,継続雇用後の賃金等の労働条件については特別の定めがなく,年金支給開始年齢の65歳への引上げに伴う安定した雇用機会の確保という同法の目的,最低賃金法等の強行法規,公序良俗に反しない限り,就業規則,個別労働契約等において自由に定めることができます。
 もっとも,就業規則で再雇用後の賃金等の労働条件を定めて周知させている場合,それが労働条件となりますから,再雇用後の労働条件を,就業規則に定められている労働条件に満たないものにすることはできません。
 高年齢者雇用確保措置の主な趣旨が,年金支給開始年齢引上げに合わせた雇用対策,年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保である以上,継続雇用後の賃金額に在職老齢年金,高年齢者雇用継続給付等の公的給付を加算した手取額の合計額が,従来であれば高年齢者がもらえたはずの年金額と同額以上になるように配慮すべきであり,「時給1000円,1日8時間・週3日勤務」程度の賃金額にはしておきたいところです。
 高年法が求めているのは,継続雇用制度の導入であって,事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく,事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば,労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず,結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても,高年法違反となるものではありません。
 したがって,トラブルの多い社員との間で,再雇用後の労働条件について折り合いがつかず,結果として継続雇用に至らなかったとしても,それが直ちに問題となるわけではありません。



≫ 弁護士法人四谷麹町法律事務所

 会社経営者のための労働問題相談サイト


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする