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管理職なのに残業代を請求してくる。

2015-09-16 | 日記

管理職なのに残業代を請求してくる。


(1) 管理職 ≠「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)
 管理職であっても,労基法上の労働者である以上,原則として労基法37条の適用があり,週40時間,1日8時間を超えて労働させた場合,法定休日に労働させた場合,深夜に労働させた場合は,時間外労働時間,休日労働,深夜労働に応じた残業代(割増賃金)を支払わなければならないのが原則です。
 当該管理職が,労基法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)に該当すれば,労働時間,休憩,時間外・休日割増賃金,休日,賃金台帳に関する規定は適用除外となりますので,その結果,労基法上,使用者は時間外・休日割増賃金の支払義務を免れることになりますが,裁判所の考えている管理監督者の要件を充足するのは,本社の幹部社員など,ごく一部と考えられます。
 中小企業の場合,管理監督者の実態を有する管理職は,取締役とされていることも多い印象です。
 通常は,管理監督者扱いとすることで残業代の支払義務を免れることができると考えるべきではありません。


(2) 管理監督者と深夜割増賃金
 管理監督者であっても,深夜労働に関する規定は適用されますので,管理職が管理監督者であるかどうかにかかわらず,深夜割増賃金(労基法37条3項)を支払う必要があることに変わりはありません(ことぶき事件最高裁第二小法廷平成21年12月18日判決)。


(3) 管理職 からの残業代 請求に対するリスク管理
 管理監督者としていた社員から労基法37条に基づく割増賃金の請求を受けるリスクを負いたくない場合は,管理監督者とする管理職の範囲を狭く捉えて上級管理職に限定し,その他の管理職は最初から管理監督者としては取り扱わずに残業代を満額支給し,基本給や賞与等の金額を抑えることで,総賃金額を調整したほうが無難かもしれません。


(4) 管理職本人が残業代不支給に同意していたり,就業規則で管理職には残業代を支給しない旨定めたりした場合
 労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効となり,無効となった部分については労基法で定める基準が適用されます(労基法13条)。
 就業規則等で管理職には残業代を支給しない旨規定したり,管理職本人が残業代不支給に同意したりしていたとしても,直ちに残業代の支払義務を免れるわけではありません。


(5) 管理監督者の判断基準
 管理監督者は,一般に,「労働条件の決定その他労務管理について,経営者と一体的な立場にある者」をいうとされ,管理監督者であるかどうかは,
① 職務の内容,権限及び責任の程度
② 実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度
③ 待遇の内容,程度
等の要素を総合的に考慮して,判断されることになります。


(6) ①職務の内容,権限及び責任の程度
 ①職務の内容,権限及び責任の程度を検討するにあたっては,労務管理を含む事業経営上重要な事項にかかわっているか,事業経営に関する決定過程にどの程度関与しているか,現場業務(管理監督以外の仕事)にどの程度従事していたか,他の従業員の職務遂行・労務管理に対する関与の程度,管理監督者として扱われている社員の割合等が考慮されるます。


(7) ②実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度
 ②実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度を検討するにあたっては,タイムカード等による始業終業時刻管理の有無,欠勤控除の有無等が考慮されます。

(8) ③待遇の内容,程度
 ③待遇の内容,程度を検討するにあたっては,役職手当や賃金の額が役職に見合っているか,社内における賃金額の順位,管理職になった後の賃金総額と管理職になる前の賃金総額との比較等が考慮されます。


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勝手に残業して残業代(割増賃金)を請求してくる。

2015-09-16 | 日記

勝手に残業して残業代(割増賃金)を請求してくる。


1 基本的発想
 部下に残業させて残業代 (割増賃金)を支払うのか,残業させずに帰すのかを決めるのは上司の責任であり,上司の管理能力が問われる問題です。その日のうちに終わらせる必要がないような仕事については,翌日以降の所定労働時間内にさせるといった対応が必要となります。


2 不必要な残業を止めて帰宅するよう口頭で注意しても社員が帰宅しない場合の対応
 不必要な残業を止めて帰宅するよう口頭で注意しても社員が帰宅しない場合は,社内の仕事をするスペースから現実に外に出すようにして下さい。終業時刻後も社員が社内の仕事をするスペースに残っている場合,事実上,使用者の指揮命令下に置かれているものと推定され,有効な反証ができない限り,残業していると評価される可能性が高いところです。近時の裁判例の中にも,「一般論としては,労働者が事業場にいる時間は,特段の事情がない限り,労働に従事していたと推認すべきである。」とするものがあります(ヒロセ電機事件東京地裁平成25年5月22日判決)。
 最低限,タイムカードを打刻させるとか,現実に働いていた時間を自己申告させるとかする必要がありますが,普段仕事をしている部屋にいつまでも残っているのを放置していると,タイムカード打刻後も残業させられていたとか,実際の残業時間よりも短い残業時間の自己申告を強制された等と主張されて,残業代請求を受けるリスクが生じます。


3 仕事の合間に食事したり喫煙したりおしゃべりしたり居眠りしたりしている時間
 仕事の合間に,食事したり,喫煙したり,おしゃべりしたり,居眠りしたり,仕事とは関係のない本を読んだりしていた場合であっても,まとまった時間,仕事から離脱したような場合でない限り,所定の休憩時間を超えて労働時間から差し引いてもらえないのが通常です。居眠り等が目に余る場合は,その都度,上司が注意指導して仕事をさせるのが本筋です。上司が部下の注意指導を怠っていたのでは,無駄な残業はなくなりません。


4 本人の能力が低いことや所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことが残業の原因の場合
 本人の能力が低いことや所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことが残業の原因の場合であっても,現実に残業している場合は,残業時間として残業代の支払義務が生じます。本人の能力が低いことや,所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことは,注意,指導,教育等で改善させるとともに,人事考課で考慮すべき問題であって,残業時間に対し残業代(割増賃金)を支払わなくてもよくなるわけではありません。


5 明示の残業命令を出していないものの部下が残業していることを上司が知りながら放置していた場合
 明示の残業命令を出していなくても,部下が残業していることを上司が知りながら放置していた場合は,残業していることが想定することができる時間帯については,黙示の残業命令があったと認定されるのが通常です。具体的に何時まで残業していたのかは分からなくても,残業していること自体は上司が認識しつつ放置していることが多い印象です。部下が残業していることに気付いたら,上司は,残業を止めさせて帰宅させるか,残業代(割増賃金)の支払を覚悟の上で仕事を続けさせるか,どちらかを選択する必要があります。


6 残業の事前許可制
 残業の事前許可制は,残業する場合には上司に申告してその決裁を受けなければならない旨就業規則等に定めるだけでなく,実際に残業の事前許可なく残業することを許さない運用がなされているのであれば,不必要な残業の抑制や想定外の残業代(割増賃金)請求対策になります。
 しかし,就業規則に残業の事前許可制を定めて周知させたとしても,実際には事前許可なく残業しているのを上司が知りつつ放置しているような職場の場合は,不必要な残業時間の抑制になりませんし,黙示の残業命令により残業させたと認定され,残業代(割増賃金)の支払を余儀なくされることになります。
 残業の事前許可なく残業している社員を見つけたら,直ちに残業を止めさせて帰らせるか,許可申請するよう促すようにして下さい。就業規則を整備しても,実態が伴わなければ,不必要な残業時間の抑制にも想定外の残業代(割増賃金)請求対策にもなりません。


7 タイムカードの打刻時間が実際の労働時間の始期や終期と食い違っている場合
 タイムカードにより労働時間又は勤怠を管理している場合,タイムカードに打刻された出社時刻と退社時刻との間の時間から休憩時間を差し引いた時間が,その日の実労働時間と認定されることが多いところです。タイムカードの打刻時間が実際の労働時間の始期や終期と食い違っている場合は,それを敢えて容認してタイムカードに基づいて残業代を支払うか,働き始める直前,働き終わった直後にタイムカードを打刻させるようにするかを選択する必要があります。


8 自己申告制と労働時間
 自己申告された労働時間が実際の労働時間と合致しているのであれば,自己申告された労働時間をチェックすることで不必要な残業時間の抑制につなげることができますし,自己申告された労働時間に基づいて残業代(割増賃金)を支払えば,想定外の残業代(割増賃金)請求対策になります。
 しかし,自己申告された労働時間が実際の労働時間に満たない場合は,自己申告された労働時間をチェックしても不必要な残業時間の抑制につなげることができませんし,自己申告された労働時間に基づいて残業代(割増賃金)を支払っても想定外の残業代(割増賃金)請求がなされる可能性があります。
 自己申告制を採用する場合は,パソコンのオンオフのログで在社時間をチェックし,自己申告の労働時間と在社時間の齟齬が大きい場合には当該社員から事情説明を求める等の工夫をして,自己申告された労働時間が実際の労働時間と合致するようにする必要があります。


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残業代込みの給料であることに納得して入社したにもかかわらず,残業代の請求をしてくる。

2015-09-16 | 日記

残業代込みの給料であることに納得して入社したにもかかわらず,残業代の請求をしてくる。


1 残業代 (割増賃金)は支払わない旨の合意の有効性
 残業代(割増賃金)の支払は労基法37条で義務付けられているところ,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める部分についてのみ無効となり,無効となった部分は労基法で定める労働基準となります(労基法13条)。したがって,残業させた場合であっても労基法37条に定める残業代を支払わないとする合意は無効となり,残業させた場合には労基法37条で定める残業代の支払義務を負うことになるため,残業代を支払わなくても異存はない旨の誓約書に署名押印させてから残業させた場合であっても,使用者は残業代の支払義務を免れることはできません。
 この結論は,年俸制社員であっても,変わりません。


2 残業代(割増賃金)に当たる部分を特定せずに月例賃金には残業代が含まれている旨の合意の有効性
 残業代(割増賃金)に当たる部分を特定せずに月例賃金には残業代が含まれている旨合意し,合意書に署名押印させていたとしても,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができず,残業代(割増賃金)を支払わないのと変わらない結果となるので,労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。
 モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件東京地裁平成17年10月19日判決では,割増賃金に相当する金額が特定されていないにもかかわらず,基本給に残業代が含まれているとする会社側の主張が認められていますが,労働者が自らの判断で営業活動や行動計画を決めることができ,基本給だけで月額183万円超えている(別途,多額のボーナス支給等もある。)等,追加の残業代の請求を認めるのが相当でない特殊事情があった事案であり,通常の事例にまで同様の判断がなされると考えることはできません。


3 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う場合
(1) 賃金規程等の定め
 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払ったといえるためには,基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う旨の合意や賃金規程等の定めは最低限必要となります。「契約書の記載も賃金規程の定めも存在しないが,口頭で説明した。」では,基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払うことが労働契約の内容になっているとは認められないのが通常です。

(2) 時間外・休日・深夜労働させた場合の基本給等自体の金額の増額又は通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性
 時間外・休日・深夜労働させた場合に,基本給等自体の金額が増額されるのであれば,増額部分が時間外・休日・深夜割増賃金と評価することができますので,増額部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
 また,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるのであれば,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができますので,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められることになります。
(3) 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえるためには,労働契約において,何を明示する必要があるか
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は,「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ,法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。」と結論付けています。この考え方に従えば,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,労働契約において,時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必要となります。
 しかし,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに,使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを法が要請しているという結論に結びつくものではありません。
 また,テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決の法廷意見も,高知県観光事件最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決も,使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを要求していません。仮に,櫻井龍子補足意見の言うとおりであったとすれば,その旨,法廷意見の判旨から読み取れるはずです。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
 したがって,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,労働契約において,時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必須の要件となるものではないと考えます。
 もっとも,テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決が,「月額41万円の全体が基本給とされており,その一部が他の部分と区別されて労基法37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれないこと」を考慮要素の一つとして,月額41万円の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきであると結論付けていることからすれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるかの判断に当たっては,賃金の一部が他の部分と区別されて労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金とされていることが重要な考慮要素となると考えられ,原則的には,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示する必要があるものと考えます。
 時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」さえ明示すれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから,当該時間外・休日・深夜割増賃金が何時間分の時間外・休日・深夜労働の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
 ただし,定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
(4) 「基本給には,45時間分の残業手当を含む。」といったように,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」については明示せず,「時間外・休日・深夜労働時間数」のみを明示した場合,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められるか
 時間数を明示しただけでも,方程式を用いれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる金額と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる金額を算定することができ,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができることから,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえなくもありません。
 しかし,「45時間分の残業手当」が何円で,残業手当以外の金額が何円なのかが一見して分からず,45時間を超えて残業した場合にどのように計算して追加の残業代を計算すればいいのか分かりにくいことも多いところです。給与明細書・賃金台帳の時間外勤務手当欄・休日勤務手当欄・深夜勤務手当欄が空欄となっていたり0円と記載されていたりすることが多いため,残業代は支払済みと言ってみても説得力が今一つなこともあります。労基法上,通常の時間外労働の割増賃金単価(25%増し)は,深夜の時間外労働の割増賃金単価(50%増し)や法定休日労働の割増賃金単価(35%増し)と単価が異なりますが,どれも等しく「45時間分」の時間に含まれるのか,あるいは時間外労働分だけが含まれており,深夜割増賃金や休日割増賃金は別途支払う趣旨なのか,その文言だけからでは明らかではないこともあります。
 予定されている残業時間以上の残業をした場合に不足する残業代(時間外・休日・深夜割増賃金)が追加で支給されているような場合は,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められやすい傾向にありますが,残業代の精算がなされていない場合は,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクが比較的高いと言わざるを得ません。
 定額(固定)残業代制度を採用する場合には,基本的には定額(固定)残業代の「金額」を明示することをお勧めします。
(5) 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か
 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことですし,最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないのですから,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えます。
 ただし,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことで労働者と合意しても害はありません。また,労基法所定の計算方法による額が定額(固定)残業代の額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための必須の要件と考える裁判官もいます。
 小糸機材事件東京地裁昭和62年1月30日判決は,「傍論」において,「仮に,月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても,その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意がされ,かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ,その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができる」と判示し,東京地裁判決とほぼ同じ理由で会社側の控訴を棄却した東京高裁昭和62年11月30日判決の認定判断を最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決が是認しています。
 阪急トラベルサポート事件(派遣添乗員・第2)事件最高裁平成26年1月24日判決の原審の東京高裁平成24年3月7日判決においても,「仮に時間外手当を加えて基本給を決定する旨の合意がなされたとしても,時間外手当部分に当たる部分を明確に区分して合意し,かつ,労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意した場合のみその予定時間外手当分を当該月の時間外手当の一部又は全部とすることができると解すべき」としています。
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見においても,「さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合,そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。」としています。
 したがって,実際には,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに,個別合意を取得しておくべきと考えます。
(6) 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が労働者に明示されていることが必要か
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は,「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが,その場合は,その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。」としており,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,時間外・休日・深夜労働の時間数及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が「賃金支給時」に労働者に対し明確に示されていることが必要となるようにも読めます。
 しかし,定額(固定)残業代の支払により定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要である理由が明らかでありません。仮に,「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものである」ことを理由としているとしても,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要と結論付けることはできません。
 仮に,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要であるとすると,労働契約書で賃金の内訳が明示されていて,通常の労働時間・労働日の賃金と時間外・休日・深夜割増賃金の金額が明らかであるにもかかわらず,給与明細書を交付しなかったり交付が遅れたりしただけで,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払っていないことになりかねませんが,このような結論が不合理なのは明らかです。
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決法廷意見も,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,賃金支給時において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを要求していません。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
 櫻井龍子補足意見のこの部分の文末が「であろう。」という表現を用いていることも勘案すると,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件とするまでの意図はなかった可能性もありません。
 したがって,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えます。
 もっとも,実際には,通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために,給与明細書においても,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきと考えます。
 賃金支給時においても,当該時間外・休日・深夜割増賃金が何時間分の時間外・休日・深夜労働の対価かを明示することは必須の要件ではないと考えられますが,支給された金額が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。


4 基本給や他の手当等の通常の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う場合
(1) 賃金規程等の定め
 「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で金額を明示して支給した場合は,通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
 他方,「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見,時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合は,当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがない限り,通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。
(2) 当該手当が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であること
 「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見,時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合,当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがある場合であっても,実質的に時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であるとは認められないとして,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクがあります。
 例えば,営業手当はその全額を時間外割増賃金の趣旨で支払う旨の賃金規程の定めがある事案において,反対尋問において,「営業手当はどういった趣旨の手当ですか?」と労働者側弁護士から質問されると,「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨の手当です。」等と回答しがちです。このような趣旨の手当では,時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当とはいえないので,時間外割増賃金の支払があったとは認められなくなるリスクがあります。
 模範解答どおり,「時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当です。」と回答したとしても,「営業手当の全額がそうなんですか?」「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含むんじゃないですか?」等と尋問されると,これを否定するのはつらくなり,「基本的には時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当なのですが,営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含んでいます。」等といった回答をせざるを得なくなる可能性があります。
 営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨と時間外割増賃金の趣旨とが混在する場合,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができなければ時間外割増賃金の支払があったとは認められないと考えられますが,上記のような場合,営業手当のうち何円が営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨で支払われるもので,何円が時間外割増賃金の趣旨で支払われるものか分からないため,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができないと判断されて,時間外割増賃金の支払があったと認められなくなるリスクが高いものと思われます。
(3) 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性
 通常の労働時間・労働日の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で定額(固定)残業代を支払う場合,当該手当の全額が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であると評価できるのであれば,支給した時間外・休日・深夜割増賃金の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうかを容易に計算(検証)できるため,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができます。
 全額が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨を有する手当の「金額」さえ明示すれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから,当該手当が何時間分の時間外・休日・深夜労働時間の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
 ただし,当該手当が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該手当の金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
 また,労基法上の割増賃金には,時間・休日・深夜割増賃金の3種類があり,それぞれ時間単価が異なるため,当該手当と時間外・休日・深夜割増賃金との関係を明確に定義しておく必要があります。
(4) 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か
 3(5)で述べたとおり,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことですし,最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないのですから,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えられますが,実際には,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに,個別合意を取得しておくべきと考えます。
(5) 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要か
 3(6)で述べたとおり,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えますが,実際には,通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために,給与明細書において時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきですし,支給された定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当であること)を明らかにするためにも,当該手当の金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。


5 定額(固定)残業代制度の有効性を判断する際のイメージ
 定額(固定)残業代の支払は,一定金額の時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることが明確であればあるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められやすくなり,時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることが分かりにくくなればなるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなかったと認定されやすくなります。
 会社経営者は,普段は時間外・休日・深夜割増賃金とは分からない名目の手当等を支給した上で,残業代請求を受けた途端,当該手当は時間外・休日・深夜割増賃金だとか,基本給には残業代が含まれているだとか主張できるような制度設計を望む傾向にあり,こういった会社経営者の意向に迎合した賃金制度が散見されます。
 しかし,「いいとこ取り」しようとして,定額(固定)残業代の支払が時間外・休日・深夜割増賃金の支払だとは分かりにくくなればなるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認めてもらいにくくなり,多額の残業代請求が認められてしまうリスクが高くなることを理解しておく必要があります。


6 追加の残業代(割増賃金)の支払義務
 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったと認められた場合は,当該定額(固定)残業代を含む除外賃金を除外した賃金を基礎賃金として労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で残業代(割増賃金)の金額を計算した結果,定額(固定)残業代の金額で不足する場合は,その「不足額」を当該賃金の支払期に支払う法的義務が生じることになります。
 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったと認めてもらえなかった場合は,定額(固定)残業代も残業代算定の基礎賃金に算入されて残業代(割増賃金)が算定され,その「全額」を当該賃金の支払期に支払う法的義務が生じることになります。


7 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率
 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率と定額(固定)残業代の有効性との間には,論理必然の関係はありません。
 もっとも,脳・心臓疾患や精神疾患 を発症した場合に,長時間労働を理由として労災認定がなされる可能性が高い時間外労働を予定するような定額(固定)残業代制度を採用すべきではなく,月80時間分の時間外割増賃金額を下回る定額(固定)残業代額にすべきと考えます。個人的見解としては,月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率は,金額では月例賃金全体の20%~30%程度,時間外労働時間数では月45時間程度までに抑え,それを超える時間外・休日・深夜労働については追加で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う定額(固定)残業代制度とすることをお勧めします。
 最低賃金との関係では,定額(固定)残業代部分は最低賃金算定の基礎賃金には含まれないことに注意して下さい。
 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率が高い会社は,社員の離職率が高く,労使紛争が起きやすく,定額(固定)残業代の合意等の有効性が裁判所により否定されやすく,労働組合などによる労働運動のターゲットとされやすい傾向にあることにも留意して下さい。


8 定額(固定)残業代制度導入の手順
 ① 当該業務に通常必要とされる時間外・休日・深夜労働時間等の勤務実態を調査し,調査の経過及び結果を記録に残す。
 ② 調査結果に基づき,何時間分の時間外・休日・深夜労働に対する時間外・休日・深夜割増賃金を定額(固定)残業代として支払う必要があるのかについて協議決定し,記録に残す。
 ③ 「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で定額(固定)残業代を支払う旨及び不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりする。
 ④ 給料日には,「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で,金額を明確に分けて給与明細に記載して支給する。


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有期契約労働者を契約期間満了で雇止めしたところ,雇止めは無効だと主張してくる。

2015-09-16 | 日記

有期契約労働者を契約期間満了で雇止めしたところ,雇止めは無効だと主張してくる。


(1) 労契法19条
 有期労働契約は契約期間満了で契約終了となるのが原則です。
 しかし,労契法19条の要件を満たす場合は,使用者は,従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で有期労働契約者からの有期労働契約の更新の申込み又は有期労働契約の締結の申込み当該申込みを承諾したものとみなされるため,雇止めをしても労働契約を終了させることはできません。


(有期労働契約の更新等)

19条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって,使用者が当該申込みを拒絶することが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,使用者は,従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。

一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって,その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが,期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。


(2) 労契法19条の趣旨
 労契法19条は,東芝柳町工場事件最高裁第一小法廷昭和49年7月22日判決,日立メディコ事件最高裁第一小法廷昭和61年12月4日判決等の最高裁判決で確立している雇止め法理を制定法化して明確化を図り,認識可能性の高いルールとすることにより,紛争を防止する趣旨の条文です。
 基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」では,「法第19条は,次に掲げる最高裁判所判決で確立している雇止めに関する判例法理(いわゆる雇止め法理)の内容や適用範囲を変更することなく規定したものであること。」とされていますが,従来の雇止め法理では解雇権濫用法理の類推適用(濫用論)で処理されていたのに対し,本条は使用者の承諾みなしを規定したものであり,本条の構造は従来の雇止め法理とは異なっています。
 もっとも,雇止め法理を制定法化して明確化を図るという立法趣旨からすれば,本条の解釈にあたっては従来の雇止め法理が参考にされるものと考えられます。

(3) 更新に対する合理的期待の判断時期が「当該有期労働契約の契約期間の満了時」とされたことの意味
 本条2号では,更新に対する合理的期待の判断時期が「当該有期労働契約の契約期間の満了時」であると規定されていますが,これは従来の雇止め法理では明示されていなかったものです。
 基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」では,「なお,法第19条第2号の『満了時に』は,雇止めに関する裁判例における判断と同様,『満了時』における合理的期待の有無は,最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた有期労働契約の満了時までの間におけるあらゆる事情が総合的に勘案されることを明らかにするために規定したものであること。したがって,いったん,労働者が雇用継続への合理的な期待を抱いていたにもかかわらず,当該有期労働契約の契約期間の満了前に使用者が更新年数や更新回数の上限などを一方的に宣言したとしても,そのことのみをもって直ちに同号の該当性が否定されることにはならないと解されるものであること。」とされています。

(4) 有期契約労働者による有期労働契約の更新または締結の申込み
 従来の雇止め法理では,解雇権濫用法理の類推適用(濫用論)で処理されていたこともあり,有期契約労働者による有期労働契約の更新または締結の申込みは要件とはされていませんでした。
 これに対し,本条は有期労働契約の申込みに対する使用者の承諾を擬制することにより有期労働契約の更新または成立を認めるものであるため,有期労働契約者による有期労働契約の更新または締結の申込みが新たに要件として規定されました。
 基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」では,「法第19条の『更新の申込み』及び『締結の申込み』は,要式行為ではなく,使用者による雇止めの意思表示に対して,労働者による何らかの反対の意思表示が使用者に伝わるものでもよいこと。」「また,雇止めの効力について紛争となった場合における法第19条の『更新の申込み』又は『締結の申込み』をしたことの主張・立証については,労働者が雇止めに異議があることが,例えば,訴訟の提起,紛争調整機関への申立て,団体交渉等によって使用者に直接又は間接に伝えられたことを概括的に主張立証すればよいと解されるものであること。」とされています。

(5) 「当該契約期間の満了後遅滞なく」の意味
 有期労働契約者による有期労働契約の締結の申込みは,当該契約期間満了後遅滞なくなされる必要があります。
 この要件が加えられることにより,使用者が契約期間終了後長期間不安定な法的状態に置かれ続けることを防止することができ,法的安定性に資することになります。
 もっとも,「当該契約期間の満了後遅滞なく」という要件は,必ずしも法律に詳しいわけではない労働者側に要求される要件であることを考慮すれば,比較的緩やかに解釈されることが予想されます。
 基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」においても,「法第19条の『遅滞なく』は,有期労働契約の契約期間の満了後であっても,正当な又は合理的な理由による申込みの遅滞は許容される意味であること。」とされています。

(6) 労契法19条の効果
 使用者は,従前の有期労働契約の労働条件と同一の労働条件(契約期間を含む。)で,労働者からの有期労働契約の更新または締結の申込みを承諾したものとみなされます。
 これは,有期労働契約の更新または締結の申込みに対する使用者の承諾を擬制することにより有期労働契約の更新または締結を認めるものであり,従来の雇止め法理が解雇権濫用法理の類推適用(濫用論)で処理していたのとは効果が異なります。
 また,本条では,契約期間についても,従前の有期労働契約の労働条件と同一であることが明確にされています。

(7) 有期労働契約の類型
 「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会」(山川隆一座長)は38件にも及ぶ雇止めに関する裁判例を分析し,平成12年9月11日に「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」を発表しました。
 同報告では,有期労働契約の類型について,以下のような分析がなされています。

1 原則どおり契約期間の満了によって当然に契約関係が終了するタイプ
 [純粋有期契約タイプ]
  事案の特徴:
   ・ 業務内容の臨時性が認められるものがあるほか,契約上の地位が臨時的なものが多い。
   ・ 契約当事者が有期契約であることを明確に認識しているものが多い。
   ・ 更新の手続が厳格に行われているものが多い。
   ・ 同様の地位にある労働者について過去に雇止めの例があるものが多い。
  雇止めの可否: 雇止めはその事実を確認的に通知するものに過ぎない。


2 契約関係の終了に制約を加えているタイプ
 1に該当しない事案については,期間の定めのない契約の解雇 に関する法理の類推適用等により,雇止めの可否を判断している(ただし,解雇に関する法理の類推適用等の際の具体的な判断基準について,解雇の場合とは一定の差異があることは裁判所も容認)。
 本タイプは,当該契約関係の状況につき裁判所が判断している記述により次の3タイプに細分でき,それぞれに次のような傾向が概ね認められる。

 (1) 期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態に至っている契約であると認められたもの
  [実質無期契約タイプ]
   事案の特徴: 業務内容が恒常的,更新手続が形式的であるものが多い。雇用継続を期待させる使用者の言動がみられるもの,同様の地位にある労働者に雇止めの例がほとんどないものが多い。
   雇止めの可否: ほとんどの事案で雇止めは認められていない。

 (2) 雇用継続への合理的な期待は認められる契約であるとされ,その理由として相当程度の反復更新の実態が挙げられているもの
  [期待保護(反復更新)タイプ]
   事案の特徴: 更新回数は多いが,業務内容が正社員と同一でないものも多く,同種の労働者に対する雇止めの例もある。
   雇止めの可否: 経済的事情による雇止めについて,正社員の整理解雇 とは判断基準が異なるとの理由で,当該雇止めを認めた事案がかなりみられる。

 (3) 雇用継続への合理的な期待が,当初の契約締結時等から生じていると認められる契約であるとされたもの
  [期待保護(継続特約)タイプ]
   事案の特徴: 更新回数は概して少なく,契約締結の経緯等が特殊な事案が多い。
   雇止めの可否: 当該契約に特殊な事情等の存在を理由として雇止めを認めない事案が多い。

(8) 有期労働契約の実態を検討する際の考慮要素
 「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」によれば,裁判例における判断の過程をみると,主に次の6項目に関して,当該契約関係の実態に評価を加えているものとされています。
① 業務の客観的内容
 従事する仕事の種類・内容・勤務の形態(業務内容の恒常性・臨時性,業務内容についての正社員との同一性の有無等)
② 契約上の地位の性格
 契約上の地位の基幹性・臨時性(例えば,嘱託,非常勤講師等は地位の臨時性が認められる。),労働条件についての正社員との同一性の有無等
③ 当事者の主観的態様
 継続雇用を期待させる当事者の言動・認識の有無・程度等(採用に際しての雇用契約の期間や,更新ないし継続雇用の見込み等についての雇主側からの説明等)
④ 更新の手続・実態
 契約更新の状況(反復更新の有無・回数,勤続年数等),契約更新時における手続の厳格性の程度(更新手続の有無・時期・方法,更新の可否の判断方法等)
⑤ 他の労働者の更新状況
 同様の地位にある他の労働者の雇止めの有無等
⑥ その他
 有期労働契約を締結した経緯,勤続年数・年齢等の上限の設定等

(9) 労契法19条が適用された場合と正社員の解雇の差異
 従来,有期労働契約者の雇止めに解雇権濫用法理が類推適用された場合であっても,雇止め制限の判断基準は正社員の解雇の判断基準とは異なる扱いがなされてきました。
 例えば,日立メディコ事件最高裁第一小法廷昭和61年12月4日判決は,業績悪化を理由として人員削減目的の雇止めがなされた事案に関し,「右臨時員の雇用関係は比較的簡易な採用手続で締結された短期的有期契約を前提とするものである以上,雇止めの効力を判断すべき基準は,いわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めのない労働契約を締結しているいわゆる本工を解雇する場合とはおのずから合理的な差異があるべきである。」とした上で,「独立採算制がとられているYのP工場において,事業上やむを得ない理由により人員削減をする必要があり,その余剰人員を他の事業部門へ配置転換する余地もなく,臨時員全員の雇止めが必要であると判断される場合には,これに先立ち,期間の定めなく雇用されている従業員につき希望退職者募集の方法による人員削減を図らなかつたとしても,それをもつて不当・不合理であるということはできず,右希望退職者の募集に先立ち臨時員の雇止めが行われてもやむを得ないというべきである。」と判断しています。

(10) 事前の対応
 「実質無期契約タイプ」と評価されないためにも,最低限,契約更新手続を形骸化させず,更新ごとに更新手続を行う必要があります。
 また,契約更新を拒絶する可能性があることを労働条件通知書等に明記してよく説明するとともに,不必要に雇用継続を期待させるような言動は慎むべきでしょう。
 有期契約労働者については,身元保証人の要否,担当業務の内容,責任の程度等に関し,正社員と明確に区別した労務管理を行うべきです。

(11) 雇止めが認められないリスクが高い事案の対応
 雇止めが無効となるリスクが高い事案においては,合意により退職する形にせざるを得ません。
 乗せ金の支払や年休の買い上げも検討せざるを得ないでしょう。
 年休を消化させたり,年休買い上げの合意を盛り込んだりしておくと,合意の有効性が認められやすくなります。

(12) 適性把握目的の有期労働契約の雇止め
 労働者の適性を評価・判断する目的で労働契約に期間を設けた場合は,期間の満了により労働契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き,契約期間は契約の存続期間ではなく,試用期間 として取り扱われることになります(神戸弘陵学園事件最高裁第三小法廷平成2年6月5日判決)。
 労働者の適性を評価・判断する目的の期間満了による雇止めが有効とされるためには,試用期間満了時における本採用拒否と同様,解約権留保の趣旨・目的に照らして,客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合であることが必要となる可能性があります。
 期間満了で労働契約を確実に終了させられるようにしておきたいのであれば,当初の労働契約書において,期間満了により労働契約が当然に終了する旨の明確な合意をしておくとともに,期間満了により当初の労働契約は現実に終了させ,その後も正社員として勤務させる場合には,通常の正社員採用の際と同様,労働条件通知書を交付する等の採用手続を改めて行う必要があります。


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退職届を提出したのに,後になってから退職の撤回を求めてくる。

2015-09-16 | 日記

退職届を提出したのに,後になってから退職の撤回を求めてくる。


 退職届の提出は,通常は合意退職の申し出と評価することができます。
 合意退職は退職の申込みに対する承諾がなされて初めて成立しますから,合意退職の申し出をした社員は,社員の退職に関する決裁権限のある人事部長や経営者が承諾の意思表示をするまでは,信義則に反するような特段の事情がない限り,退職を撤回することができることになります。
 したがって,退職を早期に確定したい場合は,退職を承諾する旨の意思表示を早期に行う必要があります。
 退職を認める旨の決済が内部的になされただけでは足りません。

 退職届を提出した社員から,心裡留保(民法93条),錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等が主張されることもありますが,なかなか認められません。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条ただし書き)により,退職は無効となります。
 錯誤,強迫が認められやすい典型的事例は,「このままだと懲戒解雇 は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。ただ,退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースです。
 懲戒事由の存在が明白ではない場合は,懲戒解雇の威嚇の下,自主退職に追い込んだと評価されないようにしなければなりません。
 退職勧奨を行うにあたっては,「解雇 」という言葉は使わないことをお勧めします。

 退職自体は有効であっても,退職勧奨 のやり方次第では,慰謝料の支払を命じられることがあります。
 退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。
 退職勧奨を行う場合は,無断録音されていても不都合がないよう気をつけて下さい。

 退職届等の客観的証拠がないと,口頭での合意退職が成立したと会社が主張しても認められず,在職中であるとか,解雇されたとか認定されることがあります。
 退職の申出があった場合は漫然と放置せず,速やかに退職届を提出させて証拠を残しておくようにして下さい。
 印鑑を持ち合わせていない場合は,差し当たり,署名があれば十分です。
 後から印鑑を持参させて,面前で押印させるようにして下さい。



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退職届提出と同時に年休取得を申請し,引継ぎをしない。

2015-09-16 | 日記

退職届提出と同時に年休取得を申請し,引継ぎをしない。


 労働者がその有する休暇日数の範囲内で,具体的な休暇の始期と終期を特定して時季指定をしたときは,適法な時季変更権の行使がない限り,年次有給休暇が成立し,当該労働日における就労義務が消滅することになります。
 年休取得に使用者の承認は不要です。

 使用者が,社員の年休取得を拒むことができるというためには,時季変更権(労基法39条5項)を行使できる場面でなければなりませんが,時季変更権の行使は,「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては,他の時季にこれを与えることができる。」(労基法39条5項)とするものに過ぎず,年休を取得する権利自体を奪うことはできません。
 退職後に年休を与えることはできないため,退職までの全労働日の年休取得を申請された場合,使用者は時季変更権の行使ができず,退職日までの年休取得を拒絶することはできません。
 昭和49年1月11日基収5554号も,「年次有給休暇の権利が労働基準法に基づくものである限り,当該労働者の解雇 予定日をこえての時季変更は行えないものと解する。」としています。

 引継ぎをしてもらわなければ業務に支障が生じることもあるかもしれませんが,法的にはやむを得ません。
 退職する社員とよく話し合って,年休買い上げの合意をするか,退職日を先に延ばす合意をするなどして,引継ぎをするよう説得するほかありません。



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退職勧奨したところ,解雇してくれと言い出す。

2015-09-16 | 日記

退職勧奨したところ,解雇してくれと言い出す。


(1) 対処方法
 退職勧奨 した社員から解雇 してくれと言われたからといって,安易に解雇すべきではありません。
 後日,解雇が無効であることを前提として,多額の賃金請求を受けるリスクがあります。
 有効な解雇をすることは,必ずしも容易ではありません。
 当該社員が退職することに同意しているのであれば,解雇するのではなく,退職届か合意退職書に署名押印してもらうべきです。

(2) 解雇予告手当の請求
 即時解雇した場合,解雇予告手当の請求を受けることがありますが,解雇予告手当は平均賃金の30日分を支払えば足りますので(労基法20条1項),その金額はたかが知れています。
 解雇予告手当の請求は,解雇の効力を争わないことを前提とした請求なので,解雇予告手当の請求を受けた場合は,むしろ運がよかったと考えられます。

(3) 解雇無効を前提とした賃金請求
 解雇の無効を前提として,解雇日以降の賃金請求がなされた場合に会社が負担する可能性がある金額は,高額になることがあります。
 単純化して説明すると,月給30万の社員を解雇したところ,解雇の効力が争われ,2年後に判決で解雇が無効と判断された場合は,既発生の未払賃金元本だけで,30万円×24か月=720万円の支払義務を負うことになります。
 解雇が無効と判断された場合,実際には全く仕事をしていない社員に対し,毎月の賃金を支払わなければならないことを理解しておく必要があります。

(4) 近年の傾向
 最近では,経営者を挑発して解雇させ,多額の金銭を獲得してから転職しようと考える社員も出てきています。
 労働者側弁護士事務所のウェブサイトの中には,解雇されるとお金をもらえるチャンスであるかのような宣伝しているものも見受けられます
 解雇問題を「ビジネス」として考えている労働者側弁護士もいることに注意しなければなりません。

(5) 無断録音
 退職勧奨,解雇のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。
 退職勧奨,解雇を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにしなければなりません。
 退職勧奨は,やり過ぎると不法行為になることがありますが,無断録音されている覚悟で行えば,不法行為が成立することは滅多にないのではないかと思います。

(6) 解雇の効力が争われた場合の対処
 解雇してくれと言われて解雇したところ,解雇の効力が争われ,解雇が無効と判断されるリスクが高いような場合は,解雇を撤回し,就労を命じる必要がある場合もあります。
 この場合,概ね,解雇日の翌日から解雇撤回後に就労を命じた初日の前日までの解雇期間に対する賃金の支払義務を負うことになります。

(7) 解雇を撤回して就労を命じた場合に実際に戻ってくる社員の割合
 解雇を撤回して就労を命じた場合,実際に戻ってくるのは3人~4人に1人程度という印象です。
 解雇期間中の賃金請求をする目的で形式的に復職を求める体裁を取り繕う労働者が多いですが,要望どおり解雇を撤回して就労命令を出してみると,いろいろ理由を付けて,実際には復職してこないことも多いというのが実情です。
 ただし,労働組合の支援がある場合は,復職してくる確率が高くなるものと思われます。

(8) ありのままの解雇理由を伝えることの重要性
 勤務態度が悪い社員,能力が著しく低い社員を退職勧奨したところ,解雇して欲しいと言われ,本当の理由を告げて解雇すると本人が傷つくからといった理由で,解雇理由を「事業の縮小その他やむを得ない事由」等による会社都合の解雇(整理解雇)とする事案が散見されます。
 このような事案で解雇の効力が争われた場合,整理解雇の有効要件を満たさない以上,会社側が負ける可能性が高くなります。
 解雇が避けられない場合,ありのままの解雇理由を伝える必要があります。
 無用の気遣いをして,ありのままの解雇理由を伝えられないと,裏目の結果となることが多くなります。

(9) 退職勧奨と失業手当
 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。」(雇用保険法施行規則36条9号)は,「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),退職勧奨による退職は会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,労働者が失業手当を受給する上で不利益を受けることにはなりません。
 つまり,失業手当の受給条件を良くするために解雇する必要はありません。
 退職届を出してしまうと,失業手当の受給条件が不利になると誤解されていることがありますので,丁寧に説明し,誤解を解く努力をするようにして下さい。
 なお,助成金との関係でも,会社都合の解雇をしたのと同様の取り扱いとなることには,注意が必要です。

(10) 解雇が無効と判断された場合に,解雇期間中の賃金として使用者が負担しなければならない金額
 解雇が無効と判断された場合に,解雇期間中の賃金として使用者が負担しなければならない金額は,当該社員が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額です。
 解雇当時の基本給等を基礎に算定されますが,各種手当,賞与を含めるか,解雇期間中の中間収入を控除するか,所得税等を控除するか等が問題となります。

(11) 解雇期間中の通勤手当
 通勤手当が実費保障的な性質を有する場合は,通勤手当について負担する必要はありません。

(12) 解雇期間中の残業代
 残業代は,時間外・休日・深夜に勤務して初めて発生するものですから,通常は負担する必要がありませんが,一定の残業代が確実に支給されたと考えられる場合には,残業代についても支払を命じられる可能性があります。

(13) 解雇期間中の賞与
 賞与の支給金額が確定できない場合は,解雇が無効と判断されても,支払を命じられませんが,支給金額が確定できる場合は,賞与についても支払が命じられることがあります。

(14) 解雇期間中の中間収入
 解雇された社員に解雇期間中の中間収入(他の事業上で働いて得た収入)がある場合は,その収入があったのと同時期の解雇期間中の賃金のうち,同時期の平均賃金の6割(労基法26条)を超える部分についてのみ控除の対象となる(米軍山田部隊事件最高裁第二小法廷昭和37年7月20日判決,あけぼのタクシー事件最高裁第一小法廷昭和62年4月2日判決)。
 中間収入の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(賞与等)の全額を対象として利益額を控除することが許されることになります(あけぼのタクシー事件最高裁第一小法廷昭和62年4月2日判決,いずみ福祉会事件最高裁第三小法廷平成18年3月28日判決)。

(15) 賃金から源泉徴収すべき所得税,控除すべき社会保険料
 賃金から源泉徴収すべき所得税,控除すべき社会保険料については,これらを控除する前の賃金額の支払が命じられ,実際の賃金支払の際,所得税等を控除することになります。

(16) 仮払金の処理
 仮処分で賃金相当額の仮払いが命じられ,仮払いをしていたとしても,判決では仮払金を差し引いてもらえません。
 賃金の支払を命じる判決が確定した場合は,労働者代理人と連絡を取って,既払の仮払金の充当について調整する必要があります。
 他方,賃金請求が認められなかった場合は,仮払金の返還を求めることになりますが,労働者が無資力となっていて,回収が困難なケースもあります。



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試用期間中の本採用拒否(解雇)なのに,解雇は無効だと主張して,職場復帰を求めてくる。

2015-09-16 | 日記

試用期間中の本採用拒否(解雇)なのに,解雇は無効だと主張して,職場復帰を求めてくる。


1 試用期間 とは
 試用期間には法律上の定義がなく,様々な意味に用いられますが,一般的には,正社員として採用された者の人間性や能力等を調査評価し,正社員としての適格性を判断するための期間をいいます。


2 本採用拒否の法的性格
 三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決は,同事件控訴審判決が「右雇用契約を解約権留保付の雇用契約と認め,右の本採用拒否は雇入れ後における解雇にあたる」と判断したことを「是認し得ないものではない。」とした上で,「被上告人に対する本採用の拒否は留保解約権の行使,すなわち雇入れ後における解雇 にあたり,これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。」と判示しています。


3 本採用拒否(解雇)の有効性の判断基準
 試用期間中の社員の本採用拒否は,本採用後の解雇と比べて,使用者が持つ裁量の範囲は広いと考えられています。三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決も,解約権留保の趣旨を「大学卒業者の新規採用にあたり,採否決定の当初においては,その者の資質,性格,能力その他上告人のいわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない,適切な判断資料を十分に蒐集することができないため,後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨」と捉えた上で,試用期間における留保解約権に基づく解雇(本採用拒否)は,通常の解雇と全く同一に論じることはできず,通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものと判示しています。
 もっとも,同最高裁大法廷判決は,試用者の本採用拒否は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」と判示しており,本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由があることを証拠により立証できなければ本採用拒否(解雇)することができないことは,通常の解雇と変わりありません。
 本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由が必要ということは,使用者が主観的に本採用するに値する人物ではないと判断したというだけでは足りず,裁判官の目から見ても本採用拒否(解雇)を正当化できるだけの事情が存在することを証拠により証明することができるようにしておく必要があることを意味します。
  本採用拒否(解雇)の有効性が緩やかに判断される
 ≠本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由が不要
 ≠本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由があることを証明するための客観的証拠が不要
 抽象的に勤務態度が悪いとか,能力が低いとか言ってみたところで,あまり意味がなく,具体的に,何月何日に,どこで,誰が,どのように,何をしたのかといった事実を客観的証拠により認定できるようにしておく必要があります。客観的証拠確保の方法としては,例えば,試用期間中の社員は,毎日,日報に反省点等を記載させることとし,指導担当者がコメントする等といった方法も考えられます。


4 「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」
 三菱樹脂事件最高裁大法廷判決は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」を以下のように言い換えて説明しています。
 「換言すれば,企業者が,採用決定後における調査の結果により,または試用中の勤務状態等により,当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において,そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが,上記解約権留保の趣旨,目的に徴して,客観的に相当であると認められる場合には,さきに留保した解約権を行使することができるが,その程度に至らない場合には,これを行使することはできないと解すべきである。」
 緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否(解雇)は,「当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否に限られます。採用当初から知り得た事実を理由とする解雇は,解約権留保の趣旨,目的の範囲外なので,留保された解約権の行使としては認められません。採用面接時に知り得た事実を理由とする本採用拒否は緩やかな基準では判断されず,通常の解雇の基準で判断されることになります。


5 解雇予告義務(労基法20条)
 解雇予告義務(労基法20条)の適用がないのは,就労開始から14日目までであり,14日を超えて就労した場合は,試用期間中であっても,解雇予告又は解雇予告手当の支払が必要となります(労基法21条但書)。
 試用期間の残存期間が30日を切ってから本採用拒否(解雇)を通知する場合は,所定の解雇予告手当を支払う等する必要があります。試用期間満了ぎりぎりで本採用拒否(解雇)し,解雇予告手当も支払わないでいると,解雇の効力が生じるのはその30日後になってしまうため,試用期間中の解雇(本採用拒否)ではなく,試用期間経過後の通常の解雇と評価されるリスクが生じることになります。
 なお,就労開始から14日目までなら自由に解雇できると誤解されていることがありますが,就労開始から14日以内の試用期間中の者に解雇予告義務の適用がないこと(労基法21条)を誤解したのが原因ではないかと思われます。むしろ,勤務開始間もない時期の本採用拒否(解雇)は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」であることを証明するに足りるだけの証拠が不十分なことが多いため,解雇権を濫用したものとして無効となる事例が多いところです。


6 能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)
 長期雇用を予定した新卒社員については,採用後に教育していくことが予定されていますので,労働契約で求められている能力が欠如していると評価されるケースは多くはなく,一般的には能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)は難しい傾向にあります。
 賃金が高額でない場合は,高い能力を有していることを要求することはできませんので,賃金額相応の能力が欠如していることを立証できない場合には,本採用拒否が認められない可能性が高くなります。
 地位や職種が特定され高給で採用された社員の場合は,当該地位や職種に要求される能力が欠如していることを立証できれば,労働契約で求められている能力が欠如しているものとして,通常は本採用拒否が認められます。ただし,その前提として,地位や職種が特定されて採用された事実や,当該地位や職種に要求される能力を主張立証する必要がありますので,できる限り労働契約書に明示しておくようにして下さい。
 採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。


7 試用期間満了前(試用期間途中)の本採用拒否
 試用期間満了前(試用期間途中)であっても,社員として不適格であることが判明し,解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合であれば,本採用拒否することができます。
 ただし,試用期間満了を待たずに試用期間途中で本採用拒否(解雇)することを正当化するだけの客観的に合理的な理由を立証することができるのか,社会通念上相当として是認されるのかについてはよく検討する必要があります。


8 有期契約労働者の試用期間
 有期労働契約の中途解除を規定した民法628条は「やむを得ない事由」があるときに契約期間中の解除を認めていますが,労契法17条1項は,使用者は,有期労働契約について,やむを得ない事由がある場合でなければ,使用者は契約期間満了までの間に労働者を解雇できない旨規定しています。労契法17条1項は強行法規なので,有期労働契約の当事者が民法628条の「やむを得ない事由」がない場合であっても契約期間満了までの間に労働者を解雇できる旨合意したり,就業規則に規定して周知させたとしても,同条項に違反するため無効となり,使用者は民法628条の「やむを得ない事由」がなければ契約期間中に解雇することができません。
 このため,例えば,契約期間1年の有期労働契約者について3か月の試用期間を設けた場合,試用期間中であっても「やむを得ない事由」がなければ本採用拒否(解雇)できないものと考えられます。3か月の試用期間を設けることにより,「やむを得ない事由」の解釈がやや緩やかになる可能性はないわけではありませんが,大幅に緩やかに解釈してもらうことは期待できないものと思われます。有期契約労働者についても試用期間を設けることはできるものの,その法的効果は極めて限定されると考えるべきでしょう。
 では,どうすればいいのかという話になりますが,有期契約労働者には試用期間を設けず,例えば,最初の契約期間を3か月に設定するなどして対処すれば足ります。正社員とは明確に区別された雇用管理を行うという観点からも,有期契約労働者にまで試用期間を設けることはお勧めしません。



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採用内定取消に応じない。

2015-09-16 | 日記

採用内定取消に応じない。


 原則として,採用内定により(始期付解約権留保付)労働契約が成立するため,採用内定取消の法的性質は解雇 であり,解雇権濫用法理が適用されることになります。
 したがって,自由に採用内定取消を行うことはできず,採用内定を取り消すことができる場面は限定されます。
 基本的には,一方的に内定を取り消すのではなく,話し合いにより内定を辞退してもらうべきでしょう。
 十分な内定取消の理由がない場合は,補償金の支払いを約束するなどして,内定者の理解を得るよう最大限の努力をすべきことになります。
 内定取消はできるだけ早い時期に行った方が内定者のダメージが小さく,紛争になりにくい傾向にあります。
 内定取消が避けられない場合は,いつまでもずるずる決断を先延ばしにするのではなく,速やかに内定辞退についての話し合いに入り,内定者が就職活動を早期に再開できるよう配慮すべきでしょう。

 採用内定の取消事由は,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られます。
 採用内定当時知ることができた問題点については,採用を躊躇するようなものであれば採用内定は出さないようにする必要があります。
 取りあえず採用内定を出してみて,問題が改善されるかどうか様子を見るというやり方はできません。
 いったん採用内定を出したら,原則として定年まで雇用し続けなければならないという覚悟が必要だと思います。

 なお,企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には,いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する①人員削減の必要性,②人員削減の手段として整理解雇することの必要性,③被解雇者選定の合理性,④手続の妥当性という四要素を総合考慮のうえ,解約留保権の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきとする裁判例があります。
 また,新規学卒者の採用内定を取り消す場合は,予め公共職業安定所長又は学校長等関係施設の長にその旨を通知する必要があります。
 一定の場合は,厚生労働大臣により企業名等が公表されることもあります。



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平成27年改正労働者派遣法に関する最新の情報が掲載されているサイトを教えて下さい。

2015-09-16 | 日記

平成27年改正労働者派遣法に関する最新の情報が掲載されているサイトを教えて下さい。


 平成27年改正労働者派遣法に関する最新の情報が掲載されているサイトとしては,現時点では以下のものが考えられます。
 ① 
平成27年労働者派遣法の改正について
 ② 労働政策審議会 (職業安定分科会労働力需給制度部会)



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精神疾患を発症してまともに働けないのに休職や退職の効力を争う。

2015-09-14 | 日記

精神疾患を発症してまともに働けないのに休職や退職の効力を争う。


1 精神疾患 発症が疑われる社員の基本的対応
 使用者は,社員の健康に対して安全配慮義務を負っていますので(労契法5条),遅刻や欠勤が急に増えたり,集中力や判断力が低下して単純ミスが増えたりするなど,精神疾患発症が疑われる社員については,上司から具体的問題点を指摘した上で,医療機関での受診や産業医への面談を勧めるなどする必要があります。
 また,使用者は,必ずしも社員からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っていますので,社員にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,メンタルヘルスに関する情報については社員本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど社員の心身の健康への配慮に努める必要があります(東芝(うつ病・解雇)事件最高裁平成26年3月24日第二小法廷判決参照)。
 所定労働時間内の通常業務であれば問題なく行える程度の症状である場合は,時間外労働や出張等,負担の重い業務を免除する等して対処します。長期間にわたって所定労働時間の勤務さえできない場合は,原則として,私傷病に関する休職制度がある場合は休職を検討し,私傷病に関する休職制度がない場合は普通解雇を検討することになります。
 私傷病に関する休職制度は普通解雇 を猶予する趣旨の制度であり,必ずしも就業規則に規定しなければならない制度ではありません。休職制度を設けずに,精神疾患を発症して働けなくなった社員にはいったん退職してもらい,精神疾患が治癒して労働契約の債務の本旨に従った労務提供ができるようになったら再就職を認めるといった制度設計も考えられます。


2 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず精神疾患の発症を否定する社員の対応
 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず社員本人が精神疾患の発症を否定して就労を希望した場合,漫然と就労を認めてはいけません。就労を認めた結果,精神疾患の症状が悪化した場合,安全配慮義務違反を問われて損害賠償義務を負うことになりかねません。
 精神疾患の発症が強く疑われる社員が出社してきたものの,債務の本旨に従った労務提供ができない場合は,就労を拒絶して帰宅させ,欠勤扱いにするのが原則です。
 職種や業務内容を特定して労働契約が締結された場合は,債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかは,当該職種等について検討します。
 職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も,基本的には現に就業を命じた業務について債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかを判断することになりますが,現に就業を命じた業務について労務の提供が十分にできないとしても,当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ,かつ,本人がその労務の提供を申し出ているのであれば,債務の本旨に従った履行の提供があると評価されるため(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決),当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について本人が労務の提供を申し出ているのであれば,当該業務についても債務の本旨に従った労務の提供ができるかどうかを検討する必要があります。
 債務の本旨に従った労務提供があるかどうかを判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にします。本人が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認する必要があります。
 精神疾患の発症が疑われるため,会社が医師を指定して受診を命じたところ,本人が指定医への受診を拒絶した場合は,債務の本旨に従った労務提供がないものとして労務の受領を拒絶し,欠勤扱いとすることができることもあります。
 社員本人が精神疾患の発症を否定している場合であっても,直ちに精神疾患が発症していないことを前提とした対応を取ることができるわけではありません。精神疾患を原因とした欠勤等を理由とする懲戒処分は,無効と判断される可能性が高いものと思われます(日本ヒューレット・パッカード事件最高裁平成24年4月27日第二小法廷判決参照)。
 精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患の発症を否定して,債務の本旨に従った労務提供ができると主張している場合でも,休職命令を出すことができます。ただし,休職事由の存在を立証することができなければ,休職命令は無効となってしまいますので,精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患を発症して債務の本旨に従った労務提供ができないことの証拠等,休職事由の存在を立証できるだけの診断書等の証拠をそろえてから休職命令を出す必要があります。
 精神疾患を発症して休職に入った社員が,債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しないまま休職期間が満了すると,退職という重大な法的効果が発生することになりますので,休職命令発令時及び休職期間満了直前の時期に,何年何月何日までに債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しなければ退職扱いとなるのかを通知すべきと考えます。事前に休職期間満了日を明確に通知することは,休職期間満了退職の効力が無効と判断されにくくなる方向に作用する一要素となります。


3 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員の対応
 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員に対応できるようにするためには,精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返したような場合であっても休職させることができるよう休職事由を定めておく必要があります。例えば,一定期間の欠勤を休職の要件としつつ,「欠勤の中断期間が30日未満の場合は,前後の欠勤期間を通算し,連続しているものとみなす。」等の通算規定を置いたり,「精神の疾患により,労務の提供が困難なとき。」等を休職事由として,一定期間の欠勤を休職の要件から外し,再度,長期間の欠勤が必要とするような規定にはしないようにしておくことになります。
 精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,欠勤日を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。出社と欠勤を繰り返す社員の対応に困っている会社は,欠勤期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。
 私傷病に関する休職制度があるにもかかわらず,精神疾患を発症したため債務の本旨に従った労務提供ができないことを理由としていきなり普通解雇するのは,休職させても休職期間満了までに債務の本旨に従った労務提供ができる程度まで回復する見込みが客観的に乏しい場合でない限り,解雇権を濫用したものとして解雇 が無効(労契法16条)と判断されるリスクが高いものと思われます。


4 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合の対応
 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合は,休職申請書を提出させてから,休職命令を出すとよいでしょう。休職申請書を提出させてから休職命令を出すことにより,休職命令の有効性が争われるリスクが低くなります。
 精神疾患を発症した社員が休職申請書を提出したら,休職命令書を交付して,休職期間の開始日や満了日を明確にするようにして下さい。休職申請書を出させて内部決済が済んだだけで安心してしまい,休職命令書を交付せずに何となく休ませていると,何年何月何日までが欠勤で,何年何月何日からが休職期間で,何年何月何日までに債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が回復しなければ退職扱いになるのかかよく分からなくなることがあります。その結果,いつまでたっても精神疾患が治らないので退職させようとしたところ,休職命令や休職合意の存在,休職期間の開始日や満了日の立証に困難を伴い,休職期間満了退職扱いにすることができなくなる可能性があります。


5 復職の可否の判断基準
 復職の可否は,「休職期間満了日までに,債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否か」により判断するのが原則です。
 ただし,診断書等の客観的証拠により,間もない時期に債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善していると認定できる場合には,休職期間満了により退職扱いにするかどうかを慎重に判断する必要があります。休職期間満了時までに精神疾患が治癒せず,休職期間満了時には不完全な労務提供しかできなかったとしても,直ちに退職扱いにすることができないとする裁判例もあります。
 職種が限定されている場合は,限定された当該職種について債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討します。
 通常の正社員のように,職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も,現に就業を命じられた特定の業務について,債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討するのが原則ですが,労働者が,現に就業を命じられた特定の業務について,労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供を申し出ているならば,当該業務について,債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討する必要があります(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決参照)。
 復職の可否を判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にして下さい。精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認して下さい。
 精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断に疑問がある場合に,会社が医師を指定して受診を命じたところ当該社員が指定医への受診を拒絶した場合は,休職期間満了時までに,債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善していないものとして取り扱って復職を認めず,退職扱いとすることができることもあります。
 休職命令の発令,休職期間の延長等に関し,同じような立場にある社員の扱いを異にした場合,紛争になりやすく,敗訴リスクも高まるので,休職制度の運用は公平・平等に行うようにして下さい。同じような状況にある社員の取扱いを異にする場合は,裁判官が納得できるような合理的理由を説明できるようにしておいて下さい。


6 休職と復職を繰り返す社員の対応
 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返すのを防止するためには,復職後間もない時期(復職後6か月以内等)に同一又は類似の事由により欠勤した場合(債務の本旨に従った労務提供ができない場合を含む。)には,復職を取り消して直ちに休職させ,休職期間を通算する(休職期間を残存期間とする)等の規定を置いて対処する必要があります。そのような規定がない場合は,普通解雇を検討せざるを得ませんが,有効性が争われるリスクが高くなります。
 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,休職期間を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。休職と復職を繰り返す社員の対応に困っている会社は,休職期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。


7 業務に起因する精神疾患の発症と休職期間満了退職
 精神疾患の発症の原因が長時間労働,セクハラ,パワハラ等の業務に起因する労災であることが判明した場合,
 ① 私傷病を理由とした休職命令が休職事由を欠き無効となり,その結果,休職期間満了退職の効力が生じなくなったり,
 ② 療養するため休業する期間及びその後30日間であることを理由として,休職期間満了による退職の効果が生じなくなったり(労基法19条1項類推)
します。
 いずれの法律構成によっても,精神疾患の発症に業務起因性が認められる場合には,原則として休職期間満了退職の効力は生じないことになります。



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行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。

2015-09-14 | 日記

行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。


1 社員の行方を捜す努力
 社員が社宅に家財道具等を残したまま行方不明になった場合,まずは,電話,電子メール,社宅訪問,家族・身元保証人等への問い合わせ等により,社員の行方を捜す努力をして下さい。警察に行方不明者届を提出する場合は,親族が提出するのが通常と思われますが,勤務先からの行方不明者届も受理される扱いとなっていることも憶えておくとよいでしょう。
 それなりの期間努力しても社員の行方が分からないときは,退職扱いにし,社宅から出て行ってもらわざるを得ませんが,
 ① 労働契約を終了させる方法
 ② 社宅利用契約を終了させる方法
 ③ 社宅の明渡し方法 等が問題となります。


2 労働契約を終了させる方法
(1) 合意退職・辞職
 行方不明になった社員が,退職の挨拶をしてからいなくなった場合や,退職する旨の書き置きを残しているような場合であれば,合意退職の申込ないしは辞職の意思表示があったと評価する余地があります。決裁権限がある上司が退職を承諾している場合には承諾を通知した時点で,承諾の事実がない場合には,辞職の効果が発生する期間として就業規則に定められた期間又は14日のいずれか短い方の期間を経過した時点で,退職の効力が発生したものとして扱えば足りるでしょう。
 他方,何の前触れもなく社員が突然行方不明になったような場合には,合意退職の申込ないしは辞職の意思表示があったと評価することは困難ですので,別の対応が必要となります。
(2) 欠勤が一定日数続き所在不明の場合には当然に退職する旨の就業規則の規定
 行方不明になった社員を退職させる方法としては,就業規則に欠勤が一定日数続き所在不明の場合には当然に退職する旨退職事由として規定しておき,適用することにより対処するのが一般的です。このような規定は,行方不明期間があまりにも短い場合には合理性を欠くものとして無効となる可能性がありますが,行方不明のまま30日~50日程度の欠勤を続けている社員に退職の効果が生じるようなものであれば,通常は合理性を有する規定として有効となるものと考えられます。
 要件を満たす場合には,行方不明の社員に対する意思表示なくして当然に退職の効力が生じることになりますので,行方不明になった社員に対する通知は不要です。解雇予告や解雇予告手当の支払も不要です。
(3) 解雇
 長期間の無断欠勤は,普通解雇 事由及び懲戒解雇 事由に該当するのが通常です。使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則において懲戒の種類及び事由を定めておくことを要するとするのがフジ興産事件最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決ですので,就業規則がない会社の場合は,労働組合との労働協約に懲戒の種類及び事由が定められていて当該労働者に労働協約の効力が及んでいるといった特段の事情のない限り懲戒解雇することはできませんが,民法627条に基づき普通解雇することはできます。
 社員が無断欠勤して行方不明になった場合であっても,解雇が客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして無効となります(労契法16条,15条)。慎重を期すのであれば,解雇に踏み切るまでの無断欠勤期間については,やや長めに考えた方が無難かと思われます。最低限,会社は,社員の行方を捜す努力をして,記録に残しておく必要があります。
 原則として解雇予告や解雇予告手当の支払が必要なことは通常の解雇と変わりありません。社員は無断欠勤した上に行方不明になっているわけですから,「労働者の責に帰すべき事由」(労基法20条1項ただし書)が存在し,労働基準監督署長の解雇予告除外認定を得て,解雇予告又は解雇予告手当の支払なしに解雇することができるケースが多いものと思われます。しかし,労働基準監督署長の解雇予告除外認定を得るためには,それなりの準備が必要ですし,ある程度の時間がかかりますので,事案によっては解雇予告又は解雇予告手当の支払をして解雇してもいいかもしれません。
 行方不明の社員の居場所が分かった場合は,以上の点を考慮して解雇通知すれば足ります。しかし,いくら捜しても社員が行方不明の場合は,別途,検討が必要となります。
 すなわち,解雇の意思表示は,解雇通知が相手方に到達して初めてその効力を生じるため(民法97条1項),有効無効以前の問題として,解雇通知が行方不明の社員に到達しなければ解雇の効力を生じません。社員が自宅で生活しており,単に出社を拒否しているに過ぎないような事案であれば,社員の自宅に解雇通知が届けば社員の支配圏内に置かれたことになりますから,実際に社員が解雇通知を読んでいなくても,解雇の意思表示が到達したことになります。しかし,会社が把握している自宅が引き払われているなど本当の意味での行方不明でどこに住んでいるのか皆目見当がつかない場合は解雇通知を発送すべき宛先が分かりません。会社が把握している社員の自宅が引き払われてはいなくても,長期間にわたり社員が自宅に戻っている形跡が全くないような場合は,社員の自宅に解雇通知が到達したとしても社員の支配圏内に置かれたと評価することはできませんので,解雇の意思表示が社員に到達したことにはならず,解雇の意思表示は効力を生じません。
 電子メールによる解雇通知は,行方不明の社員からの返信があれば,通常は解雇の意思表示が当該社員に到達し,解雇の効力が生じていると考えることができるでしょう。ただし,電子メールに返信があるような事案の場合,そもそも行方不明と言えるのか問題となる余地がありますので,解雇権を濫用したものとして無効(労契法16条)とされないよう,解雇に先立ち,行方不明の社員と連絡を取る努力を尽くす必要があります。他方,行方不明の社員からメール返信がない場合は,解雇の意思表示が到達したと考えることにはリスクが伴いますが,連絡を取る努力を尽くした上で,リスク覚悟で退職処理してしまうということも考えられます。
 行方不明の社員の家族や身元保証人に対し,行方不明の社員を解雇する旨の解雇通知を送付しても,解雇の意思表示が到達したとは評価することができず,解雇の効力は生じないのが原則です。兵庫県社土木事務所事件最高裁平成11年7月15日第一小法廷判決では,行方不明の職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容を兵庫県公報に掲載するという方法でなされた懲戒免職処分の効力の発生を認めていますが,兵庫県は従前から所在不明となった職員に対する懲戒免職処分の手続について当該職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容を兵庫県広報に掲載するという方法で行ってきており,兵庫県職員であった行方不明になった県職員は自らの意思により出奔して無断欠勤を続けたものであって,上記の方法によって懲戒免職処分がされることを十分に了知し得た特殊な事案に関する判断であり,射程を広く考えることはできません。通常,家族に解雇通知書を交付し社内報に掲載したといった程度で,解雇の意思表示が到達したと考えるのは困難です。
 完全に行方不明の社員に対し,解雇を通知する場合は,簡易裁判所において公示による意思表示(民法98条)の手続を取る必要があります。公示による意思表示の要件を満たせば,解雇の意思表示が行方不明の社員に到達したものとみなしてもらうことができます。
(4) リスク覚悟の上での退職処理
 行方不明の社員が退職の効力を争うことは稀ですから,厳密な退職の要件を満たさなくても,リスク覚悟の上で退職処理してしまうという方法も考えられます。家族や身元保証人等とよく話し合い,家族等の了解を取ってから退職扱いにすれば,リスクを格段に下げることができます。もっとも,退職の効力を争われた場合は無効と判断される可能性が高いので,後日,行方不明だった社員から連絡があり,社員が復職を強く希望したような場合には,その時点で復職の可否を検討する必要があるものと思われます。


3 社宅利用契約を終了させる方法
 労働契約が終了すれば,通常は,社宅利用契約も終了することになります。
 福利厚生施設としての社宅の法律関係は,社宅利用規程によって規律され,通常は,借地借家法は適用されません。社宅の明渡しを請求できるかどうかは,社宅利用規程の明渡事由に該当するかどうかにより決せられることになります。
 社宅利用料が高額であるなどの理由から,社宅契約が借地借家法の予定する賃貸借契約と認定された場合は,契約の解約には6か月前の解約申入れが必要であり(借地借家法27条),解約には正当の事由が必要となります(借地借家法28条)。トラブルを避けるためにも,福利厚生施設としての役割に反しない金額の利用料設定にしておくべきでしょう。


4 社宅の明渡し方法
 行方不明の社員が退職扱いとなり,社宅利用契約が終了したとしても,実際にどうやって部屋の明渡し作業を行うかは別途問題となります。行方不明の社員を相手に訴訟を提起し,公示送達(民事訴訟法110条)の方法により訴状を送達し,勝訴判決を得て強制執行するというのが,法律論的には本筋かもしれませんが,時間,費用,手間がかかります。かといって,勝手に荷物を運び出して処分してしまうわけにもいきません。
 実務上は,行方不明の社員の両親等の協力を得て,明渡しに立ち会ってもらい,荷物を引き取って保管してもらうことが多いのではないでしょうか。完全に適法なやり方と言えるかどうかは微妙なところであり,ある程度のリスクを覚悟した上で行うことになりますが,両親等の協力があれば,トラブルに発展するケースはそれほど多くはありません。



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仕事の能力が低い。

2015-09-14 | 日記

仕事の能力が低い。


1 募集採用活動の重要性
 仕事の能力が低い社員を減らす一番の方法は,採用活動を慎重に行い,応募者の適性・能力等を十分に審査して基準を満たした者のみを採用することです。採用活動の段階で手抜きをして,十分な審査をせずに採用していったのでは,教育制度がよほど整備されているような会社でない限り,仕事の能力が低い社員を減らすことはできないでしょう。


2 採用後の対応
 注意指導,教育して必要な能力を身につけさせたり,異なる部署への配転をするなどして能力を発揮できるよう最大限努力して下さい。
 ただし,特定の能力があることを前提として高給で採用された社員,地位を特定して高給で採用された社員に契約で想定されている能力がないことが判明した場合は,教育や配転ではなく,直ちに退職勧奨 普通解雇 を検討するのが原則となります。


3 退職勧奨
 能力不足の程度が甚だしく,十分に注意指導,教育しても改善の見込みが低い場合には,会社を辞めてもらうほかありませんので,退職勧奨や普通解雇を検討することになります。解雇が有効となる見込みが高い程度に能力不足の程度が著しい事案では,解雇 するまでもなく,合意退職が成立することも珍しくありません。
 他方,能力不足の程度がそれほどでもなく解雇が有効とはなりそうもない事案,誠実に勤務する意欲が低かったり能力が低い等の理由から転職が容易ではない社員の事案,本人の実力に見合わない適正水準を超えた金額の賃金が支給されていて転職すればほぼ間違いなく当該社員の収入が減ることが予想される事案等で退職届を提出させるのは,比較的難易度が高くなります。


4 解雇
 能力不足の程度が甚だしく改善の見込みが低い場合には,退職勧奨と平行して普通解雇を検討することになります。普通解雇が有効となるかどうかを判断するにあたっては,
 ① 就業規則の普通解雇事由に該当するか
 ② 解雇権濫用(労契法16条)に当たらないか
 ③ 解雇予告義務(労基法20条)を遵守しているか
 ④ 解雇が制限されている場合に該当しないか
等を検討する必要があります。
 普通解雇が有効となるためには,単に就業規則の普通解雇事由に該当するだけでなく,②客観的に合理的な理由が必要であり,社会通念上相当なものである必要もあります。
 解雇に客観的に合理的な理由がない場合は,②解雇権を濫用したものとして無効となってしまいますし,そもそも①普通解雇事由に該当しない可能性もあります。解雇に客観的に合理的な理由があるというためには,労働契約を終了させなければならないほど能力不足の程度が甚だしく,業務の遂行に重大な支障が生じていることが必要です。
 解雇が社会通念上相当であるというためには,労働者の情状(反省の態度,過去の勤務態度・処分歴,年齢・家族構成等),他の労働者の処分との均衡,使用者側の対応・落ち度等に照らして,解雇がやむを得ないと評価できることが必要です。
 能力不足を理由とした解雇が認められるかどうかは,基本的には労働契約で求められている能力が欠如しているかどうかによります。単に思ったほど能力がなく,見込み違いであったというだけでは,解雇は認められません。
 長期雇用を予定した新卒採用者については,社内教育等により社員の能力を向上させていくことが予定されているのですから,能力不足を理由とした解雇は,例外的な場合でない限り認められません。一般的には,勤続年数が長い社員,賃金が低い社員は,能力不足を理由とした解雇が認められにくい傾向にあります。採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。
 特定の能力を有することが労働契約の条件とされて高給で採用された社員,地位を特定して高給で採用された社員に労働契約で予定された能力がなかった場合には,解雇が認められやすい傾向にあります。ただし,解雇が比較的緩やかに認められる前提として,当該当該契約で求められている能力の内容,地位を特定して採用された事実を主張立証する必要がありますので,労働契約書等の書面に明示しておくべきです。労働契約書等に明示されていないと,当該当該契約で求められている能力の内容,地位を特定して採用された事実の主張立証が困難となることがあります。
 能力不足を理由とした解雇が有効と判断されるようにするためには,能力不足を示す「具体的事実」を立証できるようにしておく必要があります。抽象的に「能力不足」と言ってみても,あまり意味はありません。何月何日に能力不足を示すどのような具体的事実があったのか,記録に残しておく必要があります。「彼(女)の能力が低いことは,周りの社員も,取引先もみんな知っている。」というだけでは足りません。会社関係者の陳述書や法廷での証言は,証拠価値があまり高くないため,紛争が表面化する前の書面等の客観的証拠がないと,解雇の有効性を基礎付ける事実を主張立証するのには困難を伴うことが多いというのが実情です。



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就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。

2015-09-14 | 日記

就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。


1 事実調査
 まずはできるだけ情報を集めて下さい。逮捕勾留されておらず出社できるのであれば,本人からも事情を聴取し,記録に残しておいて下さい。
 逮捕勾留されたことにより社員本人と連絡が取れなくなり,無断欠勤が続くことがありますが,まずは家族等を通じて連絡を取る努力をして下さい。家族等から欠勤の連絡等が入ることがありますが,懲戒解雇 等の処分を恐れて犯罪行為により逮捕勾留されていることまでは報告を受けられない場合もあります。
 年休取得の申請があった場合は,年休扱いにするのが原則です。年休取得を認めずに欠勤扱いとした場合,欠勤を理由とした解雇 等の処分が無効となるリスクが生じます。年休を使い切らせてから対応を検討した方がリスクは小さくなります。


2 起訴休職制度
 刑事事件を起こした社員が起訴された場合,起訴休職制度のある会社では起訴休職を検討します。社員が起訴された事実のみで形式的に起訴休職の規定の適用が認められるとは限らず,休職命令が無効と判断されることもあります。休職命令を出す際は,その必要性,相当性について検討するようにして下さい。
 起訴休職制度を設けると有罪判決が確定するまで解雇することができないと解釈されるおそれがありますので,起訴休職制度は設けずに個別に対応するという選択肢もあり得るところです。


3 懲戒処分
 会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については,私生活上の行為を理由として懲戒処分に処することができます。日本鋼管事件最高裁昭和49年3月15日第二小法廷判決は,「営利を目的とする会社がその名誉,信用その他相当の社会的評価を維持することは,会社の存立ないし事業の運営にとって不可欠であるから,会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については,それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても,これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならないと判示しています。
 もっとも,就業時間外に社外で社員が刑事事件を起こしただけで直ちに懲戒処分に処することができるわけではなく,
 ① 社員の言動が懲戒事由に該当すること
 ② 当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であると認められること(労契法15条)
等が必要となります。
 懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職のような退職の効果を伴う懲戒処分は紛争になりやすく,その効力は厳格に判断される傾向にあります。会社の社会的評価を若干低下させたというだけでは,懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職のような退職の効果を伴う懲戒処分の理由としては不十分であり,会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価することができるような事実を証拠により認定できる必要があります。
 日本鋼管事件最高裁昭和49年3月15日第二小法廷判決は,「就業時間外に社外で行われた刑事事件が会社の社会的評価に重大な悪影響を与えたこと」を理由とする懲戒解雇・諭旨解雇の可否の判断にあたり,「当該行為の性質,情状のほか,会社の事業の種類・態様・規模,会社の経済界に占める地位,経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して,右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合」に該当するかどうかを検討しています。
 タクシーやバスの運転業務に従事している社員が飲酒運転した場合や,電鉄会社社員等,痴漢を防止すべき立場にある者が痴漢した場合は,懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職のような退職の効果を伴う懲戒処分であっても有効とされやすい傾向にあります。
 就業規則等で弁明の機会付与が義務付けられていない場合は,被懲戒者に弁明の機会を与えずに懲戒処分に処することができないわけではありませんが,できるだけ弁明の機会を与えることが望ましいところです。弁明の機会を与えているかどうかは,懲戒処分が社会通念上相当であると認められるか,懲戒権を濫用したものとして無効とならないかを判断する際に考慮されることになります。弁明の機会を与えることにより処分の基礎となる事実認定に影響を及ぼし処分の内容に影響を及ぼす可能性がある場合には,弁明の機会を与える必要性が高いものと思われます。
 就業規則等で弁明の機会付与が義務付けられている場合は,懲戒処分に先立ち被懲戒者に弁明の機会を付与する必要があります。弁明の機会を与えずに懲戒処分に処した場合は,弁明の機会を与えても事実認定や処分内容に影響がないといった事情がない限り,懲戒処分が無効とされる可能性が高いものと思われます。
 懲戒解雇が無効とされるリスクがある事案については,より軽い懲戒処分にとどめた方が無難なことも多いところです。結果として,社員が自主退職することもあります。
 最初に刑事事件を起こした際に,懲戒解雇 を回避してより軽い懲戒処分をする場合は,書面で,次に痴漢等の刑事事件を起こしたら懲戒解雇する旨の警告をするか,次に痴漢等の刑事事件を起こしたら懲戒解雇されても異存ない旨記載された始末書を取っておくとよいでしょう。これがあれば万全というわけではありませんが,同種事犯を犯した場合の懲戒解雇が有効となりやすくなります。


4 退職金の不支給・減額・返還請求
 懲戒解雇 事由に該当する場合を退職金の不支給・減額・返還事由として規定しておけば,懲戒解雇事由がある場合で,当該個別事案において,退職金不支給・減額の合理性がある場合には,退職金を不支給または減額したり,支給した退職金の全部または一部の返還を請求したりすることができます。
 退職金の不支給・減額事由の合理性の有無は,労働者のそれまでの勤続の功を抹消(全額不支給の場合)又は減殺(一部不支給の場合)するほどの著しい背信行為があるかどうかにより判断されます。懲戒解雇が有効な場合であっても,労働者のそれまでの勤続の功を抹消するほどの著しい背信行為がない場合は,本来の退職金の支給額の一部の支払が命じられることがあります。例えば,小田急電鉄(退職金請求)事件東京高裁平成15年12月11日判決は,鉄道会社の従業員が私生活上で行った電車内の痴漢行為を理由とする懲戒解雇は有効と判断されましたが,それまでの勤続の労を抹消するほどの強度の背信性を持つ行為であるとまではいえないとして,本来の退職金の支給額の30%の支払を命じています。



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社内研修,勉強会,合宿研修への参加を拒否する。

2015-09-14 | 日記

社内研修,勉強会,合宿研修への参加を拒否する。


1 義務か自由参加か
 まずは,社内研修,勉強会,合宿研修への参加が「義務」なのか「自由参加」なのかをはっきりさせる必要があります。参加が義務ということであれば,研修等に要する時間は社会通念上必要な限度で労基法上の労働時間に該当することになります。研修等の時間が時間外であれば時間外割増賃金の支払が必要となりますし,時間内であっても賃金を支払うことになるのが通常です。
 他方,自由参加ということであれば,当然,参加を義務付けることはできず,参加するかどうかは本人の意思に委ねられることになります。時間外割増賃金等を支払ってでも参加させる業務上の必要があるようなものなのかどうかを,まずは判断する必要があります。


2 使用者が社員に対し受講を命じることができる研修等の内容
 使用者が社員に対し受講を命じることができる研修等の内容は,現在の業務遂行に必要な知識,技能の習得に必要な研修等に限られず,使用者が社員に命じ得ることができる教育訓練の時期及び内容,方法は,その性質上原則として使用者(ないし実際にこれを実施することを委任された社員)の裁量的判断に委ねられています。ただし,使用者の裁量は無制約なものではなく,その命じ得る研修等の時期,内容,方法において労働契約の内容及び研修等の目的等に照らして不合理なものであってはなりませんし,また,その実施に当たっても社員の人格権を不当に侵害する態様のものであってはなりません。合理的教育的意義が認められない教育訓練,自己の信仰する宗教と異なる宗教行事への参加等を義務付けることはできません。
 一般教養の研修への参加を義務付けることができるかは微妙なところですが,一般に本人の意思に反してでも受講させる必要があるような性質のものではないのですから,本人の同意を得た上で,受講させるようにすべきです。どうしても一般教養の研修への参加を義務付ける必要がある場合は,その必要性について合理的な説明ができるようにしておく必要があります。


3 研修等と年次有給休暇の取得
 参加が義務付けられている社内研修,勉強会,合宿研修の期間中の年次有給休暇取得の請求(労基法39条5項本文)がなされた場合,研修期間,当該研修を受けさせる必要性の程度など諸般の事情を考慮した上で,時季変更権行使(労基法39条5項ただし書き)の可否が決せられることになります。
 社内研修等の期間が比較的短期間で,当該社内研修等により知識,技能等を習得させる必要性が高く,研修期間中の年休取得を認めたのでは研修の目的を達成することができない場合は,研修を欠席しても予定された知識,技能の習得に不足を生じさせないものであるような場合でない限り,年休取得が事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができます(NTT(年休)事件最高裁第二小法廷平成12年3月31日判決参照)。
 一般教養の研修については,その性質上,時季変更権を行使して研修期間中の年休取得を拒絶することは難しいケースが多いものと思われます。



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