My ordinary days

ようこそいらっしゃいました!
ふと思い立ち第2のキャリアを始めてしまった、流されがちなひとの日々を綴るブログです

ネビル・シュート「渚にて」

2013-06-07 15:06:29 | 読書
この方の邦訳本は10冊もでていないと思います。おそらく国内で一番読まれているのがこの「渚にて」。
初出は1950年代後半で、映画にもなっているそうです。観ていませんが・・・。

内容紹介「1960年代に第三次世界大戦が勃発、放射能に覆われた北半球の諸国は次々と死滅していった。かろうじて生き残った合衆国原潜“スコーピオン”は汚染帯を避けオーストラリアに退避してきた。ここはまだ無事だった。だが放射性物質は確実に南下している。そんななか合衆国から断片的なモールス信号が届く。生存者がいるのだろうか?―一縷の望みを胸に“スコーピオン”は出航する。迫真の名作。


この本を手に取ったきっかけですが、次男くんが学校の図書館で小松左京原作「復活の日」をジュブナイル版としてリライトされたものを借りてきたのですね(リライト作者名忘れた)。で、なかなかにおもしろかったのでアマゾンの書評などもチェックしていて引っかかってきたのがこのご本で、(人類滅亡の危機関連、か)

原潜だの海軍だのコバルト爆弾だの、という単語がたくさんでてくるので戦闘場面だのイロイロ出てくるのかと思っていたら、もうすべてが終わっていて、これから本当の終わりがやってくるお話でした。
ものすごく静かな。

原潜の艦長が主人公となるのだけど、軍人が主人公というよりは、普通の、一人の男性としての彼が主人公。放射能が降り注ぎ世界は死滅し、このメルボルン(オーストラリアが舞台よん)もあと数カ月したら汚染によって終わりの日がやってくる。。。そんな中で一日一日を暮らしている人々の最後の数カ月が描かれています。もう、どうしようもない。逃げるところもないし、ただその日を待つだけの日々。

主人公である艦長は故郷アメリカに妻と子供二人を残してきているのですが、そこはすでに爆弾と放射能によって人間は生存している可能性もなく、けれど艦長の心の中にはなにもかもが元のままに残っていて、子どもの誕生日に贈るプレゼントを探し妻へブレスレットを購入し故郷に帰る日を待つ。理性では家族が生きてはいないことを理解できても、あと少しで自分も放射能汚染の犠牲になることもわかっていて故郷に帰る日も来ないことを知っていても、最期の日まで生きるために、そうして自分を保っている艦長。メルボルンで知り合った若い女性モイラは、最期の日を前にアルコール漬けの毎日を送っていましたが、艦長に出会い、残り少ない日々を軍人としての任務と家族への想いを自らの支えとして生きる艦長に引かれ、自分に合った仕事を得るために速記やタイピングを学び始めます。
モイラの友人夫妻は家庭菜園の計画をたて、モイラの父は牧場の牛の心配をし、科学者のいとこは憧れの車フェラーリを購入しアマチュアレーサーとしてグランプリに出場する・・・・最期の日のことを胸に刻みながら、それでも日々を送る人たちの姿は想像を絶します。

自分の最期がどのような形でやってくるのかを知った上で静かに生きていく。
放射能は目に見えないし、動物の命を奪う以外の破壊工作はないので建物や植物はそのままながらえ、町並みはそのままでゴーストタウン化していくのだけれど、その現場にいたとしても想像できるかできないか、わかりません!!

福島の原発の映像と同じで外観は通常と変わらないけれど、防護服なしでは死んでしまう・・・という現実ではあるけれどとても現実とは思えない状況が全世界で同時進行している世界のお話なのです。
壊れた原発の建物みたって、自分がその場にいったら死んじゃうことはわかっても、あまりリアルには考えられなくないですか?ふつうの絵づらすぎるのだもの。

作中の人々も、静かにゆっくりと破壊されていく日常なだけに静かな毎日を送っています。
街は徐々に壊れていき、しかし汚染による健康被害が顕著になるまでは多くの人々が学び働き、日々の暮らしを存続させようとしています。
日々のことに気を使い、悩み、楽しみ、それぞれがそれぞれの暮らしをたいせつに過ごしていく。最期の時まで。

暴力的な場面はほとんどでてきません。暴徒化して店を襲うとかも・・・どちらかというと、お金はイイから持っていったら?のような店主も多いような?工場がとまり物流が悪くなっても、悪くなるだけで完全にストップはしていない、というのがみそで、多くの人々が最期まで普通になすべきことをしている、ということなのですね。
現実にこのようなことが起きたらどんなになるのだかはもちろん想像つきませんが、このお話では、そう。

とにかく静かにお話は進み、最期の日も当然やってきます。
突然核シェルター!なんてのも登場しないし、助けにくる宇宙人がきてコスモクリーナーが届けられることもありません。あ、そういえば今気付いたけれどヤマトの諸君も放射能汚染から人類を救うべくイスカンダルに向かったんだったな。

オーストラリア政府は希望者にクスリを配布できるよう手配をしていました。
汚染によって苦しむよりは・・・・ということ。
死に方と生き方は、リンクしているものですね・・・


印象に残ったのは、原潜の最期の任務を前に艦長とモイラが釣りに出かけたシーン。あと数日ですべてが終わるというのに、釣りです。真剣にお魚との勝負です。(この二人は周囲の期待をよそに?恋仲にはなりません。) 人はどんな時にでも笑い楽しみ、心を感動させることができる。そういうことができるのが、人間なのですね。死を目前にしてさえもです。ものすごいチカラだと私は思います。





一気に読んでしまった。人と待ち合わせの最中とかにも読み続け~
同じ創元の「ガニメデの優しい巨人」を併読しつつ~ 早くそっちも読も。