思っていながら、出来ずにいます。
本当にごめんなさい。
しばらくの時間、待ってやってください。
お弁当。市松模様の海苔は私のアイデアが採用!!
ようぼくだって
ようぼくだって
実家の母親と義母が近い場所にいると
嫁もしんどいよね。義母もしんどいもん。
好き嫌いの問題ではなくって本能。
結婚したときは、娘ができたって思ったけど。
いい子なんだけどね。
娘になれるとしたら、一緒に生活し
酸いも甘いも共にしないと無理でしょう。
「あのさー」とか
「ねーねー」とか
「ありがとー」とか
「そうなんだー」とかお互いに言える様にならんと。
水臭さを感じているうちは、
まだまだ初心者だと思う。
最近気がついたんだけど
伯母の出直したのっていつだったかな、と。
思い出せません。こんなことってあるんですね。
記憶が抜けています。
人間って意識がなくなると記憶までなくなるんですね。
あんなに家に運んで、色々とやらせてもらって
時間のお供えをさせていただいて心を砕いて
心の使って、たくさん現況をさせてもらった出直した
伯母の命日が分からないなんてありえないでしょう。
ありえないけど、、、、まったく、、、、5月くらいだったかな。
ブログに書いてあるから調べれば分かるんだけど
記憶が飛んでいることが信じられません!!!
毎日は思い出さないけど、ふとした時間に伯母さんが
いたら、遊びに行っているなぁって思う。
栗どらも買うこともなくなっちゃった。
お使い物にはいいので、利用したいんだけどね。
自分がそうなったときは子供たちに忘れられたくないよなーーー。
悲しいじゃん。
施設に入ってしまった伯母のことをよく
思い出します。
「今日とか今までだったら伯母さんちへ行っていたなーー」
とか時間の隙間に思い出すことが多い。生きているのにね。
忙しくっても、時間を作ってでも顔を見せに行っていた日々。
なんか面会に行きにくくって、、
きっと、待っていないと思う。
yoshiチャンは、忙しいんだからとか思って、、、もしくは
もう忘れちゃったかもしれない。人間って会わないと忘れます。
受付まで行って、確認をして帰ってこようかな。
これって自分のため??
伯母のお見舞いに行ってきたんですよ。
報告がまだでした。
伯母の入所した施設。
いつの間にこんなところに建物がある。
やっとたどり着くことが出来ました。
かなり田舎で、、、そりゃそうでしょうよ。
越生町と同じくらいの田舎度だわ。
自然がいい場所となると山のほうになる。でも
山の上ではなくって平地の道の端でしたよ。
保育園に子供を預けた母親が
子供を迎えに行ったときの嬉しそうな子の表情。
そんな感じを思い出しました。
私のことを忘れてなかった伯母。良かった。
にこやかに私を迎えてくれた伯母。
『よくここが分かったわねーー』と。
話しがしずらいので部屋に通してもらいました。
伯母は車椅子で移動していて、寝るとき以外は車椅子みたい。
歩かないから、どんどん歩行できにくくなる。寝たきりに
向かっているようで怖くもありました。
雰囲気は良かった。食事も食材の多さはいいけど
味付けが美味しくは感じませんでした。においを感じれない
伯母には酷だろうなと思ってしまう。いつもあんな感じかな?
『yoshiちゃん、伯母さんと代わって。』
とっさに返答に悩んだけど。
「じゃ伯母さん、私のやってることをやってくれるかな?」
≪無理だわ、、、、、≫と一言。
正直ホッとしました。
元気な私が行くと、かえって自分を惨めに思ってしまうような
寂しくなるみたいな気がする。
『ヒマはヒマでも。家にいるヒマとは違うヒマだわ、、、』
と言って、しょげてましたけどね、、、
「分かるよ、、、」と私でも分かる。
これからどうしようかなって思わされた再会でした。
実家の弟家族がお泊りで出かけるらしく
母親を預かって欲しいってお嫁さんに頼まれた。
1月に言われてて今日が来てしまった。
正直、今、大変なんですよ。
なので、母のことを受け入れなきゃならないのが辛かった。
迎えに家に行っても、、、結局30分待っていたし。
こういうことは仕方がない。
私が遅いからイライラしすぎて、泣きそうな気持ちで私に怒鳴った母。
気持ちは分かるけど、そのことからお腹が痛くなって
30分くらい出たり入ったりをしてて、、、
母も悪かったって私に謝ってましたが、、、
そんなに気にしてません。
2011に3ヶ月間一緒に修養科生としてともに通ったんで。
あの時のことからしたら、たいていの事は大丈夫だ。
今はお風呂に入って寝てます。
こうして親をみられるのって嬉しいことなんでしょう。
そんなに面倒をかけるわけでもない。
お風呂は私が背中を流してあげて、湯船に足を入れてあげて。
今回は足が痛くって、しゃがめませんでした。怖いんだよね。
段差に腰掛けられるんだけど、怖いんだよね。
腰掛けないで出ちゃった。。。。。
明日は何をしようかな。
2人だけっぽいから。。。。
なかなか喜べないのが長女のことだ。
身上というか事情というのか、、、
自分のブログとはいえ、
いつまでも明確に書けない題材だ。
止めても聞かない子だけど、
本気で止めることをしたんだろうか。
親としてこのごろ、よく思う。
12月中旬の誕生日が近づいてくる。
子供が小さいときにアップした画像を集めています。
デジカメじゃなかったし、あまり載せてないのだけど
懐かしいのでみつけてます。
妹の長男が第一子を御守護いただいたので
そのお祝いのモノを妹といっしょに調達してきました。
寄居のミキハウスで色々と見させてもらって購入。
楽しそうに妹は選んでいたけど、私といっしょに行った長女は
なんだか疲れた。買物は3人だったから、また助手席だったから気楽で
まあ楽しかったし、お昼のインドカレーも美味しかったから良かったけど、
甥っ子の家におじゃましたときに
甥っ子の奥さんに気を使いすぎてしまったのは私だ。
よく聞き取れなかったせいもあるけど、赤ちゃんの扱いとかそのほかも
私が粗相をしたら妹がお嫁さんに気を使っちゃうんじゃないかなって・・・・
妹は、人の目を気にしすぎてしまうところがって、
人前で恥ずかしい思いをしたくないってとこがある。昔から。
甥っ子の奥さんとはまだ3~4回目くらい。
苦手なタイプ。姉御肌の仕切り屋さんと見ている。
妹はゼッタイに嫁の不足は言わないと思う。
仲良くしなくっちゃって思っていると思う。自分(妹)も二十歳で結婚してから
旦那さんの両親はよくしてくれたと思ってて、姑には恵まれている。
だから、息子の相手にも自然とそうなるんじゃない?
けど、私は尻にしかれる長男を見たくない。仕切り屋じゃなくていい。
とにかく、色々と考えさせられてしまった日でした。
情の付き合いは、疲れる。
長男が家を買いたいと、
主人に話をしてくれているんだけど、
主人はまだ就職をしたばかりだし今はまだ早いという。
他にも理由はあるでしょう。
今夜も親子の会話が繰り広げられました。
今だからこそ、家を買いたいの。
長男はわたしたちのために家の購入に踏み切っている。
築35年は経つこの家にまだ住みたいのだろうか。
思い入れは私よりもたくさんあるのは分かるけど、
日当たりは悪いし不安じゃないんだろうか。
長男は優しいから主人に話しているのを聞くと、ちょっとじれったい。
もっとガンガン押していっても大丈夫なんだと思うのに、、、
大事な話なんだからテレビ消してと言ってもいいのに。。私が言いました。
主人は消さない人なので、、、、
就職して3年はまだ早い、という主人。
世間並みではそうだと思うけど、親の声だから。
もちろん、長男自身も二十歳そこそこで不安がいっぱいだと思うさ。
やっとの思いを内側に隠して、父親と面と向かって話をしている。
勉強させていただいているね。
この年齢でこんな話をしないでしょう。
まだまだ遊びにお金を使いたいでしょう。
貯金だって、、、、
我が家は狭い路地の行き止まりに立っているので
火災とか地震とかあったときに消防車が入れないし、
逃げ遅れがちなのではないかと区長さんが言ってくれていた。
築年数古いから地震だって怖いさ。
買いたかった物件も買われてしまいましたそうな・・・・・
まあ、これも神様なので
あの家に入れる人間じゃなかったんだなって思える。
もっとすばらしい家を神様は準備して下さっていると思わせていただいている。
今日、にをいがけ中に携帯に公衆電話からの着信記録が・・
留守電聞いたら、女の人の
『もしもし・・・もしもし・・・もしもし・・』だけ。
声が入院中の伯母さんに似ていたし、
公衆電話からだなんて、他にはいません。
家に電話したら、かかってきたらしい。どっかのおばさんから。。
なので、入院先の病院に行ってきました。
退院だって!!!!!今週末に!!
白血球をふやす注射を1週間するんだそうだけど、
そのあと退院だってさーー。やったーーーー。
で、私が家の掃除に行くことになりました。掃除はいいんだけど
半年振りの家ってどんなになっているもんだか、想像がつかないのよね。
想像はするけど、ろくな想像ではないし。
怖くなってしまうのだ。
長いものとか黒い昆虫とかねずみとか・・・
そういうものが潜んでいるんじゃないかなーーと思うと怖い。
雨戸が仕舞っていなかったらいいのだけど・・・・・・
一人じゃ心ぼそいのだ・・・・・どうしよう。
伯母さんの退院は、超良かった~~~~~!!
入院中の父方の伯母さんを見舞ってきました。
一カ月は行ってなかったかな。
伯母さん、家に帰りたくてしかたがないって。
抗がん剤、あと一回で終わりとのこと。それが終ってから
家に帰るって、本人は言っていたよ。
最近やった抗がん剤投与で液がもれてしまい、
調子の悪い日があったんだって言うけど、今はまあまあ。
今月19日が8回目の投与です。
どんな結果になるやら・・・退院できることを祈りたいです。
とにかく、とりあえず家に帰って、そのあとのことはあとで考えたいんだって。
一人暮らしだったから、家之子とが気がかり。
門から玄関まで草が生い茂っていたので、伯母さんの実家の甥が
刈って、除草剤をまいてくれたとか。。。。
私も家の片付けや掃除をしてあげたいので、退院が決まったら
夜でも何でも良いから、連絡してと伝えときました。
顎の所のガンは消えているので、なんとか今月退院させてあげたい。
医大に入院している伯母のお見舞いに行ってきた。
一ヶ月はご無沙汰してて、どんな様子になっているのか気がかりだった。
病室の階は変わっていなくて、ベットは窓際に移動。
伯母は、廊下奥の椅子にすわって、誰か入院仲間と話をしていた。
遠目からでも伯母とわかるくらい、
大きな変化がなくて良かったなぁって思った。
抗がん剤は、5回うけたのであと2回だってことだ。(3回だったかな??)
大きな体調不調はなくて、一日が長くて退屈だって。
「いまだに、何で私がこんなことにならなきゃいけないのか納得いかないのよ」
「お友達はみんな元気だから、あまり会いたくない」
と言うのだ。
答えは、私には分からないので言えなかった。
『おばさんが元気になって退院したころ、今度はお友達の具合が悪くなっているかもしれないよ。』
「でも、みんな元気なのよねー」
『そんなの分からないよ。。。』
順調らしくて、ホッとした。医師からの説明を聞いたわけではないけど、
伯母を見ていると、強いなって思うのだ。前向きでもあるな。
なにより直す気満々!!!!これって大事なことだよなぁ
甘いの摂ってはだめと言われているから、食べないらしい。
テレビを見ても仕方ないからって全く見てない。
言いつけを守って模範生だね、あれは。
「yoshiちゃん、おばさん大丈夫だからさ。今度会うときは退院して
ゆっくり家で会おうよ。」なんて言うのだ。
これ言われたら、
『分かった~~~~~~(^0^)』
なんて言いたくなるでしょう?