12日は6時出発。バスと高原列車を乗り継ぎ、空中都市マチュピチュ遺跡麓の緑が一杯のマチュピチュ村(1900m)まで移動。そこからは国営の乗り合いバスでイヨイヨ「マチュピチュ(2280m)」へ。
現地ガイドの自称写真家「森重氏」の思い入れが深い説明で眼前に初お目見えした1911年発見の「マチュピチュ神殿群」景観はやはり平面的なTVと違い、奥行きと空間の広がりが全然違う。
憧れ続けて来たと言う数名の若い女性は座り込んでしまい涙ぐみ始めしばし凝視。 流石に50才以上ともなるとそれなりに感慨はあっても「ふんふん」という程度。やはり旅に鮮烈な印象を持つには若さもある程度必要だなと感じた。(前編A)
午後は自由行動。疲れてはいなかったが若い森重ガイドや若い女性達と一緒の行動は無理なので、兼ねてから歩いてみたかったインカ道をマチュピチュ神殿を見下ろす「太陽の門(2650m)」まで独りで歩きました。
帰路では人も減り閑散とした西日を受けて輝くマチュピチュの遺跡を眺めて少々感慨にふけったが、TJはバスで帰り、マチュピチュの村をぶらぶらした。4名の女性は最終バスの5時半頃まで滞在し、座って眺め続けられたとか。
マチュピチュの標高
太陽の門の標高
登り初めて遺跡を見下ろすA
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インカ道を歩く人たち
遺跡が下に見えます
遺跡の背後の山がほぼ同じくらいの高さに登れた
眼下には蛇行するウルバンバ川が見える
平らになったり急になったりするインカの石畳道A
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歩いたので小さな花々にも出会えたA
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C
D
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エッチラオッチラ登るにつれて眼下の遺跡が小さくなりますA
B
アンデスの前山でしょうか高い山が見えてきます
段々急な登りに
ジグザグの道は村から遺跡へのバス道
コレが本物のマチュピチュ峰 多分???
崖下は結構急峻
はい 太陽の門到着A クスコや他のインカ道から長い道を来た人達はここで初めてマチュピチュを見ることになります。
B
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D
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F
東洋人はTJ一人だけでした
さあ 帰ろかな
マチュピチュ遺跡に夕日が射し始めましたA
B
マチュピチュ村の情景 つづく
人生において、たいへん貴重な旅経験&思い出となりましたね〜
早朝出発で、バス、高山列車乗り継ぎ、それから、マチュピチュ村からは、国営の乗合バスで、マチュピチュへ〜♫
記事途中に、
>ジグザグの道は村から遺跡へのバス道
↑↑
・・・とありますね〜!
思わず、目でバス道を追いました〜(笑)
午後の自由行動では、兼ねてから歩いてみたかった、インカ道を、簡単な道のりではなかったと思われますが、歩かれて、一期一会の風景〜、すごく素敵ですね〜♫
途中の道々・・・、小さな可愛らしい花々に出会えたりして・・・、旅疲れも、癒された事でしょう〜
無事、太陽の門まで、歩けて、良かったですね〜
ワイナピチュ、そして、マチュピチュ遺跡・・・、
お写真拝見していて、
パワースポット的な・・・、
なんとも言えない神秘的な景色な感じがしました〜
ティーガーデン
実際にこうして行かれた時の感動は凄いでしょう
あこがれ続けた場所に立った女性が涙ぐむのわかりますね
若い女性が感嘆の涙 絵になりますね
こうして行けてるの見ると羨ましいです
よくぞ到達されました
マチュピチュ遺跡まで 飛行機を乗り継いで~バス~登山電車…徒歩(日本から一体何時間❓)
遂に来た感動は生涯残ると思います(何年経っても色褪せない)
太陽の門~インカ道 断崖絶壁の怖さが感じられ そこに咲く花々が目に留まり いい写真です
TJさん 東洋人おひとりの記念写真がいいですね
矢張り体力がいります
訪れた人だけが味わう感動
標高がある山に石を計算して積み上げた遺跡はロマンです
当時の人の暮らしぶりを空想します
現地まで旅行した友人が二人いますが
百聞は一見に如かず 羨ましい限り
旅して見たい…夢でした(叶いそうもありません)
また何度でもお邪魔します
ブログ投稿ありがとうございます