今回の福岡への旅で、新たに知ったことが一つある。
自らの勉強不足であって、「だざいふ」は「大宰府」と「太宰府」が使い分けられているということを知らなかった。
大の字の中にチョンと「、」が入っているか否かの違いである。
「大宰府政庁跡」は、7世紀後半から九州に設けられた行政機関で政治、外交、軍事を担っていた役所「大宰府」の跡とのことである。
現在は広大な地域が整備され、芝生の中に左右対称に並んでいたと思われる建物の礎石が残っている。
こちらの遺跡に関する記載は「大宰府」と表記され、「大」の字が使われている。
南側の入り口付近。
日頃はせま苦しい環境にくらしているので、とにかく、この広さは気持ちが良い。
東側の「脇殿跡」から「正殿跡」の方向を望む。
左右対称に整然と建物が並んでいた様子が見てとれる。
「正殿」のあったところは一段高くなっている。
礎石はそれぞれ整形された大きな石であるが、一部は斜めに傾いてしまっているのもある。
「だざいふ」の文字の話に戻る。
「大宰府政庁」とは異なり、その他の地名や施設名などは「太宰府」と「、」のある「太」が使われている。
例えば、「太宰府天満宮」は「太」が使われている。
旅行の間に入手した、パンフレット、遺跡マップ、路線図、時刻表などを見直してみた。
調べてみた範囲では、「大宰府政庁跡」に関する箇所だけが「大」が使われている。
他は、太宰府市、西鉄太宰府(駅)、太宰府天満宮など、いずれも「太」が使われている。
少なくとも、二つがはっきりと使い分けられていることは判った。
但し、もともとの理由までは分からないので、それは自分への宿題にしておく。
地元福岡の方や歴史に詳しい方からすれば、笑ってしまうような話題であろう。