お気に召すまま

なんでもござれ。思うまま、気の向くまま 書きまくる。

天皇は錦の御旗ではない。象徴である。

2017年05月26日 | 改善したいね
田原総一郎の記事『天皇陛下の不満を、政府は無視するのか。』日経ビジネスオンラインの記事に
触発されて私の見方を書いてみる。

これまで、天皇陛下は日本国憲法に従って、政治的発言を慎んできた。
その限界の中で全ての発言、行動をなされてきた。
私心を発言できないのは拷問に等しい、その中でなされた良識がある国民ならわかるであろう数々の公式発言、行動を続けたことに頭が下がり、真の象徴天皇の在り方を示してきたと尊敬します。これには美智子皇后というよきパートナーに恵まれたこともあろう。

昭和天皇も大日本帝国憲法下であっても、天皇機関説のように権力の在り方を考えての発言行動であった。
自分の意向と異なる『アメリカとの開戦の決定』をしなければならず忸怩たるものがあったと思われる。
二者択一の機会さえなかった御前会議の事をおもんぱかるばかりである。
玉音放送でさえ阻止しようとした軍隊、つまり軍隊が天皇陛下の御意志を阻止しようとする越権行為で多々あり、大日本帝国憲法に従わず、錦の御旗だけに利用してきた不当の輩がたくさんいたことになる。

その中において、全てを飲み込んだ上の『開戦を自身が決定した』との発言されているとあり、君主たる帝王ではなく真の天皇たるふるまいだったように感じる。

ところで明治維新は薩摩が実質をなしていたのだが、長州が手柄を持って行ってしまった。さらには明治政府、軍隊の中核をなす長州閥は軍隊が天皇陛下直属として国会、政府より上であるという論理を振りかざすものが多く、満州事変を引き起こし、真珠湾攻撃に突入してしまった。特に、士官学校での兵士は士官教育の変更もあって、精神論だけの勇み肌が目立つことが多く、長州気質の威勢ばかりが強くなった軍隊はコスモポリタン的に世界を見ることができなかった。自画自賛の勝手な論理に従って政府、国民を振り回してきた過去がある。

一方、『戦前の近代的軍隊が起こした行動の総括をしなかったツケ』が威勢の良い憲法改正、つまり戦争になったkとを文責もできない輩が、軍隊をコントロールできない憲法を作らんとしている。共謀罪などはその手始めである。警察に憲兵機能を持たせようとする流れである。自白をさせることで犯罪者に仕立てたことを総括した上での法律ならば許せるが、取り締まりを優先させていることに問題がある。話がそれたのでここまでとする。


======<by やじさん>======
原発事故を総括せず、再稼働する現政府は問題であろう。

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