辰野町の荒神山の東側に在った城跡です。
圃場整備と中央自動車道の建設により地形まで変わってしまっていて、どのような城であったのかは不明、遺構等も何も残っていません。
そこで取り敢えず、国土地理院の航空写真で自動車道が出来る以前と見比べて見ました。
左側が1970年、右側が1991年の航空写真です。
(国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を加工して作成)
白線で囲んだ部分が城跡のようです。
東側(右側)から張り出した段丘端に築かれていたのでしょう。
枠内中央に田んぼが左右に分かれる感じのラインが見える気がします、
もしかしたらこの部分に堀切があったかもしれません。
現在、城跡南側は段丘端の形を残していますが、西側と北側は見る影もありません。
以下は訪れてみた時の写真です。
丸囲み数字1から見た城跡(2019年02月)。
城跡内の自動車道と耕作地。(2012年10月)
南側の数段の耕作地。(2012年10月)
自動車道南西側下から見上げる。(2012年10月)
南方には羽場城跡(手長神社)の森が中央に望める。(2012年10月)
丸囲み数字2、
この地に城(館)を築いたとの伝承がある樋口次郎兼光の墓があります。
丸囲み数字3、
武田晴信が箕輪町福与城の藤沢頼近を攻めた際に陣を張った荒神山です。
その時にこの城はまだ在ったのでしょうか、謎です。
所在地:長野県上伊那郡辰野町樋口
現状:中央自動車道、耕作地、等
遺構:なし
状態:
表示等:なし
駐車場:なし(路駐)
参考文献:「図解 山城探訪 第四集 改訂上伊那資料編」(宮坂武男著 長野日報社刊)
現状:中央自動車道、耕作地、等
遺構:なし
状態:
表示等:なし
駐車場:なし(路駐)
参考文献:「図解 山城探訪 第四集 改訂上伊那資料編」(宮坂武男著 長野日報社刊)