おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

恋の罪

2019-06-09 09:44:02 | 映画
「恋の罪」 2011年 日本


監督 園子温
出演 水野美紀 冨樫真 神楽坂恵 児嶋一哉
   津田寛治 大方斐紗子 小林竜樹 二階堂智
   五辻真吾 深水元基 内田慈 町田マリー

ストーリー
あるどしゃぶりの雨の日、ラブホテル街の木造アパートで無惨に殺された女性の死体が発見される。
事件担当する女刑事・和子は、仕事と幸せな家庭を持つにもかかわらず、不倫に走っていて愛人との関係を断てないでいた。
謎の猟奇殺人事件を追っているうちに、大学のエリート助教授・美津子と、人気小説家を夫に持つ清楚で献身的な主婦・いずみの驚くべき秘密に触れ引き込まれていく和子。
事件の裏に浮かび上がる真実とは…。
3人の女たちの行き着く果て、誰も観たことのない愛の地獄が始まる…。


寸評
描かれる内容はあまりにも毒々しいが、それが1997年3月渋谷区円山町ラブホテル街にあるアパートでおきた「東京電力女子管理職社員殺人事件」をモチーフにしているとあっては、その毒々しさが現実のものであることを理解しながらの観賞となる。
当時は事件の報道が過熱化し週刊誌等では被害者のプライバシーが暴きたてられたことを記憶している。
被害者女性は家族全員が名門エリート大学を出ていて、彼女自身も慶応大学出身のエリート管理職であり、金銭的にも不自由していなかったのに、夜は低価格の売春を繰り返していたというものであった。
映画はその事件をモチーフとして被害者の特異状況や異常癖を登場人物に割り振っている。
しかし、事件をモチーフとしたオリジナル脚本とあっては、現実との相違が問題ではなく、ましてや殺人事件の犯人を追いつめるサスペンスともなっていない。

映画は三人の女性の愛と性、表の顔と裏の顔の極端さを描いていく。
家では良き妻、良き母だが不倫にはしる女刑事の和子。
オープニングはこの和子が不倫先のホテルから事件現場に駆け付けるところから始まる。
オールヌードで登場する水野美紀の体当たり演技もあって衝撃的すぎる始まりだった。

夜になると娼婦として売春を行っている大学のエリート助教授の美津子。
彼女は何度も田村隆一の詩「帰途」の一節「言葉なんかおぼえるんじゃなかった 日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる」を度々引用する。
父親に近親相姦的感情を有していた良家の下品な女である。

そして、美津子から「お前は私のところまで堕ちてこい!」と叫ばれ、昼のブルジョア的な主婦生活から、夜の売春婦へと堕ちていくのが、人気作家を夫に持つ貞淑な妻であるいずみ。
女として一番変貌を遂げるのがこのいずみで、変化のない生活から抜け出すためにパートに出て、そこからAV嬢へと堕ちて行く。
堕ちて行くというより、むしろ自己の存在感を示すという点において成長していく。
和子によって物語は新しい展開に持ち込まれ、美津子によって掘り起こされていくが、この映画の中心人物はこのいずみであろう。

いずみの成長を助ける美津子のアジテーションは強烈でアングラ劇の叫びを見ているようだった。
事件はきわめて特異なものではあったが、「ただでやらせるな!」と美津子の説く性や肉体を商品とする女の生きざまは、今や特異なものではなくなってしまっているのではないか。
主要人物を演じる水野美紀、冨樫真、神楽坂恵という三女優のヘアヌードを惜しみなく映し出して女を描こうとしているようにも見えるのだが、一向に女を感じさせないのは作品全体の構造が、田村隆一やカフカの観念的な言葉のもとで展開されているからだと思う。
作中で田村の詩が読まれるたびに、また「城」が云々されるたびに、作品は観念映画と化していって女の性や肉体から遠のいていく。
こんなことならカフカの「城」を読んでおくべきだったのかもしれない。
僕はこの作品を見ていて、40数年前に熱狂していた一部の日活ロマンポルノや、アジテーションを繰り返す当時のアングラ劇団の公演を連想し、ポルノ映画やピンク映画と一線を画しながらも奮闘していた若松孝二を思い出していた。

和子がラストで両手にゴミ袋を持ちながら回収車を追いかけても追いつけず、円山町のラブホテル街に迷い込み、殺人現場の入口に立ちつくす。
不倫相手の男から「今どこにいるんだ?」と電話がかかるが「よくわからない」と答える彼女。
それはこの世で起きることが、何だかよくわからないことの積み重ねのことが多いとの表現であり、現実の事件も結局は何だかよく分からない事件だったように思う。
尾沢美津子演じる大学助教授である美津子の叫びもインパクトがあったが、それ以上なのが美津子の母親役の大方斐紗子だ。
瀬戸内寂聴ばりの語りは、とてもとても心の中にまで入り込んで耳に残るものだった。
それは彼女を支持するものではないのだが、圧倒的な存在感で終盤を一気に高める役割を果たしていた。
よく分からなかったけれど、これは「恋やセックスなんかおぼえるんじゃなかった」と「恋の罪」を呪っている人物たちの物語だったのだろう。
グロテスクな映画でもあったが、前半で語られる内容が後半で描きだされたりしていて、作品の奥深さも持った映画だった。