多くの人の喋り方を聞いていると、前後の脈絡が噛み合わない状態になりかかり、会話の途中で「えーっと、えーっと」を繰り返す人が非常に多くなっている。
それも非常に早口で。
言葉の前後を認知、確認、操作することに必死な印象が伝わる。
言葉は記号のようなモノであると同時に、特に日本語はその中に感覚を入れて伝える特殊言語だ。
最近の多くの人はそこが混乱してるような気がする。
おそらく考えと言葉と行動が不一致になっているのではないかと思う。
これに関しては、実は 自分自身がそうなっている。
ずいぶん以前からそうなっていた。
従って他人事では無い。
個人的には、自分自身の悩みとして今まで考えてきたことだけれども、テレビやラジオなどを聞いていて、多くの人がそうなっているのを感じる。
特にラジオでは言葉が全てを表現している。
画像があるテレビとは違う。
アナウンサーは書いてある原稿を読み上げるだけの場合はただの作業なので問題は発生しない。
しかし、意思を伝える会話になると途端に印象が変わりわかりにくい会話になっていく。
声が表す言葉の連続が全てである。
そのため、その言葉の前後を認識しながら伝えたい内容を表さなければならない。
そこをきちんと表現できて意味が伝わるようになる。
にもかかわらず、途中で言葉が前後すると、言っている内容が非常にわかりにくい。
したがって、話の内容がなかなか入ってこない。
今の社会、現代人の社会はコミュニケーション不足だと思う。
普段の会話がへたくそな人と言うのは一度喋りだしたら止まらない人が多い。
言いたいことを、ただとことん垂れ流しているようなケースが多い。
それは通常において、会話のやりとり、会話のキャッチボールが充分できていないからそうなっているのではないかと言う感じがする。
従ってもっと世の中が人と人と顔を突き合わせた方がいいと思う。
面と向かって良い加減な交流を容認できる環境が精神的にも良いのではないかとも思う。
そういう環境になるとAIもロボットもあまり機能しない気がする。
特に日本語は感覚を伝えるので、気持ちを表すAIは存在しない。
それが出来たら、曖昧さを持った不安定な存在になる。
コロコロ気が変わる 気分屋のAIが存在することにもなり得る。
それなら、そこに居るのは人間で良い。
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