地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

京釜線土砂降り鉄 (12) コンテナ貨物列車

2019-07-31 00:00:00 | 韓国の鉄道


 この世にうらやむものはなく、「日本은 업다 (日本はもうないも同然なほどウリナラの方が先進国になった)」と思っていたはずの主体ウリナラの南半分では、「ウリナラが日本から買いたいものを日本が売ってくれないから、全ての日本製品をボイコットする」という、最高に論理が顛倒した支離滅裂な国民運動が展開されています。しかし、それが果たしてどれだけ、相互の信頼に基づいた健全な貿易を望む本来の自由貿易の精神から乖離していることか、最早説いて聞かせても無駄なレベルになってしまったとしか思えません。
 しかも、そんな運動の片鱗が、不特定多数の外国人も利用する地下鉄の車内にまで浸透し、ドア窓ステッカーとしてベタベタ貼られ始めているということですから、これは最早「美帝를打倒하자!」「Down With USA!」などと至るところに大書されたウリナラ北半分とかイランとか、毛沢東時代の中共と変わるところではありません。



 さらに、日本による貿易管理の厳格化を、ウリナラに対する経済侵略とか、南北分断をさらに固定化する悪の策略だなどと決めつける方がどうかしています。日本としては、そんなウリナラが信用出来ないから関係を絞って徐々に手を引くことになっても構わないという発想でやっているわけで、あとは克日でも何でもやって頂きたいところですので、それが何故侵略なのかさっぱり分かりません。また、日本との経済的関係を薄めて克日に成功すれば、それは恐らく国力の低下を伴うかも知れませんが、少なくとも経済的レベルとしては北との距離が縮むことになります。そして、南北協力で打倒日本を叫ぶ余地も一層拡大することになりますので、むしろ南北統一の夢が指呼の間に届くということではないでしょうか。
 したがって、このような運動が盛り上がるほど得をするのは、北の青年大将ニムと、彼に従う老執事のムンということになります。だからこそ、なおさらウリナラの政府は反日運動を盛り上げまくっているのであって (実際、政府が反日を叫ぶほど支持率が上がっていますし)、それが実はウリナラ南半分の北への吸収合併への道であることを、ウリナラ南半分のほとんどの人々は考えてみようともしないのです。
 かくして、当ブログが数年前から主体朝鮮塗装のウソ電を描くなどして予想してきた、北主導の南北統一という美しい未来がますます近づいていることに、改めて我ながら震撼せざるを得ないのであります。
 とゆーか、ソウル交通公社の電車だって、イルボンから買った素材や部品をいっぱい使っているだろ、と思うにつけ、そもそも主体思想かぶれのソウル交通公社労働組合は、日本製品不買ステッカーなど貼るヒマがあったら、ただちに全列車の運転を取りやめて電装品を叩き壊し、1号線のトンネルは日帝残滓としてきっちり埋めるべきではないか、と思うのですが。
 というわけで、どんどん主体思想がかって貿易を減らして行くウリナラの今後が何となく脳裏によぎりつつ、大動脈の京釜線を頻繁に行き交うコンテナ列車の画像を貼っておきます。

相鉄入線を目前に控えた埼京線E233系

2019-07-30 00:00:00 | JR発足後の車両


 かねてから相鉄と相鉄沿線民の悲願であった相鉄・JR直通運転は、具体的な開業日に加えて運行形態に関する大本営発表もなされ、いよいよ目前に迫ったかの感がありますが、開業まであと約4ヶ月というタイミングでついに相鉄12000系のJR線内日中試運転開始の報が伝えられ、自ずと気分の高まりを抑えられません。とはいえ、相鉄12000系は走り始めてからまだまだ日が浅く、「馴染みの電車がJRにも!」という感覚とは少々異なるのは否めません。



 むしろ、よりいっそう新鮮かつ巨大な衝撃に感じられるのは、相鉄12000系が埼京線を抜けて、南古谷での研修に供するべく荒川鉄橋を越えるときでしょうか。そして、205系に代わってすっかり埼京線のイメージとして定着したE233系7000番台が相鉄に姿を現せば、12000系のJR乗り入れ以上に、最早相鉄が首都圏の相互乗り入れ網の中で孤立していないことを、全ての沿線民の眼前にありありと見せつける絶大な効果があります。というわけで個人的には、「もう幾つ寝ると」という気分で、埼京線E233系の相鉄来訪を歓迎したい気分ですし、この日を見越してKATOのE233系7000番台を購入していなかったことを激しく後悔しているのであります (笑)。
 あとそういえば、JRの通勤型電車が初めて「特急」を表示するのもワクワクしますし (笑)、海老名で相鉄と小田急の両方に緑帯のJRの電車が並ぶのも、数奇な運命を感じます (帯の本数、そして電車の形状が異なりますが)。

さよなら、ジャカルタの都営猫バス!(下)

2019-07-28 15:00:00 | インドネシアの鉄道


 東京の電車見本市状態のカヲスと化したジャカルタの地に、究極の謎電として現れた都営猫バスは、当初それこそボゴール事故の生き残りということで4連を組んでおりました。しかし2010年代にもなれば、最早タンゲラン線の急行も存在しない中、輸送力面で4連OKな主要系統など存在せず (今やタンゲラン線も12連の時代……)、結局例えばブカシ=タンジュンプリオク間の超ニッチ運用や、完全な環状運転にはならない環状線オンリー各停チリウン号の運用、あるいはカンプンバンダン・フィーダの類でちまちまと神出鬼没していたものでした。まぁ、どれも非常に濃いぃ運用であることは確かで、とりわけ猫バスが主に充当されていたブカシ=タンジュンプリオク運用は、ほとんど誰も乗っていない電車が、クマヨランからタンジュンプリオクへの連絡線に入って行き、しかもこの連絡線もコンテナ貨物で大盛況な今日の有様からは考えられないほどゴミだらけの単線でしたので (一応複線ながらも東側の線路は使わず放置)、謎電+ショボショボ線の組み合わせに狂喜乱舞したのも懐かしい思い出です。



 事故当該編成の中間車にやっつけで顔をくっつけた猫バスだけに、そんなうらぶれた運用が当たり前……と思っていたはずが、突然の編成替え・8連化の報せに思わず一瞬腰が抜け、次の瞬間血湧き肉躍る気分になったのも、昨日のことのように思い出しますね……。もともとクーラーの効きが悪かった都営6000系の中でも、猫バス編成6151Fはとりわけ効きが宜しくなく、4連のスッカスカ運用に入っていた頃は車内の人口密度の低さゆえ、辛うじて涼味を感じることも出来ましたが、8連化後は、乗ろうとするときに来れば絶句ものでした。生暖かい風を引っかき回しているだけと申しますか……。しかし、そんな猫バスも、撮るときに来れば最高にご機嫌であったことは言うまでもありません (笑)。
 何はともあれ、ジャカルタにおける都営6000系全般がそうであったように、猫バス編成も車両不足・整備暗中模索の時代において、事故やら何やらの満身創痍を乗り越えて、よくぞメトロ6000系やJRE205系の全盛期へとバトンを渡したものだと思います。ジャカルタにおける冷房電車列伝の中でも、最高に特異な一ページを飾る電車であり、乗って撮ったことがあるヲタによって、その存在感と功績は末永く語り伝えられることになるはずです。さようなら、猫バス!!

秩父鉄探訪2019春 (6) ラグビー7503編成

2019-07-27 15:00:00 | 地方民鉄 (秩父)


 東京五輪があと1年後に開幕なのだそうですが、熱中症対策や交通規制、それにウチの怪社も例外ではない諸々のスケジュール変更の面倒臭さが本当に思いやられます。一方、とにかくこれを機に、曜日限定でも良いので電車の終夜運転が日常的に実現して欲しいものです (現業さんからは面倒臭いという声が上がりそうですが)。
 そんな東京五輪の前には、ラグビーのワールドカップが日本で開催されることになっており、しかも開幕まであと2ヶ月を切っているのですが、五輪と比べて盛り上がらないのも直前になれば何とかなるのでしょうか (庵主は球技好きではないため、まぁどうでも良いのですが ^^;)。その開催地の一つは熊谷となっているため、秩父鉄道でも7503編成がワールドカップ・ラッピング仕様となって活躍しています。



 この編成、実際に乗ってみますと突然、埼玉開催応援団員でおられるオードリーの春日サンの車内ラッピングがドドーンと目の前に迫って来て、結構ビビります。別に御本人がキライなわけではないのですが、やはり車内という密室空間で、オッサンの巨大ラッピングに迫られたくないと申しますか……(^^;)。なお、別の扉から入れば美女の巨大ラッピングがお出迎えとなりますので、これはもうまさに、ビビるかシアワセいっぱいになるか、二者択一のガラポンくじです (笑)。
 そんなラグビー・ワールドカップ仕様の7503編成ですが、外観はご覧の通り、結構編成美を感じるものですので、個人的には「来れば当たり」な編成です。しかも、撮影した際にはたまたま、クハ7703の種別表示が故障しており、正面向かって左下に急ごしらえのサボが置かれているのもなかなかグッドでした。
 それにしても、こういうカラーリングの良いラッピング編成は、如何にも鉄コレ向きだと思います。しかしそもそも、7500系の鉄コレ化が実現していない中では望み薄なのでしょうか……?

さよなら、ジャカルタの都営猫バス!(上)

2019-07-26 15:00:00 | インドネシアの鉄道


 ジャカルタで都営6000系が引退したのは、既にだいぶ前の話となってしまいましたが、先頭車化改造編成であるLakitanと猫バス (Djoko Lelono2) は、2連でもOKというフレキシブルな特徴を活かしてデボックの入換車となり、最後まで現役で残ってKCJ色となっていた6181Fもデポックの肥やしとなっていました。しかし、いつもお世話になっておりますパクアン急行様のブログによりますと、ますます増える武蔵野205系に場所を譲るため、このほど都営車を一斉に廃車回送することとなり、猫バスの廃回はジャカルタのネタ鉄が多数馳せ参じるさよなら劇となったとか……。



 思えば猫バスは、今と違って予備車も事欠くギリギリの運用状況の中、ボゴールでの大事故で生き残った車両にやっつけの顔を取り付けて復活させたという数奇な車両でしたが、パクアン急行様が述べておられるように、その凄まじいインパクトある姿には、ジャカルタで鉄活動をする誰もが大いに心惑わされ狂喜し、思わず追っかけたくなる気分になったものと思量します。他ならぬ私も、突然姿を現した猫バスを何とか撮ろうとして無理な行動をしてしまい、骨折してしまったという苦い出来事がありましたので……。その後、歩くこと自体の喜びを痛感したことで、20代の非鉄時代にやっていた山登りを再開し (このため、多少撮り鉄活動から遠ざかってしまうことになりましたが)、さらには旧街道歩き鉄などという酔狂にも手を染めることにもなりましたが、それもまた猫バスの降臨によって運命が大きく変わったためであろうと理解しております。(つづく)