プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

相本和則

2014-09-25 22:26:24 | 日記
1976年ファーム
50試合・155打数38安打・打率245・本塁打3・打点17

1976年
・今季のイースタンは目下、遊撃手が花盛りといった感じだが、中でも地味ながら力を着けてきたのが日ハムの4番を打つ相本。骨折事故などで出遅れたが、4年目の今シーズンはハツラツとしたプレーを見せている。打率は低いが、大洋5回戦「日ハム多摩川」では3号ホーマーを飛ばすなど攻守に厚味が出てきた。三池工ー東海大ー三菱キャタピラを経て、ドラフト3位で入団。ルーキー当時から、その鉄砲肩は注目され、バッティングも当時の田宮監督から「癖がないし、実にシャープ。どこもさわる必要がない」と二重丸をもらっていたほどだった。だが、阪本や高橋博らの陰にかくれ出番がなくケガなどで低迷を続けていた。「もともと、ボクは守備より打つほうに自信があるんです」と、やる気を見せているが、この調子でいくと1軍の遊撃手が手薄だけに「遅咲き」相本の出番がやってくるかも・・。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

井上幸信

2014-09-23 20:02:02 | 日記
1968年

井上幸信投手=1㍍83、75㌔、右投げ右打ち、尾道商。

井上投手は今春の甲子園大会の準優勝投手。長身の本格派でドラフト会議には3位で指名、下関在住の引地スカウトが担当していたが二十一日、尾道市の池田尾道商監督宅で井上投手の父親林三氏(48)と2度目の話し合いを行ない合意に達したものである。

井上投手の話

得意の球はシュートだ。プロ野球はテレビでよく見る程度でよく知らないが1日も早く公式戦で投げられるように努力するつもりだ。そのためには上半身の使い方を勉強したいと思っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大西忠・高須正義

2014-09-23 20:01:05 | 日記
1970年

土浦日大高

大西忠 主将 右投右打 泉ヶ丘中
高須正義 左投左打 新島中

喧嘩随一の六十人という大世帯の部員をようした土浦日大の活躍には大いに期待してよいだろう。独特の魅力ある訓練に体当たりしている部員の姿を見ていると私は自然次の世代へ明るい希望をいだくことが出来る。
エース岩元投手の右腕は春にくらべ一段と進境を見せ、オーバースローの速球派コーナーいっぱいに小気味よいほどきまっている。コントロール、スタミナ、気力とも全く申しぶんない。リリーフは左腕の岩橋が控えている。岩橋はコントロールのよい変化球が武器で、試合度胸もよく最近うまみが増して心強い限りだ。攻撃面では打ち勝つチームであるだけにその破壊力は恐ろしいばかりだ。一番赤尾、二番滝本はシャープなバッティングで出塁率もよく、続く三番大西、四番高須、五番岩元はいわばダイナマイト打線というべきだろう。これまでの試合で大西が六本、高須が十本、岩元が三本のホームランをカッとばしている実績を見ればうなづけることだ。下位打線にもムラがなく、どこからでも打ち出せる底力がある。守備面でもきたえ抜かれた昨年のメンバーが六人まで残り、不安定なところはない。特に新しくレギュラーとなった三塁手飯島は俊足で監督の信頼に十分こたえられる野球の虫のような選手だ。おごらず屈せず一戦一戦を慎重に進めて行けば甲子園出場は必ず実現出来ると確信している。

打撃に関しては県下№1。大西、高須の長打力は定評があるところ。特に高須は荒さが取れたので強味。投手力はあと一歩だが、春から成長していれば優勝候補。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋山重雄

2014-09-23 19:39:59 | 日記
1968年

近鉄は三日午後三時から大阪森ノ宮の球団事務所で立大・秋山重雄内野手(22)=1㍍77、74㌔、右投げ右打ち=の入団を発表した。同選手は発表に先立ち球団社長室で契約金推定八百万円、年棒百八十万円で正式契約した。背番号は未定。秋山は三十九年倉敷工の二塁手として菱川(現中日)とクリーンアップの一角を占め甲子園大会に出場、攻守走三拍子そろった内野手として注目されたが、眼鏡をかけていることと体力に恵まれていないことでプロ入りに踏み切れなかった。立大進学後頭角を現し2年の春のリーグ戦では二塁手の定位置を確保、3割4分7厘の好打率(ベストテン8位)を残しベストナインに選出された。その後も終始立大の中心打者として活躍した。左右に打ちわけられるリストのきいたバッティングが持ち味。足もベース1周14秒5、百㍍を11秒台という快足に恵まれており、近鉄としては即戦力として大いに期待を寄せている。

芥田球団社長の話 家族全部がプロ入りに理解があり、形としては理想的といえる。これに甘えず、期待にそってもらいたい。体格はそれほど大きくないが、それだけによくバランスがとれている好選手だ。

秋山選手の話 小さいころからプロ野球にあこがれていたので、いまそれが実現できてたいへんうれしい。プロのゲームはあまり見たことはないが、それほどうまいと思った選手はいなかったようだ。これからがたいへんだと思うが、足には少し自信があるし、早く一軍入りができるようがんばりたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

長野哲

2014-09-23 19:20:04 | 日記
1968年

大洋は三十日正午から東京丸の内の球団事務所で熊谷組長野哲投手(19)=佐沼高出、1㍍78、74㌔、左投げ左打ち=の入団を発表した。長野投手の出身校である宮城県佐沼高野球部後援会長の遊佐士朗氏=小笠原航業株式会社社長=と別当監督がじっこんの間柄であることから交渉は比較的スムーズにいった。ただ熊谷組が七面所報のように来季からは再び大沢貞義氏がさい配をふるうことになり、貴重な左腕投手を手放すことをしぶったことで正面きって交渉ができずにいたものである。しかし入谷スカウトの熱意がとおり二十八日、上原熊谷組野球部長、大沢氏とも円満に退社することを認めたことでこの日の契約となったもの。長野投手は午前中東京西新橋飯田ビルにある遊佐氏の事務所で別当監督、入谷スカウトと契約を完了(契約金五百万円、年棒百二十万円=いずれも推定)入団発表となった。なお長野投手は二日から多摩川で行われている自主トレーニングに参加する。

入谷スカウトの話 左投手で球のキレがよく変化球もひととおりマスターしている。

長野投手の話 プロに入った以上は一生懸命練習して一日も早く一軍にあがりたいと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

横山小次郎

2014-09-23 19:05:31 | 日記

横山小次郎投手•••1㍍72、70㌔、右投右打、高知、高知高、近大。

•シュートが武器の本格派、だが小柄で球威がもう一つ足りないのが惜しい。

1965イースタン 1勝4敗
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

金子準一

2014-09-23 18:52:17 | 日記
1966年

金子準一投手•••1㍍73、68㌔、左投左打、愛媛、今治南高校。

•近鉄が交渉権を放棄したためテストで入団。元阪神の金子投手の実弟。切れのいいカーブと左を買われた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水谷勇

2014-09-23 18:51:03 | 日記
1965年

大曲農

大型打線が売りもの。草をトップに武田、千葉、高橋、藤田、水谷と続く打線は、ツボにくれば一発スタンドにほおり込む長打力を持ち、その破壊力はすばらしい。しかもバントエンドランなどこまかいプレーをも身につけているので攻撃力は相当なものだ。投手陣はエース水谷が春先の故障からすっかり立ち直り、長身からの繰り出すシュート、ドロップのきれがよくなった。

1966年

水谷勇投手•••1㍍84、73㌔、右投右打、秋田、大曲農高。

・1㍍84の長身から投げおろす速球が魅力。二、三年後が楽しみ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

井上正晴

2014-09-23 18:18:25 | 日記
1967年

福岡第一高校

荒さは残っているが、打撃のチーム。三番井上を軸としたクリンアップと八番深町のパンチは強い。占部、北島の一、二番コンビの出塁率が高くなれば、得点力も増加する。投手陣は、長身、本格派の石井と吉武。力に差がないので、相手によって二人を使い分けている。県大会をめざしているが、一発勝負に弱いのが気がかり。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

辻博司

2014-09-23 18:17:34 | 日記
1968年

今季のドラフト会議で指名された百三十五選手の中から、十八日契約第一号が誕生した。大洋高松スカウトは十八日午前、和歌山県西牟婁郡白浜町の辻博司投手(18)=熊野高=の自宅を訪れ、父敬市氏(47)と2度目の話し合いを行った。15日の初交渉のときすでに条件(契約金七百万円、年棒百万円=いずれも推定)掲示を終わっていたが両親が進学を進めていたことで話し合いがつかずにいた。しかし辻投手の「どうしてもプロで自分の力をためしてみたい」との決心が堅く、2度目の話し合いで両親もこれを了承、契約の運びとなったものである。辻投手は1㍍78、68㌔、右投げ右打ち、ストレートを武器とする本格派で今夏の和歌山県予選では2回戦で敗退したが、1回戦では14奪三振を奪い、2年生のときにはノーヒット・ノーランを達成している。

高松スカウトの話 カーブはないが、内角をねらう球がナチュラルシュートするし、フォークボールもいいので将来が楽しみだ。まだピッチングは荒いが、外角のコントロールさえつけばかなり期待できる。

辻投手の話 大洋というチームに関してはあまり知らないが、希望していたセ・リーグなのでやりがいがある。今は白浜の砂丘を40分くらい走って足腰を鍛えている。これから少しずつ時間をのばしていき、上京したらすぐボールを持てるようにしておきたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

笹川博

2014-09-23 06:33:49 | 日記
1978年シーズンオフ
・「女房」が性転換手術で「亭主」になった?ナンダ!と驚きの声をあげるかもしれないが、実は笹川博捕手「23歳」が、女房役を返上して、何と、亭主である投手のコンバートに励んでいるのだ。発案者は別当監督だ。秋季練習中の先月「10月」下旬、突然、笹川にこう、きり出したのだ。「オイ、笹川よ、ダメでもいいから、ちょっと投手をやってみないか」笹川といえば「強肩」ではチーム内でも、福嶋をしのぐといわれる。別当監督も、このへんに目をつけたのだ。もちろんこの提案に笹川は、ビックリ仰天。「監督、冗談はよしてください」と・・・。ところが、これは冗談ではなかったのだ。別当監督は笹川にいう前に、すでにコーチ会議の席上で、「笹川のコンバート」を提案し、了解をとっていたのだ。それゆえ、笹川に言い渡すと、ミットをハク奪し、無理やりグラブをはめさせ、ブルペンに立たせたのだ。まだ、10日あまりの「試運転」だが、それが結構、サマになっているのだ。10月31日から横浜スタジアムで大洋との合同練習に入っている中国棒球団のメンバーは、笹川のピッチングに「巨人のファームの選手より速い。これはすごい」と、ビックリするほど。配置転換の経過はなかなか順調だ。大宮高校からプロ入りして7年目。強肩、強打が売り物だが、キャッチングの拙さが目立って今ひとつ、大きくなれなかった。これまでにも、何度か外野手転向、内野手転向と話しはあったが結局は器用貧乏で終わった。ところが、「7年目の浮気」ではないが今回の投手コンバートは中々スジがいい。「監督が与えてくれたチャンスですから、不慣れだって、死に物狂いで頑張りますよ」目下、稲川、山根両コーチのもとで、毎日100球近い投げ込みやカーブ、シュートと変化球がなかなかいい。187センチの長身から投げ下ろす速球も威力は十分と、コーチ陣もまずまず。かって、捕手から投手に代わった例は2リーグ分裂前の多田文三氏「巨人ー近鉄」と服部受弘氏「中日」の2人だけ。最近では珍しい。「来年のオープン戦でデビューさせたい。それまでに、ものにしたい」と別当監督。果たして性転換は巧くいくかどうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

上水流洋

2014-09-21 11:36:08 | 日記
1973年
・「エースだから絶対出せない」と親会社の住友金属との間でもめていた上水流投手の入団が先日決まった。同投手はヤクルトがドラフト3位で指名していたもので、一昨年も近鉄に5位で指名された本格派。難航の末、獲得しただけに小山スカウト部長は大喜び。「とくに外角球の使い方がうまい。即戦力とはいかないかも知れないが、1,2年先が楽しみなホープ」と太鼓判を押している。「ヤクルトは前から大好きなチーム。思い切り投げて誰にも負けないピッチャーになりたい」というノンプロの実力派・上水流の活躍は見ものである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中井悦雄

2014-09-21 11:35:02 | 日記
1971年
・若手中心の投手陣の中で28歳の中井は、チームでも年長の部類に入る事から、連敗脱出の打開策の一つとして、ピンチでの大事なリリーフ役を務める機会が多くなった。根が強心臓だけに物おじしないマウンド度胸が定評だが、人を喰ったユーモアあるプレーも中井の取り得である。このほど10連敗目を喫した阪急戦では、3回に登板してくると、船田と組んでみせた「隠し球」による2塁ランナー殺しは沈み切ったベンチを大笑いさせた。このとき、2塁走者は阪本で、ベースをスルスルと大きくリードしたのも中井が、走者を無視するがごとく投球動作に入ったからだったが、実はその時、ボールは船田のグラブに隠されていたという。この名演技に阪本は、騙されたというわけだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山林明雄

2014-09-17 21:58:05 | 日記
1972年

山林明雄投手・・福井高、福井工大、1㍍76、72㌔、左投左打、福井、背番号62。

・投手と外野のかけ持ち。「投手をやりたい」というが、青田コーチは素直なバッティングを買う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

笹川博

2014-09-17 21:55:31 | 日記
1972年

笹川博捕手・・大宮高、1㍍85、82㌔、右投右打、埼玉、背番号69。

・中学三年で1㍍82あったというジャンボ捕手。別当監督はそのパンチにほれこんでいる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする