伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

取締役の法律知識 [第4版]

2021-09-28 21:39:25 | Weblog
 取締役に関する法制度、取締役に就任した人が行うべき業務とその際の注意点、取締役の法的義務と責任についての考え方などを説明した本。
 会社法のさまざまな規定と判例などをコンパクトに説明しており、取締役会の運営や取締役が職務に臨む際の心得などが、やや厳しめの建前に沿ってですが、わかりやすく説明されていて、便利な本だと思います。制度関係は、どうしてもそうなりがちではありますが、同じような記述が繰り返されて退屈というか、それぞれの会社のしくみ(制度設計)でどう違うのかわかりにくいというよりも読みにくく感じます。
 日経系の出版社だからなのか、著者のスタンスなのか、判例を紹介するときの事件名で会社名を無理無理匿名にしているのが目障りです(経団連が発行している労働事件等の判例雑誌「労経速(労働経済判例速報)」もそういうスタンスで事件名がなんでも「X社事件」とかになって事件名の意味がないのと似ています)。この本では全事件で企業名を匿名にして、労経速よりも徹底しています。「光学機器会社粉飾事件」東京地裁2017年4月27日判決(11ページ、13ページ、15ページ等)とか、オリンパス粉飾事件と書くのがふつうの感覚ですし、有名な事件では企業名があれば事件をイメージできることもあって読者には親切です。コンプライアンスを強調しているのですし、企業の社会的責任や、大企業が公的な存在でもあることを考えれば、読者の便宜に反し不自然な呼び方で違和感を与えてまで企業名を隠すのはいかがなものかと思います。


中島茂 日経文庫 2021年6月23日発行(初版は1995年7月)
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ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 上下

2021-02-13 18:41:47 | Weblog
 2005年から2007年にかけて話題を巻き起こしたが作者スティーグ・ラーソンの死によって第3巻で発刊が途絶したスウェーデン発のサスペンス小説「ミレニアム」シリーズを、別の作者が書き継いだ続刊。
 前巻から数年後、花形ジャーナリストミカエル・ブルムクヴィストはスクープを取れず衰退を感じさせ、雑誌「ミレニアム」は経営が苦しくなり大手メディア企業セルネル社の支援を受け方針について圧力を受けるようになり、天才ハッカーリスベット・サランデルは行方をくらませたままという中で、人工知能研究の世界的権威フランス・バルデルが暗殺され、目撃していた自閉症の息子アウグストをめぐり警察と殺し屋が奪い合いをしているところにリスベットが現れてアウグストを連れ去り…という展開を見せます。
 キャラ設定や世界観、女性に対する虐待や差別者に対する抗議・憎しみといったところは、スティーグ・ラーソンの著作を引き継いでいます。リスベットのハッカーとしての能力、数学・物理等の知識(知識欲)がより向上し、神業の域に達しようとしているのも、傾向としては前作の延長と見ることもできるでしょう。他方において、敵対者として前作ではたいした存在ではなかったリスベットの妹カミラを大きな存在に描き上げたことが、この巻ではカミラと権力の関係が必ずしも明らかでないことからどこに向かうのか判然とはしませんが、敵対者を権力から一個人に移して全体の構図を「ザラチェンコ一族の紛争・抗争」、さらには「女の敵は女」というようなものにしてしまうとすれば、スティーグ・ラーソンが目指していたものとは大きく変質してしまうと思います。
 スティーグ・ラーソン作のシリーズの愛読者には、継承されている部分と違うタッチや方向性を感じさせる部分が微妙に気になるところではありますが、ラストシーンは前作からの愛読者の心をくすぐっています。すでに第5巻、第6巻が出版されていますが、続きは、何かの折に読んでみようと思います。


原題:MILLENNIUM : DET SOM INTE DODAR OSS
ダヴィド・ラーゲルクランツ 訳:ヘレンハルメ美穂、羽根由
早川書房 2015年12月25日発行(原書は2015年8月)
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その解雇、無効です!3 ラブコメでわかる解雇事件

2020-05-16 23:58:09 | Weblog
 私のサイトに、小説第3弾「その解雇、無効です!3 ラブコメでわかる解雇事件」を全文一気掲載しました。
 → その解雇、無効です!3 ラブコメでわかる解雇事件 

 今回は、これまでと異なり、登場する裁判は1件だけにして、その相談から提訴、訴訟進行を順番に書いています。基本的には、この作品1つで、民事裁判、特に解雇事件についての裁判の実情がわかるように書いたつもりです。
 特に、近年の民事裁判で多用され、東京地裁労働部ではそれが原則という運用がなされている実質非公開と言ってよい「弁論準備手続」でのやりとりをかなり緻密に作り込んでいますので、民事裁判、特に解雇事件での現実の進行、裁判官と弁護士のやりとりをリアルにイメージできると思います。
(弁護士業務の実情は、テレビドラマや映画とは違って、1つの事件だけに集中しているなどあり得ない、そういうドラマ等は誤解を招くというのが、私の年来の/日弁連広報室時代からの主張で、「1」と「2」はそういう観点から複数の事件を並行して進行させ、解雇事件についての知識も訴訟の進行順ではなく書いて、全体を通して読めばひととおりわかるというつもりでしたが、やはりそれでは読みにくい、頭に入りにくいという意見がありましたので、今回、それは改めることにしたものです)

 これまでは、毎週1回の頻度で順次書き足す形で公開しましたが、今回は、この作品でも描いていますように、緊急事態宣言で裁判所も機能停止し私の方もまとまった時間ができ、他方読者の方も読み物に飢えていると思われますので、一気に書き上げ、一気に全部掲載しました。→エッチなプロローグから今に続くエピローグまで一気に読めます。

 ラブコメ部分、主人公の狩野麻綾と恋愛相手の玉澤達也、ライバルの六条路子、親友の阿室美咲の関係、過去のエピソードは、当然に「1」「2」から続くもので、作者の立場からは「1」から順番に読んでいただいた方がしっかり味わえると思いますが、「1」「2」を読まなくても一応何があったかくらいはわかるように書いていますので、「3」から読んでいただいても大丈夫だと思います。
 また、さまざまな作品を明示しないで引用していますが、それもわかるとより楽しいというだけで、気にせずに読んでいただいて問題ありません。(例えば、第4章の2で、「玉澤君は、紅茶を淹れて、タマネギをむいてくれた」というフレーズがあります。女性を部屋に招いて紅茶を淹れるはわかりますが、タマネギをむくは不自然な感じがしますよね。これはその前に話題になったキャンディーズの歌「わな」に「あの人は紅茶をいれてもくれる、タマネギむいてもくれる」という歌詞があるのでそれを引用しているものです。こういう何か不自然な感じがするところは、そういう引用なのだと考えてください:あっこれはと思った方はむふふと思っていただき、わからない方は気にしないで読み進めてください)

 → その解雇、無効です!3 ラブコメでわかる解雇事件 

「先生、もう入れていいですか?」
 私は、目を閉じて横たわる玉澤(たまざわ)先生を見おろしつつ、囁いた。こめかみや耳の中で自分の脈動を感じ、浴衣の下で私の太腿が火照っていた。
「ああ、そっと、頼むよ」
「じゃあ、行きます」
 私は、覚悟を決めて、先生に覆い被さるような姿勢をとってことを始め、細心の注意を払って、そっと擦り上げるようにした。
「先生、気持ちいいですか」
「ああ、いい気持ちだ」
 玉澤先生のうっとりとした表情を上から見つめ、私は体の奥底から沸き起こってくる満足感に酔いしれた。
「先生のって、すごく大きいですね」
 しばらく続けた後に引き抜いて見つめ、私は感心して言った。
「これだけ大きいと、私もやりがいがありますし、気持ちいいです。『カ・イ・カ・ン』って感じ…」
「ああ、みんなそう言うよ」
「みんなって、誰ですか」
 私の頭の中で、機関銃が炸裂した。玉澤先生が目を開き、口元をこわばらせた……
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最後の授業

2020-03-01 08:15:39 | Weblog
その朝は学校へ行くのがたいへん遅くなったし、それにかごいけ先生が幼稚園児でも覚えることができた「安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ。安保法制国会通過よかったです。日本がんばれ。エイ、エイ、オー」の宣誓を私たちも暗唱してくるようにと言われたのに、私は丸っきり覚えていなかったので、しかられるのが恐ろしかった。一時は、学校を休んで、どこでもいいから駆けまわろうかしら、とも考えた。

空はよく晴れて暖かった!

街中をオリンピックのテーマソングが流れている。街中でスマホを手に佇む人が輪を作っている。今日はこの辺に何か新しいキャラクターが現れるのだろうか。どれも宣誓の暗唱よりは心を引きつける。けれどやっと誘惑に打ち勝って、大急ぎで学校へ走っていった。

交差点を通った時、ビルの壁面の大きなディスプレイの前に、大勢の人が立ちどまっていた。7年前から、テポドン発射とか国難とか机の下への避難訓練とかいうようないやな知らせはみんなここからやってきたのだ。私は歩きながら考えた。

『今度は何が起こったんだろう?』

そして、小走りに交差点を横ぎろうとすると、そこで、マスクをして暗い目をしてディスプレイを見つめていた人たちが、私に言った。

『おい、坊主、そんなに急ぐなよ、どうせ学校はもう終わりだ!』

大人たちが私をからかっているんだと思ったのて、私は息をはずませてかごいけ先生の小さな庭の中へ入って行った。学校のまわりでは、警察の人たちが何やらたむろしてこそこそと囁きあっているのが聞こえた。

ふだんは、授業の始まりは大騒ぎで、机を開けたり閉めたり、日課をよく覚えようと耳をふさいでみんな一緒に大声で繰り返したり、先生が大きな定規で机をたたいて、

『もう少し静かに!』と叫ぶのが、往来まで聞こえていたものだった。

私は気づかれずに席に着くために、この騒ぎを当てにしていた。しかし、あいにくその日は、何もかもひっそりとして、まるで日曜の朝のようだった。友だちはめいめいの席に並んでいて、かごいけ先生が、恐ろしい鉄の定規を抱えて行ったり来たりしているのが開いた窓越しに見える。戸を開けて、この静まり返ったまっただなかへ入らなければならない。どんなに恥ずかしく、どんなに恐ろしく思ったことか!

ところが、大違い。かごいけ先生は怒らずに私を見て、ごく優しく、こう言った。

『早く席へ着いて、のりゆき。君がいないでも始めるところだった』

私は腰掛けをまたいで、すぐに私の席に着いた。ようやくその時になって、少し恐ろしさがおさまると、私は先生が、安倍昭恵名誉校長の来る日か桜を見る会の日でなければ着ない、立派な、緑色のフロックコートを着て、細かくひだの付いた幅広のネクタイをつけ、刺しゅうをした黒い絹の縁なし帽をかぶっているのに気がついた。それに、教室全体に、何か異様なおごそかさがあった。いちばん驚かされたのは、教室の奥のふだんは空いている席に、かつて権力者のお友達だった人たちが、私たちのように黙って腰をおろしていることだった。拉致被害者家族会の元代表、桜を見る会に招待された反社の人、宛名のない領収書など出さないと言い切ってしまったホテルの支配人、なお、その他、大勢の人たち。そして、この人たちはみんな悲しそうだった。拉致被害者家族会の元代表は「私の政権で拉致問題を解決する」と書かれた7年前のチラシを持って来ていて、ひざの上にひろげ、大きなめがねを、開いた紙の上に置いていた。桜を見る会に招待された反社の人は「反社にも定義くらいある」とつぶやいていた。

私がこんなことにびっくりしている間に、かごいけ先生は教壇に上り、私を迎えたと同じ優しい重味のある声で、私たちに話した。

『みなさん、私が授業をするのはこれが最後です。日本中の小中学校は、一斉休校するようにとの「要請」という名の命令が、官邸から来ました…… 今日はこの学校での、そしてとりわけ日本語の、最後の授業です。どうかよく注意してください』

この言葉は私の気を転倒させた。ああ、ひどい人たちだ。ビルの壁のディスプレイの中でしゃべっていたのは、例の人で、このことだったのだ。

日本語の最後の授業!……

それだのに私はやっと書けるくらい! ではもう習うことはできないのだろうか! このままでいなければならないのか! むだに過ごした時間、自分の気に入らない質問は黙って聞いていられなくてヤジを飛ばすくせに選挙で自分がヤジられると「あんな人たちに負けるわけにはいかない」とムキになる小心者のために動員されて日の丸の小旗を振るために学校をずるけたことを、今となってはどんなにうらめしく思っただろう! さっきまであんなに邪魔で厄介に思われた本、憲法や役所が作る公文書などが、今では別れることのつらい、昔なじみのように思われた。かごいけ先生にしても同様だった。じきに行ってしまう、もう会うこともあるまい、と考えると、罰を受けたことも、定規で打たれたことも、忘れてしまった。

気の毒な人!

彼はこの最後の授業のために晴着を着たのだ。そして、私はなぜかつての権力者のお友達だった人たちが教室のすみに来て座っていたかが今分かった。どうやらこの学校にあまりたびたび来なかったことを悔んでいるらしい。また、それは先生に対して、40年間よく尽くしてくれたことを感謝し、去り行く祖国に対して敬意を表するためでもあった……

こうして私が感慨にふけっている時、私の名前が呼ばれた。私の暗唱の番だった。覚えていないということもあったが、今では素直に口にできない恥ずかしい言葉の羅列に最初からまごついてしまって、立ったまま、悲しい気持で、頭もあげられず、腰掛けの間で身体をゆすぶっていた。かごいけ先生の言葉が聞こえた。

『のりゆき、私は君をしかりません。もうこんな暗唱はしなくていいのです。「安倍首相頑張れ」と忠誠を誓い続けても、官邸から利用価値がなくなれば、簡単に切り捨てられるのです。充分罰せられたはずです……そんなふうにね。私たちは毎日考えます。なーに、暇は充分ある。日本語も、そして政治や社会の仕組みも、明日勉強しようって。そしてそのあげくどうなったかお分かりでしょう…… ああ! いつも勉強を翌日に延ばすのが日本の市民の大きな不幸でした。今あの官邸の人たちにこう言われても仕方がありません。どうしたんだ、君たちは日本人だと言いはっていた。それなのに自分の言葉を話すことも書くこともできないのか!…… 「云々」は「でんでん」と読むと閣議決定された。尊敬する人に対して「ご健康を願ってやみません」という言葉はふさわしくないと閣議決定された。「募る」ことと「募集する」ことは違うことだと閣議決定された…日本語は今では常人には理解できないとても変な規則に支配されている。この点で、のりゆき、君がいちばん悪いというわけではない。私たちはみんな大いに非難されなければならないのです』

『官邸の人たちは、君たちが教育を受けることをあまり望んでいない。わずかの金で企業や経営者に奉仕するように、畑や紡績工場に非正規労働者として働いて疲れ果てることを望んだ。君たちの両親だって、日本語をろくに読めもしない学も品もない政治屋に「日本を取り戻す」なんて言われて、あっさり騙されて投票したんだ。私自身にしたところで、何か非難されることはないだろうか? 勉強をするかわりに、君たちに、たびたび「国難だ」などと言って、机の下に避難する訓練をさせたりしてはこなかったか? そんなことをしていてもアメリカ大統領が北朝鮮の首領と仲良くなれば官邸も気が変わって国難などなかったことになるのに?……のりゆき、でも権力者の不興を買ってしまった私やこの教室の後ろにいる人たちだけではなく、君も気を付けなければならない。さもしい権力者は、自分のスキャンダルから国民の目をそらさせるためには、2年も前のちっぽけな犯罪を理由に人を逮捕させることをも、これっぽっちもためらわないから』

それから、かごいけ先生は、日本語について、つぎからつぎへと話を始めた。日本語は世界中でいちばん美しい、いちばんあいまいな、いちばん柔軟な言葉であることや、ある民族が奴隷となっても、その国語をきちんと保っているかぎりは、その牢獄の鍵を握っているようなものだから、私たちの間で正しい日本語をよく守って、決して忘れてはならないことを話した。それから先生は文法の本を取り上げて、今日の課題のところを読んだ。「云々」は「うんぬん」と読む。尊敬する人には「健康を願ってやみません」と正しく伝える。もし本心では「願っていません」と思っているのでなければ。そして、もちろん、「募る」とは「募集する」ことだ。間違った閣議決定がなされても、日本語は正しく使うべきだ。あまりよく分かるのでびっくりした。先生が言ったことは私には非常にやさしく思われた。私がこれほどよく聞いたことは一度だってなかったし、先生がこれほど辛抱強く説明したこともなかったと思う。行ってしまう前に、きのどくな先生は、知っているだけのことをすっかり教えて、一どきに私たちの頭の中に入れようとしている、とも思われた。

日課が終ると、習字に移った。この日のために、かごいけ先生は新しいお手本を用意しておかれた。それには、みごとな丸い書体で、「本当の国益、本当の日本語、本当の日本の美しい国土」と書いてあった。小さな旗が、机の釘にかかって、教室中に翻っているようだった。外国の軍隊に駐留をお願いしてそのために美しい海を埋め立てたり、外国の大企業に儲けさせるために水道も農業も売り渡すような連中の言う偽物の「美しい国」などではなく、本当に美しい私たちの国土を守りたい。そこに放射能をまき散らした企業を延命させたり、ましてやその従業員を褒め讃えるようなキャンペーンに騙されずに。みんなどんなに一生懸命だったろう! それになんという静けさ! ただ紙の上をペンのきしるのが聞こえるばかりだ。途中で一度カメラを付けたドローンが飛んできたが、だれも気を取られない。小さな子どもまでが、一心に線を引いていた。まるでそれも日本語であるかのように、まじめに、心をこめて…… 学校の屋根の上では、鳩が静かに鳴いていた。私はその声を聞いて、

『今に鳩まで安倍首相頑張れと鳴かなければならないのじゃないかしら?』と思った。

ときどきページから目をあげると、かごいけ先生が教壇にじっとすわって、周囲のものを見つめている。まるで小さな校舎を全部目の中に納めようとしているようだ…… 無理もない! 40年来この同じ場所に、庭を前にして、少しも変らない彼の教室にいたのだった。ただ、腰掛けと机が、使われている間に、こすられ、磨かれただけだ。庭のくるみの木が大きくなり、彼の手植えのプラタナスが、今は窓の葉飾りになって、屋根まで伸びている。かわいそうに、こういうすべてのものと別れるということは、彼にとってはどんなに悲しいことであったろう。そして、荷造りをしている妹が2階を行来する足音を聞くのは、どんなに苦しかったろう! もうここを出て行かねばならないのだ、国策捜査を受けて獄中に囚われてしまうのだ。

それでも彼は勇を鼓して、最後まで授業を続けた。習字の次は歴史の勉強だった。拉致問題に続いて、北方領土問題も、自分で解決すると見得を切った権力者の手により大きく後退して、今や北方領土を我が国固有の領土だと公言することさえできなくなった。それから、小さな生徒たちがこれまで教えられてきた「君が代」を歌おうとするのをかごいけ先生が、もうその歌は歌わなくていいんだと諭した。うしろの、教室の奥では、もう桜を見る会に呼ばれなくなる反社の人がめがねを掛け、初等読本を両手で持って、彼らと一緒に文字を拾い読みしていた。彼も一生懸命なのが分かった。彼の声は感激に震えていた。それを聞くとあまりこっけいで痛ましくて、私たちはみんな、笑いたくなり、泣きたくもなった。ほんとうに、この最後の授業のことは忘れられない……

とつぜん正午の時報が鳴り、続いて下校の放送音楽が響いた。と同時に、学校のまわりを取り囲む警察官らの笛が私たちのいる窓の下で鳴り響いた…… かごいけ先生は青い顔をして教壇に立ちあがった。これほど先生が大きく見えたことはなかった。

『みなさん、』と彼は言った。『みなさん、私は……私は……』

しかし何かが彼の息を詰まらせた。彼は言葉を終ることができなかった。

そこで彼は黒板の方へ向きなおると、白墨を一つ手にとって、ありったけの力でしっかりと、できるだけ大きな字で書いた。

『本当の美しい日本ばんざい!』

そうして、頭を壁に押し当てたまま、そこを動かなかった。そして、手で合図をした。

『もうおしまいだ…… お帰り』

(了)

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「その解雇、無効です!2 ミステリーでわかる解雇事件」本日完結

2019-04-21 18:25:26 | Weblog
 私のサイトに執筆、連載していたラブコメ・ミステリー「その解雇、無効です!2 ミステリーでわかる解雇事件」、本日完結しました。
 一気読みできるようになりましたので、よろしければお読みください。
 掲載先はこちら

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その解雇、無効です! ラノベでわかる解雇事件

2019-02-20 20:25:41 | Weblog
 長らく読書日記をお休みし、読む方から書く方に転じて、別サイトで小説を書いています。

 本業の労働事件、特に解雇事件を、自分のサイトで解説していても、どうしても堅くなりますので、読みやすく解説するという狙いで書きました。

 解雇事件を得意とするベテラン弁護士玉澤達也の事務所に入った新人弁護士狩野麻綾が労働事件に取り組む姿と、謎の事務員や酒乱の親友と絡みながら展開する麻綾の恋の行方を綴るライトノベル

というコンセプトで、第1作は書き終えました。
よろしければ、こちらからお読みください。

 → その解雇、無効です! ラノベでわかる解雇事件

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新しい労働者派遣法の解説 派遣スタッフと派遣先社員の権利は両立できるか

2017-02-17 22:02:30 | Weblog
 専門性の高い業務について派遣労働を認める→専門性の高い業務についてだけ長期間の派遣利用を認めるという労働者派遣法制定以来の基本的な考え方を投げ捨てて、「専門26業務」という区分自体をなくしてすべての業務について派遣先企業は過半数労働者の「意見を聞く」(過半数労働者が反対意見でも構わない)という手順を踏みさえすれば無限に派遣労働を利用でき、他方、派遣労働者は(無期雇用の派遣労働者を除き)一律にすべての業務で3年で派遣切りをされることになった2015年の派遣法改正後の労働者派遣業法について、派遣労働者を支援する側から解説した本。
 労働者側からの解説なのですが、2015年派遣法改正の悪口(私が↑で言っているような)は言わず、政府・官僚側の建前を述べつつ、そういう建前なんだからこうすべきだよねという姿勢で論じています。
 基本的には、労働者が、経営者と自ら、または労働組合を通じて交渉するときに、労働者・労働組合側が主張を組み立てるに当たってこういった視点・考え方で行けばいいんじゃないかというものとして読むのが適切な本だと思います。弁護士の目からは、裁判所ではその主張は通りそうにないし、弁護士や裁判所を通じて実現するのは難しいとかコストが見合わないと感じる点が多々あります。この本を持って、弁護士に相談に来られても、なかなか難しい、けど労働組合(地域合同労組など)を通じて団体交渉で実現する/実現に向けて頑張るということなら、これくらいのことを言ってもいいでしょうねって…
 そういう観点では、参考になる点も多々あります。派遣先が事前面接をしている場合(派遣法は派遣先の労働者「特定行為」を禁止しています)派遣先の雇用責任を追及できる可能性がある(64ページ)とかは、チャレンジしてみたい気がしますし、妊娠・出産関係の第4章、育児・介護休業関係の第5章は、派遣労働に限った話ではありませんが、さまざまなことがコンパクトに解説されていてわかりやすい。
 登録型派遣の更新を繰り返した場合の雇止めに合理的な理由が必要か(合理的な理由がなければ雇止めできないか)については、登録型派遣については更新を繰り返しても派遣法の「常用代替防止」の立法趣旨から「雇用継続の合理的期待」を認められないという判決があり、そのことはこの本でも繰り返し紹介されている(24~25ページ、27ページ、200ページ等)のに、有期派遣契約が繰り返し更新されていれば雇用継続の合理的期待があり雇止めをするには合理的な理由が必要と無前提に書かれていたり(196~197ページ、198~199ページ)するのは、大丈夫かなぁと思ってしまいます。
 旬報社の本に多く見られることではありますが、「てにをは」がおかしいところや誤植が目につきます。


中野麻美、NPO法人派遣労働ネットワーク 旬報社 2017年1月10日発行
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ついに1か月毎日掲載達成 (^o^)v

2013-05-31 21:48:17 | Weblog
 東日本大震災・福島原発事故の後、読書日記絶不調が続いていましたが、この2か月回復し、今月(2013年5月)は1か月間毎日、読書日記掲載できました。
 振り返ってみると、2006年7月の読書日記ブログ開始以来初めての快挙です。1か月の読書数では2007年6月の37冊が最多記録なんですが、この月も3日間お休みがあります(その分、1日2冊とかがあったわけですけど)。
 1か月に30冊超えも、この2007年6月以来です。そして年間300冊読破も2007年を最後に、その後ないわけですが…
 このまま、完全復活といけるといいですが。今月も終盤は、記録がかかってるという意識で、ちょっと無理気味に読み書きしたので、またへばるかも…
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王国記シリーズって・・・

2008-04-14 00:37:49 | Weblog
 花村萬月の「王国記」シリーズを読み始めました。しかし・・・
 図書館で「王国記」シリーズが並んでいるのを見て、それから最近その最新刊も出たので、特に中身も知らず、まあ読んでみようかなと思ったわけです。当然に「王国記」を最初に読んだわけですが、どうもおかしい。本の始めに登場人物紹介があって、主人公の朧は修道院兼教護院に送り込まれ15歳で一旦外に出るが人を2人殺し再び逃げ戻ってきたなんて書いてある。物語の始まる前にもう人を殺してるの?それは物語にしないの?
 「王国記」ではもう朧の殺人とかは出て来なくて、「王国記Ⅱ 汀にて」を手にすると、その終わりの文藝春秋社の広告に「王国記シリーズ」と書かれていてそこに「王国記」が「第2作」と書かれている。で、芥川賞受賞の「ゲルマニウムの夜」が、シリーズ第1作とわかりました。
 で、「ゲルマニウムの夜」を借りてくると「著者あとがき」で、「すべてを書き終えたときに、私は、この作品群に『王国記』という表題を冠しようと考えています。」と書かれています。「王国記」ですべてを書き終えたのなら、「王国記Ⅱ」以下は何なのだろう・・・
 それに調べてみると、文春文庫では、「ゲルマニウムの夜」が「王国記Ⅰ」とされ、単行本の「王国記」は「ブエナ・ビスタ」と改題されて「王国記Ⅱ」、以下単行本の番号が1つずつ繰り下がっています。でも単行本の方は今年3月25日発行のシリーズ第8作「神の名前」も「王国記Ⅶ」。これも文庫本になるときには「王国記Ⅷ」になるんですね。
 タイトルのつけ方は、出版社の思惑で、実態に合わないことが多々ありますけど、こういうの、読者をなめてません?中身を論評する前にそこでつっかえちゃいました。
 「王国記」「王国記Ⅱ」はもう読みましたけど、「ゲルマニウムの夜」を読んでから書くことにします。


追記:「ゲルマニウムの夜」でも朧の殺人は描かれていないんですね。むしろ後の作品で時々ほのめかされ、言及されるだけ。しかも最新作「王国記Ⅶ 神の名前」では、その殺人は現実にあったのだろうかなんて話になるし・・・
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読みかけの「ケッヘル」

2006-10-16 22:44:39 | Weblog
 またしても分厚い小説に手を出しています。中山可穂「ケッヘル」上下2巻組。幼いときからひたすらピアノとモーツァルトをたたき込まれて育った男と有力政治家の妻を寝取って駆け落ちした上その女性からも逃げ続けるレズビアンの女性のお話。幻想的な小説で、外国経験もなくクラッシックなんて聞かない私には、とてもエキゾチック。上巻まで読んだところでは(第3章あたりまで)よさそう。ありがちなパターンの1人の話、その次もう1人の話、また最初の人に戻って・・・ていう展開で、男の話に戻った第4章が上巻の終わり151頁はちょっと長すぎて飽きてきたけど。
 たぶん、とってもいいか、ハズレかどっちかになりそう。下巻に期待して今日は娘も呼んでいるのでもう寝ましょう。
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