伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

幼女と煙草

2010-10-31 00:44:32 | 小説
 喫煙禁止と子どもの権利尊重が徹底された社会でそれらに反発する市職員が、市庁舎のトイレで隠れて煙草を吸っていたところを、閉め忘れたトイレのドアから入ってきた5歳の少女に見つかって怒鳴って追い出したことから、幼女に対するわいせつ行為の容疑をかけられて転落していく様を描いた小説。
 現代社会で正義の名の下に、恐怖政治が進行しているというテーマです。正義を主張する者たち、弁護士とか政治家とかに対する作者の反発が色濃く反映されています。同時に哀れな主人公が志向するのも、喫煙の自由とか子どもは大人に従っていればいいとか、犯罪者に対する偏見とか、昔はよかったふうの懐古趣味的な秩序維持で、共感しにくいものです。
 型どおりの聞こえのいい正義を疑ってみることが時に必要とは思いますが、今ひとつ作者の主張にも乗りにくいところが、結末の陰惨さと合わせて、どこか不快な読後感を残す要因となっていると思います。


原題:La petite fille et la cigarette
ブノワ・デュトゥールトゥル 訳:赤星絵理
早川書房 2009年10月15日発行 (原書は2005年)
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ボクハ・ココニ・イマス 消失刑

2010-10-30 21:48:09 | 物語・ファンタジー・SF
 刑務所不足対策として試行された「消失刑」を受けることになった受刑者が、他人に存在を知られず他人と通信できないことの苦痛を噛みしめる様子を描くSF小説。
 この刑では受刑者は首に金属製のリングをはめ、リングを外そうとしたり、違法行為や他人との通信などの禁じられた行為をしようとするとリングが首を絞めて制圧することになっています。リングの効果で受刑者の姿は他人からは「盲点」に入った状態となって見えないことになっています。
 多数の人を目の前にしながら、自分の存在を知らせることができず、相手とコミュニケーションを取ることができないことの苦しみを主人公が味わう様子が主要なポイントとなっています。
 仕事で一緒になった魔性のキャンペーンレディとデート中に絡んできた元彼に重傷を負わせてしまったために刑を受けることとなった主人公は、もともとまじめな人物。そのために人知れず、しかし主人公の前で行われようとする犯罪行為に我慢できず、止めようとするけど、リングのために止められないことに悩む主人公の嘆きが哀感を誘います。
 絶望的な条件の下でも、なんとかコミュニケーションを図ろうとする姿勢に人間の性と希望が見え、悲しくもホッとするというような読後感です。


梶尾真治 光文社 2010年2月25日発行
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自由高さH

2010-10-30 18:13:29 | 小説
 かつてバネ工場だった廃屋を安く借りたもののもくろみ違いで引越ができなくなって週末を過ごす基地として日曜大工のまねごとを続ける不動産会社従業員の須永英朗とそこを訪れる別れた恋人や家主の元バネ職人やその妻らとが交わす世間話でその日常と思いを描いた小説(これで122文字・・・)。
 家主の元バネ職人の過去に始まり、その時間軸と交友関係で縦横に広がりを見せ、須永英朗の大工仕事と交差させ、ストーリーは漂流し続ける感じで、どう落とすのかなという読み方をしてしまいます。
 話としては特に何かが起こるというわけでもなく、世代や生活の違う人との交流をどこかほのぼのとした思いで感じさせるという作品かなと思います。
 私たち法律家にありがちな長文はそれだけで悪文とよく言われますが、この作品の文体、むりやり長くしてるのではと思うほど、異様に長い。一文200字超えは当たり前で、最長は、たぶん、なんと一文で347文字(87ページ7行目から88ページ4行目まで)。この文は引用の会話の中に句点がありますが、たぶんその次に長い文は322文字句点なし(73ページ3行目から12行目まで)。作品の短さの割に読むのに時間がかかるのはそういう事情もあるでしょう。自分でも、長文はやはり避けようと決意を新たにしました。


穂田川洋山 文藝春秋 2010年8月30日発行
文學界新人賞
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中世民衆の世界 村の生活と掟

2010-10-26 21:59:24 | 人文・社会科学系
 鎌倉時代から江戸時代初期にかけての村と百姓の姿を、幕府や領主・地頭との関係での自立性、領主との年貢と饗応の関係、村同士の争いと調停・裁判などの角度から、従来考えられていたよりも村としてのまとまりと自立の度合いが強いことに着目して解説した本。
 正史に残りにくい民衆の姿を寺や古家の古文書や果ては落書きなどから読み込んでいく作業だけに、資料も史実も断片的になっていて体系的な記述とはいえず、また数少ない史実と資料から一般化できるかという疑問は当然に残りますが、大変興味深い本です。
 飢饉の際の救済に始まっているとはいえ年貢さえ払っていれば逃散は自由というのが鎌倉時代以来の伝統だとか、村の惣堂は誰のものでもなく共同のものだから旅の者が泊まるのも自由とか、厳しい生活の掟が前提ではあるものの意外に自由な空気が日本の中世にもあったのだなと思います。
 逃走した農民やさらには犯罪者の家財は没収されても、田畑は領主に没収させずに村で耕し(惣作)、本人が戻ってきたときや子どもが大きくなったら戻すということも少なからず行われていたという話で、村の連帯責任は領主側の都合だけではなく村側でも村の安定と自立のための要求という面があったと論じられています。
 村と領主の間では、特に農村と在住の領主の間では、ことあるごとに年貢・上納と祝儀・返礼のかたちで金品のやりとりがあったことが紹介され、実は村からの上納のかなりの部分が返礼で村の代表者に戻されていた(村役人の役得になるわけですが)と論じられています。
 領主が一方的に百姓を支配していたという印象が強い武家政治の時代ですが、別の側面もありそうだなと思わせてくれます。


藤木久志 岩波新書 2010年5月20日発行
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岸辺の旅

2010-10-25 23:26:23 | 小説
 失踪した夫が3年経って帰ってきたが、夫の体は海底で蟹に食われてなくなり死んでいるのだが体が見え触れることもできるという設定で、妻が夫とともに夫が3年かけて歩んだ道をともに旅してさかのぼるというストーリーの小説。
 旅する中で、生きてともに暮らしている間は聞かなかった/聞けなかったことを聞いたり、様々な点で相手の知らなかった側面を発見し、という具合に、ふだんは見つめ合う機会/余裕のなかった夫婦がお互いを見つめ合う、そういうことで夫婦関係、人間関係を考えさせる小説です。
 夫が、目の前にいて話もできるし触れ合うこともできるけど、死んでいるということで、何を知っても怒ることもなく、冷静に慈しむことができる、荒唐無稽ではありますが、巧みな条件設定といえるでしょう。
 現実に目を転じると、夫婦っていっても知らないことだらけだねぇと思い、でもだからといって何でも聞けるかというと、また知らなかったことを知って感情的にならずにいられるかというと・・・人間関係は難しいですからね。そういうことをまた考えさせられます。


湯本香樹実 文藝春秋 2010年2月25日発行
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徴兵制と良心的兵役拒否 イギリスの第一次世界大戦経験

2010-10-23 19:02:24 | 人文・社会科学系
 大陸諸国と異なり第一次世界大戦前は徴兵制を持たなかったイギリスにおいて、「イギリスの自由の伝統に反する」という大勢の主張に抗して徴兵制導入を進めていった政治家たちの動きと、徴兵制導入に反対し徴兵制実施後は良心的兵役拒否を主張して抵抗した運動を紹介した本。
 導入に当たって、一般にいう徴兵制、特にドイツの徴兵制とは違うことを示すために入れられた良心条項があいまいで、審査の実務が兵士募集を推進する人々によって行われたことや第一次世界大戦中の戦勝こそすべてに優先するという世論もあって、良心的兵役拒否者に対しては激戦地への派遣→命令拒否に対する過酷な軍法裁判という道や投獄が待っていた。これらの処遇には世論の反発もあり健康を害した一定の者が釈放されたが、第一次世界大戦の激化により獄中者のことは忘れ去られた。イギリスの自由の伝統を掲げて良心的兵役拒否のために獄中闘争をした活動家たちは、無力感に陥ったというようなことが紹介されています。
 他方において、良心的兵役拒否者に軍事行動を強いても組織としては非効率ですし、見せしめに投獄するのもそのためにかける労力も見合わないものです。第2次世界大戦の際には、ナチスドイツの横暴ぶりから徴兵制の再導入はよりスムーズに行われ、他方良心的兵役拒否は全面免除も含めてより広範にスムーズに認められたそうです。
 そこでは第一次世界大戦時の良心的兵役拒否による抵抗の世間と政府・軍部への認知と政府側の学習が効いたのでしょう。
 それでも絶対的平和運動の当事者としての良心的兵役拒否者が自らの運動を無力感を持って否定的に総括せざるを得なかったことは悲しいところです。同じくナショナリズムと非暴力を掲げたガンジーらの運動には高い評価がなされるのが普通になっていることを考えても、もう少し肯定的に評価していいんじゃないかとも思うのですが。


小関隆 人文書院 2010年9月20日発行
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犬を殺すのは誰か ペット流通の闇

2010-10-22 22:37:17 | ノンフィクション
 年間11万匹あまりの犬が自治体に引き取られ8万匹あまりが殺処分されている日本の現状を、主として売る側の姿勢と自治体の状況にポイントを置いてレポートした本。「AERA」誌上での犬ビジネスをめぐる6本の記事をまとめたもの。
 かわいい幼犬を十分な説明・指導なく衝動買いさせて売り、売れない犬を自治体に引き取らせるペットショップや、それを助長する移動販売やネットオークションの問題を指摘して、移動販売やネットオークションの禁止、生後8週未満の販売禁止を提唱しています。ここでは、幼くして生まれた環境から引き離された犬は精神的打撃を受け、かみつき等の問題行動を起こしやすいという専門家の見解が紹介されています(53~57ページ)。そして多くの自治体が犬の定時定点収集、つまり燃えないゴミの日ならぬ捨て犬の日を設けて巡回収集のサービスをしてきたことが安易な捨て犬の増加を招いていることも指摘されています。AERAの記事も契機となって定時定点収集を減少・廃止させた自治体が多く、その結果捨て犬が減ったとも述べられています。犬を捨てるために保健所まで行かねばならず、しかも捨てないように指導される住民からはサービス低下だと苦情も多数寄せられているとのことですが。
 著者の主張が明確で運動的な志向を持つ本です。愛犬家の民主党議員をヨイショしているのも、殺処分減少に向けて活動させようという狙いなのでしょう。そういうところで好き嫌いが分かれそうな本です。


太田匡彦 朝日新聞出版 2010年9月30日発行
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ローカル・ガールズ

2010-10-21 21:12:33 | 小説
 若い女の元に走った父親に捨てられた母親とともに、アメリカのニューヨーク州の小さな町に住む少女グレーテル・サミュエルソンが、優秀だった兄の破滅、うちひしがれる母親の姿と母親の病気、幼なじみの親友ジルの妊娠と高校中退、自身の覚醒剤の売人との恋愛等に翻弄されながら過ごす青春小説の短編連作。
 グレーテル自身勉強はできる方だし、兄のジェイソンに至ってはハーバード大学から早期入学を許可された秀才なのに、家庭環境や地域の環境から、些細なことから人生を狂わせていく様子は、読んでいて悲しい。アメリカン・ドリームの反対側に無数のこういった悲しい話が埋もれていると、そしてもちろん日本にもこういう話はあふれていると思うと。
 全体を通して、けだるい物憂げな、そしてもの悲しい気持ちになる本です。最後は、まぁ、生きててよかった、生きてりゃいいこともあるさということではあるんですが。


原題:LOCAL GIRLS
アリス・ホフマン 訳:北條文緒
みすず書房 2010年9月10日発行 (原書は1999年)
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野川

2010-10-21 21:12:21 | 小説
 父親が事業に失敗して両親は離婚、仲の悪い伯父の下で働くことになった父親に付いて逃げるように転校した中学2年生の少年が、転校先で通信のために伝書鳩を飼う新聞部とその顧問の国語教師の一風変わった面々に囲まれ、立ち直っていく青春小説。
 傷心転校生ものなんですが、意地悪な人物がまったく出てこないし、どろどろした部分がほとんどない、すがすがしい展開。
 顧問の教師が語る現実に見ていないけれども話を聞いて頭に描いた忘れられない光景や、鳩を飛ばしたときに主人公が心に描く鳩の視点など、直接体験し目で見たことを超えた考察や想い・想像力の大切さが強調されています。
 タイトルの野川は、武蔵野台地の崖地に建つ中学校のそばを流れる川ですが、その野川と周辺の台地や水系の描写がそこかしこに挟まれ、その開発と復元の歴史やそれに応じて生き延びる姿、伏流水の存在など、環境の変化に対する強さというかたくましさや見えるところがすべてでないというシンボルとして位置づけられているように思えます。


長野まゆみ 河出書房新社 2010年7月30日発行
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はじめて読む「成年後見」の本

2010-10-18 22:41:57 | 実用書・ビジネス書
 精神障害や認知症等によって判断力が失われた人に代わって契約等を行う後見人等を選任する成年後見制度の仕組みと実務について説明した本。
 社会福祉士で行政書士である編著者の下、成年後見に携わる様々な関係者の執筆で、成年後見の実情がイメージしやすく書かれています。特に成年後見実践レポートと題する事例説明では、成年後見人がやるべき仕事、本来は職務ではないのに現実的にはやらざるを得なくなる仕事、親族の誤解による過剰な期待(成年後見人の業務は、身上監護としても、介護契約や施設入所契約などの契約の事務で現実の介護や世話ではないのに、介護なども含め何でもやってくれると誤解する親族がいる)などが実感できます。
 ただ、後見人の報酬については、被後見人が判断力があるうちに契約する任意後見では契約で、被後見人の判断力が失われて裁判所で選任する法定後見では裁判所の決定で定められるのですが、任意後見契約での報酬の例については書かれている(専門家後見人アドの優勝の場合月3万~5万円が多い:53ページ)ものの、法定後見のケースについてはまったく書かれていません。書きにくいのでしょうけれども、本のあちこちで相当な額がかかることを示唆したり、後見人にとっては割に合わないと言ったりして、読んでいる人が気になるようにしておいて、全然書かないというのはどんなものでしょう。


馬場敏彰編著 明石書店 2010年8月19日発行
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