伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

マーティン=L=キング [新装版]

2016-09-18 13:59:27 | ノンフィクション
 アメリカ公民権運動のリーダーであり、ガンジーとともに「非暴力不服従運動」のシンボル的存在でもあるマーティン=ルーサー=キング牧師の伝記。
 著者が牧師であることもあり、牧師・宗教家としてのキングの生きざま、思想に焦点を当て、キングがその名を付されたマルティン・ルター(マーティン=ルーサーはその英語読み)との対比を意識的に取り上げている点が類書との違いとなっているように思えます。
 また、キングの誕生日(1月15日)を国民の祝日とした際(1986年)のレーガン大統領の演説を皮肉って、キングの思想と記憶を支配体制に取り込もうとするものと批判する序文に象徴されるように、通常の伝記で中心となるモンゴメリーのバス・ボイコット運動からワシントン大行進・「私には夢がある」演説までを超えて、その後のキングのベトナム反戦、暗殺の直前に計画を進めていた「貧者の行進」へと続くラディカリズムへの傾斜にも焦点を当てています。
 私としては、1957年5月17日のワシントンDCでの「投票権をわれらに」の演説で、「われらに投票権を与えよ。そうすればわれわれはもはや、連邦政府に反リンチ法の通過を嘆願したりしない。われわれは自分の投票の力によって、南部諸州の法令集の規則を書き、頭巾をかぶった暴力犯罪者の卑劣な行為に終止符を打たせるであろう。…」などと黒人が平等に選挙権を行使できればあとは投票の力で差別を解消していけると述べたことを、1968年1月に貧者の行進に向けた声明では「われわれはアメリカ社会の構造に関して、投票権やレストランで食べることのできる権利は、重要ではあるが、この国の『動力工場』にはその力を浸透しておらず、したがって生活条件に実際何の影響も与えてはいないことを、洞察している。われわれが学んだことは、アメリカにおける実りある生活には金が必要だということである。なぜならこの社会は、金なき者にはいかなる流動性も創造性も、また力も提供してはくれないからである。」とした、キングの思考の中での変化、キングがそれをどのように言い訳/説明しているかに強く関心を持ちました。状況の変化に応じて、また過去の判断の甘さを乗り越えて、主張は変えていかなければならない場面は少なからずありますが、それをどう説明するか、悩ましくも興味深いところです。そこは踏み込んだ記載がなく残念に思いましたが、それは少しないものねだりでしょうか。


2016年2月25日発行(旧版は1991年11月) 梶原寿 清水書院センチュリーブックス「人と思想」シリーズ
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集合住宅 二〇世紀のユートピア

2016-09-04 19:45:07 | 人文・社会科学系
 20世紀前半、特に1920年代から30年代にヨーロッパで建築された労働者の住環境改善を目指して建築された集合住宅の歴史と現状を論じた本。
 まえがきで示される著者の問題意識では、これまで否定的に捉えられてきた「夢想家」の資本家や官僚、社会運動家による「施し」の「空想的社会主義」を再評価し、20世紀前半に厳しい状況に置かれていた労働者の住環境を改善するために資本家、政治家、官僚、建築家が実現した集合住宅建設の計画とその実現の経緯を再評価することが執筆の動機であり、そのことは公共の後退が進み格差が拡大している今こそ重要だとされています。
 第一次世界大戦の終戦とロシア革命を受けてヨーロッパ各地で労働者の運動・勢力が高揚し、それがナチスの席捲の下で弾圧され消失するまでの間、資本家・政治家側でも労働者の住環境改善の対応をせざるを得ず、また理想に燃えて、多数の集合住宅が建設された経緯を、ドイツ、オーストリア、オランダ、フランス、イギリスの例を挙げて紹介しています。特に「赤いウィーン」と称されるオーストリアでの「カール・マルクス・ホフ」とそれを担った建築家たち、家事軽減のためのシステム・キッチンの設計に情熱を注いだ建築家リホツキーらに対する著者の熱い思いが表れています。もっとも、具体的な記述では、著者の目は、建物自体と中庭や階段・回廊などの設計や完成度、装飾の美しさなどの方に向いている感じがしますが。
 これらの、当時は労働者の住環境改善の理想に燃えて建築された集合住宅が、その後移民等の受入に使われ地域環境が悪化し周辺住民との摩擦が生じるようになっていく経緯も紹介されています。オランダの労働者向け集合住宅「アムステルダム南」にナチスの弾圧を避けて入国したユダヤ人が多く住み、アンネ・フランクも住んでいたが、民族的な感情の齟齬から密告されたなどの指摘があり、考えさせられます。
 冒頭とラストに、日本の軍艦島の超密集状態で建築された社宅群と同潤会アパートを配し、ヨーロッパの1920年代に建築された労働者向けの集合住宅が今も現役で使用されているのに対し、軍艦島は廃墟となり同潤会アパートはすべて取り壊されていることが指摘されています。


松葉一清 ちくま新書 2016年8月10日発行
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