伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

2021-03-30 23:09:01 | エッセイ
 森林総合研究所の研究員の著者が、小笠原諸島の無人島などでの野外調査や標本調査その他の調査研究や鳥類学の知識について書いたエッセイ集。
 無人島の調査、火山の噴火で溶岩が流入してできた既存の生物がいない地域の調査についての説明が、いちばん興味深く読めました。調査の困難さがわかり、学者の執念、好奇心と功名心が感じられます。
 外来種のガビチョウが日本の森林で野生化したのを知り競合するのはウグイスだと睨んで「ガビチョウは若干目つきが悪く顔が恐い。そんな鳥が日本のソウルバードに悪影響を与える可能性がある。これは由々しき事態だ。私はこのことを強く訴えて研究費をいただき、マスコミを通して勧善懲悪的な普及啓発を行った。『日本の在来種に悪影響を与える外来鳥類を許してはならない!』」(176ページ)って。いや、あなた、ウグイス、嫌いじゃなかったか?「3 最近ウグイスが気にくわない」ってタイトルで「私はウグイスと仲が悪い」って書いてるんだが(35ページ)。研究費のためならそこは関係なくなるのか、全然説明がない…
 研究発表の会議の効用について、未発表の最新成果や調査時の工夫など論文のみでは得られない情報に触れられる、他分野の研究に触れることで新たなアイディアが得られることが挙げられています(221ページ)。さまざまな人が集まって議論する機会には、同じように通じるものがあります。「よく聞くとツッコミどころ満載の発表も少なくない」(222ページ)とも書かれていますが。
 まじめな研究の話ですが、かなりコミカルに書かれていて(ちょっと濃すぎるかも知れませんし、感性によりズレてる、滑ってると感じるかも知れませんが)、親しみやすい本になっています。サブカルの引用が多数なされていて、ドラえもんとルパン3世は多数回明示的に引用されています。解説で著者の愛読者はと思いながら読み進めていたら終盤に入りその答が記されていた、アイドルはナウシカでしたかとされている(277ページ)のですが、この本は、「小学生時代に『風の谷のナウシカ』に感動し」(250ページ)に至る前に、「青き衣をまとって金色の野に降り立ってくれれば見つけやすいのだが」(48ページ)でマルセリーノの唄が脳内で響く読者を期待しているのでは?
 もっとも、そういった明示されない引用がどこまでわかるかは、読者の世代とオタク度にかかっていて、私は、「御蔵島のオオミズナギドリは、ドブネズミを背中に乗せて空を飛びイタチのノロイに挑んだ」(207ページ)は、見たときに当然何かのアニメだろうとは思いましたけど、わかりませんでした(「ガンバの冒険」らしい。私は見なかったのでしりません)。


川上和人 新潮文庫 2020年7月1日発行(単行本は2017年4月)
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聖の青春

2021-03-29 21:23:55 | ノンフィクション
 腎臓病を抱えながらプロ棋士となり8段A級まで登り詰めたが膀胱癌がさらに肝臓に転移し29歳で死亡した怪童村山聖の生涯を、「将棋マガジン」編集委員・「将棋世界」編集長だった大崎善生が書き綴ったノンフィクション。
 小6で森安棋聖(9段)に飛車落ちで勝ち(61~62ページ)、13歳にして当時の名人谷川浩司を倒すために今すぐ奨励会に入りたいと言い(70~71ページ)、プロデビュー直後新4段として4戦目で迎えた谷川浩司名人との初戦の角落ち戦で勝つ(177~179ページ:ただし、公式戦では9連敗し、10戦目で初めて勝つ306~308ページ)など、目を引くエピソードに事欠きません。
 「現代日本を読む ノンフィクションの名作・問題作」で、ノンフィクションは事実に基づくものではあるが、やはり「物語」であることが、繰り返し指摘されていました。この作品を読んでいて、基本的なストーリー、エピソードは取材による事実に基づいているとは思いますが、同時にディテイルや登場人物の心理描写はどこまでが事実でどこからが著者の想像・創造なのかを考えさせられました。そして、それはやはり物語としての想像・創造があればこそ、読み物として受け容れやすいのだろうとも。
 天才棋士が主人公でありながら、自分を超える弟子を持ってしまった師匠の生き様、弟子への思いも、読みどころとなっているように思えました。


大崎善生 角川文庫 2015年6月25日発行(単行本は2000年、講談社文庫2002年)
新潮学芸賞受賞作
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最期の対話をするために

2021-03-28 22:25:05 | 実用書・ビジネス書
 今後、自宅で看取るケースが増えることを指摘し、看取る側の覚悟と心がけを述べた本。
 病院は治療が終わると(これ以上治療ができなくなる、これ以上治療してもよくなる見込みがない)追い出され、緩和ケア病棟(医療用麻薬での疼痛コントロール等)は不足しているため癌とエイズの患者しか入れない上、癌でも余命3ヶ月にならないと入れないのに6か月待ちというケースもあるとかで、否応なく自宅で看取るしかないケースが増え、そもそも病院でも誰も気づかずに誰にも看取られない孤独死もあると指摘されています(18ページ、24~26ページ)。
 自宅でひとりで最期を迎えると不動産会社が嫌がるという問題があると指摘されています(33ページ)。生活の本拠として貸すのだから、そこで借主が死ぬことがあるのは、当然見込んでおくべきリスクだと思います。それを嫌がるのなら事業として貸す資格はないと私は思うのですが、そういった覚悟もなく家を持っているからそれで金儲けをしようという安易な気持ちで人の命よりも儲けしか考えない家主が少なくないのは、大変嘆かわしいことです。「看取りの家」の建設計画が周辺住民の反対で頓挫した(34ページ)とか、何て哀しい人たちだろうと思う。
 死の3か月前から予兆があり、出かけることがなくなりテレビや新聞も見たくなくなる、よく眠るが熟睡ではなく夢をたくさん見る(73ページ)って…まずい、最近の私は、どんなに寝ても寝たりなくて、でも頻尿気味で途中で何度か起きるし、テレビなんて見る気しないし…ほとんど当てはまってる。2か月前は食欲が落ちてやせる、1か月前は血圧や心拍数、呼吸数、体温などが不安定になる、痰が増えてゴロゴロと音がする、数日前は急に体調がよくなり、その後血圧や心拍数、呼吸数、体温などがさらに不安定になり、24時間前あたりから尿が出なくなり下顎呼吸(下顎を上下に動かして呼吸する)が始まり、医者はこれを見ると親族に集まってもらった方がいいと言い、最期には尿と便が一気に出て、目が半開きになり涙が出るのだそうです(72~82ページ)。なんだか、ここだけでも、読んでよかった気がします。
 余命があまりない人との接し方がいろいろと書かれていますが、私には、「人は他者に完全に共感はできない」、「わかり合えるわけないよね」というスタンスで共感する努力をする、それでも1ミリでも近くに寄り添いたいという気持ちを持つ、安易に「わかる」と言うよりは、「ごめんね、わかりたいとは思うけど、わからない」と正直に言った方が相手も理解してくれる(178~181ページ)という説明が、いちばん心に染みました。


玉置妙憂 株式会社KADOKAWA 2020年4月23日発行
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たたかう免疫 人体vsウィルス 真の主役

2021-03-26 22:15:00 | 自然科学・工学系
 新型コロナウィルス感染が拡大する中で、ウィルス等と闘う免疫の仕組み、人とウィルスの関係、新型コロナウィルス対策の現状等を取り扱ったNHKスペシャル「人体vsウィルス 驚異の免疫ネットワーク」(2020年7月4日放送)を書籍化した本。
 医療関係者への感染を防ぐために新型コロナウィルス感染による死亡者の病理解剖を避けるべきだという勧告に従わずに、ハンブルグ・エッペンドルフ大学医療センターの医師たちが研究のために病理解剖を続け、その結果、新型コロナウィルス感染による死者には肺血栓塞栓症が多数生じていて、約3割では血栓が直接の死因となっていること、好中球の過剰な自爆攻撃が生じておりこれを防ぐ必要があることなどがわかったことが紹介されています(65~72ページ)。感染のリスクに曝されながら、治療や研究を続ける医療関係者の志には頭が下がります。
 新型コロナウィルスに感染した際に作り出せる抗体の質と量には大きな個人差があること、ロックフェラー大学の研究チームが新型コロナウィルス感染症から回復した患者149名の血漿中の新型コロナウィルスを無力化する能力のある抗体を調べたところ、33%の人は検出限界以下で、他方2人はずば抜けて多かったのだそうです(86~88ページ)。人の個体差は意外と大きいのですね。89ページにはその棒グラフがありますが、149名の患者の比較で棒が60本しかないのはなぜ?(33%が検出限界以下でも100人程度は数値があるはずなんですが…)
 人体のさまざまな活動、仕組みが、ウィルスが免疫の攻撃を防いだりウィルスが細胞に感染するのと似た機序で行われていることが紹介されています(110~116ページ)。胎盤は前者の一例、脳の長期記憶は後者の一例だそうです。生物の進化の過程で、ウィルスとの闘いと共存があったことを物語っていて、生命の神秘と世界の複雑さを改めて感じました。


NHKスペシャル取材班 講談社 2021年1月13日発行
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新版 地図で見る東南アジアハンドブック

2021-03-25 21:12:20 | 人文・社会科学系
 東南アジアの歴史、民族・言語・宗教等の多様性、政治、経済、国境等について、地図と統計資料を示しながら解説する本。
 面積(東南アジア:約450万平方キロメートル、ヨーロッパ:約440万平方キロメートル)でも人口(東南アジア:約6億5000万人、ヨーロッパ:約5億1400万人)でもほぼヨーロッパ(EU)に匹敵するのに、中国とインドという大国に挟まれているためか今ひとつ大きく感じられない東南アジアをいろいろな側面から紹介しています。1960年代に言語学者が東南アジア地域とその周辺で168のオーストロアジア語族と1268のオーストロネシア語族を採集したというエピソード(54ページ)には頭がクラクラします。
 インドネシアは、私が子どもの頃は日本と人口がそれほど変わらなかったのに、今や2億6800万人で世界第4位になっているとか、ベトナムはブラジルに次ぐコーヒー豆生産国、インドネシアはコートジヴォワールとガーナに次ぐカカオ豆生産国とか、地理の知識も更新していかないと、どんどん変わっていくのですね。


原題:Atlas de l'Asie du Sud-Est
ユーグ・テルトレ 訳:鳥取絹子
原書房 2021年1月5日発行 (原書は2019年)(旧版は2018年11月)
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難訳・和英オノマトペ辞典

2021-03-24 23:13:40 | 人文・社会科学系
 日本語のオノマトペ(擬態語・擬音語)の英訳を検討し、その中で日本語の文化や世間の話題、英語文化等を論じた本。
 著者が、同時通訳の経験から、受験英語・教科書英語(著者は「静脈英語 : venous Englsh」と名付ける)ではなく、ネイティヴに通じる現代的な口語の英語(著者は「動脈英語 : arterial English」と呼ぶ)を使えるようにすべきだと、繰り返し述べ、英訳の参考には映画の台詞と字幕が度々引用されています。英語の方の文献では、他に The Economist や Sex and the City もよく引用されていました。
 日本語のオノマトペについても英訳についても語感(例えば、ガ行の音は縄文的な力強さがある:84ページとか。ここで、「『ぐ』という濁音が官能小説に多いことは証明された」って書いてますけど、本当ですか?)が重視されていますが、そこは、日本語でも英語でも共通なんでしょうか。読み物としては面白いけど、相手にはどう伝わるんだろうと考えてしまいます。まあ、言葉、話し言葉というのは、どこまでいってもそういう問題から逃れられないとも言えますが。
 absolutely true は100%、probably true は80%以上、plausible は50%以上70%以下、possibly true は20%以下だとか(167ページ)。やはり、possible はかなり怪しいのですね。かつて、裁判で大企業が科学論文の it may be possible を、「と考えられる」と、まるで著者がその結論を証明したかのように訳してきて、いや、これはそのような可能性もあるかも知れないレベルだろうと反論した覚えがあります。英語のニュアンスって、なかなかわからないところがあるので、この種の説明は興味深いです。


松本道弘 さくら舎 2020年11月12日発行
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リボンの男

2021-03-23 21:23:59 | 小説
 新古書店でアルバイトをしていたが妻の出産を機に退職して主夫となった「妹子」こと小野常雄と、書店店長の小野みどり、2人の子の3歳のタロウの日常生活を描いた小説。
 世間が求める夫婦像や、金になるかでものごとの価値を計ることへの疑問がテーマになっています。
 鳥を見ながら、「つい、カワセミやサギ科の仲間を見ると盛り上がり、カラスやハトには冷たい視線を送ってしまうが、カラスやハトのかわいさも見つけてあげたい」(15ページ)と思う妹子、「相手が大きくて強いからって、何を言ってもかまわない、ってことはないと思うんだよ」(70~71ページ)というみどりのやさしさで成り立っている物語なのだと思います。
 背中の毛が薄くちょっと血がにじんでいるタヌキを見つけて、動物病院に行って、それを話だけして薬を処方してくれという妹子に、獣医は診ていない動物に対して薬を処方できないと拒否します。専門家の立場としては、そうだよねと思う。弁護士やっていると、具体的な事実関係をきちんと話さずに(もちろんそれを裏付けるどういう資料があるかも言わないし見せもせずに)抽象的なことだけ(たぶん、自分に都合のいいことだけ)言って、法的にどうなると聞いてきたり、それこそ自分のことじゃないので具体的な事実関係はわからないけどとか言って聞いてきたりする人が時々いますけど、それできちんとした答ができるはずもありません。それと同じかなと思いました。
 無職の男性とか、SARS以降目の敵にされているハクビシンとか、異端の存在へのやさしい視線にホッとします。


山崎ナオコーラ 河出書房新社 2019年12月30日発行
「文藝」
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彼女のスマホがつながらない

2021-03-22 00:06:41 | 小説
 パパ活女子大生の殺人事件をめぐるミステリー。
 「スマホを落としただけなのに」シリーズ(もう3作も書かれているとか)の著者でこのタイトルですから、関連作品かと思いましたが、特にスマホや携帯デバイスがポイントになるわけではなく、ふつうのミステリーです。
 パパ活の背景に、莫大な奨学金の負債を抱える学生生活、さらにはその親たちの経済力の低下を示唆し、政府の新型コロナ感染拡大防止対策の貧弱さを指摘しているあたりには、社会派的なニュアンスも感じます。しかし、奨学金に関していえば、確かに(高利ではないですが)単なる金貸し・取立屋になっている日本学生支援機構の姿勢は問題ですが、そもそも給付型(返済不要)の奨学金があまりにも少なく奨学金のほとんどが貸与型(返済義務あり)という制度設計/政治選択こそが批判されるべきであるのにそこには触れず、親たちの経済力の低下も実質賃金が下がり続けている安倍・菅政権下の経済政策の問題には触れずに、政策/税金の使途が高齢者支援に偏っているなどと、政府・財界と庶民ではなく高齢者と若者の対立のように描いてみせるなど、政権の問題に直接斬り込むことを避けているように思え、これが近年は政権批判を躊躇しない「女性セブン」に連載されていた(したがって、読者は政権批判を歓迎している)ことを考えると、むしろ及び腰と思えます。なぜかジャニー喜多川を持ち上げていたり(135~137ページ)、ニッポン放送の関連会社役員という作者の立場が反映されているのかなと感じてしまいます。


志駕晃 小学館 2020年12月22日発行
「女性セブン」連載
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医学論文査読のお作法

2021-03-21 21:14:17 | 自然科学・工学系
 医学論文について、学術雑誌に掲載するに当たって編集者が他の研究者に依頼して行う査読(peer review)の実施のしかたについて解説する本。
 論文の査読については、部外者にはうかがい知れないところがあり、その実情が読み取れるところが興味深く読めました。「一つの論文を精読して評価し査読コメントを書くためには8時間以上もの時間を要する」という記載が何か所かにあります(17~18ページ、28ページ等)。他の研究者が学術雑誌に掲載するつもりで書いた論文を検討して評価する作業というと、私の感覚ではもっとかかるんじゃないかと思っていました。しかし著者が「8時間以上もの時間」という書き方をしているところを見ると、学者の世界では査読に8時間もかかるなんてびっくりということなんでしょうか。むしろ、そちらに驚いたのですが。他方で「査読作業は原則ボランティア」(17ページ)、「多くの場合、査読者に対して何の報酬も支払われない」(18ページ)というのも…まぁ、考えてみたら、マスコミの記者は何時間も取材で話を聞いてもただが当然と思っているのが通常ですから、著名な学術雑誌の編集者もそういう意識なんでしょうね。「トンデモ査読」がけっこうあると著者自身も経験していると書かれています(13ページ)。査読は論文著者よりも格の高い人がするのかと思っていたこともあり、意外に思えましたが、現実にはやはりいろいろピンキリなんでしょうね。
 査読の方法論のところは、自分が査読をするということでなくても、論文の信用性を検討するときに参考になりそうです。ただ、この本では、医学論文に特化しているので、医学研究特有のパターン、研究方法、統計処理の説明が多く、そこは門外漢の私には読んでもわからない部分が多々ありました。


大前憲史 特定非営利活動法人健康医療評価研究機構 2020年11月発行
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はじめての催眠術

2021-03-20 23:12:27 | 人文・社会科学系
 意識的にではなく腕が上がっていくとか両手が開くとか手に持った振り子が指定した方向に揺れるとか、腕が曲がらなくなるとか椅子から立てなくなるとか、ペットボトルが好きになる(手から離したくなくなる)とか自分の名前を忘れるとかの催眠術について、実施のしかたを解説した本。
 催眠術は、かける側に特殊な能力があるということではなく、したがって基本的に誰でもかけることができる、他方でかかりやすい人・かかりにくい人はいて、むしろかけられる側(被験者)の能力(催眠感受性、被暗示性)の問題というのがこの本のスタンスです。著者が自分で実験した結果(サンプル数60名)では、手の降下は78.3%、手の接近は58.3%、腕の不動は50.0%というように体の動きに関係する暗示は反応率が比較的高く、音が聞こえなくなるとか何かが見えなくなるという暗示は10%というように反応率が低い傾向にあるとされています(38ページ)。物事に集中しやすい人は催眠術にかかりやすい、カフェやレストランで隣の人の会話が耳に入ってこない(隣でこんな話をしていたねと同席した人から後で聞かされても全然聞いていなかったのでわからない)ような人がかかりやすい、飲み会で他の人のグラスが空になっていることに気づかないとか考えごとをしていて電車を乗り過ごすことがよくある人がかかりやすいのだそうです(78ページ)。
 催眠術によっても、本人がイヤなことは実現されず(18ページ)、本人が何か変化が起こるという期待があったときに実際にその変化が生じる(22ページ)のだとか。本人の意思に反して、やりたくないことでもやらせることができるというわけではないのですね。それは、安心というか、逆にそれならそれほど面白い技術ということでもないということになってしまいそうですが。


漆原正貴 講談社現代新書 2020年9月20日発行
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