伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

アメリカ人弁護士が見た裁判員制度

2008-12-30 23:17:21 | 人文・社会科学系
 ニューヨーク州弁護士で現在は日本の法科大学院教授の著者が、アメリカ弁護士の立場からアメリカの陪審と日本の裁判員制度の違いを説明した本。
 著者の主張は、裁判員制度は、国民の司法参加を余儀なくされた裁判所が裁判所に都合のいいように修正した、裁判所のための制度で、裁判の結果や制度の失敗を裁判員のせいにできて、裁判員は守秘義務のために真実を明らかにできないということにあります。法律が誰のためにあるかはその法律が誰に義務を課し誰に自由(裁量)を広く認めているかを見ればわかるとして、法律上も裁判官に都合がよくできていることを論じています。
 著者が最も危惧するのは、裁判員制度では、陪審と違って裁判官が評議に加わり、しかも裁判官と裁判員のやりとりが公開の法廷ではなく密室で行われ、裁判員には評議の内容について守秘義務が課され、その結果裁判官が密室でどのように不公平なことを言って裁判員を誘導してもそれは公にならず誰も検討さえできないということです。アメリカの陪審ならば、有罪無罪の決定は陪審のみで行われ、裁判官が陪審に行う法律の説明(説示)は公開の法廷で行われ、陪審員には守秘義務もないということです。
 著者の思いは、「陪審制度は個人を公権力から守る最後の砦であるのに対して、率直にいって、私が見る限り、裁判員制度は裁判官と国民が一緒になって悪い人のお仕置きをどうするか決めるための制度である。」(10頁)という表現に端的に表れています。
 半分以上が、日本の法制度が役所に都合よく役所のために作られていることと裁判所も役所であることの説明と、アメリカの陪審制度の歴史と制度趣旨の説明に費やされていて、裁判員制度について書かれているのは後ろの3分の1くらいです。著者の主張を説明するために前半の議論が必要なのはわかりますが、前半をもっとコンパクトにして裁判員関係をもう少し詳しく書いてくれた方が、タイトルにはマッチすると思います。
 裁判員制度が裁判所・裁判官に都合よくできていることと、陪審制度とはかなり違う制度だということについて理解するのには、わかりやすい本だと思います。


コリン P.A.ジョーンズ 平凡社新書 2008年11月14日発行
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スマッシュ×スマッシュ!

2008-12-30 18:29:41 | 小説
 怪我で挫折した天才テニスプレイヤー笠松勇太が、アスペルガー症候群の少年立花颯人にテニスのコーチをしながら、メンタル面で成長し、再起を果たすというストーリーの小説。
 傍若無人だった天才が挫折して力み焦ってさらに落ち続ける姿と、平常心を取り戻し無駄に見えることにも取り組んでいく中で力を抜くことを知り再起していく姿が対比的に描かれます。スポーツに限らず人生も、回り道も無駄じゃないよというのがテーマでしょう。
 第1章(第1セット)と第2章(第2セット)で別々に進められる勇太と颯人の過去の話が、第3章(第3セット)で交わりますが、そこに至るまでバラバラの感じで少し読みにくい。ラストが、ハッピーエンドに持っていくのに無理しすぎの感がありますし、そっちで終わるかなと思います。
 軽い読み物としてはいいとこだと思いますが。


松崎洋 徳間書店 2008年10月31日発行
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怪人二十面相・伝

2008-12-28 23:30:20 | 小説
 遠藤曲馬団の曲芸師で動物飼育係だった武井丈吉が、30人そこそこの見物人を相手にするのは飽きて、金持ちの物を盗む見せ物をしようと怪人二十面相となり、明智小五郎とライバルとなって競うが、気球で脱出する際に小林少年が乗り込んで気球を銃で撃って気球が爆発してその後行方不明となるまでを、丈吉と遠藤曲馬団での弟子だった遠藤平吉らの視点で描いた小説。
 二十面相の側から、富豪から盗むことの美学を描き、明智小五郎の欲と悪知恵、子どもを使えば手を出せまいという少年探偵団結成の狡猾さを批判的に描いています。サーカスの団員の視点ですから、貧民の立場から、多くの民を飢えさせ、空襲で死亡させた政治の誤りが指摘されます。ただ、それでも怪人二十面相については、貧者の怒りではなく、あくまでも個人的な美学が強調され、そこは直線的ではないのですが。
 映画「K-20」の原作とされていますが、少なくとも、ここまでは全然別の作品です。映画で登場するのは、一番最後の「ノガミ」(上野)のバラックで死にかけた子どもを養うために食べ物を持ち帰る子ども(この子どもが「葉子」!)のエピソードくらいです。続編の「怪人二十面相・伝Part2」では平吉が修行して怪人二十面相を継ぐという話のようですから、映画に近づくかも知れませんが(読んでませんからわかりませんが)。
 映画よりは、庶民目線を感じる小説です。


北村想 小学館文庫 2008年9月10日発行 (単行本は1989年)
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2008-12-28 00:02:11 | 小説
 1992年2月1日の首都圏大雪の日を題材に、アムステルダム行き航空便の乗務後にパリで恋人と会う約束をしている客室乗務員が、成田まで行き着く苦労、出発の遅れ、乗員チームの不安と疲れなどの経過を経てようやくパリにたどり着くが・・・という小説。
 なんとか便が飛んで欲しいと思い続ける主人公と、疲れなどからできれば飛びたくないと思う同僚、職業意識からみんなを奮い立たせようとしまた思いやる乗務員、さらには主人公の相手の男の甲斐性なさを知る故に会わせたくないと思う同僚の思惑の心理描写を読ませる小説です。
 一面では、国際線運行スタッフの業界話としても楽しめます。
 しかし、読み終わって初出を見ると「すばる」の1997年。今頃何で1992年の話とは思いましたが、どうして今頃になって単行本化されたんでしょうか。「同じ制服を来た」(15頁)なんて今頃では考えられない変換ミスも、その頃のワープロならではのものを敢えてそのまま単行本でも再現したのでしょうか?


高橋治 集英社 2008年11月10日
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あの映画は何人みれば儲かるのか

2008-12-26 23:11:29 | 実用書・ビジネス書
 映画や音楽、出版のエンターテインメント業界の利益とコストの構造、損益分岐点の考え方を解説した本。
 「はじめに」ではエンタメを題材に会計を学ぶようなことが書かれていて、「さおだけ屋」の二番煎じかと思いましたが、会計のことはそれほど突っ込まれていません。その分読みやすいとも言えますが。
 「あの映画」というタイトルからは具体的な映画のデータで興行収入とかコストが分析されているのかと期待しますが、例えばこの費用がこうだとすればという形で話が進められ、個別の映画についての知識ではなく、あくまでも「考え方」が語られます。その意味で、興味深い話ではありますが、裏話ではなく業界の世間話というところ。
 内容的にも、会計関係の部分よりも、業界の慣習とかエンタメビジネスの構造部分の方が、興味深く、なるほどなと思いながら読めました。


松尾里央 TAC出版 2008年11月15日発行
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ゼルダ 最後のロマンティシスト

2008-12-26 00:00:52 | 小説
 作家志望の将校と結婚した身持ちの悪い娘ゼルダが、フランス人飛行士と出奔して淫蕩の日々を過ごした末捨てられ、次第に精神を病み精神病院に入院しながら過去の栄光を脚色・作話しながら語り続ける小説。
 話者が心を病み、自らの語りや医者・カウンセラーへの語りというスタイルで進められるため、同じエピソードが少しずつあるいは大幅に違って繰り返され、とても読みにくい。何が真実なのか読み取ろうとして読むと、とまどいを感じ、また苛立ちます。放蕩娘の話ですから、決して高尚なことは書かれていませんが、ジュンブンガクしているというか、実験小説的というか、エンタメとして読むには辛い作品です。
 そして主人公に共感することもまた難しい。夫を捨てて男と淫蕩の日々を過ごした後で夫の元に戻り、「私が何をしたって言うの?」(130頁)です。主人公の語りにはまっとうな価値観ではつきあいきれません。
 ゴンクール賞受賞作だそうですが、新潟出張の車中という環境でなければ、私はきっと途中で投げ出したと思います。


原題:ALABAMA SONG
ジル・ルロワ 訳:傳田温
中央公論新社 2008年11月10日発行 (原書は2007年)
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氷の心臓

2008-12-24 23:06:47 | 物語・ファンタジー・SF
 1893年のロシアのサンクトペテルブルグのホテル・オーロラを舞台に、ホテル・オーロラで生まれ育った12歳の少女マウスと、雪の女王、雪の女王の暗殺をもくろむ魔女タムシンを中心に、ホテルの人々、ロシア皇帝、秘密警察らが繰り広げる騒動を描いたファンタジーです。
 マウスは、無政府主義者の母がロシア皇帝暗殺グループの一味として逮捕される直前にホテル・オーロラで生まれ、連行され処刑された母に会えないままホテルで育てられ、ホテルから一歩も出ることなく、少年の身なりで靴磨きをする「メイド・ボーイ」として生活しています。マウスは冒頭では、ホテルから雪の戸外に出ることを極端に怖がり、エレベーター・ボーイから嫌がらせを受けて閉め出され玄関まで回ることさえ一人ではできない存在と描かれています。そのマウスが、ホテル・オーロラを訪れた雪の女王とタムシンに翻弄され、親しみと反発を感じながら、恐怖を克服し、雪の女王に囚われて少年の姿に変えられたトナカイのエルレンの救出や暗殺の阻止のために前進していきます。物語の第1の軸は、このマウスの成長物語として進行します。
 物語のもう一人の主役、魔女タムシンは、雪の女王に支配された民から雪の女王の暗殺を頼まれ、雪の女王に返り討ちにあった父親の遺志を継いで雪の女王の「氷の心臓」を盗み取って雪の女王の力を弱め、「氷の心臓」を取り戻すためにタムシンを追って来た雪の女王にホテル・オーロラでとどめを刺そうとします。
 そして雪の女王は、弱りながらも、吹き出す「原初の寒さ」と魔法の力でタムシンとの戦いを続けます。
 このタムシンと雪の女王が、言葉と策略でマウスの心を奪い合い、さらには魔法と武器で繰り広げる力づくの死闘が物語の第2の軸です。
 物語の第3の軸としては、後半、ロシア皇帝の暗殺計画、次々と暴かれるホテル・オーロラの人々の秘密とマウスの出生の秘密、という展開があるのですが、どちらかと言えばタムシンと雪の女王の虚々実々の駆け引きと死闘、それに翻弄され惑いながらがむしゃらに進むマウスの方に目が行って秘密関係は脇に押しやられる感じです。
 3人の主要な女性キャラの存在感、とりわけタムシンの怪しげな魅力と、マウスの成長ストーリーといったあたりが、児童書として女の子が楽しく読めるという観点でプラスです。
 しかし、マウスの最初の怖がりぶりの書きすぎ、全体として明るさを感じにくい設定と展開、タムシンに味方したり雪の女王に味方したり腰が定まらないマウスの姿勢といったあたりは残念。
 その迷走を、最終的にどの時点でも自分はそうしたいと思うことをやってきたと全肯定するのは、無節操というべきでしょうか、ポジティヴ・シンキングというべきでしょうか。涼やかなラストとあわせ肯定的に見ておくべきでしょうか。


原題:FROSTFEUER
カイ・マイヤー 訳:遠山明子
あすなろ書房 2008年11月30日発行 (原書は2005年)
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建材・設備はどこで何から作られているのか

2008-12-14 21:55:55 | 人文・社会科学系
 一級建築士が、自宅を建てた際に、使った建材・設備はどこでどのように作られているのかに好奇心を持って調査したレポート。
 様々な意味で、好奇心をそそられるテーマです。特に石膏ボードに用いられる石膏が、今では公害防止のための排煙脱硫装置の稼働の副産物がほとんどという話(110~113頁)には興味を引かれました。
 ただ、その話も含めて、建材や設備がリサイクルの原料をこんなに使っているということが強調されていて、それはそれで、だから建材の使用に良心の痛みを感じなくていいよという感じがまた気になります。取材したメーカーがダイオキシン発生の測定値を偽っていたとかダイオキシンガス漏洩の事故を起こして後で問題になったというエピソード(188頁)が教訓的です。
 減価償却の終わった機械を大事に使って1人の作業員で多くの工程を管理すれば海外生産にしなくてもやっていけるという話(170頁)も、経営者側にはなるほどとうならせる話でしょうけど、労働者側の負担はずいぶんと大変だろうなと思ってしまいました。


内田信平 エクスナレッジ 2008年9月30日発行
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宇宙を孕む風

2008-12-14 21:49:39 | 小説
 福岡の中規模高校受験塾のずるくなりきれない熱血経営者が進出してきた大手との競争の中であれこれ悩む姿を、アルバイト講師として手伝う大学生の従妹の視点から描いた小説。
 タイトルの「宇宙を孕む風」はオーロラのこと(オーロラを起こす太陽風のことでしょうね)。ストーリーとはほとんど関係ないですが、宇宙の、長期の地球温暖化などのできごとの深刻さから考えれば日常のことはささいなことだけど、でも人間は特定の誰か好きな人を通じてしか世界を感じることができない、出会いと別れの日常でしか生きられないというようなことを語らせるためのシンボルです。「世界の中心」がエアーズ・ロックだと言われたときの落胆・違和感・驚きと比べれば、言葉から予想される意味通りで、まぁそうかなとも思いますが、学習塾の熱血経営者と地球温暖化を並べて、それも地球温暖化をさらに広大で幻想的にするためにオーロラを持ってこなくても、とタイトルの謎がわかったときに思いました。
 学習塾の熱血経営者の思いは共感できるのですが、出てきた問題は、結局決着をつけられずに、語り手の心の整理だけで終わってしまいます。問題は果てしなく生成して、気の持ちようで折り合っていくしかないということかも知れませんが、小説としてはそれなりの決着をつけて欲しかったと思います。


片山恭一 光文社 2008年11月25日発行
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いやしい鳥

2008-12-12 23:21:54 | 小説
 文學界新人賞の表題作を含む短編3編。
 表題作はオカメインコを買う大学講師がずうずうしい学生に転がり込まれて居座られ、オカメインコを食べられて復讐しようとしたら、オカメインコのたたりが・・・というような話を隣人の主婦と大学講師サイドの視点を交差させながら語っています。セットされた2作も恐竜に喰われるという幻視体験が共有されたり、動物を喰う胡蝶蘭の話だったりします。
 どれも他の生物の脅威というか肉食の他生物とのつきあい方というような感じですが、SFっぽくもなく、コミカルでもなく、どこか不気味感が残ります。ジュンブンガクしてるというのか、昔見た「怪奇大作戦」や「ウルトラQ」を思い出すというか。


藤野可織 文藝春秋 2008年9月15日発行
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