ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語・バックヤードー幸運

2021-03-19 21:48:56 | 大人の童話
 謁見室の天井は、恵みの緑に繁栄の赤が鮮やかだった。
 黄金の彫金囲まれた玉座では、王が眉間に皺を寄せていた。
「陛下!フィリアの子をフレイアの代わりに差し出すというのは、、本当ですか?」
 デザントの口調も刺々しい。
「赤い巻き毛で名前も同じだ。王女であることも変わりがない。後から苦情が来ても言い抜けられるし、こちらには正式な夫人の子が残る。問題があるかね」
 デザントがたじろいだ。
「・・・寝耳に水、だったので。陛下はいつからご存知だったのですか?」
「フィリアに子がいることは、知ったばかりだ」
 デザントは三日前から、ダリアが会おうとしないのを思い出した。
 久々に月のものが来て、気分が悪いと聞いていた。
 あの日の昼、ダリアは実家に行っていたはずだ。
「ダリアですね?」
 王が僅かに目を細めた。
「王太子が第三夫人の姉まで望んで逃げられた。と、都中の笑いの種だ。私も伯爵に合わす顔がない。黙っていれば分からないとでも思っていたか?ダリアを責めるよりも先ず、己の行いを恥じるがよい!」
 デザントが顔を赤く染め、むっつりと黙り込む。
「話はそれだけか?」
 デザントは下を向いたままだ。
「二十七歳にもなって情けない。もう、戻るがよい」
 王の目配せで、侍従が扉を開けた。

 デュエールは馬を駆っていた。
 小雨に打たれた煉瓦の、匂いにさえ気付かない。
 王宮を離れて以降、世事には一層疎くなっていた。
 カナルの件で、フレイアを寄越せと詰め寄られていると、耳に入るなり飛び出したのだ。
 もう、かなりの日数が経ってると聞いた。
 その間、ダリアはどんな思いで過ごしただろう。
 いてもたってもいられなかった。
 デザントを通している暇は無い。
 直接王に、自分の策を上奏するのだ。
 アダタイ国の王は高齢で、三人の王子には、全員男子がいる。
 フレイアの幼さを理由に、金銭で時間を稼ぎ、裏工作で仲違いをさせればよい。
 アダタイ国が分裂し、小国となれば、この先カナライが脅かされることも減るであろうと。
 
フィリアは夜明け前に港町を出た。
 肩から掛けた布を外して、外套を着る。
 思い切って北に向かった。
 裏をかくつもりだった。
 途中で少し山に入れば、古い炭焼き小屋もあるはずだった。
カナライからジャナに向かう途中、蹄の音に驚いて、見付けたのだ。 
暫くそこに身を隠し、追っ手をやり過ごす。
そしてフレイアを置いてきた船の母港に向かい、その消息を探るつもりだった。
 腕の傷からはまだ、血が滲む。
 けれど、痛みは感じなかった。
 フレイアは自分と一緒に、陸に逃げたと思わせなければならない。
 町外れまでは、何とか誘導出来ていたように思った。
 けれどまだまだ、見つかるわけにはいかない。
 一昼夜歩き通して、フィリアはやっと、目当ての小屋に着いた。
 フィリアは大きく息を吐いた。
 建て付けの悪い、木の扉を開ける。
 少し、暖かい。
 奥で何かが、もそりと動いた。
 フィリアは総毛立って身を翻した。
 ほんの数歩で、左手を捕られる。
 強く引かれて体が反った。
 痛みで、うめき声が漏れる。
「怪我をしているのか」
 年配の男だった。
 フィリアの左腕を見つめていた。
「この小屋には、傷を負った獣が逃げて来ることがある。俺は手当てして治るまで置いておく。それでいいか?」
 顔を上げてフィリアを見た。
 色は黒く、皺は深いが、意外に肌に艶がある。
 フィリアは無言で頷いた。

 男は次の日、近くのに出掛け、敷布と掛け布団を担いで帰ってきた。
 部屋の奥に藁を積み上げ、敷布で覆い、布団を乗せる。  
 壁に紐を渡し、布を留めて言った。
「ここから奥はあんたの場所だ」
 フィリアがしきりに恐縮すると、男は軽く笑った。
 その笑顔は、フィリアの祖父に少し似ていた。
「俺は自分でしたいことしかしない。すまながったり、遠慮したりする必要はない」
 フィリアは傷に響かない範囲で家事をこなし、男は残りの雑事と炭焼きを続けた。
 二人はただ静かに働き、眠った。
 それは穏やかで、満ち足りた時間だった。
 フレイアのことさえなければ。

三度目に町から帰って来た日、男がフィリアに告げた。
「カナライは半月前に諦めて引き上げたそうだ。王女のアダタイ行きは、金を払って引き伸ばしたらしい」
 フィリアの瞳は喜びに輝き、次いで、寂しさに翳った。
 男はフィリアの目指す港に、変わり者の知人がいると言って、手紙を書いてくれた。

 フィリアは半月かけて、目的の都に着いた。
 ここなら、あの船の話が聞けるはずだ。
 紹介状を持って訪ねた相手は、白髪混じりの漁師で、皿洗いを探している、宿屋を紹介してくれた。
 フィリアはハミと名乗った。
 宿屋の主人は恰幅と愛想がよく、料理人のマセラは痩せて無口だった。
 干物を作っていたことを伝えると『捌いてみろ』と、魚を預けられた。
 銀色の細い魚に、同じ色に光るナイフを走らせていると、フィリアはふいに、不思議な感覚に陥った。
 二年前、なんのあてもなく港に着いた自分に、サミは暮らしの基盤を作ってくれ、友人になってくれた。
 職場の女達も、なにかと親身になってくれ、だからこそ、子供が宿ったと分かった時の空恐ろしさも、不安も、乗り越えられたのだ。
 フレイアが生まれた時は、皆、我が事のように喜んでくれ、一緒に育ててくれた。
 追っ手からも上手く逃れられ、山小屋では助けてもらった上、紹介状も書いてくれた。
 そして今ここで、干物屋で学んだことが、役に立っている。
 全てが偶然で、必然だったような気がする。 
 自分は、ずっと恵まれていた。
 沢山の人と運に、守られ、与えられ、助けられていたのだ。
 だからきっと、大丈夫。
 フレイアも、きっと。
 フィリアは手元が滲んでしまい、肘の内側で目頭を拭いた。