王太后のダリアは、憂鬱そうに目を閉じて座っていた。
ラウルの即位十周年の園遊会に、出席しているからだ。
この十年、特に功績のあった臣下や国民を、労うのが目的だった。
侍従の説明に、上の空で相槌をうちながら、ダリアの頭の中では、不満が駆け回っていた。
臣下はまだいい。
ダリアはそう思っていた。
王宮のしきたりを、それなりに分かっているからだ。
けれど一般の国民は違う。
ダリアを苛つかせるのは彼らだった。
貴族でもないのに、慣れない宮廷風の正装をして、ぎくしゃくと滑稽な真似を繰り返す者ばかり、ダリアは見てきた。
己に相応しい身なりと、節度ある言動をしていれば、それで良いというのが、彼女の持論だった。
開催時刻より、大分早く来るのも、気に触った。
迎える側の都合を、考えて無いからだ。
誰かを助けることも、経済の隆盛も、大切なことだ。
褒章を与えるのは、王族として当然だとは分かっている。
だけれども、彼らは。
堂々巡りの不満に、鬱々としていると、ざわめきがすうっと引いた。
目を開けて、参加者達の視線を追うと、見事な青色が飛び込んで来た。
ドレスは光で微妙に変化する、深い青の無地だ。
長いベストは、先染めで織り上げた大胆な柄、ベルトは緻密なパターンだ。
市民が祝いの席で着る、シンプルな正装だが、居並ぶ婦人達が贅を凝らした、どのドレスよりも美しかった。
その上、くりの深い衿元は彼女のしなやかな首のラインを、絞った胴はその細いウエストを、際立たせていた。
青く光る黒髪、エキゾチックな顔立ち、白く輝く肌。
ダリアとは全く違う、凛とした美貌。
サキシアだった。
古参の女官達でも、すぐには気付かなかったが、ダリアは一目で分かった。
―これだったのだ―
ダリアは覚った。
サキシアを人目に触れさせないようにし、疎み、遠ざけたのは、この美しさを恐れてのことだったのだと。
けれどその動機を、無意識下に押さえ込んでいたのだ。
プライドが傷付かないように。
ダリアは左横を見た。
夫の目も、サキシアに釘付けだった。
大多数の列席者と同じように。
ダリアは腰を浮かせて、王族達の様子を見た。
ラウルは平静の様だが、王弟のバシューどころか幼い王子達までも、食い入るようにサキシアを見ている。
ダリアは呆然と、椅子の背にもたれ掛かった。
サキシアは会場に入るなり、皆の視線が突き刺さるのを全身で感じた。
計算通りだった。
アザが消えてから、注がれ続けていた視線だ。
今ではサキシア自身も『真珠のサキシア』と呼ばれ、町中に美しさを讃えられているのだ。
これは商品宣伝の、絶好の機会だった。
あわよくば、印刷のスペシャリストとも、繋がりを持ちたい。
そう思って出席を決めたのだ。
会場に入る途中、薄く曇っている場所が、幾つも目についた。
『サキシア式』が廃れたのは少し残念だったが、もう十年も経つのだ。
そんなものだろう、とも思った。
王宮を辞して十年。
思いもよらなかった場所に、サキシアはいた。
サキシアは不思議な気分で首を回す。
すると、自分を睨み付けるダリアが目に入った。
くっ、と。
心の古傷が疼いた。
甦って膨れ上がり、サキシアを飲み込んでいく。
そのまま、王族の並ぶ上座を見渡した。
サキシアの顔に、笑みが浮かぶ。
それは凄みを感じさせるほど、艶然としたものだった。