「夢を見たんだ」
日差しが頬の産毛を照らす。
クッションを背中に当てられ、ギャンはベッドで身体を起こした。
頭上の出窓には、鳥達が全員並んでいる。
「どんな夢?」
サキシアがベッドサイドの椅子に座った。
「真珠のサキシアに似た色んな花が咲いている島に、パール達と同じ種類の鳥が沢山、人と仲良く暮らしてたんだ。だけど知らない人達が攻めてきて、鳥達は山に逃げ込んだ。そのうち山が噴火して、島全部が岩になった。生き残った鳥達は、幾つかに分かれて島を飛び立った。その一つが、人と一緒に先に島を出ていた鳥と合流したんだ。その鳥は色んなサキシアの種が入った袋を下げていた。長い旅の後、その袋が破けて種が散った。その近くの森に、鳥達は下りて、住み始めた。随分時が過ぎて、そのうちの一羽が、懐かしい人達に似ている匂いが微かにする、男に着いて行った。それが俺で、匂いの主がサキシアだった。そして昔、自分達が呼ばれていた名前を付けてくれた。『パール』って」
サキシアは目を見開いて、パールを見た。
「貴方達が見せたの?」
パールが首を傾げる。
「種族の記憶の継承って、どうなっているのかしらね」
サキシアも首を傾げて、パールを見た。
「私の母方の祖父が、南で生まれたって話は前にしたわよね?ギャン」
サキシアがギャンに向き直る。
「うん。お祖母さんが一人でお母さんを産んで、あの町に移り住んだって」
「そうなの。お祖父さんは囚われていたから、お祖母さんとお腹の子供に希望を託して、送り出したの。そして生まれたお母さんに、お祖母さんはお祖父さんの島に沢山いたという鳥の名前『パール』と名付けたかったの。だけれど、父親が誰か分かってしまうことを恐れて、文字を入れ換えて『プラー』にした。私が生まれた時はもう安心だからと、島の花の名前『サキシア』と名付けたのよ」
ギャンは暫く口を明け、やがて唾を飲み込んだ。
「ぴつたり、合うね」
「鳥や花が名前を呼び寄せたのかしらね。そしてお祖母さんも」
「今まで、何で話してくれなかったの?」
「お母さんが言ってくれたのよ。お前は希望だけを受け取って、お前自身を生きなさいって」
「いい言葉だね、それ」
ギャンが微笑んだ。
「言葉の力と物の力。記憶と記録。世の中は解らないことだらけだ」
ギャンは森での出来事を思い出していた。
あの日、ギャンは苗木の具合を見に行って、帰りがけに家族の声を聞いたのだ。
驚かせようとそっと近付き、木の陰から覗いて動きを止めた。
サキシアとミルドレッドとロイが、花冠を編んでいたのだ。
絵画のような美しさに見惚れていると、突然声を掛けられた。
振り向くと王弟が抜き身の剣を下げ、走って来ていたのだ。
家族に『逃げろ』と叫びながら
、自分が殺されれば身近な人達、特にサキシアが酷く傷付くと思った。
同時にサキシアが宮廷で受けた痛みの、仕返しをする材料になるかもしれない、とも。
そのまま切られて仰け反り、倒れながらも、ギャンはバシューの顔を見た。
その時ギャンは確信したのだ。
王弟はもう、自分がサキシアの夫だと気付いている。
王弟の目の光は、嫉妬の焔だと。
だからギャンは取り調べ官に、自分は不審者と間違われて斬られたのだと言ったのだ。
王弟に自分を斬る理由など、全くないのだと。
サキシアの心を守る為、そし王弟の恋心を封じる為には、それが一番だとギャンは考えたのだ。
―そのことも―
ギャンは思いを巡らせた。
記録にはきっと、王弟が自分を不審者と思って、自分を斬ったとだけ記されるだろう。
自分と王弟だけ口をつぐめば、真実は抜け落ちて事実となるのだ。
けれどもどの事実を選ぶかも自分達次第、それも真実の内だろう。
サキシアが今まで黙っていたことも、まだあるだろう語っていないことも。
だから、いいのだ。
自分の一番の真実は。
「愛してるよ、サキシア」
ギャンは唇を少し尖らせ、キスをねだった。
終