「この乳母車はあまり揺れませんのね」
「バネがいくつも入っているんです」
「初めて聞きましたわ」
「セランが特注したんです。真似をする方も出てきたそうですから、そのうち増えるかもしれません」
「勝手に真似をされて、腹が立ちませんの?」
フレイアが片眉を上げる。
「嬉しいですよ。皆さん便利になるでしょうから。これは、椅子の下に荷も入るんです」
ルージュサンが意外そうに答えた。
「なるほど」
高くなりだした陽を浴びて、レンガの道が乾き始めている。
店が開きだす頃合いだ。
ルージュサンが街を案内すると、フレイアを連れ出したのだ。
ルージュサンのドレスは、ローシェンヌが考案した独特のデザインだ。
裾を踏むことなく、足を大きく前に出せる。
肩回りの自由もきき、動き易い。
そのドレスをフレイアも借り、真っ赤な巻き毛は少しだけ束ねて、あとは滝の様に流している。
乳母車は珍しい作りの二人乗りで、そっくりな赤ん坊が乗っている。
そして四人とも、飛びきりの美女だ。
道に出るなり、目立つことこの上ない。
「おはよう、ルージュサン」
家の前を掃いていた中年女が、手を止めて腰をさすった。
「おはようございます。腰の具合は如何ですか?」
「大分良いよ。あんたのくれた薬草のお陰だね。いつも有難う。ところで隣の美人さんは?よく似てるけど」
「妹のフレイアです。一緒に住むことになりました。宜しくお願いしますね」
にこやかにそう言うと、ルージュサンはフレイアを振り返った。
「こちら、小間物を作っているガジャさん」
「フレイアです。よろしくお願いいたしますわ」
フレイアが右手を差し出した。
よく手入れされた肌はふっくらと艶やかで、指はすんなりと細い。
「あらやだ。ダメダメ、こんなすべすべの手。汚しちゃうよ」
ガジャが左右に振った手を、フレイアが両手で包み込む。
そして愛らしく微笑んだ。
「何をおっしゃるんですか。よく働く美しい手ですわ」
「うひゃあ。やんなっちゃうね。あたしが男だったらイチコロだよ」
「イチコロ?」
フレイアが首を傾げる。
「ん?ああ、上手だから気付かなかったけど、この国の人じゃないんだね。そういえばルージュサン、あんたの生まれは」
「両親はカナライです」
「そう、カナライ」
ガジャが目と口を大きく開けた。
「妹ってあんた、姫様だ!どうしましょ。あれ、ちょっと待って。そういやそもそもルージュサンだって、いや、ルージュサン様?」
目を白黒させるガジャを見て、ルージュサンがからっと笑った。
「何を言ってるんですか。私は私、ルージュサンです。それに、ここにいる間は、フレイアはフレイア、私と同じです」
「そうですわ。わたくしはフレイア。フレイアとお呼び下さいませ」
二人の笑顔に、ガジャもニカァと笑った。
「ああよかった。このままでいいんだね。あたしゃ堅苦しいのは苦手でさ。よろしくね、お姫様」
ガジャがもう片方の手を添える。
「こちらこそ。フレイアですわ。フ・レ・イ・ア」
フレイアが力強く握り返した。