「では、メイド頭さんに?」
大きな月が、女の白い頬を照らしていた。
黒い筈の夜の海も、少し明るく見える。
見惚れながらも、会話は出来るものだと、セランは知った。
「はい。彼女に逆らえる者は、屋敷にいません。いつもお菓子と一緒に、小さなバッグに詰めてくれます。今日も、その袋と財布だけを持って、宿から出たところでした。そういえば、そのお菓子があります。いかがですか?」
そう言いながら、女は中指程の紙包みを差し出した。
「有難うございます。いただきます」
それは甘く、香辛料の香りと僅かな辛味が、食欲をそそった。
「美味しいです!」
「それは良かった。もう一ついかがですか?」
女が微笑みながら、差し出す。
「いえ、うっかり頂いてしまいましたが、まずは貴女が」
「大丈夫。まだ五、六本あります。それとも飴にしますか?」
「では、飴を」
飴を口に放り込むと、香ばしさが鼻に抜けた。
「何も盗られなかったのですか?」
「割符と、金貨を。ですが問題ありません」
どうして問題ないのか気にはなったが、他にも聞きたいことは山程あった。
「どうして場所が分かったのですか?」
「方角は体感で、時間は脈で、速さは馬車の音から。そしてこの方面で、洞窟を倉庫にしている集落は、一つですから」
「気を失ってたのではないのですか?」
「ふりです」
「手足は自由だったのですか?」
「手の間接を外しました」
何だか返事を聞く度に、新たな疑問が湧いて来るようだ。
「さっきから迷わず歩いていますが、それも身体で覚えているのですか?」
「はい。それを記憶の中の地図と、星と照らし合わせています」
「星を読めるのですね。私もです。天文を研究しています」
「天文で思い出しました。子供の頃から不思議に思っていることがあるのですが」
セランの目が明らかに輝いた。
「何でも聞いて下さい!全力でお答えします。私の三つある取り柄の一つです」
「有難うございます。どうも腑に落ちないのです。大船と小舟を繋げば、振り回されるのは小舟の方です。太陽は昼夜も四季も司る。その力は大変なものの筈。回っているのは本当に、太陽の方なのでしょうか?」
セランは棒立ちになって絶句した。
そして棒立ちになって、女の両肩を掴みがしがしと揺すった。
「私もっ!私もですっっ!!それでこの道に進んだんです。そして観察と計算を細かくしていくと、やっぱりこちらが回っているらしい。けれど皆、端から信じてくれない。けれども貴女は違った!同士ですっ!そして最初の理解者ですっ!!」
叫び続けて苦しくなり、勢いよく息を吸うと、飴が気管に入りかかった。
咳き込みながら我に返る。
「すみません。嬉しくって、つい。それにしても今日は良い日です」
セランが満面の笑みで女を見た。
女も笑顔で返す。
「先を急ぎませんか?」
「あ、それもすみません」
再び二人で歩き出す。
「あと二つの長所は何ですか?」
「リュートの弾き語りと・・・ええっ?!リュートが無い!!」
「高そうだと言って、盗っていきました。すみません、後で取り返します」
「とんでもない。それに別に構いません。ただ、貴女に聞いて頂けないのが残念です。では歌だけでも」
セランは思い切り息を吸い込んだ。
「まだ家がぽつぽつあります」
セランは大きく開けた口を、素直に閉じた。
「私も残念ですが又の機会に。もう一つの長所は?」
セランは珍しく苦笑した。
「顔です。無駄に美男だと言われています」
「無駄?なぜでしょう。美しいものは、神の庭を垣間見せてくれます。美しいというだけで、有り余る価値があると、私は思います」
再び足を止めたセランの、視線が女から外れない。
「貴女は、貴女は、貴女は、もうっ!やっぱり歌いたいです。私は!」
女も足を止めて振り向いた。
赤毛が波打って、月光を弾く。
「貴女は、炎だ」
セランは続けた。
「ただ、ひたすらに美しい。ああ、大切なことを言い忘れていました」
そしてひざまずき、女の手を取った。
「私と結婚して下さい」
…………………………………………………………………………
セランは義母を真似て、この月夜の海を、小さなタペストリーにしました。
大きな月が、女の白い頬を照らしていた。
黒い筈の夜の海も、少し明るく見える。
見惚れながらも、会話は出来るものだと、セランは知った。
「はい。彼女に逆らえる者は、屋敷にいません。いつもお菓子と一緒に、小さなバッグに詰めてくれます。今日も、その袋と財布だけを持って、宿から出たところでした。そういえば、そのお菓子があります。いかがですか?」
そう言いながら、女は中指程の紙包みを差し出した。
「有難うございます。いただきます」
それは甘く、香辛料の香りと僅かな辛味が、食欲をそそった。
「美味しいです!」
「それは良かった。もう一ついかがですか?」
女が微笑みながら、差し出す。
「いえ、うっかり頂いてしまいましたが、まずは貴女が」
「大丈夫。まだ五、六本あります。それとも飴にしますか?」
「では、飴を」
飴を口に放り込むと、香ばしさが鼻に抜けた。
「何も盗られなかったのですか?」
「割符と、金貨を。ですが問題ありません」
どうして問題ないのか気にはなったが、他にも聞きたいことは山程あった。
「どうして場所が分かったのですか?」
「方角は体感で、時間は脈で、速さは馬車の音から。そしてこの方面で、洞窟を倉庫にしている集落は、一つですから」
「気を失ってたのではないのですか?」
「ふりです」
「手足は自由だったのですか?」
「手の間接を外しました」
何だか返事を聞く度に、新たな疑問が湧いて来るようだ。
「さっきから迷わず歩いていますが、それも身体で覚えているのですか?」
「はい。それを記憶の中の地図と、星と照らし合わせています」
「星を読めるのですね。私もです。天文を研究しています」
「天文で思い出しました。子供の頃から不思議に思っていることがあるのですが」
セランの目が明らかに輝いた。
「何でも聞いて下さい!全力でお答えします。私の三つある取り柄の一つです」
「有難うございます。どうも腑に落ちないのです。大船と小舟を繋げば、振り回されるのは小舟の方です。太陽は昼夜も四季も司る。その力は大変なものの筈。回っているのは本当に、太陽の方なのでしょうか?」
セランは棒立ちになって絶句した。
そして棒立ちになって、女の両肩を掴みがしがしと揺すった。
「私もっ!私もですっっ!!それでこの道に進んだんです。そして観察と計算を細かくしていくと、やっぱりこちらが回っているらしい。けれど皆、端から信じてくれない。けれども貴女は違った!同士ですっ!そして最初の理解者ですっ!!」
叫び続けて苦しくなり、勢いよく息を吸うと、飴が気管に入りかかった。
咳き込みながら我に返る。
「すみません。嬉しくって、つい。それにしても今日は良い日です」
セランが満面の笑みで女を見た。
女も笑顔で返す。
「先を急ぎませんか?」
「あ、それもすみません」
再び二人で歩き出す。
「あと二つの長所は何ですか?」
「リュートの弾き語りと・・・ええっ?!リュートが無い!!」
「高そうだと言って、盗っていきました。すみません、後で取り返します」
「とんでもない。それに別に構いません。ただ、貴女に聞いて頂けないのが残念です。では歌だけでも」
セランは思い切り息を吸い込んだ。
「まだ家がぽつぽつあります」
セランは大きく開けた口を、素直に閉じた。
「私も残念ですが又の機会に。もう一つの長所は?」
セランは珍しく苦笑した。
「顔です。無駄に美男だと言われています」
「無駄?なぜでしょう。美しいものは、神の庭を垣間見せてくれます。美しいというだけで、有り余る価値があると、私は思います」
再び足を止めたセランの、視線が女から外れない。
「貴女は、貴女は、貴女は、もうっ!やっぱり歌いたいです。私は!」
女も足を止めて振り向いた。
赤毛が波打って、月光を弾く。
「貴女は、炎だ」
セランは続けた。
「ただ、ひたすらに美しい。ああ、大切なことを言い忘れていました」
そしてひざまずき、女の手を取った。
「私と結婚して下さい」
…………………………………………………………………………
セランは義母を真似て、この月夜の海を、小さなタペストリーにしました。
材料
表布 26cm×26cm
裏布 32cm×32cm
貼る布 適量
貼る糸 適量
布用接着剤
糸
道具
ピンセット
爪楊枝
ハサミ
ミシン
1 裏布の角を、1cm×1cm切り落とす。
2 表布と裏布を合わせ、裏布の四辺を表布に被せるように二回折り、ミシンで押さえる。
3 布と糸を、好きに切って、貼る。
私は織りの粗い化繊を使用したので、布用接着剤が使えず、ボンドを使用しました。
目のつまった、天然素材の使用を、お勧めします。
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