砂漠に入ると自然に皆、無口になる。
風は熱く、容赦なく水分を奪っていく。
代わりに運んでくるのは、舞い上げた細かい砂粒だ。
太陽が頭上を過ぎてしばらくすると、先頭でラクダを引くムンが、口を開いた。
《砂山が動くとは聞いたが、行きと違う気がする。このラクダは本当に、道を知ってるか?》
ルージュサンが、少し顔を上げて答える。
《この子、ベイが使うのは、井戸を通る道だからでしょう。一般の客には井戸を通らないラクダを売るのです》
オグが首を右に傾けた。
《井戸は絶対に使うなと、オバニに言われた》
沈黙に飽きたセランが喜んで答える。
《井戸は部族の命綱ですからね。水を盗めば首を跳ねられても文句は言えないそうです。あ、首が取れたらもう何も言えないか!》
自分の言葉にセランが快活に笑った。
フードから覗く銀髪が、ひんやりと見える程の爽やかさだ。
《井戸の近くには首が転がってるのか》
オグが眉をしかめた。
《首は見せしめに飾るんじゃないかな?転がるのは胴体の方でしょう。まあそれも砂漠狼か何かが運んで行ったら残らないか。ねえ、どうなの?》
セランがルージュサンをみる。
《最近は手首で済ませる部族が多いようです》
《ウニは何でそんな所を通らせようとするんだ?》
《その井戸を、私が使えるからです》
《お前は部族の出なのか?》
《私は嫁ぐ迄貿易商をしていたこともあって、知人が多いのです。この先の井戸を持っているダダ族も、私を友人として扱ってくれています》
《またか。他に隠し事はないんだろうな》
《ウニが知人だと教えなかったのは、貴方が私の話を自分で確かめると言ったからです。知人だと知っていれば、ウニはそれを察して、通常の対応をしなかったでしょう》
《理屈はどこにでも付くって言うよな》
吐き捨てるようにオグか言う。
《知りたいことがあれば、聞いて下さい。差し支えないことは答えます》
ルージュサンに気を悪くした様子は無い。
《お前のことなんてどうでもいい》
オグはそう言って前を向いた。
《えっ?僕は知りたいです。貴方のことも村のことも》
セランは意外そうだ。
《俺には話す程のことは無い》
《村のことはどうですか?》
《村は・・・》
オグの口調が和らいだ。
《冬は長く、夏は短い。山は深くて豊かだ。冬は雪に降り込められるが、お陰で水が不足したことはない。そして時々、空に見事な光の襞が出来る》
《春はどうなんですか?》
《短いが少ししかない訳じゃない。雪の下に芽が出てきたかと思うと、あっという間に色んな木々が花を付ける。密度が高いんだ。人が生きていくのに、必要なものが全て揃っている。だから俺達は<全ての村>と呼ぶんだ》
《そうなんですね。秋の話も聞かせて下さい》
《秋が来ると、すぐ冬だ・・・》
オグは懐かしそうに故郷の話を続けた。
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