ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語・バックヤードー真意

2021-07-09 21:40:59 | 大人の童話
 十日後、フレイアは庭で遊びに興じていた。
 持ち手がついた板で、毛を押し固め皮を被せた打ち合う、サス国で親しまれている球技だ。
 男装ではあるが、上着の丈は長く、鮮やかな花柄だ。
 軽快なラリーの合間合間に、フレイアは右奥の木陰に目を向ける。
 椅子で観戦しているケダフが、その度に軟らかい笑みを返すからだ。
 太陽と風と愛情。
 全てを身体いっぱに感じて走り、打つ喜び。
 フレイアは満ち足りていた。
 お茶の時間が告げられると、フレイアが対戦していた侍従に礼を言い、遊びは終わりになった。
木陰に駆け寄るフレイアを、ケダフが立って拍手で迎える。
「素晴らしい!貴女が館一番の名手だなんて、思ってもみなかった」
「いいえ、彼はまだ少し遠慮しています。私は二番か三番です」
フレイアが笑顔で返す。
「二番は分かるが、三番とは?」
「まだ貴方の腕前を、拝見していません」
 ケダフが苦笑した。
「私はもう年だ。それより今度、馬場に行こう」
フレイアの踵が思わず上がった。「本当に?凄く楽しみです!」
「こんなに喜んで貰えるなら、もっと早く行けば良かった」
「乗馬は、いえ乗馬も得意です」
フレイアが澄まし顔で言った。「ケダフ様もお好きなんですか?」
「いや、私は貴女の勇姿に見とれる予定だ」
「それは・・・残念です」
 少しうなだれたフレイアの頭に、ケダフが優しく右手を乗せた。

「ユリア、貴女はいつからケダフ様を知っているの?」
ユリアは花を活ける手を止めて、フレイアを見た。
「庭師の父に付いて来ていたので、十二の頃からです」
 初めて会った時から、ケダフはユリアを気に入って、やがて侍女にした。
 妹のように可愛がるのは、十年経った今でも変わらない。
「私には具合が悪そうに見えるのだけど、違うと言うのよ。貴女はどう思う?」
 フレイアは首を傾げた。
「そうですね。機会があったら、私からも伺ってみます」
「有難う。宜しくね」
 フレイアが微笑む。
 ー花のようだー
 ユリアは思った。
 初めの頃はもっと凛々しく、力強かった。
 話し方から仕草まで。
 この女性はケダフ様に変えられたのだ。
 ケダフ様は、この美しい女性を愛していたのだ。
 ずっと。
 嫉妬の時は過ぎた。
 幼い恋心は、諦めと感嘆に変わった。

 山の木がちらほらと色付く頃、ケダフが倒れた。 
 ケダフの手を、震えながら両手で握りしめるフレイアを見て、ケダフは隠すことを諦めた。
「母の血統に、たまに出るんだ。四十過ぎで力が入りにくくなって、徐々に進んでいく。だから母が同じ二番目の姉も、好きな相手と結婚出来た」
 少し苦しい息で、ケダフが続ける。
「私は貴女が重荷から解き放たれて、相応しい誰かと幸せになることを祈ってきた。けれどその気配は無かった。だから思い切って縁談を持ち掛けたんだ。貴女は自分で荷を下ろしてから、私の所に来たけれど」
「そうですとも。だから長生きして下さい」
 ケダフが小さく笑い、フレイアの手を握り返した。
「私には貴女をもっと自由にする、奥の手があるんだ」
 それが何を指すのか見当がついてしまい、フレイアは激しく、首を横に振った。

 その日から半年足らずでケダフは逝った。
 夫に先立たれた王族の妃は、寺院で喪に服し、一生を終えるのが習わしだ。
 けれど『白い結婚』の場合は、一年喪に服した後、使用人を一人付け、持参金とともに国を出されるのだ。
 付いていくのは、本人のたっての希望でユリアに決まった。

「お姉様、御機嫌いかがですか?」
 ルージュサンは驚いた。
 扉を開けたらフレイアが立っていたからだ。
 後ろにはナザルと、見たことが無い女だ。
「溜め息も出ないほど、美しいお義兄様はどこ?いえ、その前に、双子の姪っこ達かしら」
「セランは書斎で仕事です。オパールとトパーズはそこの居間でお昼寝を」
 ルージュサンは首を捻った。
 フレイアはこんな性格だっただろうか、以前と大分違う気がする。
「ではまず居間だわ。ここね?」
 フレイアは話しながら進み、扉を開けた。
 急ぎながら摺り足でソファーに近寄る。
「これは可愛い!可愛いにも程があるわ!二人もいたら大変でしょう?私が一人貰ってあげる」
「まだ乳を飲んでいます」
「こんなに可愛い寝顔を見れば、乳の一つ二つ出るでしょう。確か知り合いの犬もそうだった」
 やはり変わった、変わり過ぎだ。
 ルージュサンはその変化を確信した。
 話し声を聞いて、セランが下りて来た。
 ルージュサンとフレイアが同時に振り向く。
「やあフレイア様!いらっしゃい。これは、ルージュサンが二人いるようだ」
 どちらかというと、セランが二人ではないか。
 ルージュサンは先が思いやられた。
 でも何とかなるだろうと、思い直した。
 全く何が起こるか分かりはしない。
 だから人生は楽しいのだ。

ー完ー


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