「昔、村長の息子の嫁が、不貞をしたと村を追われた。残された娘は継母に苛められ、冬の山に入って居なくなった。一年後、その事を聞いた母が血眼で娘を捜し、山の神に返してもらった。その時、神が約束をさせたのだ。娘には山の気が入り過ぎたので、娘の男系男子にはその気が凝って、百二十年に一度、神の子が生まれる。その子が十二歳になった年の春の祭りには、その子も捧げるように。そして皆が歌を終えた後、その子に近い女が一人残って、力の限り歌うように。その歌が終わったら、女を里に下ろすように、と。その言葉通り、村には百二十年毎に神の子が生まれた。けれど捧げる筈の神の子が、今年は村にいない。
だから私達は旅に出た。その血筋の男が数人、この百年で村を出ていたからだ。今まで、どこにもそれらしい者はいなかった。ここで最後だ」
あまり流暢ではないオグの言葉に耳を傾けた後、セランが聞いた。
「神の子って、どんな子なんですか?」
「容姿が極めて美しい。眠れば傷が癒える。人の未来が見える。その子によって、人に聞こえないものが聞こえたり、鳥と話せたり、盲目だったりもする。後は、皆、中身は幼いままで、分別がない」
「じゃあ僕も違います。歳は三十六だし、一晩で治るのは指の骨折程度だし、未来なんて見えないし、特別な人の額に第三の目が見える位で、何より十分に分別のある大人です」
ムン以外の全員が、呆れ顔でセランを見る。
オグに通訳されて、ムンは難しい顔で呟いた。
《やはり、この男しかいない。でも、何故だ》
《あくまで私の仮説ですが》
ルージュサンがムンの独り言を拾った。
《十三年前にローシェンナとバルシュ=コラッドが出会った時、常ならぬ衝撃を感じたそうです。本来その時に神の子を授かる筈が、既にバルシュと前妻との間にセランがいて、神の気が不十分に入ってしまっていた。もしくはローシェンナの娘とセランが出会う筈だったけれど、娘は既に嫁いでしまっていた。このどちらかだと思います。ローシェンナの祖父が村の出であることを勘案すると、村の血が拡散してしまったことによるズレかもしれません》
ローシェンナと子供達に通訳をしてから、セランが聞いた。
《神の子がいないなら、いつも通りの祭りをすればいいんじゃないの?》
《その年が近づくと山が荒れ、冬が長くなる。今回は特に酷い。近くの村でも、山で死人が出てる。このままでは飢饉になるだろう》
ムンは言葉を切り、セランを探るように見た。
《成長した神の子に会った話も多い。皆、幸せだったようだ。歌い続ける女も、全員無事に山を下ろされる。ただ今回は、いつもとは違う。どうなるか分からない。だから我々は来て欲しいとしか言えない》
《それらしいのは僕しかいないんですね》
《そうだ》
《じゃ、僕らが行くしかないですね。ね?ルージュサン》
セランがルージュサンを見て、にっこりと笑った。
「有難う。セラン」
ルージュサンも蕩けるような笑みを返す。
辺りに光の輪が飛び交うような美しさだ。
《と、いうことで、僕とルージュサンが行きます。詳しい話を聞かせて下さい》
「お待ちになって!!」
廊下への扉がバタンと開いた。
「子供達とフィオーレを置いて、どこに行くとおっしゃるの?命に関わることなら、代わりにわたくしが参ります!」
フレイアだった。
仁王立ちで腰に両手を当てている。
後ろでユリアが、引き止めようとした右手を虚しく下げた。
「こんなに似ている姉妹ですもの。AとA'ぐらいのものですわ。人前で歌ったことは無いけれど、歌声もきっとそっくりです」
セランと子供達は口を開け、ユリアはそっと目を逸らした。
「有難うフレイア。けれどセランに近いのは、やはり私ですから」
ルージュサンは冷静だった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます