ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-エバ

2022-06-10 22:16:27 | 大人の童話
 一行と別れたエバは、南の町に向かった。
 母の姉が嫁いだ農場を訪ねるのだ。
 隣には侍女だったイーニャの父。
 手燭が頼りの夜道も、怖くは無かった。
-絵空事のような半日だった-
 エバは足元に気を付けながらも、午後からの出来事を思い出していた。
 使いに出たイーニャがなかなか戻らず、気を揉んでいると、赤毛の女性を連れて帰ってきたのだ。
 満ち溢れた力が、黄金色に輝いて見えたその人は、ルージュサンと名乗った。
 そしてイーニャが『贄の妻』になるつもりだったと、教えてくれたのだ。
 それを聞いて私は、イーニャと初めての喧嘩をした。
 声の大きさこそ抑えていたけれど、罵り合いの大喧嘩だ。
 イーニャは彼女の母親が出した火事が元で、私が母を失ったことを気に病んでいた。
 隠れ鬼をしたままクローゼットで眠ってしまった私を探し回ったせいで、イーニャの母親が亡くなったことを、私が悔やんでいたように。
 イーニャの気持ちを知って、私は生きないことを止めた。
 私の婚礼が決まった時、伯母が訪ねてきて言ったのだ。
「もしもの時、覚悟があったらこれを使いなさい。私の農場に来れば、こき使うけど自由はあるわ」
 そして小瓶を二つ渡された。
 眠り薬と、体の働きが極端に落ちる毒だ。
 夫とは疎遠だった。
 けれどイーニャの母親とその家族への償いの為に、使わないつもりだったそれを、使うことにしたのだ。
 打ち合わせはすぐに済み、後は計画通りに進めるだけだった。
 私は棺入りの服に着替えて、棺入りの毒の代わりに小瓶の毒を飲んだ。
 私は棺に納められ、夜更けにはイーニャが寝ずの番の男に出すお茶に、眠り薬を盛って裏の塀から螢石を投げる手筈だ。
 予定通り棺の中で目覚めた私は、途端に死臭で噎せそうになった。
 私はそれを、夫への裏切りの罰だと感じた。
 孫に近い年齢の自分を、お金で買うように後妻にした夫は、固太りで脂ぎり、見るからに精力的だった。
 けれど婚礼の夜、緊張で失神した私に『十五になるまで待とう』と、言ってくれたのだ。
 以来夫は私を遠ざけ、婚家は針のむしろだった。
 そして夫は突然逝った。
 だからこれが二人で過ごす、最初で最後の夜だった。
 そう気付くと厳粛な気分になり、時はゆっくりと、そして一瞬に過ぎた。
 紐を解く音に我に帰ると、やがて棺の蓋が開かれた。
 音を立てぬよう棺から這い出し、死臭の上に喪服を纏うと、男の声が聞こえた。
 寝ずの番の男が、予定より速く目覚めたのだ。
 私は棺に取りすがるふりをして、紐を絞めては後ろに下がる、を繰り返した。
 全ての紐を絞め終わり振り向くと、ルージュサンの舞が終わるところだった。
 彼女が両腕を高く掲げた時、空気の淀みを巻き込んで、天高く解き放ったのだ。
 棺からも、もやのようなものが滲み出して、それに導かれるように一体となり、天へと昇った。
 その時私に染み付いた死臭が、芳しい花の香りに変わったのだ。
-私は愛されていた-
 それは突然襲ってきた。
 確信さえも及ばない、事実としてただあった。
-私は赦されている-
 それも同時に、ただ事実としてそこにあった。
 込み上げる歓びと供に屋敷を出ると、イーニャの実家で旅姿に着替えた。
 イーニャの父親は私を恨むどころか優しく出迎え、伯母の農場まで送ってくれるというのだ。
 旅人達も又、優しかった。
 度を越した親切も、優しさから来るものなのだろう。
 言葉を失うほど美しかったり、華やかだったり、無口だったり、ぶっきらぼうだったりしたけれど。
 その目の暖かさは同じたった。
 二度と会うことは叶わないだろうけれど、魅力的な人達だった。
 イーニャはどうだろう。
 彼女のお陰で、母の居ない実家でも、冷ややかな婚家でも、笑って過ごせた。
 再び人生を重ねることが出来たら嬉しい。
 足元が疎かになり、エバは小石に躓いた。
 とっさにイーニャの父親が、二の腕を掴んでくれる。
 布越しのその掌も、エバには温かく感じられた。



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