ナザルが何度か泊まった宿に入ると、女将が愛想よく出迎えた。
「ようこそナザルさん。これはまた美しいお連れ様方ですね」
途端にセランが前に出る。
「そうでしょう。素晴らしいでしょう!彼女の美しさを異国で語り合えるなんて!僕は幸せです」
満面の笑みに、女将が笑顔で返す。ベテランだ。
「私は犬と一緒に、厩で寝たいんですが」
ルージュサンの希望に、ナザルが慌てた。
「止めて下さい!フィオーレが心配なら俺るが一緒に寝ます!」
セランも口を出す。
「ルージュサンが厩で寝るなら、僕も一緒に寝ます!」
「「それは駄目です」」
二人の声が揃った。
「セランの寝相では、馬も犬もびくびくして寝ていられません」
「え?船の上だけじゃないんですか?」
「残念だが違う。あれは酷い」
「ですから私が」
「貴女一人、馬小屋に寝かせられますか」
「まさか、二人で寝るつもりじゃないでしょうね!?」
女将がパンパンと手を叩いた。
「厩を二区切り、続きで用意しましょう。片方には大きな木箱を一つ、縄付きで。それでよろしいですか?」
三人に異存は無かった。
フィオーレは厩に入れられ、主が餌を持ってきた。
ルージュサンは屈み込み、フィオーレに何かを囁いた。
そして肉を少し噛み千切り、その残りと水をフィオーレの前に置いた。
「フィオーレ。食べなさい」
そして静かにその場を離れた。
夕食を終えて厩に戻ると、水が少し減っていた。
「水を飲みましたか。良い子だ!フィオーレ」
「それは凄い!頑張ったな。フィオーレ」
「やっぱり賢い。凄いです!フィオーレ」
三人で誉めそやし、隣の仕切りに入る。
そこには清潔な藁が、山程積み上げられていた。
中央には棺より少し幅広い木箱も、藁が詰められ、置いてあった。
「良い宿ですね」
ルージュサンが感心する。
「お気に召して良かったです」
「僕は棺に入る前に」
セランが藁の山に飛び込む。
ルージュサンもその横に飛び乗る。
「ああ、良い匂い」
太陽と藁の匂いを胸一杯に吸い込んで、仰向けになった。
「サンという友人に聞いてから、憧れていたんです。彼のお供は牛でしたが」
ナザルがクスクス笑い出す。
「二人とも、子供のようです」
「大人だから子供になれるんです」
「そうです、そうです。ナザルさんもどうぞ」
二人がニコニコナザル誘う。
「じゃあ俺は、仰向けで」
ナザルが腰を下ろし、躊躇いながら仰向けになる。
「勢いが足りません」
セランが笑いながら顔を出し、リュートを抱えた。
柔らかな声に乗せられ、旋律は辺りを風のように揺らす。
子供時代の、幸せで懐かしい歌だ。
人も馬も、犬も。ゆったりと身を任せるばかりだ。
引く波を惜しむように、歌の余韻を味わいながら、ナザルが言った。
「なんて心地よい。いつまでも聞いていたい」
「聞きながらの昼寝は、最高でした」
ルージュサンが請け負う。
「そうだろうね。でも残念ながら」
ナザルが木箱を見る。
「はい。入ります」
セランがさっさと木箱に入り、胸で手を組む。
「お願いします。ルージュサン」
「はい」
ルージュサンが、慣れた手付きで縄を渡す。
「僕は今、貴女の愛で・・・・あ、そうだ!」
セランが起き上がろうとして、縄に当たり、頭が藁に沈んだ。
「ああっ、痛くない!。ナザルさん、本当に素敵な宿ですね」
「そうでしょう。ところで何か思い付かれたんですか?」
「そうでした。そうでした。ルージュサンが『船乗りの子守唄』を船で歌ってくれたんです。ナザルさんにも歌ってあげたらどうですか?」
「それは、ぜひ聞きたいですが・・・」
「では、違う子守唄を」
一瞬戸惑ったルージュサンを、ナザルが少し面白そうに見た。
ルージュサンの歌が、低く、静かに滑り出す。
そして高く、また低く、眩い光の粒子の河が、悠然と、豊かに広がり、全てを慰撫し、また、降り注ぐ。
光の粒が、産み出されることを止めても、その輝きは当たり一面に、そして身体中に残っているようだった。
その日、馬小屋にいた者達は、皆、豊かな眠りに着いた。
穏やかな希望に、満ち満ちて。
こんな朝は、久しぶりだ。
体が軽く、力に満ちている。
馬は起きているが、人間は眠っている。
不思議な人間達だった。
優しく強い腕と、不思議な声を持っていた。
そのうち人間達が起き出し、一番小さな人間が、また、耳慣れない言葉を囁くと、水と肉を替えていった。
飲んでいい。食らっていい。
もう良いのだと、体が知らせる。
けれど腸は怒りに焼かれたままだ。
水だけ飲んだ。
また、人間達がやって来て、私を褒めた。
そして歩かされ、やがて一番大きな人間に、私は任された。
明るい日射しの中、私は広い草地に着いた。
沢山の馬達と、私と同じ種のもの達が、走っていた。
指示する人間を、信頼している。
かつての私のように。
その人間に、私は引き渡された。
私はここで暮らすのだろうか。
そして自由になるのだろうか。私を苛むこの炎から。
あのもの達と同じように。かつての私と同じように。
人間を信じて。
「ようこそナザルさん。これはまた美しいお連れ様方ですね」
途端にセランが前に出る。
「そうでしょう。素晴らしいでしょう!彼女の美しさを異国で語り合えるなんて!僕は幸せです」
満面の笑みに、女将が笑顔で返す。ベテランだ。
「私は犬と一緒に、厩で寝たいんですが」
ルージュサンの希望に、ナザルが慌てた。
「止めて下さい!フィオーレが心配なら俺るが一緒に寝ます!」
セランも口を出す。
「ルージュサンが厩で寝るなら、僕も一緒に寝ます!」
「「それは駄目です」」
二人の声が揃った。
「セランの寝相では、馬も犬もびくびくして寝ていられません」
「え?船の上だけじゃないんですか?」
「残念だが違う。あれは酷い」
「ですから私が」
「貴女一人、馬小屋に寝かせられますか」
「まさか、二人で寝るつもりじゃないでしょうね!?」
女将がパンパンと手を叩いた。
「厩を二区切り、続きで用意しましょう。片方には大きな木箱を一つ、縄付きで。それでよろしいですか?」
三人に異存は無かった。
フィオーレは厩に入れられ、主が餌を持ってきた。
ルージュサンは屈み込み、フィオーレに何かを囁いた。
そして肉を少し噛み千切り、その残りと水をフィオーレの前に置いた。
「フィオーレ。食べなさい」
そして静かにその場を離れた。
夕食を終えて厩に戻ると、水が少し減っていた。
「水を飲みましたか。良い子だ!フィオーレ」
「それは凄い!頑張ったな。フィオーレ」
「やっぱり賢い。凄いです!フィオーレ」
三人で誉めそやし、隣の仕切りに入る。
そこには清潔な藁が、山程積み上げられていた。
中央には棺より少し幅広い木箱も、藁が詰められ、置いてあった。
「良い宿ですね」
ルージュサンが感心する。
「お気に召して良かったです」
「僕は棺に入る前に」
セランが藁の山に飛び込む。
ルージュサンもその横に飛び乗る。
「ああ、良い匂い」
太陽と藁の匂いを胸一杯に吸い込んで、仰向けになった。
「サンという友人に聞いてから、憧れていたんです。彼のお供は牛でしたが」
ナザルがクスクス笑い出す。
「二人とも、子供のようです」
「大人だから子供になれるんです」
「そうです、そうです。ナザルさんもどうぞ」
二人がニコニコナザル誘う。
「じゃあ俺は、仰向けで」
ナザルが腰を下ろし、躊躇いながら仰向けになる。
「勢いが足りません」
セランが笑いながら顔を出し、リュートを抱えた。
柔らかな声に乗せられ、旋律は辺りを風のように揺らす。
子供時代の、幸せで懐かしい歌だ。
人も馬も、犬も。ゆったりと身を任せるばかりだ。
引く波を惜しむように、歌の余韻を味わいながら、ナザルが言った。
「なんて心地よい。いつまでも聞いていたい」
「聞きながらの昼寝は、最高でした」
ルージュサンが請け負う。
「そうだろうね。でも残念ながら」
ナザルが木箱を見る。
「はい。入ります」
セランがさっさと木箱に入り、胸で手を組む。
「お願いします。ルージュサン」
「はい」
ルージュサンが、慣れた手付きで縄を渡す。
「僕は今、貴女の愛で・・・・あ、そうだ!」
セランが起き上がろうとして、縄に当たり、頭が藁に沈んだ。
「ああっ、痛くない!。ナザルさん、本当に素敵な宿ですね」
「そうでしょう。ところで何か思い付かれたんですか?」
「そうでした。そうでした。ルージュサンが『船乗りの子守唄』を船で歌ってくれたんです。ナザルさんにも歌ってあげたらどうですか?」
「それは、ぜひ聞きたいですが・・・」
「では、違う子守唄を」
一瞬戸惑ったルージュサンを、ナザルが少し面白そうに見た。
ルージュサンの歌が、低く、静かに滑り出す。
そして高く、また低く、眩い光の粒子の河が、悠然と、豊かに広がり、全てを慰撫し、また、降り注ぐ。
光の粒が、産み出されることを止めても、その輝きは当たり一面に、そして身体中に残っているようだった。
その日、馬小屋にいた者達は、皆、豊かな眠りに着いた。
穏やかな希望に、満ち満ちて。
こんな朝は、久しぶりだ。
体が軽く、力に満ちている。
馬は起きているが、人間は眠っている。
不思議な人間達だった。
優しく強い腕と、不思議な声を持っていた。
そのうち人間達が起き出し、一番小さな人間が、また、耳慣れない言葉を囁くと、水と肉を替えていった。
飲んでいい。食らっていい。
もう良いのだと、体が知らせる。
けれど腸は怒りに焼かれたままだ。
水だけ飲んだ。
また、人間達がやって来て、私を褒めた。
そして歩かされ、やがて一番大きな人間に、私は任された。
明るい日射しの中、私は広い草地に着いた。
沢山の馬達と、私と同じ種のもの達が、走っていた。
指示する人間を、信頼している。
かつての私のように。
その人間に、私は引き渡された。
私はここで暮らすのだろうか。
そして自由になるのだろうか。私を苛むこの炎から。
あのもの達と同じように。かつての私と同じように。
人間を信じて。
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