スーパーへの道すがら
独り暮らしの身なので、週に2度ほど近くのスーパーへ出掛ける。たいていは自転車で。正午少し前くらいの時間帯が多い。
<食パンとバター、牛乳、豚肉と豆腐、何か刺身類を適当に。タンパク質ばかりだナ。ええと、それに納豆、長ネギ、キュウリ、トマト、あればリンゴ。そうそう、カリントウも。あとは葡萄酒か・・>
歳をとるとモノ忘れが多くなる。自宅へ帰り着いた途端に、買い忘れた品々に気づく、なあーんてのは毎度のこと。そこでスーパーへの道すがら、その日買うべき品をブツブツつぶやいては確認する。最低限必要なものばかりで、実際に買う品々は倍の量だ。
この時間帯にスーパーへ行く人は多いようで、客には当方と同じく70歳を超えたぐらいの人の姿も目立つ。スーパーに近づくにつれ幾台かの、帰りの自転車とすれ違う。ある日、やはり自転車ですれ違った同年配のご婦人が、筆者を見てクスリと笑い、顔を伏せた(ように見えた)。こういう笑い方は気になる。当方のブツブツの意味を察してのことだろうか。ご婦人自身、同じように、つぷやいているのかもしれない。
スーパーの入り口で
自転車を駐輪場にとめ、入り口で買い物かごを取り、両の手を消毒する。入り口のドア付近には例によって<間隔をとってお買い物を!><マスクの着用をお願いします.><手の消毒をお願いします>の「3つのお願い」の張り紙。
「どうぞ・・」
消毒の順番を待つ若いお母さんに、振り返って言った。ところが、お母さんは当方を見て、ビックリしたような顔になった。そして、やはり目を伏せた。乱暴者を恐れて視線を合わせまいとするような、そんな目のそらせ方だった。
「ん?」
顔に何か付いているのだろうか。かごを左手に持ち替え、右手で顔を撫(な)でる。飯粒か何かが顔に付いている、というわけではなかった。それなら、なぜ若いお母さんは当方を見て驚いたのだろう。
精肉コーナーで
特売の玉子とカリントウをかごに入れ、納豆と豆腐、長ネギとキュウリ、トマトも入れた。肉売り場で豚肉のロース身とロース身の味噌漬けを物色していると、精肉コーナーの先客らしき40年配のお母さんが、ゆっくりこちらを見て、慌ててどこかへ去った。当方を避けているような態度だ。どうもヘンな日である。世間の注目を一身に集めているかの如き気分。コロナ禍対策でどの客も顔をマスクで覆ってはいたが、それでも表情の急な変化は、はっきり見てとれた。マッタク、どうしたのか!
不審が消えぬまま鮮魚コーナーでカツオを買う。現役の記者だった頃、高知市へ出張したおりに空港レストランで昼食に食べた、ニンニク醤油のカツオの刺身が忘れられない。食後そのままタクシーで取材相手の郷土史家サン宅へ直行すると、部屋へ案内された途端にニヤリと笑われた。
「臭いますか?」
「すぐ分かります。でも私も土佐の人間ですから、カツオの刺身はニンニク醤油で食べます。ええ、昼間から食べますよ。だから気になさらないでください」
郷土史家サンは、おおらかに言ってくれた。そんなことを思い出しながら、青果コーナーに戻ってニンニク玉を買い足した。
店長サンも
さて必要なものは買い終わったかな、こんなものかな、と思ったところで、先ほど精肉コーナーから逃げるように去った40年配のお母さんが、急ぎ足で戻って来た。気のせいか怒り顔だ。お母さんの背後から、ネクタイ姿の店長サンらしき男性が、血相変えて(いるように見えた)やって来た。何だなんだ、なにが起きたのか。それもコトはこの自分に関わりがあるらしい!
「何か御用ですか?」
先導の(?)お母さんに声を掛けようとして思いとどまった。お母さんは当方の顔を一瞥(いちべつ)したものの、そのまま通り過ぎてしまったからだ。後続の店長サン(?)も、こちらの顔と買い物かごの中身をチラリと見はしたが、急ぎ足で行き過ぎた。何だ、当方に用事ではなかったのか。しかし、そう思ったのも一瞬のこと。2人は離れた所から振り返り、しきりに何か言葉を交わしていた。
マッタクおかしな日だ。不可解・・。だが、もう、これ以上は気にしないことにした。自分に関わりのあることか、それとも気のせいか。理由が分かったところで、いや分からぬままでも、天下国家がくしゃみするほどの問題ではあり得ない。この身の一大事というわけでもないはずだ。しょせん顔にハナクソが付いたままだとか、付いていた飯粒がポロリと落ちたとか、その程度のことに過ぎまい。そう考えてレジに向かった。レジの女性もチラリと当方を見た(ように思えた)が、今度はこちらが視線をそらせた。
帰り着いてナットク
帰りのペダルを漕ぎながら、ブツブツとつぶやき、買い忘れたものがないかを確認した。大丈夫、買い忘れはない。いつもと違うことが起きると、そちらに気をとられて失念しがちだが、それが無かったのだから立派なものだ。ほんの時たまながらブログを書き、認知症の予防にと心がけている。少しは効果があるのかもしれない。
やれやれ、と自宅の玄関前に自転車をとめた。買って来た品々を台所へ運び、水を飲むため顔のマスクを外した。いや、外そうとした。あれ? アレレレ? レレレレレッ! マスクが顔にない。マスクを着けず家を出て自転車を漕ぎ、スーパーで買い物をして来たことに、やっと気づいた。
<まッ、生来のアワテモノだから、こんなこともあるだろう。ボケと関係づけて考える必要もあるまい! しかし、飯粒でも付いているかと手で顔を撫でた時に、なぜマスクをしていないことに気づかなかったのか・・>
思わず、また、つぶやいてしまった。
独り暮らしの身なので、週に2度ほど近くのスーパーへ出掛ける。たいていは自転車で。正午少し前くらいの時間帯が多い。
<食パンとバター、牛乳、豚肉と豆腐、何か刺身類を適当に。タンパク質ばかりだナ。ええと、それに納豆、長ネギ、キュウリ、トマト、あればリンゴ。そうそう、カリントウも。あとは葡萄酒か・・>
歳をとるとモノ忘れが多くなる。自宅へ帰り着いた途端に、買い忘れた品々に気づく、なあーんてのは毎度のこと。そこでスーパーへの道すがら、その日買うべき品をブツブツつぶやいては確認する。最低限必要なものばかりで、実際に買う品々は倍の量だ。
この時間帯にスーパーへ行く人は多いようで、客には当方と同じく70歳を超えたぐらいの人の姿も目立つ。スーパーに近づくにつれ幾台かの、帰りの自転車とすれ違う。ある日、やはり自転車ですれ違った同年配のご婦人が、筆者を見てクスリと笑い、顔を伏せた(ように見えた)。こういう笑い方は気になる。当方のブツブツの意味を察してのことだろうか。ご婦人自身、同じように、つぷやいているのかもしれない。
スーパーの入り口で
自転車を駐輪場にとめ、入り口で買い物かごを取り、両の手を消毒する。入り口のドア付近には例によって<間隔をとってお買い物を!><マスクの着用をお願いします.><手の消毒をお願いします>の「3つのお願い」の張り紙。
「どうぞ・・」
消毒の順番を待つ若いお母さんに、振り返って言った。ところが、お母さんは当方を見て、ビックリしたような顔になった。そして、やはり目を伏せた。乱暴者を恐れて視線を合わせまいとするような、そんな目のそらせ方だった。
「ん?」
顔に何か付いているのだろうか。かごを左手に持ち替え、右手で顔を撫(な)でる。飯粒か何かが顔に付いている、というわけではなかった。それなら、なぜ若いお母さんは当方を見て驚いたのだろう。
精肉コーナーで
特売の玉子とカリントウをかごに入れ、納豆と豆腐、長ネギとキュウリ、トマトも入れた。肉売り場で豚肉のロース身とロース身の味噌漬けを物色していると、精肉コーナーの先客らしき40年配のお母さんが、ゆっくりこちらを見て、慌ててどこかへ去った。当方を避けているような態度だ。どうもヘンな日である。世間の注目を一身に集めているかの如き気分。コロナ禍対策でどの客も顔をマスクで覆ってはいたが、それでも表情の急な変化は、はっきり見てとれた。マッタク、どうしたのか!
不審が消えぬまま鮮魚コーナーでカツオを買う。現役の記者だった頃、高知市へ出張したおりに空港レストランで昼食に食べた、ニンニク醤油のカツオの刺身が忘れられない。食後そのままタクシーで取材相手の郷土史家サン宅へ直行すると、部屋へ案内された途端にニヤリと笑われた。
「臭いますか?」
「すぐ分かります。でも私も土佐の人間ですから、カツオの刺身はニンニク醤油で食べます。ええ、昼間から食べますよ。だから気になさらないでください」
郷土史家サンは、おおらかに言ってくれた。そんなことを思い出しながら、青果コーナーに戻ってニンニク玉を買い足した。
店長サンも
さて必要なものは買い終わったかな、こんなものかな、と思ったところで、先ほど精肉コーナーから逃げるように去った40年配のお母さんが、急ぎ足で戻って来た。気のせいか怒り顔だ。お母さんの背後から、ネクタイ姿の店長サンらしき男性が、血相変えて(いるように見えた)やって来た。何だなんだ、なにが起きたのか。それもコトはこの自分に関わりがあるらしい!
「何か御用ですか?」
先導の(?)お母さんに声を掛けようとして思いとどまった。お母さんは当方の顔を一瞥(いちべつ)したものの、そのまま通り過ぎてしまったからだ。後続の店長サン(?)も、こちらの顔と買い物かごの中身をチラリと見はしたが、急ぎ足で行き過ぎた。何だ、当方に用事ではなかったのか。しかし、そう思ったのも一瞬のこと。2人は離れた所から振り返り、しきりに何か言葉を交わしていた。
マッタクおかしな日だ。不可解・・。だが、もう、これ以上は気にしないことにした。自分に関わりのあることか、それとも気のせいか。理由が分かったところで、いや分からぬままでも、天下国家がくしゃみするほどの問題ではあり得ない。この身の一大事というわけでもないはずだ。しょせん顔にハナクソが付いたままだとか、付いていた飯粒がポロリと落ちたとか、その程度のことに過ぎまい。そう考えてレジに向かった。レジの女性もチラリと当方を見た(ように思えた)が、今度はこちらが視線をそらせた。
帰り着いてナットク
帰りのペダルを漕ぎながら、ブツブツとつぶやき、買い忘れたものがないかを確認した。大丈夫、買い忘れはない。いつもと違うことが起きると、そちらに気をとられて失念しがちだが、それが無かったのだから立派なものだ。ほんの時たまながらブログを書き、認知症の予防にと心がけている。少しは効果があるのかもしれない。
やれやれ、と自宅の玄関前に自転車をとめた。買って来た品々を台所へ運び、水を飲むため顔のマスクを外した。いや、外そうとした。あれ? アレレレ? レレレレレッ! マスクが顔にない。マスクを着けず家を出て自転車を漕ぎ、スーパーで買い物をして来たことに、やっと気づいた。
<まッ、生来のアワテモノだから、こんなこともあるだろう。ボケと関係づけて考える必要もあるまい! しかし、飯粒でも付いているかと手で顔を撫でた時に、なぜマスクをしていないことに気づかなかったのか・・>
思わず、また、つぶやいてしまった。