世を騒がせている萩生田文科大臣の「身の丈」発言。当初コトバの使い方の問題かと思いきや、日が経つにつれ英語民間試験導入時の経緯や問題点が掘り起こされ、がぜん議論はカマビスシくなった。こんなことでもなければ行政の内実は国民の目や耳に届かないから、結果的には良かったかもしれない。
発言の元をたどれば「(英語民間試験の受験生は)それぞれが自分の身の丈に合わせて頑張ってほしい」ということ。広辞苑(7版)によれば「身の丈、身の長(たけ)」は<①身の高さ。せたけ。しんちょう②その人や組織の実際の力量>の意。似たコトバに「身のほど(程)」があり、こちらの意味は<自分の身分・地位・能力などの程度。分際。また、身分相応>だ。広辞苑は「身の丈」の使用例に「身の丈に合った暮らし」を挙げてプラスイメージ、ないしは中立的な印象で紹介している。対照的に「身のほど」には「身のほど知らず」や「身の程をわきまえない人」など、古い価値観や否定的イメージの使用例を挙げている。
「テスト」を訳せば「実力試験」。「実力」とは「身の丈」にほかならず、もとより「テスト」とは「学力」を「ありのまま」に点数化し差別化する試みだ。であれば文科大臣が受験生に向かって「各人なりに実力を発揮してください」と呼び掛けても、非難されるべきではないだろう。高額な受験料や受験機会の地域格差を念頭に入れつつ、聞く側が「身のほどに合わせて頑張ってください」と受け取ったとしたら、話はまったく別ではあるが‥‥。
発言の元をたどれば「(英語民間試験の受験生は)それぞれが自分の身の丈に合わせて頑張ってほしい」ということ。広辞苑(7版)によれば「身の丈、身の長(たけ)」は<①身の高さ。せたけ。しんちょう②その人や組織の実際の力量>の意。似たコトバに「身のほど(程)」があり、こちらの意味は<自分の身分・地位・能力などの程度。分際。また、身分相応>だ。広辞苑は「身の丈」の使用例に「身の丈に合った暮らし」を挙げてプラスイメージ、ないしは中立的な印象で紹介している。対照的に「身のほど」には「身のほど知らず」や「身の程をわきまえない人」など、古い価値観や否定的イメージの使用例を挙げている。
「テスト」を訳せば「実力試験」。「実力」とは「身の丈」にほかならず、もとより「テスト」とは「学力」を「ありのまま」に点数化し差別化する試みだ。であれば文科大臣が受験生に向かって「各人なりに実力を発揮してください」と呼び掛けても、非難されるべきではないだろう。高額な受験料や受験機会の地域格差を念頭に入れつつ、聞く側が「身のほどに合わせて頑張ってください」と受け取ったとしたら、話はまったく別ではあるが‥‥。
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