コンテナ10個以上にありとあらゆるものを放り込んだ。
布団の類は2回の窓から投げ下ろした。
ネズミとりに貼りついたまま放置されたネズミが多数いた。頼みの綱の甥は悲鳴をあげて逃げ出した。
ネズミのフンがカラカラとにぎやかな音をたてていた。
はるか昔のごみが、袋をネズミに噛みちぎられ散乱していた。
会社員時代の衣類の入ったクローゼットが奇跡的に無事だった。樟脳が散乱していたが、そのせいだろうか。
不要なものだが、父がもらったなにかの記念品のような物はコンテナに放り込む気になれず、その他の保留品と共にクローゼットに避難させた。
自分が生まれ育った家が崩壊していくのは耐えがたかったが、有効なてだもないまま放置するしかなかった。
きれい好きで几帳面な父がごみに追いやられ、かろうじて空けた座布団大のスペースによく座っていた。
このような現状を親戚が知り、大々的に片付けることになったのが父の死後であるとは皮肉なことである。
原状回復はあるだろうが、ごみの原資が枯渇したので、自ずと限界がある。
父にそんなつもりはなかっただろうが、父の年金がごみ屋敷を可能にしていたのだ。
ずいぶん小粒とはいえ、父は金のなる木であった。
疎ましい存在であると同時に物を買い続けるには必要な存在だった。
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