月刊誌『潮』11月号に、「アグネス論争から27年、いま再びフェミニスト宣言」のタイトルで歌手:アグネス・チャン氏と社会学者:上野千鶴子氏の対談がのっていました。
「アグネス論争」ってなんのこと?と思われる方もいるでしょうから、簡単に説明します。1987年、アグネスさんが乳児を連れてテレビ番組の収録スタジオにやってきたことで、芸能界の大御所:淡谷のり子さんに「芸能人は私生活を見せるものではない。仕事の現場に乳飲み子を連れてくるとは何事か」と叱られたことが発端となり、作家の林真理子さんやコラムニストの中野翠さんがアグネスさんを批判し、その批判に上野千鶴子さんなどが反論し、批判派・擁護派入り乱れてあらゆるメディアで賛否両論が繰り広げられたのです。約2年間続いたそうです。翌年の新語流行語大賞では流行語部門大衆賞を受賞したとのことですから大した騒ぎだったわけですね。
私は当時高校生でしたので、全くの他人事として見ていました。印象に残っているのは、林真理子さんがアグネスさんに対して心底うんざりしてムカついていることでした。アグネスさんが、林さんたち批判派に「いじめられている」というような発言をしていることに対する苛立ちでした。「いい加減にしてよ、アグネス!」のタイトルで週刊誌に反論というか愚痴めいたものを書いていました。笑いごとではないのですが、なにせ他人事ですからすごく可笑しかったことを覚えています。林さんがまるで独り相撲をしているみたいだったからです。林さんは最近の著書『野心のすすめ』のなかで、「アグネスさんの、「子どもを連れて行ったことで、職場の雰囲気が和やかになりました」発言はいくらなんでも鈍感すぎるのではないかと、自分が子どもを持った今でも同じことを思う」と書いています。
林さんのこの気持ち、小さな子供のいる私でもわかります。正直に告白すると、我が物顔に振る舞う乳幼児を見て、かわいいよりもむしろ苦々しく思うことがあります。なのに当の親は、皆がむりやり作っている笑顔やお世辞にも気づかず、目を細めていたりすれば苛立ちます。この気持ちはさて置くとして、子どもを連れて行ってみんなハッピ~みたいな発言をするアグネスさんは鈍感なのでしょうか?
鈍感なのかもしれません。林さんたちからすれば。でも、アグネスさんが生まれ育った香港では「普通のこと」ではないのでしょうか。香港の芸能界では子連れ出勤が普通らしいです…日本も昔は普通でしたよね。高度経済成長期に男は外で働き女は家庭で子守と飯炊きが一般化するまでは女と(男の場合もあり)子どもはセットでしたよね。アジアでは今でもそういうところ多いです。文化が違うことが理解できれば、「鈍感」と断罪することもないと思うのです。
林さんの苛立ちは、アグネスさんが特殊な立場にありながら、あたかも「働くお母さんの代表」のように振る舞っているように見えたことも原因ではないかと思います。アグネスさんは出産当初子育てに専念するつもりでしたが、レギュラー番組を何本も抱える超売れっ子タレントだったので、現場から、「子どもでもなんでも連れてきていいから戻ってきてくれ」と懇願されての復帰でした。欧米の人ならベビーシッターなどに任せるのでしょうが(アグネスさんはお金はあったのですから)、日本人や中国人は母子密着で子育てをするのが伝統ですから、アグネスさんも自分のお母さんがしたのと同様に他人に任せるのではなく、職場に連れて行ったのです。でも、日本はもはやそういうことが許される国ではなくなっていたのですね。
超売れっ子のタレントだからできたことなのに、テレビ関係者のなかには面白く思わない人もいただろうに、アグネスさんはそのことがしっかり認識できていなかったのだと思います。
上野千鶴子さんの反論は「アグネスさんが世の中に示して見せたのは働く母親の背後には子どもがいること、子どもはほうっておいては育たないこと、その子どもを見る人が誰もいなければ連れ歩いてでも面倒見るよりほかにない」です。ここまではいいのですが、「連れ歩いてでも面倒見るよりほかにない差し迫った必要にふつうの女たちがせまられている。」ときたので、それは違うだろうとなるのです。アグネスさんは「ふつうの女」ではなく、超売れっ子のタレントです。面倒見てくれる人は金を出せばいくらでも都合がつくのです。でもそのあとの「いったい男たちが子連れ出勤せずにすんでいるのは誰のおかげであろうか」はよい指摘だと思います。
ところで、上野千鶴子さんは作家の曾野綾子さんが「女性は出産後に会社に迷惑をかけてまで働くべきではない、仕事を辞めなさい」と言ったことに対し、曾野さんは作家という特殊な職業だからそんなことが言えるのだと反論していました。
フェミニストらしい品のある反論ですが、こう言ってやればよかったのに、と思います。「あなたのような高齢の方が持論をまきちらすのは老害なので、いいかげんにおやめなさいな」って。
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