日韓GSOMIA、米国を突き動かす「陰の主役」
編集委員 峯岸博
- 2019/11/14 23:00
- 日本経済新聞 電子版
異様な光景だ。トランプ米政権の高官が代わる代わる韓国の首都ソウルを訪れ、文在寅(ムン・ジェイン)政権に対し、23日午前0時に失効する日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄決定を撤回するよう迫っている。日本以上に奔走する米国をかきたてるものは何か――。
米国の最大のターゲットは、韓国大統領府の金鉉宗(キム・ヒョンジョン)国家安保室第2次長だろう。文大統領の側近で、盧英敏(ノ・ヨンミン)大統領秘書室長と並んで「青瓦台(大統領府)ツートップ」に立つ。8月22日に外交、国防当局の反対にもかかわらずGSOMIA破棄決定の流れをつくった人物として知られる。
■「次長」説得に140分
米政府は11月6日、金次長とスティルウェル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が午前に70分間、在韓米軍のエイブラムス司令官が午後に70分間それぞれ会い、韓国政府の決定を再考すべきだと説得した。
米国の並々ならぬ決意を見せつけたのが、「安全保障分野を除いて過去最高位の高官」という経済担当のクラーク国務次官の訪韓だ。韓国メディアによると、ソウルに降り立ったクラーク氏は7日、韓国外交当局者を前に「中国は米国、ドイツ、韓国の製造業やハイテク技術基盤を崩壊させており、知的財産権を侵害している」と中国を批判。中国の広域経済圏構想「一帯一路」への対抗策である、インド太平洋戦略に積極的に参加するよう要求した。韓国の移動通信社の幹部らとも会い、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の製品を使わないよう求めたとの報道もある。
■協定のもう一つの標的
米中のいずれを選ぶか、韓国に踏み絵を迫った形だ。安全保障と経済を絡める、米政権のなりふり構わぬ姿勢を、日本政府高官は「米国の標的は中国だ。軍事的脅威は北朝鮮ではない」と話す。
韓国が日米韓連携と距離を置き、中朝への傾斜を深めれば米国の安全保障は脅かされる。朝鮮半島や中国の有事をにらんで即応態勢に綻びが生じるのは許されない。地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の在韓米軍配置にこだわったのも、北朝鮮よりむしろ中国のミサイル攻撃能力をそぐ狙いがある。中国は米国の真意をそうみた。だからこそ韓国への強烈な報復措置に乗りだしたのだ。
■短期延長探る動きも
米国に説得されても金次長らは首を縦に振らなかったとされる。
米国は諦めない。13日、米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長、インド太平洋軍のデービッドソン司令官がソウルに飛んだ。15日はエスパー国防長官が鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相と向き合う。17日にバンコクで予定する日韓、日米韓の両防衛相会談を含めて鄭氏がどんなメッセージを出すかが米韓同盟や日米韓連携の将来を左右する。
GSOMIAの失効を、一定期間猶予する案も韓国国内に浮上している。大法院(韓国最高裁判所)判決を受け、原告側に差し押さえられた日本企業の資産が年明けにも現金化される問題や日本の対韓輸出管理とセットで解決策を探るアイデアだ。
■破棄後に待ついばらの道
それでも文政権の出方をめぐり日米では悲観論が支配的だ。このままGSOMIAが失効すれば、その先は韓国にもいばらの道が待ち受ける。
米政権は2020年の在韓米軍駐留経費について韓国側との交渉にあたるディハート代表もソウルに派遣した。米国が韓国に突きつけた負担額の要求は今年比の5倍を超える50億ドル(約5400億円)ともいわれる。
最近、米政権幹部は次々と「韓国政府はもっと負担すべきだ」と言及している。駐留経費の問題はもともとGSOMIAとは関係なく、米国が圧力をかけているが、韓国外交関係者は「GSOMIAを捨てれば米国からの要求がさらに強まる恐れがある」と表情を曇らせた。
1992年日本経済新聞社入社。政治部を中心に首相官邸、自民党、外務省、旧大蔵省などを取材。2004~07年ソウル駐在。15~18年3月までソウル支局長。2回の日朝首脳会談を平壌で取材した。現在、編集委員兼論説委員。著書に「韓国の憂鬱」、「日韓の断層」(19年5月)。
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