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映画「赤ひげ」を見直す

2025年03月16日 | 映画

映画「赤ひげ」を見直した、1965年製作、185分、監督黒澤明、原作山本周五郎

この映画を観るのは2度目か3度目、原作「赤ひげ診療譚」も読んだ、非常にいい小説・映画だったという印象がある、最近テレビで放送していたので見直したくなった

黒澤映画は好きだ、そして黒澤映画の常連俳優、三船敏郎らも好きだ、このブログでも今まで「用心棒」や「隠し砦の三悪人」などの鑑賞ブログを書いてきた、それ以外でも「七人の侍」も良いし、「椿三十郎」や「天国と地獄」なども良い、折に触れて見直したいと思っている

江戸時代の小石川養生所を舞台に、そこを訪れる庶民の人生模様と赤ひげと呼ばれる所長の新出去定(にいできょじょう、三船敏郎)と青年医師保本登(加山雄三)の心の交流を描く。長崎で医学を学んだ青年保本は、医師見習いとして小石川養生所に住み込む。養生所の貧乏臭さやひげを生やした無骨な所長赤ひげに反発する保本は、養生所の禁を犯して破門されることすら望んでいた、しかし、赤ひげの診断と医療技術の確かさに触れ、また彼を頼る貧乏人に黙々と治療を施すその姿に次第に心を動かされていく

鑑賞後の感想を述べよう

  • 良い映画は何度見ても感動するものだと改めて思った、べらんめえ口調の三船敏郎が役柄にピッタリとはまっているのが心地よい、また長崎で蘭学を学んで帰ってきたまだ自己中心的で視野が狭い青年医師を加山雄三が実にうまく演じていたのが印象に残った
  • ただ、3時間はやはり長いと思った、途中、患者の来歴の人情話が2つ出てくるが(長屋に住む人の好い佐八の人生と、臨終を迎えていた老人の六助の人生)、そこを何とかしないと冗長な感じがすると思った
  • 映画の中で赤ひげが青年医師の保本に言い聞かせる言葉にはっとさせられる名言が少なくない、「医者は病気を治せない、個人の持って生まれた生命力にちょっと働きかけるだけだ」、「病気にならないためには貧困と無知を無くすことだ」、「人の一生で臨終ほど荘厳なものはない」、「医師は病気の診断だけでなく、患者の心の診断もするのだ」などだ

  • 「貧困と無知を無くすことと」は今でも重要であろう、同じようなことを誰か他の人が主張していたのを聞いたことがある、曰く「後進国の支援は、金だけ与えてもダメだ、衛生環境の整備と教育に金を使わせないといつまでたってもダメなままだ」と、その通りでしょう、山本周五郎の観察眼の鋭さである
  • 赤ひげは必ずしも立派なだけの医師には描かれてないのが良い、時に清濁併せ飲むところを見せるのがうまいと思う、これは我々が政治家を見るときにも当てはまるでしょう、品行方正やクリーンさを求め、しかも政治家としての能力も求めるのは無いものねりだ、現実的な問題解決能力が無ければいくら立派なことを言っても政治家としては無能であろう、赤ひげはそれを示している、保本にも「先生のそういうところが好きだ」と言わせてる

「赤ひげ」の名称は今でも残っている、「日本医師会 赤ひげ大賞」だ、これは「地域の医療現場で長年にわたり、健康を中心に地域住民の生活を支えている医師にスポットを当てて顕彰すること」を目的として、平成24年に創設されたもの、webページ(こちら)には次のような説明がある

「赤ひげ大賞」の命名の由来である「赤ひげ先生」は、山本周五郎の時代小説「赤ひげ診療譚」を基にしており、実在のモデルは、江戸中期に貧民救済施設である小石川養生所で活躍した小川笙船(しょうせん)です。黒澤明監督が映画化したことで広く知られ、貧しく不幸な人々に寄り添い、身を粉にして働く頼もしい医師というイメージを思い起こさせます

さて、この映画の舞台となった小石川養成所と隣接の御薬園は、現在は小石川植物園となっており所属は東大である、そういえば小石川植物園は少し前に植物学者の牧野富太郎をモデルにした朝ドラ「らんまん」でも東大の植物学の研究場所として出てきていた、ただ、小石川植物園のwebページには御薬園のことや牧野富太郎の朝ドラのことは出ているが養生所のことがちょっとしか書いてないのが残念だ

良い映画だった