午前10時前、焼津の林そう院(「そう」という字がネットでは表示不可)に親戚の人たちが集まってくる。すでに早朝とは言えない時刻だけど深々と寒かった。ストーブを囲んでしばし談笑する。
2年前の2004年 新年の仕事始めの頃から勤務時間内でも病院にかけつけることが多くなった。1月12日午前6時9分に父は永眠。病院の医師からは「年は越せない」と言われていたけど、本当によく頑張ったと思う。
通夜と密葬が行われた1月14日、15日はとても寒い日だった。1月16日から出社。父親の形見の時計をして、内勤中心で職場に戻った。当時のホームページには、
「外は寒いけど心はホット、元気です」
と書いてある。
三年忌の今日は穏やかで快晴でいい日だった。10時からお経が始まる。「修証義」というお経は曹洞宗の道元禅師の主著「正法眼蔵」を再編集したもので明治23年に公示されたものらしい。もちろん意味はわからないけど、お坊さんにならって声をだしていく。
「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なし、但生死即ち涅槃と心得て、生死として厭ふべきもなく、涅槃として欣ふべきもなし、是時初めて生死を離るる分あり、唯一大事因縁と究尽すべし。」(以下しばらく朗読が続く)
息が白く見える。手と足の先が冷え切っているけど、なんとなく気分がよくてお経を読みながら口元が微笑んでくる。なんでかな。とても不思議な気分だった。
お経の後、みんなでお墓参り。焼津市内の万海亭に場所を移して昼食。蒲原の従兄弟と「専業主婦がいいのか、ワーキングマザーがいいのか」という話題で盛り上がる。ま、いいと。その後さらに実家に場所を移して和気藹々とした会食は続いた。
お袋、兄貴、親戚の皆さん、ほのぼのとしたいい三年忌だったですね。
たまにはこうやって親戚で集まれるのもいいな。
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たまたま日曜日が重なっているため、殆どの法事に出席できそうです。
自分は宗教ビジネスについては否定論者なのですが、何故か法事の時には清々しい清冽な気分にさせられます。
住職が「法事はご先祖のためではなく、自身の修行です」とおっしゃった言葉の通りだと感じる今日この頃です。
七日毎の法要、お疲れ様です。ウチのときもそうでした。行くまでは「たいへんだなぁ」と思うんだけど、行くと清々した、いい気分になれるんですよね。
今回の三年忌のお経のとき若住職さんが最初に「足を崩してラクにしてくれていいですよ」って言ってくれたので、リラックスして唱和できました。
住職さんの心配りはありがたいですね。