毛利元就って苦労人ってイメージがあった。山口の大内氏と山陰の尼子氏という強大な大名の間にあって、元就はじめ安芸の豪族たちは「あっちを立てればこっちが立たず」で常に戦(いくさ)に巻き込まれ苦労が絶えなかった。48歳を過ぎるまでさしたる領土の拡大もできないまま くすぶっていたようなイメージがあったのだ。それが最後には九州北部も含めた中国地方最大の大名にまで発展するのだからすごい。その秘密を知りたくて読んでみた。
読んでみてびっくり。やっぱりあそこまでいく人は違う。驚いた。
苦労人ってことでは半端ではなかった。もともと毛利元就は毛利家の次男で、跡取りではなかった。母親が早くに亡くなり、やがて父親も他界。都(京都)で勤めていた長兄が戻るも、やがて他界。長兄の子 幸若丸を跡目に据えて後見人となるも、幸若丸も他界。身内に次々不幸が続き、結局跡目を継ぐことになるが、そんな環境が 元就を聡明、慎重で、若くして思慮深い人間に成長させていく。
時代は戦国の乱世。応仁の乱で都は荒れ果て 朝廷や室町幕府の権力も没落してしまった。戦に勝てば領土が広げられるとあって、全国の豪族たちが戦乱に明け暮れることになる。
被害者はいつも領民だった。男たちは兵に取られ、死傷者も多数でるし、侵入にあえば田畑は荒らされ、わずかな食糧の備蓄も奪われた。
そんな時代の中で元就自身は戦を好まず、民の生活を守り、天皇を中心にした秩序ある日本を望んでいた。まずこれがすごい。安芸の山の中の小豪族に家に生まれ、決して情報は豊富でなかったはずなのに、書物の勉強も欠かさなかったので、若くして優れた視野をものにしていた。
毛利元就は自分からすすんで戦を仕掛けることは生涯を通じてほとんどしていない。攻めてくる相手を迎え撃ったり、ろう城したりという戦がほとんどだ。兵の数は毛利側 2千 相手側 2万とか、そんな感じの戦ばかり。だから いざ、戦うとなると策を凝らし、謀略も用いた。驚くほどの知恵者で、相手の動きや感情を読む達人だ。情報源(今風に言えばスパイ)の人材も優れていた。
志は 戦乱のない、秩序ある日本を作りたい ということで一貫していたから、家臣の結束も強く、実際戦うとなると度胸もあるし、指示する作戦も効果を上げた。
数々ある戦シーンの圧巻は尼子晴久が6万の兵を率いて安芸に侵入するのを郡山城にろう城し、2千の兵で迎え撃つシーン。
それから最後。大内氏に謀反を起こし周防、長州を納めた陶晴腎(すえ はるかた)の兵2万を厳島におびき出し、4千の兵で夜襲をしかけ これを殲滅するシーン。読んでいて引き込まれる。
大内氏は義興から義隆の2代に渡って描かれるが、ひと言でいえば都かぶれの気はぬぐえず、石見銀山からの銀と朝鮮・中国との交易で巨大な富を得ていたため、京都を模した壮麗な御所を建造し、荒れた都から落ちのびてくる公家や女人や芸人たちを囲うが、領民のことは考えず、自分たちの享楽と領土拡大だけを考えていた。最後は家臣 陶晴賢の謀反にあってしまう。
一方の雄 尼子氏は経久から晴久の2代が登場。経久は眼力鋭い猛将として描かれるが、晴久のそれは蛮勇として描かれ、武骨なだけの男として登場している。
大内家も尼子家も、質実剛健で 思慮に優れ 結束の固い毛利家と対比をなす形になり、元就の高い志と聡明さが際立つ。
小説として楽しく読めると同時に、今のビジネスの考え方に示唆を与えてくれる。質実剛健であることや社員を思う気持ちの大切さ。高い志をもって努力し、あるときは度胸をすえて果敢に挑戦することの大切さを教えてくれる。
49歳の自分には大いに勇気を与えてくれる小説になりました。
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突然なんですが、ソフトバンクの3次代理店の話が来ました!
1次、2次とあるみたいですが、御社の代理店は何次ですか?
また、代理店メインではないのですが、事業展開を検討しています。
何かアドバイス頂ければ幸いです!
突然で、本当に失礼かとは思いましたが・・・
よろしくお願い致します!
「ソフトバンク代理店」で検索して「毛利元就」ではびっくりされたかも (^ ^;) 。
はい、仕事のこととか 遊びのこととか 読書のこととか、いろいろ書いているブログです。これからどうぞよろしくお願いいたします。
ぼくらは法人に特化した1次代理店です。「ショップでのコンシューマー展開」とかはしません。もともとソフトハウスなので、アプリケーションの端末としてセットで販売することなども行います。
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