丹沢連峰も、すっかり雪化粧。
寒いですね~。
と。。。本日のタイトル・・・まんまの日々をおくっております。
なので・・「続・・。」
きゃ~~~~って感じ。
正直・・気持ちが、疲れています。
以前よりもしかしたら・・身体が楽になった分、気持ちがシンドイ。
母が特養に入所してから二週間がたちました。
「あ~もっと早く入所してたら良かった!」
なんて書けたら・・・。
そんなわきゃ・・ないのはわかっていたことでもあったけど、ほんの少しは期待もあったわけで。
ちょこっとでもヨイコトが見つかったら書こう!と思っていたのですが・・。
二週間毎日、ブログ更新したかったのですが、なかなか出来なくて。
とりあえず、やっぱりまだ頑張らないと・・ってことだけがわかったので。
何を頑張る?ってなると・・なんだろ。
変なこと書いてますね。
もう、なんだかわけわかんないです。
大体からしてヨイコト・・とは・・なんだろぉ。
母に起こされることなく・・夜は毎日まとめて寝れる!
大きな声で、数分毎に「久美子~~」って叫ばれることがなくなった!
一日に何度も車椅子からトイレ~ベット~がなくなった!
・・・・全部、私にとってヨイコトではあります。
母の排出物さん達の始末もしないで良いわけですし・・洗濯の量なんて、一回は確実に減りました。
でもでもでも・・・私にとってのそんなヨイコトを差し引いても・・今はまだ・・入所したことを心からホッと出来ません。
在宅をしていた時よりも、なんだかいつも母のことを考えているような気がします。
まだ入所してから二週間でしかないし・・そんなもんかもしれません。
もう少し時間がたてば・・かもしれません。
そうじゃなかったら・・また在宅介護再開すればいい。
・・・。
この二週間で、母に会いに行ったのは6回。
父がディの合間に2回。
二日に一回は・・母の様子を見に行っているわけですが、母はその全てを夜には忘れてしまっています。
ショートの時と同じように、父は一日に二回(昼と夜)母に携帯を持たせたので電話をしています。
母が携帯操作を出来るわけではないので、ワーカーさんが繋いでくれています。
今日もそうでしたが、夜に父が電話で「昼過ぎに久美子が行ったろ?」って聞いても、母は「来ないよ」って忘れてるんです。
それはもう、いいんです。
認知障害は、徐々に認知症と同じ経過を辿って・・少しずつ脳の萎縮も進んでいくだろうことは、医師からも聞いていますから、たとえばいつか・・私のことがわからなくなったとしても、それでも母は母ですし。
もういっそ、何もかもわからなくなればいいのに・・なんて、あまりにもエゴイストでしょうね。
私が母に会いにいくと、いつも・・食堂のあるフロアーのテーブルに向って・・一人で座っている母です。
誰かとお喋りしているわけでもなく・・一人でポツンと座っている母。
たまたまそういう時間だったのか・・いつもそうなのか・・。
母は・・他人に迷惑をかけるような認知症状もなく・・ましてや一人で車椅子を動かすこともなく。
ただ、夜ナカナカ寝れないことと・・短期の記憶がはいらなくなってしまってるくらいの認知症状だから、寄る以外はそんなに手がかからない。
父に言わせると・・だから放っておかれるんだ・・。
いえ・・私もそう・・思ってしまってる今です。
母のブースのワーカーさんは、皆さん個々には良さそうな方達ではありますが、いつ行っても忙しそうで・・。
それに、お世話をしてくださる5人のワーカーさんのうち、4人が男性なんです。
別に性別がどうのってことは今のところありませんが・・母にとってはやはり・・お喋り相手とは思えないでしょう。
4人部屋なら・・と思っていましたが、そんなのもあまり関係ないみたいです。
日中ベットで寝ることは、今までなかったからです。
ずっと車椅子に座っています。
家にいる時だって、昼寝をした日は必ず夜中まで起きていた母ですから・・そうなると、分刻みのナースコール、もしくわ・・ベットの柵を叩いたり、私の名前を叫んだり。
だから、日中起きているためには、それは仕方ないかもしれません。
そして睡眠時間が4~5時間で足りてしまう母なので、誰よりも遅くベットに入ります。
夜勤のワーカーさんは一人で、交代の前の二人になる時間に、最後の母のトイレ介助をしてベットに入ることになっているそうです。
今、母のトイレ介助は二人介助です。
一人の時にトイレから落ちたりしているので・・それも仕方ないことですね。
だから当然、夜中はオムツです。それはショート中にもそうでしたから、今更なんですが。
しっかりと覚醒している時は、母はオムツにできません。
そうなると・・我慢比べにもなるでしょうね・・・。
会いに行く度に「一緒に帰りたい」を繰り返しています。
母の口から出る言葉はそればかりです。
そんなこと・・覚悟の上でした。
その都度・・同じ答え「ごめんね・・腰がもう、おばぁちゃんを動かせないくらい悪くなってるから、家に帰ってもトイレにすら連れて行ってあげられない」って言うしかなくて。
家に帰りたい。
帰れない。
これは思った以上に・・キツイです。
おまけに・・夕方、朝の薬があと三日分しかないんですけど・・なんて特養から電話が来ました。
昼、夜、眠前の薬が10日分残っているのにです・・。
一日4回分を、それぞれ一包化して・・繋げたまま持って行ってるのに。
一週間分の朝の薬・・・いったいどこへ???
あ~~こんなんで大丈夫なのかなぁ・・・
今日のブログには・・こんなことしか書けませんでしたが、いいことも・・必ずみつけて書きますね。
私がまだわからないだけで・・本当はきっと・・あると信じて。
あ!ありました!!
一日中の車椅子、これは二週間目にして一日二回はベットに寝かせてもらえることになりました。
母の足の浮腫みが半端ないんです。
今日も母の足をマッサージしてみたけど・・もう、パンパン。
マッサージさんも再開してもらえそうです。
今まで家に来て頂いていたマッサージ師さんが、特養に訪問してくれることになりました。
入所前からお願いしていたのですが、時間の折り合いを付けていただくのに時間が掛かっていましたが、なんとか来週から訪問していただけそうです。
仕方ないこともあるけど・・少しづつでも・・母にとってのヨイコトをみつけなきゃと思います。
だからやっぱり・・頑張らなきゃ~なのです。
オヤジ様のように・・素敵に歳を重ねられるように・・好きなことも探さなきゃですね。
人それぞれの生き方ですが、後悔ばかりしてないで前を向かなきゃですね。
いつも本当にありがとうございます。
オヤジさまのコメント、またお待ちしております。
私もまたお邪魔させてもらいますね。
そうですね・・私もまだもう少し子育て残っていました!
長女は今春、いよいよ就職ですが・・次女はあと二年は学生ですし・・成人式もまだだし。
私も私が大丈夫なように、これからも出来ることを頑張っていきますね。
八さんも、風邪ひかないように・・雪が凄いみたいですが暖かくして、十分に加湿して休んでくださいね。
それから・・沢山沢山ありがとうね。
ウルルさんの辛さも、どうしようもない切なさも・・ミーさんはわかってくれてるよ。
ウルルさんこそ・・自分を責めちゃだめだよ。
お嫁さんとして、本当に本当に頑張ってきたんだものね。
あんなにキツイ想いを抱えて・・それでも本当に頑張ってた!凄いよウルルさんは。
私なんて・・嫁としたら最悪だもの。
ウルルさんだって、ちゃんと自分で出来ることを、ちゃんとしてきたんだと思うよ。
私も・・娘として、出来ることを頑張ってみるね。
雪、凄い?
ウルルさんも、腰・・気を付けてね。
頑張ってポケットベスト作ってるよ~~
最初は面倒で、二枚同じの買ってきて・・裏身頃をポケットにしたりしてたぁ。
ちょっとづつ・・長くやってたら進歩するだろうことを信じて・・
いろいろ頑張ってみるね~~
まだまだ頑張らなきゃやってらんないこと、沢山あるだろうけど・・自分に出来ること、それなりに頑張ってくね。
カニしゃんは・・大丈夫?
ホントに無理しないでね。
カニ母さん..ヘルパーさん拒否ないなら、もっと沢山使っちゃえたらいいねぇ。
慣れるまではイロイロあるだろうけど、私なんて・・一日三回も入ってもらっちゃってたよん。
少しでもカニしゃんが、気持ちも身体も助かる方法があることを祈ってるね。
本当に今年こそはまたランチしようね!
なんだかね・・ギズモ。さんならきっと・・わかってくれるような気がして。
それから、今凹んだりしている状況から、這い出せるヒントをくれそうな気がして・・。
おかげさまで、ちょっと這い出せたような私です。
これからも・・またいろいろアドバイスしてくださいね。
とっても頼りにしています。
庭の花、そう!
そうなんですよぉ~~。
ちゃんとイロイロ咲かせて写真も撮ってるのに、全然アップしてませんでしたぁ。
これからまた、載せますねぇ。
金魚さんのブログで沢山咲いてたチューリップ、今年も植えましたよ。
金魚さん、天国から見てくれるかな。
旦那・・とりあえず骨折らしかった指は治ったけど、今度は発熱。
一人で遊びに行こうとすると・・何故かアクシデントでハーレはお預けです。
最近は、春になったら一人で一泊、どこかに行こうと考えてるみたい。
まぁ~考えるくらいは自由だからね。いひひ。
旦那さまは?乗ってますか?
さっとんの経験してきたことを教えてくれてありがとう。
私の勇気や力になりました。
あのお花ね、まだスイトピーが小さな花瓶の中で綺麗に咲いてるのよ。
私もたくましく、綺麗に生きよう!
ねーねーさっとん、またいつでも突然やってきてくれていいんだよ~~~待ってるよん。
密かに娘が関西に就職決まったらいいんだけどなぁ~とか思ってる私であります。
あ!さっき気がついたんだけど・・荷物の中にいれたつもりの封筒が・・・座布団の下にあったの。
どうしてこうも私って・・・。
誕生日を重ねる度に、さぁ~折り返し!と想いながら過ごしていました。
でも・・いつのまにか、折り返したら三桁!
生きていると、いろんなことありますが・・出来ることをボチボチと頑張ってみます。
スーさんも、お身体辛いときも沢山あると思いますが、どーぞ無理なく過ごしてくださいね。
私も、あまり無茶せず気を付けますぅ。
毎日寒いですね。
”いつか私のことをわからなくなっても、母は母です”
目が熱くなりました。
お母さんにとってどんなにか嬉しい言葉でしょうか。
孝行娘さんですが、八兵衛さんのおっしゃるようにご自分も大事にしてくださいね。
一方では二人の娘さんのお母さんなのだし、それに大事なご主人の奥さんなのだから、
お子さん達や旦那さんのためにも、まずは久美子さんの身体を十分に治してください。
同じやわ
でも、私は、最初から施設にいれてしもたけど
それでも私は・・・逃げた
廊下で一人壁とにらめっこさせられてるみーさんを見るのが辛かった
毎回、私は、「来てくれない人」やった
いつもすがるような目で「やっと迎えに来てくれたんかぁ」って泣かれた
逃げるように、だますように、その場からそっと帰ってきた
私は そんな辛さから みーさんを家に連れ帰るどころか
面会も行けなくなった
今でも思い出すと自分を責める
くみちゃんは凄い頑張ってる
頑張りすぎやと思うほど頑張ってる
私には何も言う資格がないん
ごめんなぁ
ただ、
私はいつも くみちゃんのことココから同じ思いで見てるから
なんでも聞くから
どうか、自分のこと責めないでね
これが一番いい方法なんや、って そう思えるよう・・・ つらいけど
お母さんの本当の 本当の気持ちは
くみちゃんら家族が 笑顔で生活していってくれることやと思うから
私も ばぁが あんな風に変わってしまったけど
本来の 本当のばぁは、私にいつも笑いかけてくれて心配してくれていた母やと思う
病気と障がいで最後の母は、本当の母の顔やなくなっていただけで
なもかも元通りの母は今私に、あれで良かったんやでって
みーさんも、 あれでよかったんやで、って
そう私に言ってくれているって、
なんや変な文章やけど。
今のくみちゃんのこと、きっとお母さんは、表に出ていないところで心配してくれてると思うんよ
ぼちぼち、 ぼちぼちいこうな
体 大事にね
さっとんとギズモさんが言ってることも・・
うん・・ うん・・ と
気持ちわかるし、胸が詰まって・・涙もろくなっちゃったよ
どうしてみんなこんなに優しいんだろうね
そして久美ちゃんも。
久美ちゃんはさ、お母さんをプロの手に委ねるという決断をしたんだもの。それはそうしなければならない理由があったからだけど、その決断がどんなにつらいことか、それは私にもわかるよ。それだけでも、大きなことだし・・・
ヨイコトもみつけて、ヨクナイことも、ここで話してみんなと共有させてね。
・・・同じだった
さっとんさんの言われてることも、入所させるまでの葛藤もまったくそのまんま同じだった
入所してみると、なんか、母がほったらかしにされてるようで
可哀相でね、、、最初の頃はやっぱり週に2~3回会いに行ってたわ
私が行けば、スタッフが気を使って母に声を掛けてくれてるような感じだったから
でもね、お互い、慣れるしかない
母も「もう帰りましょ・・・」っていつも言うの・・・
私は「お父さんが、(お母さんが)ここにお泊りしてるから、安心だって言ってるよ、だから今日はお泊りしてね」って
ずっと繰り返したのよ・・・
入所してる他の方も皆、同じですよね。。。
母の同じユニットの入居のOさんは、スタッフさんに
「帰りたいから、送ってください」
「わかりました、今日は車が無いので明日お送りしますから、今日は泊まって行ってください」
10分おき位にこの繰り返し
その都度、まじめに対応してるスタッフの方には感心しました
けどOさんもすぐに忘れてしまうんです
・・・そんなもんです
でも、家族としては
「帰りたい」という母を置いて、逃げるように帰るときの切なさは
心臓が潰れそうになるほど辛かったです
駐車場の車の中で泣いたこともあります
でも、自分の気持ちも体も、もう在宅に戻るのは無理だと分かってましたから、
久美ちゃんは、
>そうじゃなかったら・・また在宅介護再開すればいい
と言うけど・・・気持は痛いほどわかる
私も、母を連れ帰って施設はショート利用に戻して、と本気で思ったことがあります
しかし、叔父に「お前の自己満足じゃないのか」と言われてハッとしたことがあります
果たして、自宅での生活に戻して
母が元気だったころに戻れるならば良いけれど、
その時の母の身体の状況はもう
プロの手に委ねるのが最善の時期だったですし
母にとって、施設と自宅とどちらが安全で安心な場所なんだろうと冷静に考えた時
私は在宅を完全に諦めました
ごめんね・・・
久美ちゃんを諦めさせようとしてるわけじゃないのよ、誤解しないでね
ヨイコト
いっぱい見つけようよ
訪問マッサージもよかったね
施設ではお母さんの身体的なケアはワーカーさんがやてくれるのだから、お任せして
久美ちゃんが行ったときは傍にいてあげて
話をしたり、食事(久美ちゃんもお弁当でも持って行って)を一緒にしたり(できればだけど)
車いすを押して散歩したり
これから、春になって施設の前の畑に花が咲くんでしょう・・・
「お母さんがここでお泊りしてくれるようになって、私の身体も少しずつよくなってきたからね、ありがとう」と言葉で安心してもらえば、きっとお母さまも落ち着かれると思うよ
いつも、お節介なことばかり言ってしまうの
ごめんね
でも、元気に頑張る久美ちゃんが好きだし応援してるから乗り越えてほしい
「続・・・頑張れ!一人娘」タイトルも予想どおりだったけど(笑)、更新がんばってね
また、庭の草花の写真も見たいわ
PS.旦那様の怪我はもう良くなりましたか?
また、二人でツーリングに行けるといいね
夜中にバァちゃんの声がした気がして飛び起きたり、バァちゃんの居なくなった部屋を見て泣いたり、車ぶつけたり。。。なぁんて
私、大丈夫か?!って思うほど自分で 気持ちとかの調整ができなくなったん。
1年過ぎても なかなか慣れんかった。
入居後、昼夜逆転してしまった時は
夜、面会時間ぎりぎりに会いに行くと
みんな部屋に移動して テレビも消えて灯りも うす暗くなった、がらんとしたフロアーで
1人 車いすに座ったままで寝てるの。
冬の最中に そのまま朝まで過ごすこともあったのよ。。。
その頃は、車いすなら眠るのに、ベッドに入るとパッチリ目を覚ましてしまって
ワーカーさんが部屋を出て3歩ほど行ったところで ベッドから降りようとしてセンサーを作動させてたから・・・
夜勤が一人しかいない夜には バァちゃん一人にかかってられないし。。。起こしておくしかなかったのね
家に居たら。。。こんなこと ありえないよね って 思ったけど
仕方ないよね
せめて、風邪ひかないようにって 暖かい上着を持って行くしかできんかった。
いろいろと、目につくことや思うことは あるけど
よく 思うん。
あのころ だんだんに・・・いっそ 自分の身体が壊れたら
この生活を終わらせる大義名分ができるのに なんて考える回数が少しずつ増えてってた。
でも、自分からは 辞めるなんて言えなくて
というより
バァちゃんのこと、できるなら家で看取りたかったから
まだ看たい まだ看られるはず もうちょっと もうちょっと って。。。
自分が大事。介護してる人が倒れたらアカンから、できるなら入居をって すごいよくわかってるつもりやし、人にも奨めるけど
いざ、自分がその立場になると なかなかできへんのよね
結局、私はバァちゃんの子供たちに入居の決定を丸投げしたわけやけど
その一番難しい決定を くみちゃんは 自分でしなきゃいけなかったから
すごくすごくすごく 迷って辛くてしんどかったやろなぁって思う。
入居してからも 丸投げした私よりずっとずっと気持ちがシンドイやろうって 思うん
いいこと・・・みつかりますように いや きっと みつかるよ みつけようよ~
今まで、すごい頑張ってたぶん 反動も半端ないと思うけど
時間かけて 慣れていってねぇ
・・・長々と、ごめん。。。
書いてるうちに、なんか 収拾がつかんようになってきてしもた((+_+)) 本当に申し訳ないm(__)m
くみちゃん ぼちぼちと頑張ってくださいね。。。
身体 第一で。。。ね
私も不自由な体になった時は「生きていたくない」と自分を受け入れられませんでした・・
お母様の言葉にも辛いと思いますが、今は自分の体を治す事を優先して下さいね。