明日晴れたら、、、

今日は雨だから、ゆっくり過ごそう。
明日晴れたら、、、ちょっとだけ頑張るかなぁ。

強運の持ち主?

2013年04月24日 | 携帯電話

周知のことかもしれませんが、私は、かなりなオッチョコチョイです。
余計な動きも多いし、自分で自分を疲れさせる傾向にあります。
要するに、落ち着きがないってことですね。

もう・・この性格は直らないのでしょうかねぇ~落ち着きのある、大人の女性になりたいものです。
静かに自分の周りを見極めて、動きは正確に機敏に冷静に、不必要な動きも、ジタバタもせず。
おまけに優しく穏やかで、それでいて元気で。
加えて、お腹に余計な肉はなく・・背筋まっすぐで肌も艶々な、美魔女?
な~~~んてね。

無理だ・・・。

言葉や文字って、簡潔に判り易く伝えるのって難しいですね。
そうじゃなくて・・って思えば思うほど、加える言葉や文字が、そうじゃなくて・・になってしまったり。
そのうちなんだか、どんどん違う方向に進んでしまって、自分でも何が言いたいんだか何を伝えたいんだかわからなくなります。
まどろっこしい~~~つまり・・これが私の性格そのもの。ブログの記事そのもの。

で、昔はその性格ゆえに、ウジウジドヨドヨしている私でしたが、気が付けば友達が「変わったね~」って言うくらい、開き直った性格になってきたような気がします。
生まれてから52年、いろいろ起こりましたからねぇ~
ようやく、やっと・・気が付いたんです。
私には、最悪の一歩手前で踏みとどまってる強運があるって。
そりゃま、その最悪の一歩手前ってのが、ミソで・・それも結構大変だったりするんですけどね。
相変わらず、ウジウジドヨドヨもしちゃってますが、以前より、少しだけポジティブ。

昨日は母の特養と、父の病院と、自転車こいで行ってきました。
おらく帰宅後は何もしたくないだろうと、朝のうちに夕飯を作ってしまいました。
今年も旦那の実家から掘り立ての筍が山ほど届いたので、それを使って筍三昧のご馳走です。
皮むきも、灰汁抜きもされて送られてきた筍。
少しでも沢山送りたいからと、そこまでしてくれる義母です。
おそらくバタバタしている私の為に、下処理を済ませてくれたのでしょう。
本当に優しい、有難い義母です。

あ・・また話が飛びました。

夕飯を作り終えて、余裕でブログを更新していました。
父からメールが来て、病院へ寄る前に買い物をしてきて欲しいと頼まれました。
そう言えば、3時に叔母がお見舞いに来るって言ってたし、母の特養へ寄って買い物をすていたら、間に合わない・・
余裕を持って動いているつもりなのに、いつも出掛ける寸前になってバタバタしている私です。

母のいる特養から持ち帰った洗濯物を入れたバックを一つ(私が勝手に着替えさせた洋服や、そのへんに置いてあるタオルは家に持ってきちゃってます)
父の病院へ持っていく新聞や下着を入れたバックを一つ。
そうそう、頼まれた買い物をするために、一階の父の部屋にある父の財布から万札一枚も抜いて。
私のバックの中はゴチャゴチャ~~ま、いいかで出発。

三つの手提げを自転車の前と後ろの籠に乗せて、後ろの籠の荷物が落ちないように、ゴムの網をしっかり取り付けて。
去年、自転車の籠から知らないうちに帽子とタオルを落として、無くしてしまってました。
この百円均一で買ったゴムの網は、本当に便利グッズです。

慌てると、ろくなことが無いから、ゆっくりと自転車を走らせて母のいる特養へ。
母はベットで寝入っていました。
もうすぐオヤツの時間だということで、母を起こして「大丈夫?来たよ」と声を掛けると「大丈夫じゃない」って母。
「何が?」と聞くと「トイレ」だと言うので、ワーカーさんを呼んでポータブルに座らせてもらいました。
洗濯物だけ置いて、母の顔だけ見て父のところへ行くつもりが・・そうもいかず、母が用をたすまで見守りをすることに。
これが、大の方だったのですねぇ・・良い運さんが出てました。

時間があまり無かったので、トイレに座らせたまま爪切りをして、襟元がカピカピだったので着替えもさせて・・
父の入院や手術の話もしましたが、結局頭の中には記憶されなかったようで「おじいちゃんは元気?」って何度も聞く母でした。
おまけに、今日は私を母の妹と間違えて呼びました。
母の正面に立って、じっくり顔を見せたら・・ちゃんと私の名前を言ってくれて、その後は間違えることはありませんでしたが、少し焦ってしまいました。
トイレを終えて、車椅子に乗せてオヤツを食べるためにフロアーへ連れて行きました。
そこで母とは「また来るね!」「元気でちゃんとご飯を食べてね」「じゃあ行くね」
以前のように「うるさいから早く帰りなさい」って、言ってくれたらいいのになぁ。
なんだか、寂しそうな母の顔・・この時間はいつも本当に嫌いです。

特養を出て、次は父の入院している病院へ。
あの角を曲がれば、あと5分で到着というところで、自転車のペダルが止りました。
え?自転車が動かない・・・
自転車を降りて、後輪を見ると・・が~~~ん!
荷物を留めてあるはずのゴムの網が、ぐるんと後輪に絡んでいるではありませんかぁ~~

なんとか外そうと思っても、全然駄目。体中汗まみれ・・手は油で真っ黒。
あっちを引っ張り、こっちを引っ張り・・なんとか車輪が回るようになったけれど、ペダルと連動してないのは何故?
病院の前にはコンビニがあるので、そこでゴムを切るものを買おう!
半分引きずるように自転車を引っ張って、コンビニでカッターを買おうとお財布を開いたら・・え??入ってるはずの万札が無い・・・
自転車もなんとかしなきゃいけないけど、入れた一万円が無いことも・・・ドキドキ。
もう頭がパニックでありました。
とりあえず、カッターで絡まってるゴムを細かく切って、後輪の中心に挟まってるのを引っ張り出して・・もう、くたくた。
なんとかペダルが回るようになったので、ヨレヨレになって病院へ。
一万円が無いから・・父に頼まれてた買い物も出来ないし・・って言うか、一万円はどこ?

父の病室に着いたら、叔母が既にお見舞いに来てくださってました。
もう30分待ってたみたいです。
手土産に、モ〇ゾ〇のチーズケーキやゼリーを沢山持ってきてくれました。
父を見ると、ベットの上で、頭を高くして寝ています。
胸を押さえて、なんだか苦しげで痛そうでした。
なんでも、歩行練習をした後に血圧を測ったら、上が70くらいで下が40jくらいだったとか。
いわゆる、ずっと寝ていた直後の運動で、起立性貧血のような状態だったようです。
胸痛があったので、午前中に心電図も撮って診てくださったようですが、特に問題は無かったようです。
尿管に管を入れていたのも外されていましたが、こちらは問題なく出すことが出来たようです。
手術の傷の痛みより、胸の方が痛そうでしたが、なんやかやと話しているうちに少し落ち着いたようで、二度目に血圧を計ったときは100少し欠けるくらいまで上がってきました。
私のおっちょこちょいを話したから、心配して血圧が上がったのかもしれませんね~。
手術後の夜に、なんだか寝付けなかったらしく、そのせいもあったようです。
一時間ほど病室にいて、早めに退散しました。

自転車はなんとか動き、20分後には家に無事到着しました。変な音はしますが・・。
もし、動かなくなった場所の近くにコンビニがなかったら・・

叔母が持ってきてくれたお見舞いは、父から頼まれた品物に変わりました。
食べれなかったのは残念だったけど、それで父の気も済みました。

そうそう・・一万円札は、お風呂場の脱衣籠の上に忘れ去られておりました。
お風呂のタイマーをかける時に、置いたままにして出掛けてしまったんでした。

自分のせいなんですけどね・・なにもかも。
本当に疲れた一日でありました。
でも、いささか試練はあったものの、最悪な事態にならないで済みました。
おまけに、壊れかけた自転車は、父が新しい自転車を買ってくれるそうで、ラッキーです。

夜、テレビで腰痛予防番組を見ながら、壁に寄りかかって立って姿勢を正していたら、お風呂から上がった旦那が私を見て「すげぇ~ぶ厚い横幅だなぁ~」と。
ムカツクったらありません。
痩せてやる~~~~~
叔母が持ってきてくれたカロリーの高そうなお菓子・・やっぱり、食べなくて良かったかもですね。

今日の父は元気でした。
長女と二人で病院へ行くと、ベットの上に下着を並べて綺麗に畳んでしまっていました。
昨日の具合の悪さはもう無いようです。
傷を見せてもらいましたが、一本の線という感じでした。
医師は5センチ位とか言ってましたが、10センチくらいあったような。
心配していた血腫も出来ていなかったし、綺麗な傷跡でした。
持って行ったプリンも、美味しそうに食べていましたし、それが何だか嬉しくて。
私もダイエットを忘れて、楽しく三人でオヤツタイムでした。

まだ血液サラサラの薬がうまく身体に馴染んでいないようで、点滴と錠剤を両方使って調整していますが、退院もそう遠くないような気がします。

外科病棟、いろんな方がいます。
どの方も、回復されて、早く退院することが出来ますように。

明日は母の脳外科の通院日です。
久々の外出なので、お天気になるといいなぁ~

最後に、昨日の夕飯です。 

 
  

筍、油揚げ、蒟蒻の煮物。
筍、ピーマン、牛バラ肉、人参のニンニク炒め。
筍、ワカメの味噌汁。
筍ご飯~~

ムカつく旦那に、筍三昧の夕飯でした。
筍ばっかり出てくるので、ビックリしておりました。
植物繊維ですし~~ダイエットにも良いですよねぇ。
黙って食え!ってか・・・あはは。


22日月曜日

2013年04月23日 | 携帯電話

無事、父の鼠径ヘルニアの手術は終わりました。
ご心配、エール、本当にありがとうございました。

手術は12時予定だったのですが、早まることがあるとのことで、看護士さんから10時までには病室に来てくださいと言われて、タクシーで次女と向かいました。

しかし、実際父がストレッチャーに乗ったのは、2時間半後の12時半で、なんだか待ちくたびれておりました。
「幽霊になって戻ってくるかも・・」なんて、アホなことを笑いながら言っていた父でしたが、案外と落ち着いていたような気がします。

手術時間は2時間くらいだと聞いていたので、次女と病院の新棟にある展望レストランでランチをしてきちゃいました。
8階にあるレストランで、丹沢連峰が近くに見えます。
これがナカナカ美味しいランチで、しっかり完食。
私って、結構ず太い神経をしていますわね。
ロビーで終わるのを待っていてください。との事だったので、次女と二人・・本を読んだりテレビを眺めたりしていました。
が、二時間たっても手術終了の知らせが来ず。

前日に、麻酔科の医師より「全身麻酔」で手術を行うと聞いていたので、尚更あれこれ考えてしまって・・心臓にリスクのある父には、全身麻酔もかなり負担になると聞いていたし、やっぱり、母の時のことが沸々と溢れてきたり、実はかなりドキドキしていました。

3時を少しまわった頃、漸く終了の知らせを受けました。
手術室横の医師面会室で医師から万事順調に手術が終わったと言われて、やっとホッとしました。
傷口は5センチくらいで、出血も少なかったそうです。

(男の人は、生まれる前はお腹の中に玉ちゃんが入っているそうで、それが産まれる時に下へ落ちるそうなんですね。その通り道が腹筋の左右に1ヶ所づつあるそうです。
本来、そこは筋肉で塞がるそうなんですが、加齢と共に腹筋やその上にある腹膜が弱くなって、生まれる前にあった玉ちゃんの通り道が再び隙間となって広がり、腸だったり脂肪だったりが入り込むらしいです。
父の場合は腸だったのですが、腸を元の場所に戻して、伸びた部分を結んで、筋肉を挟むようにネットを入れたそうです。
って・・文字で説明するのは、私には実に難しいので、流して読んでくださいね)

手術室に入って2時間半ですから・・麻酔をかけたり前準備で、予定通りだったのかもしれません。
しっかりと麻酔が切れてから病室に戻ると言うので、またそれから1時間程待って・・病室で父と会話をしたのが4時前だったかなぁ。

しっかり意識もあり、少し痛みがあるようでしたが、元気に喋れていました。
無事に終わって、安堵の父でありました。

さきほどメールがありまして、今日は昼にカレーを食べているそうです。
これから、また薬を点滴から錠剤に移行するために調整をして、うまく身体の中に馴染んだら退院です。

 一時間に数ミリしか身体に入らない電動点滴。


退院は、今週中かなぁ~ってことでした。
父が自宅に帰って来てからが、またいろいろ大変そうだけど・・あはは。
とにかく無事に手術が済んで良かったです。

ありがとうございました。ホントにホントに、ありがとうございました。

さて、今日はこれから母のところと父のところへ行ってきます。
あ~~~~もう一人くらい兄弟姉妹なんでもいいから居て欲しかったぁ~~と思う私でありました。

頑張るよ~~


16日火曜日

2013年04月16日 | 携帯電話

 

父は無事に入院しました~
詳しい経緯はチューリップの記事を見てくださいね~

希望通り、六人部屋になりましたす。

病棟の先生は物腰の柔らかい方で、看護士さんは美人さんばっかり。
おまけにどなたも優しいから、流石大学病院です。
母が半年入院した時も思いましたが、本当にしっかり教育されていると思います。
なんて、上から目線ですいませ~ん。

車椅子を押して、レントゲン、心電図検査室へ。

車椅子の扱いが上手だから、助かります~って補助員の方に褒められました。
そりゃ~年期が入ってます~(*^o^*)
おかげで、普通は検査後にはお迎えがくるのですが、私が病室まで連れ帰ることに~。

広い病院だから、結構な運動です。
いいんですが、ちょっと疲れた…

父はまな板の鯉です。
点滴に繋がれて、来週までは不自由ですが、思ったよりも落ち着いています。
でも心細いらしくて、なんやかやと帰りが遅くなってしまいました。

暫くは、優しい娘になって親孝行します。
自転車で母の施設にも行きます。
父の病院へも。
良いダイエットだな~と思っています。
二週間で何キロ痩せるか楽しみです~(*^o^*)


元気の素

2013年04月15日 | 携帯電話

コブクロ 轍―わだち―

そんなに遠い目をして 君は何を見ているの
一秒ずつの未来が 今も通りすぎているのに
眠れないほど悩んで 見えた答えがあるなら
君さえ知らない君を 見つける旅に出かけようよ
轍さえもない道をただ進め
抱えきれない夢が 不安に変わりそうな日が来たら
そんな時は 僕のところへおいで 歌を唄ってあげよ
涙かれた その後にだけ見える光 明日を照らす


そんなに遠い目をして 君は何を見ているの
昨日を振り返るなら 見えない明日に目を凝らせ
こんなに強い自分が いることに気付いたのは
この道が 誰でもない 自分で選んだ道だから
しがらみの中をかき分けて進め
傷だらけの両手が いつの日か輝いて見えるまで
開いた扉 通り抜けても
それじゃ強くなれやしないよ
閉じた扉 タタキつぶしてゆこう
君の未来のほうへ Ah~


そんな時は 僕のところへおいで 歌を唄ってあげよ
涙かれた その後にだけ見える光 明日を照らす
どんな時も 僕はいつでもここで歌を唄ってるだけ
閉じた扉 タタキつぶしてゆこう 君の未来のほうへ

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最近、この歌ばかり聴いています。どんなに落ち込んでても、元気になれる歌。
コブクロ、轍。
歌詞もいいけど、メロディーも好き。


6月のライブ~絶対に行きたいなぁ。
チケット代金は既に払ってあるから、次女と今度は埼玉アリーナです。

だいぶ前になりますが、長女が塗ってくれました。
手の指ですよ・・足ではありません。

 5296(こぶくろ))

 ブルーバードです。

 太陽です。

 流星、黒田君、小渕君、桜です。

歌の題名をデザインしてくれました。うふふ。

 

最後に、次女が今日作ってくれたピーマンの肉詰め 

初めて作ったわりに、とっても美味しかったです。
私は今日も午前中、父の病院の付き添いと、薬を取りに行ったり、パンツ買いに行ったり・・クタクタだったので本当に助かりました。
次女が料理なんて、珍しい~~~です。
大学が休みで良かったぁ。
来月から、開業医の所でいよいよ歯科衛生士の実習なんですよぉ~
父も沢山食べてました。
孫の手料理、何よりの元気の素ですよね。

 

それでは、また!


今年の春の根性花

2013年04月15日 | 携帯電話

 階段の隙間から勿忘草。

 植木鉢の下からも勿忘草。

 家の門の石段の隙間のスミレ。

 これは毎年咲いているブルースターの今年の芽です。

 毎年根性で咲いてるスノーフレーク。

 12日に、久々に長女が母の所へ来てくれました。

この二人も、私にとっては根性花かなぁ~~
顎がそっくりな二人です。

菜の花も終り。あと数ヶ月したら、今度は一面のひまわり畑に変身です。 

 

 


4月9日、10日、11日

2013年04月15日 | 携帯電話


 

いつも、家の前の電線に、二羽仲良く止まっている鳥です。
一羽の口ばしには藁みたいなもの。巣を作ろうとしているのでしょうか・・
仲良く電線の上に止まっています。
夫婦でしょうか?

私には羽が無いので、空は飛べませんが・・旦那の運転するバイクの後ろに乗って、今回も飛んで来ました。

 

旦那が、土曜日に出勤となりました。
どのみち暫くは、週末にのんびりツーリングってわけにもいかないし~と諦めていたのですが・・思いがけず10日水曜日に代休の前取りをするって言い出した旦那。
もしかして、あまりにもバタバタイライラしていた私の為に、仕事を休んでくれた?なんてチラっと思ったけど、旦那はそんな人では、ないな。

「天気も良さそうだし、平日なら渋滞もないだろうから、走ってくるわ~」 旦那

「いいなぁ~~私も行きたいなぁ。まぁ一人で行きたいならいいけど」  私

「別にいいよ。一緒に行く?」 旦那

ってな会話があり、久々のタンデムツーリングとなりました。

父には、絶対に出掛ける宣言を前日にしておいたので、いつもより少し早めに起きてくれました。
しばらくは、父専属になる娘を開放してくれ~~と、実はかなり言っちゃったのでした。
朝、大分早めに起きたのですが、やはり出発は9時を過ぎてしまいました。

行き先は箱根。お天気はまぁまぁでした。
いつだったか、渋滞で行くのを諦めた「お玉が池」と「箱根の関所」
せっかく箱根に行くのだから、平日で空いてるだろう日帰り温泉にも入りたいということになり、ネットでみつけた日帰り温泉へも寄ることになりました。
 

お玉が池は、悲しい言い伝えのある場所です。
いつもなのか、平日だからなのか、誰もいませんでした。
うぐいすの泣き声がだけがして、とても静かな場所でした。
終わりかけの桜が咲いていて、とっても綺麗でした。

箱根の関所跡は・・実は通り抜けただけでした。
チケットを買えば、当然ながらじっくり見れるんですが・・じっくり見なくても、なんとなく外から見れるってのが不思議と言えば不思議な作りで、節約してしまいました。
関所を越せなかったお玉さん、生まれ変わっていろんな場所へ旅行出来てたらいいなぁ。

正直、日帰り温泉は・・イマイチでした。割引券をダウンロードして一割引の900円。うぅ・・ん・・。
なんたって貸切状態で良かったのですが、あまりにも人がいなさ過ぎのせいか、露天風呂には虫さんが団体さんでプクプク。旦那は露天風呂なんだから仕方ないって言ってたけど、団体の虫さんとの混浴は・・パス。
ジェットバスの湯船は、完全一人貸切で、のんびり気持ち良かったです。

一番嬉しかった場所、帰り際に通った「乙女峠」です。
温泉を出てボーっとしていた私で、ふいに峠の駐車場にバイクを止めた旦那。
道路を挟んだそこには、デッカイ富士山が!
なんだか、びっくりするほど大きくて、毎度のことながら身体に何かが入ってくる感じがしました。
関所の近くで「箱根そば」を食べた芦ノ湖からも、うっすら見えてた富士山でしたが、やっぱり裾野が広がってる三角の富士山は格別です。

富士山を見ると、何故か頑張ろう!って思える私。
とにかく、頑張ろう!

いろいろあるけど、頑張ろう!でした。

枚数が多いですが、フォトチャンネルどうぞ!!

 

そして、遂に高速道路の初体験をしました。
行きは箱根まで3時間ほど走ったのですが、帰りはその半分。
最近出来たばかりの高速道路でもあり、アスファルトがまだ黒っぽくて、ラインは真っ白。
流石にデジカメを構えることは不可能でしたが、思ったよりも怖くなくて・・気持ちが良かったです。
高速道路は、やはり防音壁で景色が見えない所が多いのが難点ですが、遠くまで短時間で行けるのは凄いことです。
これからは、もう少し遠くまで行けるかなぁ。

家に帰ったのが5時、ついさっきまで箱根にいたのが嘘みたいな・・不思議な時間の流れでした。
旦那は~と言えば・・その足で、パチンコに~~まったくもって、元気いいですわ。

 

そうそう・・長女が、大分早い母の日のプレゼントをくれました。
お店の人に聞いたところ、すぐ品切れになるとかで、今しかないと言われて買ってしまったんだそうです。
 富士山柄の抱き枕ですよ~~いい夢見れそうです。

4月9日に22歳になった長女です。
社会人二年生です。しっかり働いております。
まだ誕生日プレゼントあげてないのに、貰っちゃいました。
そうだ!これも貰ったんだぁ。

 夫婦箸です。

自分の誕生日に、親にプレゼントをするって・・私には考えたこともなかったけど、娘のまわりにはそういう友達がいるそうで、私と旦那に逆誕生日プレゼント。

 

とってもとっても嬉しいプレゼントでありました。


貯金もしときなさいよぉ~と、口から出そうになりましたが黙っておきました・・・親としては、気前の良い長女の性格が、実はちょっと心配です。


チューリップ

2013年04月15日 | 携帯電話

 


    
            

  

 

気が付けば・・前回のUPから半月以上たってしまいました。
前回に引き続き、箱庭の花を撮ってみました。
あちこちの鉢に咲いていた薄紫のスミレが終り、濃い紫と白いスミレが咲いています。
昨年のこぼれ種から、ブルーとピンクの勿忘草とノースボールも咲いています。
お金のかからない経済的な箱庭でしょ。

今年植えたチューリップ・・なんだかイマイチです。
随分沢山植えたつもりが、半分は葉っぱだけしか出てきませんでした。
花が咲いた球根も、寒くなったり、暖かくなったりの気温に、迷っているよな咲き方です。

そして・・迷っていたのはチューリップだけではなく、我が家の父もでありました。
が、遂に決心したというか・・決断したというか。

手術することになりました。
そう、鼠径ヘルニアの手術を受けることになりました。

ビックリデスよね・・決まってしまえば早いと言うか、運良くその日だけ外科の手術室が空いていたようなのです。

4月8日、大学病院の外科を受診しました。
それは、手術を受ける決心をしたということです。

最近、痛みが少し強くなっていて、脱腸する回数も増えてきたと言う父で、それが父にとっては恐怖であり、精神的にも苦痛になって耐え難いものになってきたようです。
万が一、脱腸したまんま戻らなくなったら、そこが腐ってそれこそ大変なことになります。
それをカントンと言うそうです。
それは明日かもしれないし、一生大丈夫かもしれないし・・それこそわからないそうです。

本来、鼠径ヘルニアの手術くらいだと、手術予約は受けないんだそうです。
重症な患者さん優先はもちろんのこと、手術の空きが出たら順番に病院から電話がかかってくるってパターンらしいです。
だからきっと、これは神様が早くしちゃえって、背中を押してくれたんだと私も父も思うことにしました。
そして、明日は手術日の一週間前。入院です。

父は心臓弁膜症で手術をし、心臓に人口弁が二つ入っています。
その人口弁に血栓が出来易いそうで・・つまり、身体の中に異物があることで、それを治そうとして血液が凝固しはじめちゃうってことかな。傷を治すカサブタみたいな感じですかね。
血栓が人口弁に張り付いて、それが剥がて血管の中を通って流れ・・細い血管を通り切れずに詰まってしまうと、大変なことになります。
心臓の血管を塞げば、心筋梗塞となります。
そして脳には細い血管が山ほどです。そう・・脳梗塞になります。

で、凝固しないようにするために、父は血液がサラサラ流れる薬「ワーファリン」と「バッファリン」の錠剤を飲んでいます。
この薬は、体内の中で、3~4日効き目が続くそうです。つまり、飲まなくても3~4日は血液がサラサラ状態でいられるってことですね。
サラサラだけならいいのですが、血がとまりにくくなっている状態でもあるわけです。
数ヶ月前の父の怪我・・わずか数センチの傷でさえ、救急車を呼んでしまうほどの流血になってしまったことがよみがえってきます。
さて・・手術をするわけですから、なんとかしなきゃいけないわけです。
そこで、効き目が長く続かない薬に切り替えるわけです。
ヘパリンという「点滴」は、数時間の効能しかないそうで、手術をする数時間前に止めてサッサと手術をするってことです。
その切り替え時間が、一週間。
身体の中から錠剤の効き目を無くし、点滴で持続しておくってことですね。

本来なら、二泊三日の入院で済む手術だそうです・・場合によっては日帰りも可能だとか。
新しく主治医になった心臓外科の医師も「僕が同じ立場なら、手術しちゃう」と言ってくれましたし「何かあったら来てください」の私の言葉に「任せておいて」とも笑って言ってくれました。
しかしそう言ってくださった後、血液検査の数値、血の流れが少し弱くなっていると、ワーファリンの量がほんのちょっと増えました。
微妙に増えただけなのですが、なんだかやっぱりドキドキです。

母の時に受けた苦くて辛い経験もあるので、多分私も父も、変な覚悟をしてしまいます。
手術が無事に終わるまでは、いえ・・退院するまでは何が起こるかわかりません。
母の時は、今の母の状態を想像していませんでした。
今回は、ほんの少し・・そういうこともあるかもしれないと思ってしまいます。なるようにしかならないと思っているところもあります。
もちろん、また元の生活に戻れることを信じ、願っていることも確かです。
たかが鼠径ヘルニアの手術・・そう思わなきゃ、何のために手術を受けるのかわかりませんから。

でも、手術を決めたものの、父の不安は尽きません。当然と言えば・・当然なのですが。
今まで以上に小さなことも気になる気になる・・。
退院するまでは、「体調を崩したくない」と、ディもショートもキャンセルです。
私がたてていた予定も、全部キャンセルです。
今月はいろんな科の予約が沢山あって、その全部に付き添いました。
こんなときに限って、薬の日数が足りなかったり、父が薬を間違えて飲んだり・・病院に関わらない日がないくらいでした。
入院準備のあれこれや、パンツだパジャマだと新品を買いに走り、何しろ綺麗好きでコダワリの強い父ゆえ・・本当に大変なんです。
朝から晩までご飯を作り・・当たり前の主婦の仕事なんだけど、それのどれもこれもが嫌になったりして。
いろんなことが面倒になり、いろんなことがどうでもよくなったりして・・

今まで以上にナーバスになっている父、それを支えてあげられるのは私しかいないのに。
自分自身も、顔の痺れや腰から来る足の痛みが、この季節の変わり目に強くでています。
それでもなるべく気にしないように、痛み止めを飲みながら頑張っているのに・・父はひたすらに自分の辛さばかり・・いえ、本当は私のことを心配してくれているのは、わかっています。
自分の気持ちがささくれて、いろんな想いが頭の中でぐるぐる廻って。

おまけに休日になると、お天気が悪くて、ツーリングもままならず・・ひたすら父の世話ばかり。
いい歳をして、私はアホですね。
自分の思うようにならないと腹を立ててる、小さな子供みたいです。

イライライライラしておりました。
ブログにこんなことを書いていること自体、恥ずかしい限りです。
だから、本当は随分前にこの記事を書いていたのですが、なかなかUPできませんでした。
花の写真の日付を見ると、わかってしまいますね。

もう一度読み返して、反省の意味も込めて・・UPすることにしました。

今は、父が無事に帰ってきて、また親子喧嘩が出来るのを楽しみにしています。

頑張れ父!

しばらくは、またアチコチ自転車で走り回らなきゃです。


頑張れ一人娘!!

                                          な~~~んてね。