大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

梅の花に思う

2021-02-25 08:51:00 | 神仏について
今日は桃から梅へ。梅について書きます。


2月初旬に、都内の荏原神社に参拝したら梅の花が見事に咲いていました。何羽もの小鳥、メジロかな?が綺麗に咲いた梅の花の周りを飛び交っていました。


恵比寿様が笑っていました。


平安時代には、桜より梅が宮中ではこよなく愛されたようです。梅の木を愛でる和歌が多く残っています。


冷蔵庫がない太古の昔から保存食として食される梅は、病気を予防する効果も有るようです。梅干しは白いお米に合います。白に赤。日本食代表です。


私は紀州産の青梅1000円くらいのを3袋かって梅干しを作ります。沢山できるので1年楽しめます。


梅からは、私は雷神、菅原道真公を思い浮かべてしまいます。怨霊と畏れられたようですが、人の嫉妬心からの陰謀への深い悲しみが強かったと思います。悲しみが怒りとなりエネルギーとなって、神に成り、雷神になったのだと思います。


九州に左遷された菅原道真公がこよなく愛した京都の道真邸の梅の木が、一夜にして太宰府に飛んでいった飛梅伝説があります。


梅は太宰府天満宮の御神木です。


東風こち吹かばにほひおこせよ梅の花 

 主あるじなしとて春を忘るな


道真公はどんな思いでこの歌を詠まれたのでしょうか。無実の罪で宮中を追われ、家族とも別れ遠い九州の地で亡くなりました。



また、八大雷神のうちの一柱の雷神は、日本神話ではイザナギの妻であるイザナミに火傷をおわせて亡くなる原因を作った、イザナギに殺されたお子様である火の神様、迦具土神いかづちの神様という説があります。


「厳(いか)つ霊(ち)」の意と取るのが通説になっているようですね。「ち」は「血」や「乳」を連想させる事からイザナミ様に傷を負わせたお子様であると名前にも秘められているようです。


いかづちの神様は熊野の地の花の窟神社にイザナミ様と共にお祀りされていました。妹の友人と、妹と3人で昨年末参拝させていただきました。神社というより墓地のようでした。


雷神は竜蛇神として姿を現すことが多く、雨や水を掌る神とも言われています。


雷は、稲妻を放ちます。水と火は対極のイメージですが、その両性を合わせ持つのが雷です。雷が落ちた場所の稲は素晴らしく良く穂をつけると聞いたことがあります。雷は怖いですが、その土地の邪を祓う閃光、水と火の両性を兼ね備えた神様の光かもしれません。


稲の実りの有無が飢饉に直接関係した昔、雨や雷、火や水などは全て神の恵みと昔の人はとらえたのだと思います。自然に対して人は自然と畏怖の念を抱き祈りを捧げたのでしょう。飽食の時代に生きると、なかなか想像できませんが。


梅の花から、怖い雷神まで話が飛躍しました。梅は大好きな花です。メジロや、ホーホケキョとなく鶯、野鳥の停り木であり、遊び場です。優しい恵比寿様に見守られていて温かい気持ちになりました。



















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