愛と情熱の革命戦記

猫々左翼の闘争日誌

いい年齢(とし)こいてみっともないと思わないのか?

2015年10月08日 10時29分47秒 | 戦争のない世界をめざす

 

※上記写真の人物はセバタ勇区議会議員です。


 日本共産党は、安倍自公政権が戦争法案を参議院本会議において強行採決した後に、緊急の第4回中央委員会総会を開催した。そこで日本共産党は、戦争法廃止と集団的自衛権行使容認閣議決定撤回を一致点とする、国民連合政府実現への提案を社会へすることを決定した。そのことがあって、現在、全国の日本共産党の党員・党組織は様々なところで国民連合政府実現への提案についての支持を国民へ訴えている。

 国民連合政府実現へむけて日本共産党は、民主党の岡田克也代表(2015年9月25日)、生活の党の小沢一郎党首(2015年9月28日)、社会民主党の吉田忠智党首(2015年9月28日)と会談した。

 安倍自公政権を倒して立憲主義・法の支配に基づく政治秩序を取り戻すための日本共産党が提案した政権構想が野党各党を巻き込んでいく中で注目が様々な所から注目が集まっている。言うまでもないが、全ての人々が日本共産党が提案している国民連合政府実現に賛成しているわけではなくて反対する人々がいる。安倍自公政権が強行制定した戦争法制に賛成する人々が一部にいる。

 社会には様々な立場の人々、様々な価値観・政治観の人々がいる。だから、日本共産党が提案している様々な政策、政治的立場に反対する人々がいる事自体は問題がないというか、いて当たり前である。従って、日本共産党の党員・党組織が街頭で宣伝行動をすれば、賛同する人々だけではなくて反対する人々が行動参加者に話しかけたり議論を持ちかける場合がある。これが紳士的に行われる分には、私は問題視しない。しかし、時々看過できない事態に直面することがある。

 昨日、17時30分から18時30分にかけて日本共産党のセバタ勇区議会議員及び地元の党員、後援会会員、そして平井・小松川9条の会がJR総武線平井駅南口駅頭で戦争法制廃止への訴えをした。私は、宣伝行動に遅れて参加したから直接は目にしていないのだが、仲間から「中国の手先!」と捨て台詞をぶつける中高年の男性がいた旨を聞いた。集団的自衛権行使のための戦争法(安保関連法)を違憲であり、日本を戦争国家へするものだとして日本共産党は反対している。このことに対してどうして「中国の手先!」と捨て台詞を投げつけられなければいけないのか私にはまるで理解できない。戦争法に反対することを中国の手先と扱うことには、論理の飛躍がある。日本共産党の提案を不条理だと思うのであれば、その理由を筋道立てて述べるのが大人としてとるべき態度ではないだろうか。

 自分の見解を筋道立てて述べるでもなく、感情的に捨て台詞や悪罵を投げつける行為は、大人として実にみっともないと私は言わざるをえない。

 戦争法(安保関連法)を違憲とすることに納得出来ないならば、合憲であることを筋道立てて納得出来るように説明するべきだろうし、他のことでも日本共産党などの見解に反対ならば、その旨を筋道立てて紳士的に述べるのが一人の大人として社会人としてするべきことだ。何の論理も示さずに公衆の面前で他人に捨て台詞や悪罵を投げつけることは、大人として社会人としてみっともない行為だということを自覚するべきである。


戦争がどれだけ人間の心を蝕んでいくか

2015年09月18日 07時51分33秒 | 戦争のない世界をめざす

 色々と思うところがあって最近私は解離性障害などについて精神科医が執筆した本を読んでいた(思うところというのは、労働に関するメンタルヘルスなどの問題などに関してである)。その中でベトナム戦争帰還兵にまつわるエピソードが取り上げられていた。これは、戦争が人間の精神にとってもどれだけ耐え難いことかを如実に示していた。

 精神疾患の中には、うつ病や統合失調症などの他に解離性障害がある。解離は、本来、耐え難いストレスを被る事態に直面した時に自我の崩壊を防ぐために問題となっている事柄を自分自身の精神から切り離すという心の防衛機能である。

 戦場から帰還して、その後にPTSDを罹患した兵士の中には任務遂行中に解離という心理現象を体験する人がいる。少々長くなるが、引用しよう。

『負傷兵を銃剣で刺していとき、私は自分自身から離れて、敵兵を銃剣で刺殺しつつある「殺し屋」を遠くから見ているような感じがした(中略)そのことは私を恐怖と嫌悪でみたし、そしてそれは、私が何者であるかについての意識とも、私にできると感じていたこと友、結びつかないように思えた。そのとき依頼、戦闘の状況下で私は私自身から離れ、「殺し屋」が戦闘任務を遂行しているのを眺めるようになった。その殺し屋は、私自身とは違って、他者も恐怖も気にかけずに、その仕事をずっと上手にやってのけることができたのだった』(柴山雅俊著 『解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理』ちくま新書より引用)

 引用しているように戦闘任務を遂行中の兵士が体験した心理体験は、体外離脱体験あるいは離人体験と呼ばれる解離の状況を示している。殺し殺されるという極限状況そのものが人間の精神にとって耐え難いことである。そして、まともな良識の持ち主にとって悪くもない人間を殺すことは耐え難い苦痛を伴う。そこで、『解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理』(柴山雅俊著 ちくま新書)で引き合いに出されている兵士にとって自分が人殺しであることに耐えられなかった。そこで、その兵士は、戦闘任務遂行にともなって人を殺している自分を自我の崩壊を防ぐために自分自身の心から切り離したのである。このようにして現実や自分自身を心の中で切り離す心理現象が解離である。

 安倍自公政権は、2014年7月の集団的自衛権行使容認閣議決定を具体化するために安保関連法案=戦争法案制定を強行しようとしている。自衛隊がアメリカの世界戦略の下支えをする形で世界中で武力行使するようになれば、自衛隊員は大義のない人殺しを国家の命令によって強制されていく。そうなっていけば、イラクのサマワの事例を遥かに凌ぐほどにPTSDに苦しむ自衛官が出てくるだろう。なぜならば、自衛官は、私たちと同じように感情や良識を持つ生身の人間だからである。

 戦争は、殺された人々の人生を破壊するにとどまらず、命令によって人を殺すことを強制された人々、つまり兵士の人生をも破壊していく。ここにこそ、戦争をこの世から根絶しなければいけない理由の根源がある。

 集団的自衛権行使は、日本をわざわざ海外で米軍の指揮下で戦争する国に仕立てあげるものである。これは、日本と世界の平和に脅威をもたらして非戦闘員だけではなくて戦闘員として派兵される自衛官の人生をも破壊していく。このようなものを容認するわけにはいかない。集団的自衛権行使のための戦争法案は、違憲というにとどまらず人々の精神を根本から蝕んでいく事態をもたらしかねないからには廃案あるのみである。


雨にも負けずに戦争法案強行採決阻止のために駅頭宣伝

2015年09月17日 11時13分02秒 | 戦争のない世界をめざす

 フェイスブックで投稿したことを繰り返すようだが、ブログにも今朝の駅頭宣伝のことについて簡単ながら投稿する。


 雨脚が強い日には、行動参加者の安全確保の観点から通常は宣伝行動が中止になる(若い人ばかりの組織ならば雨にも負けずといえるんだけど、年寄りが多くてそうもいかない)。しかし、戦争法案をめぐる状況が緊迫しているので、今日はセバタ勇区議会議員は駅頭宣伝を行った。スピーチは、セバタ区議や私を含めて交代しながら行った。

 宣伝内容は、戦争法案に関すること、昨日の国会前行動についての様子の報告であった。なお、昨日の国会前行動参加者は約35,000人であった。安倍自公政権は、国民世論と運動に追いつめられて参議院における安保特別委員会も開けずにいた。日本共産党をはじめとして戦争法案に反対するそれぞれの野党が奮闘して安保特別委員会を開かせないようにピケッティングを行っていた。戦争法案に反対する議員と国会を包囲する市民が相互に励まし合いながら戦争法案反対のために闘っているのである。こういったことが駅頭宣伝の主な内容であった。

NO PASARAN(奴等を通すな)!

戦争法案絶対反対!

安倍は辞めろ!

ファシスト通すな!


2015年9月14日 国会正門前が解放区になった

2015年09月15日 17時28分52秒 | 戦争のない世界をめざす

 昨日(2015年9月14日)に戦争法案強行採決阻止を求める人々が国会正門前に集結した。おおよそ4万5千人の人々が国会正門前へは集まってきた。私もその4万5千万分の1であった。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-09-15/2015091501_01_1.html 

 私は東京メトロ桜田門駅から国会議事堂方面へ歩いて行った。警察の過剰警備には目に余るものがあり、国会前の道路両脇には鉄柵がびっしりと張り巡らされて、さらには警察車両が車道の両脇をびっしりと固める状況であった。後から人が押し寄せてくるわけで、警察がいくら鉄柵を設置しようがそのようなものがいつまでも続くわけなく、しまいには鉄柵が行動参加者によって倒されて、そこから車道に人々が溢れていった。その時の様子が、デジタルカメラで撮って動画サイトにアップロードしたものである。

 国会正門前の行動の様子を毎日新聞写真部がツイッターで掲載している。
https://twitter.com/mainichiphoto/status/643417541692407808

 毎日新聞写真部が掲載した写真の両脇にかまぼこのように写っているのが警察車両である。国会正門前がびっしりと人で埋め尽くされている様子が手に取るように分かる。2015年8月30日は、日曜日であったが昨日の行動は平日の夜の出来事である。それだけ、多くの様々な背景の人々が戦争法案強行採決反対の声をあげていたのである。

 SEALDsや「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」などによる行動は、たんに戦争法案阻止に留まらず立憲主義擁護と反ファシズム、安倍政権打倒を要求するものとなっている。歴代政権が今まで違憲としてきた事柄について時の政権の恣意的な憲法解釈で良いことにされてしまったのでは、憲法で以って為政者の横暴を抑えることができなくなってしまい、立憲主義の根幹が崩れてしまう。立憲主義崩壊の行き着く先は、独裁政治であり、ファシズムへの道である。だからこそ、戦争法案反対運動が立憲主義擁護、憲法の民主的原則を保持して日本社会を根本的に民主化させるための要求運動に発展していくのである。

 戦争法案に賛成することは、憲法第9条のみならず立憲主義の根幹を破壊することそのものである。我々主権者たる日本国民は、戦争国家づくりと立憲主義破壊の独裁政治を許さない。来年、つまり2016年には参議院選挙がある。戦争法案に賛成する、憲法第9条と民主主義破壊に手を染める参議院議員で来年に審判を受ける人物は、政治生命を喪失する覚悟を決めるが良い。


戦争法案廃案を求める運動と世論が鉄柵を決壊させた

2015年09月01日 17時40分39秒 | 戦争のない世界をめざす

 2015年8月30日は、参議院で審議中の戦争法案(安保関連法案)の強行採決阻止をめざす人々が国会及び周辺へ集結した。こういうことがあると警察はお決まりのごとく交通整理という名目の妨害を仕掛けてくる。「危険ですから」という決まり文句とともに警察は人々を鉄柵を使って狭いところへ押し込めて危険と混乱をもたらすのである。なんというか、警察はわざと危険と混乱を引き起こすことで怪我人の1人でも出れば、ドヤ顔で「(警察の)指示に従わないから」云々の屁理屈を持ちだして国民運動を弾圧していく口実を作ろうとしているのではないだろうか。こんな風に私は勘ぐってしまう。

 私が国会前へ到着した時にはすでに鉄柵が決壊していた。私の眼前に拡がっていたのは、国民が本当に力をあわせて世論と運動を大きくしていくことで警察権力すら無力化させる状況だった。ある意味、強力(Gewalt)が警察権力の横暴を打ち砕いたと言えよう。とはいえ、人を殺傷するなどの暴力行為は行われず、あくまでも言論を前提とした行動があっただけだ。そのために、警察は手出しできなかった。

 集団的自衛権行使は、自国が攻撃されていないにもかかわらず軍事同盟をテコにしながら武力行使することを意味する。また、軍事同盟は、仮想敵国を「創造」して武力を背景に他国を威嚇することそのものである。従って、戦争をしないことを国是として定め、さらには軍隊を棄てることを決めた日本国憲法に真っ向から反する。先制攻撃を含むアメリカの世界戦略に武力行使を前提とした形で自衛隊が組み込まれれば、日本は再び侵略国家になる。

 憲法に反し、日本と世界の平和に脅威だけをもたらす戦争法案は、廃案あるのみである。安倍自公政権が戦争法案強行採決しようものならば、来年(2016年)の参議院選挙において自民党と公明党に破滅的な打撃を与えてやる。

※ここで使っている「強力」(Gewakt)は、政治を動かす様々な力の総称を表す概念として使っている。「強力」を武装蜂起を意味する概念ではないことをご理解いただきたい。


平和を歌うRAP

2015年08月17日 00時38分39秒 | 戦争のない世界をめざす

 日本共産党の佐々木憲昭前衆議院議員のツイッターで知ったのだが、西山あさみ名古屋市議会議員が平和への想いをRAPに乗せている。

 安倍自公政権が戦争国家とファシズムへ日本を貶めようとしている現在の日本社会において私達一人ひとりが声を上げることが大切である。そういうわけで西山あさみ名古屋市議会議員の動画を当ブログへ貼り付けた。


原爆投下から70年目

2015年08月06日 23時23分41秒 | 戦争のない世界をめざす

 本日は、広島に原爆が透過されてからちょうど70年目である。安倍自公政権による戦争法案強行を企んでいるもとで、これを阻止するための闘いがつばぜり合いの様相を呈している。太平洋戦争敗戦及び原爆投下後70年目の年において戦争国家づくりをめざす勢力と平和的な国家をめざす勢力との攻防がかつてない激しさを示している。

 このような状況下で私は朝と夜と平和的生存権阻止のための行動に参加した。

 毎週のことと言えばそれまでだが、木曜日の朝7時30分から8時30分にかけて日本共産党のセバタ勇区議会議員と地元の党員・後援会員がJR総武線平井駅北口駅頭にて宣伝行動を行っている。

 日本共産党は、1922年7月15日の党結成から現在に至るまで一貫して平和と民主主義の実現へむけて活動してきた。自民党の前身政党のように大政翼賛会へ合流して侵略戦争をすすめてきた政党と違って日本共産党は、非合法性党として弾圧を受けても、これに屈せずに平和と民主主義の旗を掲げ続けてきた。これは、たんに日本の近代史における出来事というにとどまらず現在の政党状況に反映している。国政においても地方政治においても平和と民主主義の実現と福祉の増進に最も一貫した態度をとっているのが日本共産党である。他の政党は、国民・住民の要求を一定程度反映した行動をするものの常に動揺して一貫性に欠けている。このようなことを考えれば、日本共産党と他党の状況の対比が戦前からの根深い歴史的背景に根ざしていることが分かるだろう。

 夜に私は、国会議事堂前で行われている戦争法案反対行動に参加した。朝の平井駅北口における駅頭宣伝と違って夜に参加した行動は戦争法案に反対する個人、労働組合、その他様々な市民団体が思想信条の違いなどを超えて集まって行動して成り立っている。

 戦争法案反対国会前木曜行動の主催者の発表によると参加者は約3,000名とのことである。

 2014年7月の集団的自衛権行使容認閣議決定を具体化するために安倍自公政権は安保関連法案、いわゆる戦争法案の制定をゴリ押ししようとしている。日本国憲法は日本国民と世界の諸国民には平和的に生きる権利(平和的生存権)があることを明らかにして、これをふまえて第9条で国際紛争解決の手段として武力を行使することを放棄して、陸海空軍といった常備軍を棄てることを明記している。更に、踏み込んで日本国憲法第9条は国家としての交戦権を否認している。従って、急迫不正の主権侵害を受けた時のやむを得ない反撃はともかくとして軍事同盟をてこにして武力によって他国を威嚇しながら時には戦争を始めるようなことは、明白たる憲法違反である。集団的自衛権行使は、国際紛争を武力で解決しようとする行為そのものであって違憲である。もし、集団的自衛権行使を必要だと考えても、安倍自公政権が強行制定しようとしている安保関連法案(戦争法案)は、現在の憲法に照らして違憲であるという一点で反対するべきしろものである。

 自民党の武藤貴也衆議院議員がSEALDsの若者が戦争法案反対行動に際するスピーチで「戦争へ行きたくない」という旨のコールをしていることに対して利己的個人主義だと誹謗中傷している。このようなことをする政治的教養の下劣さには、私は並行する。

 戦争へ兵士として行けば、必然的に人を殺すことになる。国家と国家との関係において敵軍に属する兵士一人ひとりには人生があって家族、恋人、友人などがいる。戦争へ行って敵軍兵士といえども人を殺せば、殺した相手の人生を奪うだけではなくて、その周辺の人々の人生を大きく狂わせていくことになる。もし、出兵した先で、誤射・誤爆に起因するものであるにしても無辜の民を殺してしまったらどうだろうか。殺された人々の人生が根源的に失われる。そして、人を殺してしまった兵士一人ひとりの心には多大な傷が残ってしまい、やはり兵士本人だけではなくて周辺の人々の人生を大きく狂わせていくことになる。だから、SEALDsの若者などがコールで掲げる「戦争へ行きたくない」は、たんに自分が死にたくないというだけにとどまらず、他者の人生を奪ったり狂わせたくないというメッセージが込められている。この程度のことすら理解できない、理解しようともしないバカどもが戦争法案反対行動をする人々に対して「利己主義的個人主義」云々と誹謗中傷しているのである。

 安倍自公政権が強行制定しようとしている戦争法案は、我々の平和的生存権を根源から脅かすものである。ここで言う、平和的生存権とは、理不尽な殺戮に加担しないという権利が当然に含まれている。戦争法案強行制定によって自衛隊員が海外出兵させられて武力行使をすることになれば、現場の自衛官だけではなくて我々の平和的生存権が破壊される。

 日本を再び侵略国家にしないために戦争法案を廃案に追い込むための運動を盛り上げていこう!

 来年の参議院選挙では、戦争法案制定に加担した政党と個人を民主的な方法によってズタズタにしていこう!


武力行使と一体の戦闘機給油

2015年07月02日 16時44分08秒 | 戦争のない世界をめざす

 日本共産党の本村伸子衆議院議員が2015年6月30日の衆議院安保法制特別委員会で航空自衛隊小牧基地に配備されている空中空輸機が戦争法案で日本の防衛と関係ないことで爆撃に向かう米軍機に給油することを憲法違反だと追求した。これに対して外相は答弁不能に陥った。

 当たり前のことを言うようで恐縮だが、どんなに優秀な戦闘機でも燃料と弾薬が尽きてしまえばただの鉄くずだ。燃料がなければ航空機は飛ばない。さらに戦闘機の空中空輸は、着陸と離陸に際する時間と燃料を節約することにつながるから戦闘効率を上げるのに有用である。だから本村伸子衆議院議員が空中空輸を武力行使(戦闘行為)と一体であり、違憲だと追求した。元に先頭が行われていない離れた場所で燃料補給するから云々は国際社会においても通用するわけがない。

 結局は、防衛相も外相も戦闘機に対する空中給油について何故武力行使ではないから合憲だとまともに答えられなかった。憲法に基づいて考えれば考える程、集団的自衛権行使のための戦争法案(安保法案)が違憲立法であり、廃案以外にないということが分かる。

 権力者の恣意的な解釈で憲法を捻じ曲げることは法の支配と立憲政治の根本否定であり一切容認出来ない。違憲という時点で戦争法案(安保法案)は、廃案しなければならない。


武力行使と一体の戦闘機給油

2015年07月02日 16時44分08秒 | 戦争のない世界をめざす

 日本共産党の本村伸子衆議院議員が2015年6月30日の衆議院安保法制特別委員会で航空自衛隊小牧基地に配備されている空中空輸機が戦争法案で日本の防衛と関係ないことで爆撃に向かう米軍機に給油することを憲法違反だと追求した。これに対して外相は答弁不能に陥った。

 当たり前のことを言うようで恐縮だが、どんなに優秀な戦闘機でも燃料と弾薬が尽きてしまえばただの鉄くずだ。燃料がなければ航空機は飛ばない。さらに戦闘機の空中空輸は、着陸と離陸に際する時間と燃料を節約することにつながるから戦闘効率を上げるのに有用である。だから本村伸子衆議院議員が空中空輸を武力行使(戦闘行為)と一体であり、違憲だと追求した。元に先頭が行われていない離れた場所で燃料補給するから云々は国際社会においても通用するわけがない。

 結局は、防衛相も外相も戦闘機に対する空中給油について何故武力行使ではないから合憲だとまともに答えられなかった。憲法に基づいて考えれば考える程、集団的自衛権行使のための戦争法案(安保法案)が違憲立法であり、廃案以外にないということが分かる。

 権力者の恣意的な解釈で憲法を捻じ曲げることは法の支配と立憲政治の根本否定であり一切容認出来ない。違憲という時点で戦争法案(安保法案)は、廃案しなければならない。


ストップ戦争法案 権力者のペテンに騙されるな!

2015年06月04日 14時21分11秒 | 戦争のない世界をめざす

 2015年5月31日に埼玉県における集会で元自衛隊員の泥憲和氏が考え方の違い、宗教の違いなどを超えて戦争を許さないことを訴えていた。戦争ボケより平和ボケのほうが100倍マシだと泥憲和氏は明確に述べていた。

 集会で泥憲和氏が言っていたように、権力者にとって戦争は自分たちに幸せをもたらす。だが、私たちは戦争で幸せにはならない。権力者が振りまくペテンに騙されてはいけない。