気の向くままに

終着はいつ、どこでもいい 気の向くままに書き記す

生きているだけで出世できるのはやはり…

2016-02-24 18:08:42 | 日記

 五感の中でも味覚で察する季節ほど、旬を逃して心残りなものはない。とりわけ滋味に富む冬の食材は、舌の肥やしになる。舌鼓は打てるときに打っておきたいが、不作や不漁の知らせだけはどうにもならない。

 ▼富山湾名産の寒ブリは、あまりの不漁に旬を告げることもできなかったようである。氷見漁協はこの冬、ブランドとして売り出す「ひみ寒ブリ」の開始宣言を断念した。不漁の理由は定かでない。能登半島沖の海水温が高く、富山湾に立ち寄るはずのブリが素通りしてしまった、との説が有力という。

 ▼〈いなだまでなりあがりたるわかなごの出世はみえた御奉公ぶり〉と狂歌にある。「若魚子」と書くワカナゴはブリの幼魚で、40~60センチに成長すればイナダと呼ばれる。奉公先での真面目な仕事ぶりに、出世魚の前途を重ねている。

 ▼江戸時代のブリは、出世した後も改名に忙しかったらしい。富山湾で水揚げされた「越中ブリ」は、牛馬の背に揺られて飛騨高山に行き「飛騨ブリ」を名乗った。さらに野麦峠を越えて松本に運ばれ「松本ブリ」に名を改めている。

 ▼十数年前のサラリーマン川柳に、〈ブリはいい!生きてるだけで出世する〉とあった。古今を問わず縁起物としての変わらぬ人気ぶりは、出世魚の面目躍如であろう。名産地の富山が忘れかけた頃に、「お久しブリ」と豊漁に沸くようでは寂し過ぎる。次の冬こそは、と海の神様に念押ししておく。

 ▼暖気から転じて、厳しい寒気に覆われた2月も出口が近い。伊豆半島では早咲きの河津桜が見頃という。この冬、不漁ではなく懐具合の寒さゆえに味わい尽くせなかった、海山の幸を思い連ねてみる。フグにアンコウ、ボタン鍋…。季節とは、舌に未練を残して去るものらしい。

【産経抄】 2016.2.21