月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

腹腔鏡下子宮全摘出手術、前日。ある素敵な女性と出会った

2012-06-18 05:26:38 | 腹腔鏡下 子宮全摘術


6月18日月曜日 午前5時

いよいよ今日は手術の日。

昨日の昼間にみたあの人はどうしてるのかしら、と思った。

前日(6月17日)、胸のざわつきをどうしてもおさえきれず
「大阪中央病病院」1階にあるソファーに座って本を読みたくなって、エレベーターを降りていき、しばらくくつろいで本を読んだ後トイレに行って帰ったら
さっきまで私がいたソファーに一人の女性が静かに座っていた。

今週の金曜日(3日前)に手術したばかり、担当医が偶然にも佐伯愛先生という。

「本当のしんどさって、私の場合にはね。
ベットから初めて起き上がる時に、一瞬吐き気をもよおした時だけだったよ。
やっぱり、子どもを生んでいる女性は強いなあ、といわれたわ」

その女性は、手術の翌日の朝、看護士さんが来るのを
体育座りしながら待っていたというから、ほんとうに驚かれた、という。


6月15日の金曜日に手術をして、
日曜日にはこうやってごく普通におしゃべりを愉しめるなんて奇跡じゃないだろうか。
見た目の第一印象というのは、大切だな、と本当に感じる。
柔らかな話し方、笑みいっぱいの眼差し、落ち着いた口調。
人は話し方ひとつで、相手まで穏やかにしてしまうんだなと感動した。
40代を過ぎると人柄は表に出る。
顔に声に、眼差しに現れるのである。

満面の笑みをうかべて、手術に関しての詳細を
昔事のように、他人事のように
飄々と話してくれた。



眠れない夜に。手術までの回想。

2012-06-18 01:00:00 | 腹腔鏡下 子宮全摘術


あれからどうしても眠れないので、
明日の手術にいたる回想を、記しておこうと思う。
この記事が、同じ婦人科系の疾患をもつ人にとって、
なんらかの役にたってくれたら、うれしいのだけど…。


私が子宮筋腫という響きに、はじめて遭遇したのは、
17年前に娘を出産した時のことでした。

妊娠10カ月目に早産の兆候を患い、
宝塚市立病院の○熊先生による診断は
「グレープフルーツ大の子宮筋腫があります。
出来れば帝王切開で赤ちゃんと筋腫の両方を摘出しましょう」。

しかし、結果的にはその後、主治医が替わり、その方の方針で自然分娩にて出産することとなりました。

すぐ1カ月後に、子宮筋腫の経過をみてもらったのですが、
当時の診察結果では
「赤ちゃんが出たら筋腫が収縮したのか、どこに筋腫があるのか今のところよくわからない」とのこと。

私は、腑に落ちないながらもちょっと安心して、

それから、なんと15年以上の歳月が流れていきました。
なんの自覚症状もないままに時が過ぎて、一昨年秋。
子宮や婦人科系の検査のみ、後回しにしてきたのでそろそろ調べてみようと、
豊中のクリニックを訪れると、

なんと子宮筋腫が「8センチ大」
周囲に20コ以上の筋腫がとりまいている、という情況でした。


おまけに、貧血をしていて、ヘモグロビンの数値は8以下
すぐに子宮全摘出手術をするように、と女医の先生には勧められました。

私は、この頃、コピーライターの仕事も立て込んでおり、
体調もそれほど悪いと思わなかったので、
どうしても先生の言葉に素直に行動することができず、何ヶ月も随分と悩みました。

それで、「フェロミア」という鉄剤を飲みながら、
体質改善に向かうサプリ(ハッピーファミリーのエクセレントスーパーハーブ・
アスタを仕事先の人に教えてもらって)を併用。玄米食生活を中心に、
冷え摂り改善の食生活、5本指ソックス、レギンス
を年中はいて、ウォーキングやヨガも欠かさず、
子宮筋腫と付き合いながら共生・共存を誓い、
なんとか折り合いをつけて、数年、過ごしてきたのです。



やがて血液検査の結果も安定し、
体力も回復してきました。

それでも毎月の定期検診では、
子宮全摘出を決断できない私に対して、クリニックの先生たちは口を揃えて
「なぜ決断できない。できるだけ早く摘出するのが望ましいのに。
いつまでものばしていたら、更年期がきてもホルモン療法ができない」
というような言葉を毎回のように…。
話されました。

そして今年の年始早々、夜中に嘔吐し、
39度の高熱が出て、宝塚市立病院へ。

悪性貧血がまたもや、今度はかなり進行していて、ヘモグロビンは8…。
そういわれてみると、仕事をして、階段を上ったり、歩くのも息がきれるほどで。

「消化器から出血している可能性もある。ガンかもしれないし、
念のために検査したほうがいい」と内科の先生は指摘。

 
そこで、大阪中央病院へ予約の電話。
しかし、回答は「以前も一度受診していただきましたが
手術を希望されない方は私どもの病院では予約をおとりすることができません。
良性筋腫の方で手術をされない方は…」。要するに心を決めてこないと診てくれないということでした。


そして、以前からお世話になっていた先生はカルテから目を離さないまま言ったのでした。

「うちはもういいいわ。うん、もういい!女性ホルモンをストップする治療・注射も
あなたいやだといってたでしょう?もうじゃあ、することない!もううちは卒業して。
本当は日○病院でばっさり切るのが一番早いしスッキリするのにねえ。決心がつかないんだから。

○○病院というのもね、
腹腔鏡下出術の工場みたいなところよ…。
あなたがそれでもいいというのなら、紹介状は書きますよ。
どこを選ぶかはご本人の意志ですから。でも、もううちは卒業して」と
いきなり病院ジプシー状態に。
大阪中央病院、日○病院、○○クリニックと
そこかしこと、診察を拒否されるというのは、私にとってはたいそう不安で、ショックなことでした。
私が8センチ以上の筋腫をもちながら、
共生し、折り合いをつけて過ごしているというのは、
それほど自分勝手で、常識を逸脱している状況なのか、と心底悩み、自分自身の弱さを悔やみました。




そして、考えに考え、調べた末にたどりついたのが大阪中央病院だったのです。
京都の「伊藤病院」の院長先生のブログがヒントで、
その何年もの、患者の悩みと相談に対する記事を毎日のように読むにつれ、
できればその先生が信頼をおいていらっしゃる「大阪中央病院」か「伊藤病院」で
手術をしてほしい、という気持ちが募ってきたのでした。

大阪中央病院の川○先生は、初診の折にも、しっかりとした口調でこう答えてくれました。

「なんの自覚症状もないのに手術を決断できないのは、当たり前のことだと思いますよ。
そういう時は絶対に手術はしないほうがいい。
なぜかって、それはまだあなたが、その時ではないから。
もし、仮にそんな情況で手術をなさってもきっと後悔されるでしょう」

なぜ?と聞いた私に、
「辛いことが一つでもあれば、ほらやっぱりしなきゃあ良かったと
どうしても思ってしまうからなのです。
患者さんが、今貧血で悩みどうにか現状を打破したいと思っていらっしゃる。
その時こそがタイミングです。
手術は最適のタイミングに1発で決めることが一番肝心なのです」。


これまで、沢山のドクターにいわれたことがあたまに浮かびながらも、
川又先生のおっしゃる言葉に強く心引きつけられる自分がいました。

そして4月、婦人科のMRI
中津済生会にて、大腸内視鏡・胃ガン検査をして、貧血の原因を全て探り
「子宮全摘出」手術日(腹腔鏡下手術)を決め、
女性ホルモンを完全ストップする注射が3カ月進められ、
そして、いよいよ明日、に至るわけなのです。


今思えば、手術を決断できなかったのは何が原因だったのでしょうか。
自分の臓器を失うことへの不安。
そして失ったことを機に、自分の身体や心の中が変わってしまうことの不安。
現在の自分に置かれた状況、体調も含めてある程度満足していて、
今よりもし悪く合併症や、体の不具合、更年期症状などが現れたら、辛い。
現状維持なら十分耐えられる。女性の中枢である「子宮」を失うことで、
感受性が鈍くなってしまうのではないか、仕事はこれまでどおり続けていけるのか、
体力的にはどうか、施術後更年期症状が出て、老化が加速してしまうのではないか、
はてしもない不安の渦に苛まれどうにも抗うことができずにいました。

でも抗うばかりではなく、
今自分にきている流れのままに、自然にゆっくりと流されてみる、
これもいいのかもしれない。

そして、今回の手術を機に、何かを確実につかみとりたい!
子宮を失ってまで、私がやりたかったのはなんだろう、ということを
ちゃんと見極めたい、大切な入院生活がはじまったわけです。

さあ、明日はいよいよ!です。

支離滅裂な新規でのブログで
整理できない心中をお察しください。

お休みなさい。
















偶然でなく、それは必然なのだ。

2012-06-17 20:52:28 | 腹腔鏡下 子宮全摘術



明日が手術だと思うと、夜になって
突然におちつかなくなる。
人は明日で、いよいよ寿命だと告げられたら
その前日の夜にはどんな風に過ごすんだろう。

音楽にはずいぶんと助けられた。
耳を集中させると、
心も音に集中して恐怖がなくなる、
これはMRI(大阪中央病院)の入る前に
陽気なハワイアンの、DJに紛れて
意識を音楽の世界に向けられた時に
分かった感覚だった。
無機質なたたくように打つ金属音の響きよりも、アメリカのDJの話し声と音楽のほうばかりを
私の耳は選びとっていた。

以来、病室ではずっと音楽を聴いている。
手術室にいても、イヤホンを聴くことができればいいのに。

明日は自分がなされるままに
無になれるのかどうか、
神経をあちらこちらに
走らせることなく、
自然のままの姿に戻って
自分自身を差し出したい。


感謝とともに、
私が私らしくありますように。

今日は曇り空

2012-06-16 17:50:47 | 腹腔鏡下 子宮全摘術

今日は午前中、
手術の説明と検温、脈拍などの基礎の身体的計測があり、午後から仕事をしようと資料を広げたところで

訪問者、あり。大学の時の友達が訪ねてくれた。

「もう近くまで来ているんだけど…」。

学生時代の身軽な感覚に、どんどんもどっていく。

1時半頃に来てくれて、
5時までノンストップで話し、
それでもまだ、別れる時
このまま、一緒に食事に行けなくて
惜しいとおもったくらい。
なぜなの、ここは西梅田のど真ん中、ハーブスプラザやブリーゼ・ブリーゼもすぐ近くだというのに。ああ、
悔しいな。

外出禁止の身なので、1階にある売店まで降りて、ハーゲンダッツのアイスをふたつ買って
12階の食堂にて食べる。


彼女は、2年ほど夫の仕事の関係で上海に暮らしていて、高層ビルが立ち並ぶ
近代的な街の写真やら、赤と龍がやたらと主張する中華料理屋の店内やら、
家族で写っている写真をたくさん見せてくれた。
「日本は小さな国だよ。島国だ。
外国人(ここでは中国人)は、自分の成長のため、
すごく努力しているよ。
もっと、ストイックに生きてるよ。野望に燃えてるっていう感じなのかな、
私も、国際的視点にたって何かに
挑戦したいと、思うようになったよ。
このまま時を刻んでおばさんになるまえにハワイにでも永住して、自立して暮らしたいな」

と話してくれたのが印象的だった。
空は、今日も曇りだ。
雨がぱらついているらしいが、
外界の、音が遮断されている快適な病院のなかで暮らしているので、

灰色の空が見えるだけ。

だんだんとこの環境が当たり前に思えて、
病院というより、
滞在させてもらっているという気になる。

順応性というか、心地よい錯覚に
ずいぶんと助けられている。

ドナドナのうた

2012-06-15 20:49:47 | 腹腔鏡下 子宮全摘術


ようやく落ち着いた気がする。
窓から見えるのは空中庭園、新梅田研修センターのネオンサイン、
大阪の夜景はオレンジの灯が多い。

大阪駅の構内からのびている何本もの路線、
電車の「ガタゴト」「ガタゴト」という音が一晩中、眠るまで聞こえている。



病院につく前は、「ドナドナの唄」がアタマの中に
鳴り響いていた。
人間から動物にかえられてしまうような
妙な錯覚があって。頼りない気持ちになったのはどうしてだろう。

なんで仔牛ー、
真っ暗な荷台に乗せられた仔牛の、濡れそぼった真っ黒な瞳、
枯れ草が湿ったムッとする臭い。陰気で重たい雲が被さってくるグレーの空、が頭を過ぎる。

大阪中央病院、12階。個室「412号室」。

1時半に入院して、麻酔科の先生の説明と
後は夕方、担当医師が顔を見に来てくださる。

佐伯愛先生です。
ショートカットで、ノーメイク。
やさしい表情で
少年のような、クールなオーラだった。
誠実な受け答えと、まっすぐな瞳で、
こちらをみてくださるので
いっぺんで信頼を置いた。
おそらく、少しだけ低くて静かな物言いが、
たまらなく好きだ。

「ええ、…はい、いいでしょう」と毅然とした語り口。



今日と明日はほとんど用がない。

贅沢にじかんだけは、
たっぷりとある。

持ってきた本を読んで、
昨日iPhoneにいれた音楽を聴いて
文章を書いて、
時々ニュースやドラマを見て過ごしてみよう。

それとも、ふだんしたくても出来なかったことだけをして、過ごしてみようか。

出産以来の小さな修行の旅のようだ。


大阪中央病院へ いよいよ

2012-06-15 09:54:10 | 腹腔鏡下 子宮全摘術
今日15日金曜日~25日月曜日まで
大阪中央病院にて、手術&入院、



旅立つ心境と似ているけれど、ちょっとだけ違う。
新しく生まれ変わりにいく、
そんな不思議な、これまで味わったことのない心持ちでもある。
自分リセットといえば、いい響き。
そう、そんな心持ちで出掛けよう!

腹腔鏡下子宮全摘出手術。

いよいよ、です。

また報告いたします。