月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

コミュニケーションは大事か行動が先か

2020-07-31 22:48:00 | コロナ禍日記 2020




 

 

 6月6日(土曜日)晴れ

 

 昨晩、夕食のあとに「台北ストーリー」という映画をみた。80年代半ばの台湾・台北を舞台に、過去のことが心に引っ掛かっている男と未来を夢見る女のすれ違いを映す。

 

エドワード・ヤン監督作!映画『台北ストーリー』予告編

 

 日本のあの混沌として、突っ張って生きることが美学とすら思えていた陰鬱な時代。ファッションやカルチャーが台湾も日本もよく似ていた。カラオケバーなどで集まってはくだらないことで笑い合って、人間が抱えている澱や空虚さを吐き出す。他人と寄り添いながら、なお寂しい人たち。この時代は小説もそういうものが多く、今読んでも惹かれるものがある。

 

 映画のラストの展開に目が離せなかった。結婚というかたちで、いきる道を模索した女性、「考えさせてくれないか」と女をおいて、出ていき、その女のまわりをうろつくチンピラみたいな男とけんかをやりあい、ふりきったと思ったら、最後に刺されてしまう男。路上で刃物を突き刺されたまま、死んでいく姿をあわれにも俯瞰でみせられ、自分の人生の振り返りを悲しく回想するーー。こんな風にやり残したまま、果てるように死んでいくのかあっけない、と思いながら息絶えていく姿に。どこか焦るわたしがいた。

 7時に起きてヨガ、瞑想。

 

 昨日の余韻をひきづっていたのか。朝、起きたら、いろいろ昨晩までの仕事のことや友人関係などの思うところを、手書きでノートに書きつけていて、それについての思うところや、なぜだろう? ということを勝手にしゃべっていた。

 パパさんは、受け止めて、うん、うんとうなずきながら、シャワーを浴びにいく。誰もいなくなったあと、自分で考えてみる。ふとパパさんが何をいいたいのか、考えたのか、わかってしまったのだ。

 

 風呂からでてきた相手に、こう思っているでしょ?と聞くと。そのとおり、だという。「すごい聞かなくてもあなたの意見がわかるのね」とわたし。

「暇なんやな。あれこれそんな余分なことを考える時間があったら。今、目の前でとりくんでいる中身のことを真剣に思考したらどうや」といわれる。あぁきっとそういわれると思うことをまたしてもいわれた。「議論や意見交換は不毛で、言葉にしたらそれで満足してしまうのが君だ。あぁだこうだいう前にとっとと、やれ!手を動かせ!」というのがあの人の心理。会社から帰宅して不機嫌な時には「口ばかり動かしてしゃべりすぎるやつのいうことは信用できない。嫌いだ」と日常茶飯事からぼやいているから。

 

 じゃあ。なぜわたしは話してしまうのだろう、相手に理解してほしいというより、自分でものいいながら確認したいのかもしれない。間違っていないよねと。それともどうにも話しておきたいのか。パパさんは少しストレオタイプすぎるが、きっと物言わず黙々とやる人なんだろうと思う(ま、地域の行事でもよく働くから)。

 

 

 お昼ごはんは、ほうれん草と卵のチャーハン。オニオンスープ。

 

 午後から机にむかうも、もやもらと不完全燃焼のよう。突然、大雨のなか、水蒸気がたちのぼる山と青や緑や紫のあじさいの咲く光景が浮かんできた。おそらく神戸森林公園あたり。想像力には助けられる。

 

 青森のりんごジュースを冷蔵庫からだしてきて、思い切って開封した。

あぁ、昨年、青森を旅した時に買い求めたりんごのにおいとみずみずしさ。おいしい。思わず、奥入瀬渓流ホテルがいま、宿泊できる状況などだろうか、と考えて検索した。

 いきなり、4時間くらい缶詰で原稿を書く。森のなかのあじさいと、青森のりんごジュースが救ってくれた。

 夕食は、しゃぶしゃぶ。(ししとう、しいたけをあぶってポン酢をかけったもの。お味噌汁。フルーツにりんご、すもも。

 15分くらいテレビをみたあと、1ヶ月前の日記をさーっと見直して原稿に。

 お風呂にはいって本を読み、1時半に就寝。

 

 


午前3時にご用心

2020-07-29 22:27:00 | コロナ禍日記 2020
 

 



 

 ある日。

6月3日(水曜日)晴

 

 朝8時に起きる。昨晩、パパさんがしくしくと鼻をすすって泣いている声で目覚めてしまい、もしやと胸に手をあて、自分がよくないことをしてしまったのじゃあないかと、思いめぐらす。昨晩の些細なことが思い出されてきて、隣のベッドから寝息が聞こえてきたころには、すっかり目がさえてしまい、リビングで水を飲み、寝室に置きっぱなしになっていたパソコンを移動させ、このまま起きてしまおうかと時計をみたら、まだ3時だった。

 3時という時間は不思議。よく昔、夜中にできない原稿をもったままソファに横になって、ハッと目覚めるのが大概が3時。3時半から朝まで書き始めると、びっくりするほどすらすらっと書けてしまうのがこの時間。深夜とも早朝とも違う、別次元の時空が流れている気がした。起きて机の前に座っているが、なにを始めてみる気になれなくて、ソファにごろんとなってぽーっと回想のひととき。格言めいたことを思いつく。ベランダから空をあおぐ、もう4時頃だろうか。鳥が鳴き始めた。あまりに気持ちよくて、鳥の声をBGMに、しらぬ間にソファで眠ってしまった。

 

 きょうは、パパさんはスーツ姿だ。プロポーザルのプレゼンへ行くのだという。全く知らなかった。先晩のすすり泣きの理由をたずねるが全く意識ないという。やはり!

 

 わたしは起き抜けの頭で、ジュンパラヒリさんの「セクシー」という短編を読む。体にじわじわと浸食されていくような言葉の置き方。

 ブラック珈琲をいれる。さらさらという音がすると思ったら、外階段を掃いているよう。掃除のおじさんが箒でレンガタイルをサーサーと擦る音だ。涼しげ。こういうのを朝の贅沢というのだとおもいながら、心地よく読書していたら、結構な時間になっていて、あさってまでの締め切りの原稿にかかる。

 

 お昼は、ひとりなので冷たいおそばで。ネギ、ブロッコリースプラウト、みょうがなどをいれて、固めのところをスルスルッと口に吸い込むと、さっぱりして喉ごしもいい。野菜もたくさんとれる。

 

 6時まで仕事。足腰をのばすため、簡単なスクワットをして、散歩へ。帰宅して、ヌワラエリアにレモングラスの乾燥した茎をもみしだいて加える。チョコレート2粒。タンニンが疲れた頭をすっきりさせる。湿っぽい梅雨時期にぴったりのお茶に。

 

 夕ご飯には、鯖の塩焼きと蒸し野菜料理(4品、カリフラワーにんじん、空豆、じゃがいも)。納豆。

 

 夜。プリンターの調子が悪く、原稿がうまくひきこまれず、何度やり直してもうまくいかなくて、イライラ。仕事道具が破綻しかけると、こちらの調子まで最悪指数を示し始める。

 パパさん帰宅。プロポーザルが終わって、飲み会帰り。無理を承知でお願いしてみてもらった「いや、わからんから。無理やから」と拒否される。両手にパソコンを抱えて眼前までもっていってパソコンの蓋をあけてみせる。

「どうせ、ホコリが原因でローラーがまわらないだけやて」といいながらしぶしぶ、中をあけて点検、基本的なところを1つ1つ確認しながら掃除をしてもらった。ふっふっと息をふきかけたり、綿棒と雑巾で部品やローラーをふいたり……あぁ額に汗が出ている。かわいそうに、と同情した。15分後。祈るような気持ちで電源をオン。何度も行き帰りをした末に、ローラーが回り出したようで8枚の原稿を全て排出してくれた。

 おそくなって2時就寝。

 

 

 

 

 


 仕事場=遊び場で考える

2020-07-26 22:54:18 | コロナ禍日記 2020

 

 

 

6月2日(火曜日)晴れ

 

 朝7時に起きる。朝食には紅茶とバナナ、甘夏。ナッツ。

 

 4月上旬以来の、一人の仕事場=遊び場がもどってきた。朝からお風呂に入り、ゆったりと手足をのばしてシャワーを浴び、小説を読む。あがって、ヨガをしてから瞑想20分。ぼっーと考え事。それを紙に書き出して、ようやく仕事にかかる。開放感を感じ、誰の目も気にしない自由を味わった。

 ZOOMでの次号の打ち合わせ。切り替えて長めの原稿にかかる。(原稿2500文字)

 

 4時。郵便局に手紙と請求書を出し、コンビニで支払いをし、車で5分のケーキやさんへ。朝注文していたスイーツ「タルト・リュバーブ」と「リュバーブのジャム」を受け取りにいく。

 

 

 BS「美の壺」日本の避暑地スペシャルにて、リュバーブのジャムが紹介されているのをみて以来、憧れの食材。

クリーム色のタルトの下に敷きつめられた、ガーネットのような光る赤。クリィーミーなヨーグルト仕立てのクッキー生地をほおばったら、こぼれる青リンゴのような新鮮で酸っぱい甘さ、リュバーブならではの香りだ。初夏にぴったりのスイーツ!甘いものは、体にはよくないが心の栄養源だ。

 

 

 月刊雑誌の記事をざっと最後まで書いた。

 

 夜ごはんは、丹波の山の芋のオムレツ、サワラのムニエル、野菜サラダ、水ナス。

 AM1時に就寝。

 

 

 


くじら飛行機を見ながら

2020-07-25 23:24:00 | コロナ禍日記 2020

 

ある日  <5月31日(日曜日)>

 

 午前から2時半まで月刊雑誌の原稿のためテープ起こしと資料収集。

 

 お昼はタケノコご飯。小松菜に、にんにく、しょうがをいれて、ちりめんじゃこをいれた炒め物。お味噌汁。水ナスのおつけものがおいしい。

 

 夕方。パパさんと買い物へ行き、コーヒーが切れていたので、ヒロ珈琲の伊丹いながわ店まで足をのばしてみた。河原の堤防をこえたら、伊丹空港とあって、横目にみて車をはしらせると、翼を休ませた飛行機が何機も並んでいる。コロナ前の日常なら、頭上を赤い翼や、青い翼が過ぎていくはずなのに、一機もみない。

 ここは、お世話になった広告代理店のクリエイティブディレクターK氏が偏愛する店で本人曰く、「伊丹のホテルカリフォルニア」と名付けた店

(エアフロントオアシス下河原の郡行橋対岸)。

 クリーム色の外壁に、白枠の窓。オリーブの木をモチーフにしたイラストが目印だ。気になったのが、駐車場の上階(2階)テラス席。屋根のある席と、屋根のないオープン席がある。



 

 ブラジル郊外にある建物をイメージしたとされるカフェで、最近ではちょっとない雰囲気。ブラジルにいったことがない私には、黒人のマスターでも現れそうな重たい空気を感じた。

 1階には珈琲焙煎工房、ケーキや、珈琲豆を販売するショップ。幅の広い木の階段をあがると2階で、2つの部屋にわかれる。ソーシャルデスタンスを保ために、席は1席ごとに空席がはさんでいて、人は少ない。が、ゆったりとしたソファや木のイスが置かれた空間が、いかにも寛げそう。ワイルド、そうビッグ。全てにゆとりをもって設計されている。





 案内されたのは、テラス席がみえる革張りのイス席。2シート。ここで、トランジット(講談社)の雑誌を読む。(パパさんはネットでニュース)

エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト海沿岸からの景色や手仕事を紹介していて、非常に興味深い。特にリトアニアでは、松田沙織さん(・LT shopオーナー下記)のリトアニアへの旅の追憶がかかれていて、雑貨の可愛さもさることながら、センスのよい文章に想いが溢れていた。今度、東京でぜひ訪れよう。







 珈琲は、キリマンジェロだった。窓外には雨がふりそうな雲の下、オープンのテラス席でのんでいた2組のカップル。風雨をよけながら、それでもしつこく珈琲をのんでいた。なんか、いいな。

 

 コーヒーを買って帰り、車に乗り込む時に遂に来た!ゴーゴー、ゴー!!すさまじいエンジン音。頭上、約10メートルに鉄の塊が。真っ白なクジラのような腹が、頭上を過ぎていく。手を高くあげて伸ばしたら、届きそうな距離に思えた。

 

 帰宅後。夕食には、はもの梅ジャムづけ、たけのこの若菜煮、コロッケ、鳥の肝を炊いたもの、サラダ、味噌汁。

 深夜まで仕事。

 

文中のリトアニアの雑貨店

 


ひとりの贅沢、自由な風に

2020-07-24 23:56:28 | コロナ禍日記 2020

 

ある日   5月30日(土曜日)晴れ

 

 昨晩は、1時半まで日記を書いていたので、目覚めは8時。昨晩のニュースで夏日だといっていたが、そのとおりの暑い一日。

 朝食には、珈琲とバナナ、冷蔵庫に保存していた先日のスコーンを、オーブンで温め直した。クロテッドクリームと自家製ブルーベリーのジャムをのせて、バクバク食べる。



 

 パパさんは、午前中に歯医者へ。午後からは、仕事をした博物館が閉館するとかで学芸員さんのところへ挨拶に出かけていった。

「一人にさせてあげるから、存分に紅茶をのんで、お風呂でも入って、好きなことをして過ごしてくださいね」といって出かけた。

 

 外からの風が葉をさわさわ揺さぶる波音が耳の奥まで、きれいに伝わってくる。

 てっぺんかけたかの鳴き声や、電車の行き過ぎる音が聞こえる。テレビをつけていると、自然なモノの気配や空気の流れ、外の生活音などが、デジタル音声でかき消されてしまい、こんな風には入ってこない。

 だから、いま、気持ちがゆったりする。

 小中学校時代は、テレビは週のうち1、2本しかみせってもらえなかった(厳しい母だった)。高校はカトリック系の女子寮で、テレビは談話室にあり、夜7時半〜9時に限られていた。進学クラス専攻で個室だったわたしは、4階から1階におりていくのも面倒なので、よほど見たい番組しか、見てこなかったというのも、大いに関係があるのだろう。不自由は感じなかった。その分、音楽も聴いたし、本も読み、友とも語り合った。もちろん好きなテレビ番組は毎週同じものをみた。

 この日仕事はOFF。プライベートなものを書く。

 紅茶に岩茶に、ハーゲンダッツのバニラに、みつ豆に、お八つを満喫し、ソファにごろっとなって、たっぷり色々なものを読んだ。Twitterや、note、Instagram、資料の本、気になるBlogそして短編1本。小川洋子さん、金井美恵子さんの文章にも、ふれた。



 

 5時。パパさんが帰る。おみやには、三宮一貫楼の「豚まん」。丹波篠山 岩茶房ことりの鳳凰単欉をいれて、ダイニングテーブルで食べる。これが、わたしの日常である。肉汁が手もとまで垂れてくるほどに、濃厚でおいしい、

 

 夕方から散歩15分。家の周囲、植栽や家々の窓をみて歩く。

夜ごはんは、ベトナム風春巻き、サーモンのムニエルとサラダ、オニオンスープ。

 

9時。吉田修一氏原作のNHK土曜劇場「路~台湾エキスプレス」を観る。

いい女はいつの時代も、自分の心に正直にいきる。人が人を愛おしく思うこと。台湾愛あふれるよいドラマだった。素敵な物語をみせられた後は、いつもの部屋が違ってみえた。視角の領域(みえている世界)が少しだけ広がったように感じた。

  

夜。お風呂の中で読書。寝室の窓からいい夜風が入る。てっぺんかけたか、がまた鳴いた。

12時。就寝。

 

 

 


緊急事態宣言から3日後の関空

2020-07-22 21:50:00 | コロナ禍日記 2020

 

5月28日(木曜日)

 

朝7時半時におきる。


珈琲をいれて飲み、そのまま車に乗り込む。11時の関西国際空港の便で、Nが東京に帰るので送迎するためである。

 

ちょうど20日前。同じように関空にNを送迎した。

あの時の私たちと、いま、どう変わっている? 気持ちは? 自分の仕事内容は? みえる景色はどう違う? と思いながら。車の後部座席から、流れていく高層ビル群をみていた。晴天で、雲が少なく、夏のような空が広がっていた。「ちょうど昨年の今ごろ、飛行機で北海道に行ったね」などと話しながら。

 

家から小さな魔法瓶にいれた薄めのコーヒーを持ってきていたので、それらを飲みながら、自分の強みとはなんだろう。10年後、自分に対する需要などそもそもあるんだろうか、とか漠然と、淡々と考えていた。 

時代も環境も社会自体も、変わるのだ。その時々で猛ダッシュしていくのがいい。

 

朝11時の関西国際空港。

 










20日前は、深い眠りに就いている空港の中を歩いているような気がしたけれど。きょうは、これ。テロでも遭った直後のようにあらゆる人が抜き取られた空港の「いま」 。観光客やビジネス客はもとより、働いている人すらいない。

 

「緊急事態宣言」解除から3日後。いったい何日すれば、人が日常が、旅が戻ってくるのだろう。この廃墟の空間に。夢をみせられているようだった。

あまりよくない恐い夢を。私たちは、とんでもない歴史の惨事に立ち合っている、と感じた。

 

帰宅後。お昼ごはん。肉じゃがと、ししゃものやいたん、グリーンサラダ(ゆで卵付き)をつくって、パパさんとふたりで、もさもさと食事をする。

 

気が抜けたようである。のびのび、お気楽になったようでもある。

Nも成長し、25歳。もうわたしの背中をおいかけてばかりいる、小さい頃のNではない。少し、気を遣って子供のふりをしてくれてはいるが、時々感じるさすような視線のなかに、母としての、女としての器を見定められている気がして、窮屈な緊張のなかにいた一時もあった。一番わかり合え、分かち合える存在として頼もしくもあった。

 

5時。リビングがテレビで騒がしいので寝室のドレッサーの上で原稿を書く。

 

夕ごはんは、たけのこごはん、さばの塩焼き、お味噌汁。山椒煮(こぶ入り)。デザートには、甘夏。


「清明堂」さんの、草餅。指でもってパクリ、一口サイズ。やわい餅にヨモギの味。餡がほどよい甘さでこっくりとしている。

 






 

 

 

 

 


研究家・内田真美さんの英国スコーンでティータイム

2020-07-19 23:33:14 | コロナ禍日記 2020

 

あの日、あの時間。  5月27日(水曜日)

 

 7時半に起きる。5時半に目覚めておきようとしたけれど、「睡眠がいちばん。免疫力を上げるには一番は睡眠というでしょ。がんばって早起きしても、一日中眠かったら、能力あがらないのよ」と昨晩にNが力説していたので最もだと思い、こうして最低7時間、理想は8時間の睡眠を確保する。

 午前中、依頼原稿に手をつけ、あっという間にお昼。

きょうは、アジのフライ、いちご入りのサラダ。タケノコの煮付け。お味噌汁。

 

 午後2時。先週のリベンジで、スコーンづくりをした。NHKグレーテルのかまどで紹介していた料理研究家の内田真美さん直伝の朝吹真理子(作家)さんの本に登場するスコーン!

 

(作り方)

 

①フードプロセッサーに小麦粉、バター、グラニュー糖、塩、ベーキングパウダーを入れ、全体が黄色っぽくなるまで混ぜる。

 

②溶いた卵と牛乳、プレーンヨーグルトを加え、一部粉気が残る程度にフードプロセッサーで混ぜる。

 

③作業台に出し、粉気が無くなるまでまとめ、手で潰すように4cmほどの厚さに伸ばす。練ってしまうと膨らみにくくなるので、生地をまとめる程度で止める。

 

 

④抜型で抜き、はけで表面に牛乳を塗り、オーブン用の紙をしいた天板に並べる。

⑤190℃のオーブンで20分ほど焼く。

 

(クリームづくり)

★クロテッドクリームとサワークリームをよく混ぜ、そこに液体の生クリームを溶きのばすように入れ、程よい固さになるまでよくまぜる。

 

 よい匂いがしてきたところで、クロテッドクリームとキウイジャム、ブルーベリージャムを用意してスタンバイ。紅茶も、ディンブラとダージリンの2種用意した。紅茶茶碗は、フォートナム&メイソン。ポットはレギーナ・アルテールさん(スイスの陶芸家)

 





 

 スコーンをふたつに割ると、「赤ちゃんのにおい」とまではいかなったけれど、今回は小麦粉に全粒粉を混ぜたので、癖がなくて、素直な味のスコーンができあがり。ここに、クロテッドクリームとブルージャムをたっぷりのせて、紅茶を何杯でもお代わりした。スコーン自体がシンプルなので、ジャムや紅茶のおいしさが引き立つ。2個ペロリ、である。

 

 夕方から、Nの部屋にある2つのクローゼット(私物部屋)なかを断捨離した。

 わたしの、パパさんの、そしてNの。過去にみていたものなど。あれもこれも、放り出していたもの、蓄積していたもののパワーで疲労困憊した。普段、Nは東京にいて不在なので、クローゼットは、魔の匂い。

 もの、もの、ものが固まりとなって、集団化した威力は脅威だ。古い雑誌や過去の仕事の印刷、ぺらぺらのフィルムや写真、書類、ゲームなど。多いのは紙ばかり。

 

 ふと。Nがどこへ行ったのかと探していると自室にこもり、ものすごい集中でなにか読んでいる。私が数十年前に、パパさん宛に書いていた手紙を発見し、一心不乱に目を皿のようにして字を追っていた。焦って取り返す、「いいやん」と押し問答。書かれている内容より、あの頃の文章力と構成のまずさが気になった。ああ、文才など元々なかったのだ。


 Nは感慨深げ。わたしは、うなだれた気持ちのまま、過去のじかんをまた机の中にしまいこむ。気持ちいい初夏の夜風を顔に感じながら、黒ビニールに10袋を往復して、捨てにいった。

 

夕ご飯は、すき焼き。山の芋のすりながし。生野菜サラダ。ししゃも。

 

 9時。Nとともに外に飛び出して全速力で50メートル走る。家のまわりを散歩。どこからか、澄んだ空気の中にジャスミンの色濃い香りが流れてきて、思わず立ち止まって2回ほど花びらに鼻をちかづける。違う。ピンクの薄い小さな花なのに。周りからのお花の香りが邪魔して、いろいろ合わさった複雑な香りになってしまう。ジャスミン、急にどこから香ってきたのか。。。。夜の湿気に似合う花だ。

 お風呂で本を読み、1時に就寝。

 

 

 

 


丹波篠山「澤藤」さんの箱寿司

2020-07-18 23:54:00 | コロナ禍日記 2020

 

ある日。  5月26日(火曜日)晴

 

 朝7時に起きる。瞑想20分。きょうの瞑想には、みのり苑の「沈香」の線香を焚いた。

 気持ちを落ちつけて原稿にむかおうとするも「きょうは4時から会議なので、篠山に野菜を買いにいく日でしょ」とパパさんから即され、切りのよいところで片づけて、準備。

 朝食には、グリーンサラダ。果物にはマンゴー、バナナ。トーストとコーヒーで。

 10時に出発し、途中、セブン-イレブンでコーヒーラテを買い、ジャパンでマスクや消毒シートを買う。丹波篠山のJA味土里館へ。フルーツと野菜がメーン。

たけのこ、実山椒、小松菜、レタス、サンチュ、空豆、えんどう、きぬさや、原木しいたけなど、多々。篠山牛のきりおとし、薄切り肉、5分づきのお米……。

 

 篠山市内にたちよって「清明堂」さんで、草餅をかう。4回チャレンジして売り切れだったので、一体いつになれば買えるのだろうとため息を諦めていた。今朝は11時半。午前中なら買えるだろう。

 「ありますよ。あとこれだけ」とみせてもらった。和菓子をいれる黄色いプラスチックケースが5箱みえるが、最後の箱。あと30個くらい。あとこれだけ……!

 おじいちゃんが、アルミのはさみで和菓子を持ち上げ、緑色の包みにいれてくれる。恐れ多くも8個買う。1個140円である。ああ、草餅。楽しみでたまらない。



 


 

 このあと、Nとパパさんは茅葺き屋根の古民家で自然薯のそばをたべさせてくれると看板をみて知り、そこでお昼をとろうと目論んでいるようだった。

 賛成のつもりだったが、ふとみると、以前、友人3人で立ち寄ったことがある〝押し寿司〟が名物の「澤藤」さんがみえて、思わずストップ!ここしよ!と強くいってしまい、パパさんは不機嫌ながら、車をとめた。まずい空気が流れ、「蕎麦でもいいのよ」と言い直したがあとの始末。仏頂面を吊り下げた面々でそちらへ向かう。

 

 室内は、よく掃除がとどいて清潔な店内だ。

 

「いらっしゃいませ」の声が、きれいに聞こえた。やわらかい物腰の地のおばさんの接客である。

 

 箱寿司と巻きずしのセット。鯖寿司。吸い物、赤出汁をオーダー。

 しばし待つ。5分ほどで供されようとしている寿司の色と上品な酢の香りに、思わずごくりを唾をのんだ、と思う。それほど見た目にもおいしそうで、これはと期待が高鳴った。

 

 穴子と鯛。卵と鱒ます 新鮮で下処理の丁寧に施された魚も活がよくやわらかく。素材のうまみをぎゅっと、ほんわりと仕上げた素朴な押し寿司。

 寿司飯にだしをたしている、と思われるが、より魚と米の味をうまく引き出している、と思う。よかった。これは気に入った。鯖寿司の酢加減、鯖の脂のりも上々だ。昆布で締めてあるのだろう、臭みもなく、体のおちつく、よい昼食となった。コロナで外食自粛中に、食べられたことが、心にしみた。





 

 麻のれんをでると、雨がふりだした。入店前とは大違いで私たち3人は満足し、頬を緩ませつつ、小走りに車に乗り込んだ。

 

 帰宅後。仕事を1時間半。

 

 夕ご飯には、きゃべつと丹波篠山の山の芋をまぜて、お好み焼きにした。普段は、おたふくソースだが、この日は高級千房のソースで。(パパさんの接待のおみやげ品)。鹿児島の豚バラ肉、干しエビ、こんにゃくなども、いれた。外はカリッと香ばしく焼き上がり、中はもっちり粘りがある。強い山芋の香り。お代わり!の声に、追加で1人2枚、するするっとお腹に消えた。



 

 夜。仕事を2時間だけして、1時40分に就寝。

 

 

 

 

 


若松英輔さん「声の贈り物」に耳を澄ます

2020-07-15 23:55:00 | コロナ禍日記 2020
 
 


 

 あの時、あの時間。 5月24日(日曜日)

 

 朝9時に起きる。シャワーをあびて、体を目覚めさせ、白湯をのみながら本を読む。気持ちいい午前中。レースのカーテン越しに風がはいってきて、ベランダのハーブやオリーブ、バラなどを、ちろちろ揺らしている。自然は休んでいない。人がわからない小さな風でも気付けばそれは揺れているのだ。

 朝食には、ミルクティーを選び、アメリカンチェリー、イカリブランドのフィナンシェを。眠くてなにもする気になれなかったが本を読むと、頭がすっきりとしてきた。

 

 10時。Nが起き出してきて、中学時代の友人たちと「おいでよ、どうぶつの森」で通信をしている。みるように即され、一生懸命にみていた。「みんなの島を訪問するの。今みたいに暇じゃなきゃあ、できないけれど自分の価値観が出ていておもしろいよ」という。確かに、のめり込むほど創造の島である。

 

 パパさんにも朝食を用意した。

 ヴィラの周辺の木々を風が揺らし、夏の海岸で波の音をきいている心地になる。すずめに連れられて、尻尾だけ藍色の鳥がベランダへ飛んできてうれしそうに話をしていた。

 

 午後。買い出しに出かけるために車にのりこむが、慣れない後部座席でふりまわされたせいか、気分が悪くなり、まるまっていた。本当は篠山まで行く予定が、近くのイカリスーパーだけで買い物して、電気屋さんや、ホームセンターまでもつき合わずに、私だけ家におくりとどけられることになる。

 

 帰宅後。ホッと群から脱出した気持ち。ベッドに横になりながら、若松英輔さんの「声の贈り物」というネットラジオを聞く。

「うまくかけない、と悩むことはあまり意味がないんですね。登山をするため、山へのぼろうとして麓にいる。ただそれだけのことです。すでにうまくなるための過程、気にすることはありません」

「書くこと。読むことは呼吸のようなものですね。ぜひ詩を書いてください。そうすると深く、詩を読めるようになります。大事なのは、うまく書こうなどと思わないことです。うまく書こうとすれば、あなたの尊敬する、好きな詩人の真似をし、似たものを書くことにつながる場合が多い。人の真似をして書いても、こりゃ書かないほうがマシ。意味がないわけです。あなたしか書けないものを、あなたが書くから意味があるんです」

 

 心に深く入りこむ、若松さんの叙情的な話し方。気分がマシになってきた。

 

 7時。Nとパパさんが帰宅。

 


 

 先日。篠山で買ってきた実山椒の佃煮をつくろうとして、水に放ち、手できれいに洗って5分だけゆでた、独特の山々しい匂い。つーんと鼻にくるクサッとした辛さ。一口かじってみたら、うわっ舌にじーん。生きたパンチのある辛さだ。2時間アクだし。それからNとパパさんにひとつひとつ実山椒の実を枝からはずして、ざるに入れてもらった。プチプチ、指先のところで摘む。寝る前、冷蔵庫、冷凍庫用にわけて、入れよう。

 

晩ご飯はしようが焼き、サラダ、小松菜とあげのたいたん、生春巻き、お味噌汁。グラスビールも。

 

 夜。9時。三日月が私たちのほうをみている。湿った風をうけて、なわとびをし、ボール投げをした、Nとわたしで。

 これから初夏、夏へと近づくにつれ、夜風がだんだん気持ちよくなるのだ。 

11時半に就寝。

 


淡路島でゆらり湯浴み。寿司処「新月」に

2020-07-13 15:05:15 | コロナ禍日記 2020

 

ある日。5月23日(土曜日)

 

 朝7時に起きる。TSUTAYAにDVDを返却。快晴。真夏のような暑さだ!

 この日。淡路島へむかって出発した。

 

 明石海峡大橋にむかって左右に首をふると、凪がおだやかな鏡のような海が広がっている。太陽の光が鏡面に反射してまぶしい。思わず、「写真をとっておいて!」と前に乗車しているNに即し、青さの奥に渦をみつけようとする。

 



 

  一昨年の同じ頃(年号が令和になった日)パパさんと訪れた「ホテルニューアワジ」に、Nをつれてきた。

 がらんとした館内に人はぽつぽつ。インフィニティプールのように、海の水平線と空が一体になった、お風呂「天宮の雫」へ。



 

 空はどこまでも水色に染められている。首から上だけ出して、海を横ぎっていく白い船をみた。むこうにみえる堤防では魚釣りをしている人が等間隔にいて、釣れたのか釣れたないのかわからないが、ぼんやり初夏の釣りをたのしんでいる。お父さんと息子、カップル、家族づれなど。足元にはバケツを置き、横並びで人がいて、湯の中から釣り景色をみている。

 ひねもす、のたり。という空気感。

 展望風呂をでて、石の外階段を裸足の足でぺたぺたおりていくと、狭い岩風呂になっていて、海岸沿い、でこぼこの岩陰と近い目線の中で、湯浴み。敷地内に源泉の湧くミネラル分がたっぷりのにごり湯“古茂江温泉”(古式源泉)は、どひょんと重い褐色湯だった。

 

 お風呂からあがって、マスクをつけたままホテルのまわりや、海そばを散歩した。風が爽やかに海沿いからせりあがってくる。釣り堀りまでいって、なにが釣れるのかをみる。小さな、キラッとした青い背をひるがえして泳ぐ魚だ。昼すぎなので、あまり釣れないようだ。お! ジェットエンジンの音が。しばらくすると観光客を5組ほど乗せたホテル専用の遊覧船がやってきた。全てが素晴らしく、白々しくもあり、現実に浮いているような感覚なのだった。 

 



 

 喉が乾いたので、入口近くのラウンジへ行く。ここは、海がよく見えてゆっくりとできていい。Nは、クリームソーダー、私は淡路牛の生乳をつかったパフェをオーダーし、ひと休み。

 






 ラウンジでも客の和はたったの2組。海がのぞめるソファに横並びになって、少し話し、それから黙って絵本を読んだ。

「スーホーの白い馬」。マーガレットワイズブラウンの「おやすみなさいの本」、「かもさんおとおり」。3冊とも読めたらNにまわし、普段なら携帯をいじっているのに絵本の物語を味わっていた。時間にして30分ほど。静かで良い時間。どれも良い内容の生きている幸せとかなしみを語っていた。

 

 夕食には少し早い。もう一度、今度は大きな浴槽がある半露天の風呂に入る。「くにうみの湯」だ。青々とした松陰から、海の波音がする。目をつぶって初夏の大海を心に、もう一度、湯浴みをした。

 

夕食には、寿司処「新月」にいく。すぐそばに、洲本八幡神社と厳島神社が並んであったので家族で、境内の前で手を合わせて、新型コロナの終息を祈願した。

 寿司処は、満席にちかい混み合いようで、カウンターもほぼいっぱい。予約をしていたので座敷(個室)に通してくれた。

 冷酒といきたいところを、パパさんは運転なので我慢してビールで。まず、地魚の盛り合わせ。あなご、うに、あわび、地たこ、はまち、さわら、とり貝、キス、サザエなど。追加で、いくら、うに、サワラ、キス、いわし、うなぎ、サザエなど旬の魚を、次々注文。

大将曰く「ここは地元でとれた魚しかつかっていない」と胸を張る。

 

 特筆すべきは、由良産のウニだ。保存料などミョウバンを使わないので、新鮮で口に含むや潮の甘さがつきあげる。サワラも身がしまっているのに、こんなにやさしい味。久しぶりの旬の魚。こういう時間も、後で貴重な思い出になると想いながら。

 







 

 帰宅すると、もう8時半。

今朝の分をとりかえすために原稿を1時間半まで書く。

 寝室にいくが、Nとじゃれ合っていて2時頃に「おやすみ」手をふって布団に入る。なんだか興奮のためにか眠れず。3時半まで起き、朦朧としてきたのは何時か。久々の外出の一日だった。

 

 


黄色いテニスボールを追いかけていた

2020-07-11 23:13:36 | コロナ禍日記 2020
 
 

ある日。5月22日(金曜日)

 きょうはテンションが低い。昨晩はNと筋トレ大会をしてジャレあっていて、その後、2時まで本をよんでいて、4時に目がパチッとあいてそのまま起きようとしたけれど、結局はベッドへ戻ってきて二度寝をしたので睡眠不足。一日中、眠い。

 

 7時に起きて、日光金谷ホテルのトーストと珈琲で朝食。

10時。Nとパパさんがかかりつけの歯医者に。その間、海外文学の短編小説を1本読む。

 本に感化され、コラムを1本つくる。

 

 お昼ごはんは、さわらの塩焼き、おみそ汁、ほうれん草と玉子の炒め物、

 

 2時半。外で運動をしましょう!というNの提案。家から5分のガゼボ広場に行き、黄色い硬球のテニスボールとラケットを持参し、Nが壁打ちをするのを隣にたってみる。犬のようにボールにくらいついていってラケットにあて、壁からはねかえってくるのを打ち返す。いつまでも飽きずに、球に夢中で繰り返す。隣ではNと同世代の男の子が、サッカーボールを蹴っては壁にあてて、遊んでいる。男の子はこちらの親子を若干意識しているようで、格好いいシュートを決めたらチラリと私達をみる。

 小学校組の男の子たちは、マスコットゲームみたいなことをしている。コロナ感染など、ない頃のようだ。

 一度、Nが大きくふりかぶったところで、コンクリートの壁を飛びこえて、遊具のある公園のなかにはいってしまい、階段をあがって上の公園へ。草茫々の中にとりにいく。沢山の子供たちにまじって母親たちがおしゃべりに講じていた。テニスラケットをかついで、サークルに通っていたあの頃のNを思い出していた。

 

帰宅後。ティータイム。ウーフのアッサムティーでミルクティーに。

 薄切りトーストをホットサンド風にして、アサコ・イワヤナギさんのジャムをつけていただく。キウイの甘酸っぱさに、タイムの草っぽい香りがミックスされて、ふつうのジャムとは、ほんの少しだけ違う。上品だ。

 

 夕食はジンギスカンにした。家族全員、ラム肉ファンだ。鉄板の上に、ラム、もやし、ネギ、ニラ、タマネギなど野菜をふんだんにいれた。

 

 夕食後。8時。レンタルビデオとして、「存在のない子どもたち」「リヴァプール最後の恋」を借りてきていたので、部屋を真っ暗にしてソファに座って、お菓子まで準備。ついでにワインも。





 いざ!とオンエアしたのに、家族の集う団らんタイムにはどうも合わなかったようで、3分の1のところでNもパパさんも散らばってしまった。2本とも受けなかったのだ。おまけに「暗すぎるテーマね」「好きな映画は偏りすぎたものが多いよ」など、非難をうける。よい映画なのに。ゆっくり今度一人でみよう。

 

 12時。ひとりお風呂へ入り、1時に就寝。

 

 

 

 


香りの花園でピクニック

2020-07-11 00:05:00 | コロナ禍日記 2020

 

ある日。(5月21日(木曜日)

 

 7時に起きる。ムジカのヌワラエリアをのみながら、ジュンパ・ラヒリさんの本を読んでいた。パパさんが起きだして、朝のミーティングを開始。私は短編小説の中にいたので、しばらく顔をあげることができない。切りのいいところで、阪急百貨店で求めた日光金谷ホテルのロイヤルブレッドをこんがり焼く。このトーストは密度があり重みがあると気づく。横浜の珈琲、ゆで卵、サラダでホテル風の朝食を意識してつくる。

 

 インターネットにつないで、仕事のやりとり。ゴミを出して、神棚にごはんと米、水をいつものように供して、仕事部屋で瞑想。そのままこもる。

 

 Nが起き出してきたので、再びトーストを焼き、同じ朝食を食べさせ、そこで少し話す。

「スコーンも食べたい」と要望。一昨日にこしらえた内田真美さんレシピのスコーンにクロテッドクリームをたっぷりつけて、手作りのブルーベリージャム、夏みかんジャムで楽しむ。粉も爽やかな素朴な英国風スコーン。

 

 4時まで仕事をした。

 台所のほうから、ガチャガチャと音がする。引き出しをあけたり、冷蔵庫をあけたり閉めたり。どうやらお弁当をつくっていると思われる。が、ノイズキャンセリング中なので、沈黙して原稿を書いていた。

 

「もう限界。はやくいかないと真っ暗になっちゃうよ!」とNが仕事部屋の中まで飛び込んできて、パソコンのキーボードを打つ私の手の肘を捕まえられた。

 

 荒牧バラ公園に到着したのは、4時40分を過ぎていた。

 公園には20人くらい人がいて、思い思い公園散策を楽しんでいる。芝生広場で、野球をしている人、ダンスを踊る若者。母と娘。バラはいま真っ盛り!



 







 

 赤いバラ、黄色いバラ、オレンジとピンクのバラ。

 モニュメント棟がたっているところを拠点に花の海を見下ろす。迷路のように、バラの花びらの世界に潜りこんでかくれんぼうができる。

 Nが小学校の頃に訪れたことがあるものの、記憶はすっかり薄れており、はじめて訪れた場所のよう。

 

 公園広場から階段状になった芝生公園で、ピクニック弁当をひろげる。丹精込めて手づくりしたNも誇らしげ。卵焼き、からあげ、肉だんご、小松菜のシーフード炒め、おにぎり2種。いなりずし。飲み物にはルイボスティー、デザートには、タピオカ入りマサラチャイをつくってくれていた。ストローも持参していて配る。

 ズズーっと吸うと大粒のタピオカに届き、くちゃくちゃと噛む。

 



 

 頭上を、飛行機が1機、2機と通過していくのをゴーっと音がするたびに見上げながら、遠くに近くに、種々の薔薇をみて食べるお弁当の満足のいくこと。人の作ってくれたものを頂くありがたさ。

 Nは一年に3度はこうしたピクニックをするという。家の近所の公園で、内外の名所・パークで。


 立ち上がると、公園内を散策。新芽の生えそろったグリーンと薔薇の香りに包まれて家族皆でポートレート撮影会。

 タイムレス、グランドアモーレ、花露、と名称の名札を読み上げては、香りを嗅ぎ、品種見物する。黄色と白のバラに特に心奪われた。上階には、ヨーロッパの公園のような場所も。香りの花園だ。毎日でも来たい!パパさんとふたりでは味わえない、ギュッと濃い時間だ。





 

 

 夕ごはんは、2種類のそばを食べ比べ。長芋と大根おろし、しょうが、わさび、のり、みょうが、ねぎ、大葉などを用意して、好きな風に食べてもらう。

  

 食後。カンブリア宮殿をみる。

 巣ごもり生活が続く中、兵庫芦屋にある食のセレクトショップ「グランドフードホール」の岩城紀子社長がゲスト。食品添加物を使わない、安心で日本一おいしいと思ったものを目利き。





  岩城社長は、以前働いていた添加物を扱う食肉加工の工場長「妻にはうちの商品は買わせない」という言葉に衝撃うけ、安心・安全な食を届ける担い手になりたいと決意したという。百貨店バイヤーとして、次いで食のクリエイティブディレクターを兼任し、スマイルサークル、グランドフードホールの代表に就く。

  「おいしいのは当然だが、原材料をまずみる。自分たちがたべたい商品にスポットをあてる」

 「消費は投票!」

「わたしたちの体はたべものでつくられている」

「1食たりとも、おいしくないものは食べたくない」とする姿勢に共感した。

 娘を産んでからというもの、添加物をできるだけ廃し、加工食品には気を配り、貪欲に、純粋なおいしさを求めてきた。

 

 5年前、食のコラムで、グランドフードホールの「ハニーローストナッツ」を取材させてもらった日のことを思い出す。近いうちに、再来したいグラホ!

 深夜1時。お風呂にはいって就寝。

 

 

 


おいしいものをたんとお食べなさい

2020-07-08 17:31:25 | コロナ禍日記 2020

 

5月19日(火曜日)

 

 朝6時におきる。ベランダへ出てヨガ、続いて瞑想20分。

 朝食の後、午前中は仕事部屋にいる。

 

 午後から、買い出しのために、地元のイカリスーパーと宝塚阪急をはしご。陽子ちゃんに台湾の本「わたしの台南」(一青妙)「安閑園の食卓」(辛永清)「美麗島紀行」(乃南アサ)の3冊を返す際に、おいしそうなおもたせを渡したくて、あれこれ探した。

 彼女は年に2、3度は台湾へ旅をしていて、そのたびに現地で食べたおいしかったものを、ほんの少しずつ袋に詰めてくれるので、私も普段、日常で買ってみておいしかったものを、と思い、ヴェインキの板チョコや寒天がコリッとした、イカリメイドのみつ豆、オリーブオイルなどを考えていた。

 すると、Nが「もらった人はどう思うかしら、中途半端よね。箱入りにして、包装紙を解いた時にワーッとテンションが上がるモノにしないと、失礼じゃないかしら」という。

 

「なるほど。たとえばどんなもの?」

「焼き菓子なら、クッキーやフィナンシェの詰め合わせとか、いいんじゃない」

 

 フィナンシェの類はアンリシャルンパンティエなら問題ない。けれど、スイーツ好きでおいしい店のものを食べ慣れている彼女の好みとなれば、かなりハードルが高くなるだろう。

 神戸や大阪まで足を延ばすならいざしらず、地元のおいしいものとなればまたこれが難しい。しかれど、Nのいうのも一理はある。ご近所マダムに、私のご当地偏愛品を詰め合わせしても、押し売りになるかも。

「難しく考えないでイカリスーパーの売れ筋ギフトにしたら」、と軽くいなすNの言葉に従い、フィナンシェの焼き菓子セット12個入を購入。う〜ん。どこか納得がいかない。芸がないように思える。20代のNと違って、ミセスのおもたせといえば、センスとマインドが表れるのである。

 結局。阪急百貨店に立ち寄ってもらい、京都みやげなどを物色。

 N「あ、これ葉山のおいしいクッキー。リスさんといったらこれね。巴裡小川軒のレイズン・ウィッチ、定番だね〜」などと物色しながら歓声を漏らしている。食いしん坊の彼女自身、おもたせを選ぶことが好きなのだ。

 

 京都・三十三間堂の七條甘春堂さんが来ていたので、あんみつを2個購入。珍しいチーズケーキプディング(食べたことはない)、フィナンシェなどを混ぜて包んでもらった。今いち納得がいかないが、まぁ近場の店で選ぶのだから仕方ないか。

 最初の店とで、2パターンのおもたせを準備したことになる。

 

 帰宅後。私がスペアリブをぐつぐつと煮込んでいる最中、Nがキッチンに横並びでやってきて、NHKグレーテルのかまどで紹介されていた料理研究家の内田真美さんの直伝レシピ「朝吹真理子さんのスコーン」をつくる。

 粉ふるったものを冷蔵庫で20分ほど寝かして冷たくし、小麦粉にバターなどを加えて、フードプロレッサーに入れ、パンを捏ねるように大きな音でごとごとと粉の塊を飛び跳ねさせながら、スコーンのタネを回していた。

 

 私はといえば、おいしそうな洋菓子のスコーンに脂臭いにおいがついたらと、心配でたまらないけれど、自称「飯炊き女」としては、淡々と今日の晩ご飯をこしらえるのだ。

 しょうがとニンニクを炒めて、香りがでたら、肉をいれて炒める。ころあいをみて酒(焼酎や泡盛でも可)、砂糖、しょうゆ(半カップ)、お酢、チリパウダー、鷹の爪少々をいれて40分ほど煮込めば出来上がり。つけあわせには、にんじんのグラッセ、蒸したカリフラワー。わかめとレタス、ラディッシュのサラダと、コーンスープまでこしらえた。

 



 

 ようやく焼き上がったスコーンを、キッチンの中で一口だけ味見。アツイ!粉の中にヨーグルトのような風味を感じた。まずまず、かな。「半分に割ると、ほわっと、あかちゃんのにおいがする」とテレビで表現していたので、それを今度こそ自分の目と鼻で確かめたい、とNがいっていた。

 

 ほどなく、晩ご飯の時間がやってきた。

 仲人さんの奥様から教わったレシピにベターホーム本でアレンジした、スパイシーで甘辛いスペアリブとサラダ、スープのディナーで満腹・満足。

 食後は、珈琲&紅茶をいれて、スコーンを一人一個ずつ食べる。

 あぁ、楽しい晩餐、よき食卓よ。コレステロールが心配だ。内臓脂肪が一日でものすごくついたのだろうと、不安が脳裏をよぎりながら。

 風呂にはいって深夜1時に就寝。

 

 


ASAKO IWAYANAGI PLUS アサコ ・イワヤナギ のおもたせ  

2020-07-05 20:02:13 | コロナ禍日記 2020

 

5月18日(月曜日)

 朝7時に起きる。

 パパさんが起き出しても、私はパソコンを開いていたので、「別の部屋でやるわ」と別室でテレビ会議を始めた。ほぉー! どうしてだろう。と思ったが、悠々した気分。リビングで母に電話をかける。

 

「最近、調子はどう?」

「まあまあね。やっぱり人はなにを食べるのか、重要ね。魚はいつもよくたべているんだけど、お肉嫌いだったでしょう? 少し食べてみるようになったら、元気が出てきたみたい」

「100歳を過ぎてもね、元気な人は赤身の上等なお肉をちょっとだけ食べているの。お肉は、全ての栄養素を補ってくれるともいうほど、バランスもとってもいいし、できたら野菜をたっぷり食べてね」

 

 母が元気と聞くと、私はやはりうれしい。よかった。

 

 お昼ごはんは、さわらの塩焼き、山ふきの煮物。大根おろしと釜揚げちりめん、胡麻油を使った小松菜のピーナッツ炒め。お味噌汁。

 2時半からのテレビ会議もパパさんは別室だ。すいすいとした気持ちになる。なにをしてもいい、自由度が広がる。本を読み、ネットをみて、パソコンをあけて、昨日書いたところまでの原稿チェックした。

 

 ハーゲンダッツのいちごトリュフをかじりながら、いま企画中のブックライティングのための資料を読む。途中。朝から曇り空で気温も低かったが、とうとう雨が落ちてきた。急いで、仕事部屋、リビング、寝室など窓を片っ端から締めてまわる。

 土曜日も一日雨だった。沖縄は梅雨入りをしたらしいし、今年はよく降る。雨の多い冷夏なのだろうか。雷が鳴る。天井の真上の空が割れていく音が聞こえる。大量の山水が放出されているだろう。泥水じゃないかと思うほど、土に激しく打ち付ける、凄い雨だ。湿度が高く、皮膚は冷たい。

 得意先の人から電話。「企画書を来週に持って打ち合わせにいってくる」ということで、すぐにパソコンの画面を切り替える。90分。大体まとまったところで、再び画面を切り替えて、先月の日記をwebにアップする。

 Nが1週間ぶりに再び帰省してくるので、パパさんは空港まで迎えにいくために、濡れてもいい短パンを履いていた。「行く?」といわれたが、企画書をまとめている最中だったので、「ううん……お願い」という。

 

 玄関を誰かがあけたと思ったら、大きく「ピンポン!」の呼び鈴がなり、Nが勢い込んではいってくる。「お、おかえり!」。

 スーパーに立ち寄ったらしく、スーツケースのほかに紙袋を2つ下げていた。

 「まだごはんつくっていないの?おなか減った」

 開口一番がこれだ。雨の日は集中しやすく、誰もいない部屋とは2カ月ぶりとばかり、ついつい粘って座っていたのだ。

 

 台所の床に置きっぱなしになっていたスーパーの袋をのぞくと、山口産のすずきの切り身が顔を出していた。

 「はいはい、あっという間におわるよ。15分でできますから」と宣言。

 35分かかった。

 きょうの夕ご飯は、すずきのムニエル(ローズマリーとタイムを小麦粉にまぜる)、奥出雲の舞茸と椎茸の炒め物。ふきのたいたん。カリフラワーとブロッコリーのサラダ。ベトナム風生春まき。特製オニオンスープ。赤のスパークリングワインで乾杯した。パパさんはレモンチューハイ。

 また賑やかな日常が戻ってきた。

 

 

 Nが「世田谷の等々力までわざわざ行って買い求めた」という。

 ASAKO IWAYANAGI PLUS (アサコ イワヤナギ プリュス)のコンフィチュール(キウイとタイム)、焼きたてのクッキー。アサコ・イワヤナギ。一度聞いたら忘れないきれいな響き。性・名、が一体となって、海外の人の名前を聞いているよう。清々しさと、品の良さが一体化している。強欲な印象がない。名は体を語るというが、朝のひとときが楽しみなおもたせだ。

今度こそ絶対に、グレーテルのかまどの朝吹真理子さんのスコーンつくりますから」 

 Nは私の眼を覗き込むように念押しした。

 

 

 

 


水蒸気に閉ざされた一日

2020-07-04 00:05:00 | コロナ禍日記 2020

 

ある日 5月16日(土曜日)大雨


(朝4時、家からの景観。水蒸気ではない)

  今朝は、ゆっくり8時間も寝た。起きたら9時。しかも雨で。山から水蒸気が濛々とあがり、部屋が霧のなかに閉じこめられていた。時間も世界も止まってしまったよう。

 どこからか、カジカが鳴く声が聞こえる。ふと脳裏に浮かび上がってきたのが、昨年同じ季節に、青森奥入瀬渓谷の星野リゾートの土産物コーナーで見つけた、琥珀の置物。時が、暗い黄の世界に閉じ込められていた。いま、山からの水蒸気に閉じ込められているのに、なぜ琥珀の閉塞感を思い出したのだろう。

 

 朝食のテーブルでコーヒーをのみながら、パンにバターを塗り、話す。

 「覚えてる? 昔。軽井沢の白樺が連立する間を走る1本道をずーっとドライブしたことあるでしょ。確か、西友に買い物に行く途中だったのよ。その時もやはりこんな小雨が霧みたいにふって、私たちは水蒸気のなかに閉じこめられていた。爽やかだった」

 「そうだったかな」

 「あのときは、ヤマギシと旦那様も一緒だった」

 「夜。ボーリングを楽しんでいる最中に、君はお腹がいたくなって途中で先にコテージに帰ったね。どこか行ってテンションが上がりすぎるときまってそうなる」

 「ふん。水蒸気のふる日はでも気持ちいいわ」

 「君の前世は両生類じゃないか。まるでカエルだ」

 私の仕事場のデスクには、翡翠色のカエルが黒々としたたれ目をピカピカ耀かせて、不思議そうにこちらをみている。

 

 あと半月もせずして梅雨がくる。中途半端な、こんな時間もいい。ゆっくり観察したり、考え事をしていてもまだ大丈夫だという気もする。ぐずぐずと迷い、後退しても、誰にも気づかれない気がする。(全くの思い過ごしだけれど)

 

 お昼ごはんは、ざるそばにした。薬味はねぎたっぷりとみょうが、わさび。

 

 午後。パパさんと並んでテレビをみていたが。意を決してNの部屋にパソコンを持ち込んで、押している原稿にかかる。

 「どうせ、まどろっこしい原稿になるのよ。ああ、いつになればパキッとした意志が強い原稿をシャシャっと書けるようになるかしら」

「書こうと思えば、すぐ書けるのさ。君は本当は書きたくないんだよ。原稿を手放したくなくて、うろうろしているふりをしているんだ」

 少し、憤慨し、部屋にこもる。(そんなことあろうはずがない。いつだって、ちゃんと真摯に取り組んでいる。まだまだ書きたいものだってあるのに)

 

 きょうは、雨ふりなので、カジカガエルがよく鳴く。ちょっと遅くまで仕事をした。

 

 7時。家の前を出て、雑木林と人の手が入らない茫々とした原生林の場所に出て、遊歩道にそって手すりがある暗がりの奥をのぞきながら歩く。ブナ、ツタ、シダがよく茂っている。足元には、秋ならどんぐりや、栗や木の実でいっぱいだが、いまは草と枯れ葉。ツツジが咲き始めた。

 

 夕食には、くじらのフライ、付け合わせの野菜。味噌汁。らっきょう。N不在の日は粗食にする。

 

 9時から吉田修一原作「路〜台湾エクスプレス」をみる。台湾新幹線の着工から開業までの巨大プロジェクトに、日本の商社マンや整備士、湾生の老人など日台の人々一人一人を巡るドラマ。



 

 波瑠さんの演技って素直でいい。台湾人の考える安全基準と日本の安全安心神話に相違があった。「哲学のちがいだから仕方ない。僕たちは台湾オリジナル新幹線つくりたい。日本が自分たちの技術に誇りをもつように我々も、我々のつくる新幹線に誇りを持ちたい」と台湾人からいわれる。

 「まっすぐ。どこまでも走り続くレールにあこがれる。僕たちは台湾の人に喜んでもらいたいだけなんだ」

 「わたしは、空にうかんでいる電線がすき」

 名台詞がちりばめられ、見どころいっぱいのドラマ。この作品は、吉田修一が台湾の土地と人に憧れて10年。台湾へのラブレターのつもりで描いたそうだ。

 

 夜11時半から、山蕗を炊いた。山蕗のあたまとしつぽを落とし、半分に切り、3分ゆでる。ふたをあけたら、むぅーとした山の野性味あふれるにおいに、くらくら。俄然、機嫌がよくなった。湯からあげて、皮をむいて、水をだして灰汁を取り、おだし、砂糖としょうゆ、塩、みりんで味付け。12時までに完成。

 お風呂に入り、1時半に就寝。