ヨーロッパの夜。ウィーンの気温は1〜3℃。夕刻、陽が沈む頃、風が舞い上がるので最も寒い。7時を過ぎたあたりから風が止まり、静かで、しっとりとした(湿気のある)時間が戻ってきた。
高い位置から吊り下がった黄金の流れ星をイメージさせるイルミネーション。クリスマスマーケットは日本のお祭りみたいに賑やかだろうと想像したが、シュテファン大聖堂の一帯は、塔の壁を彩ったブルーや赤色のライトアップが幻想的で、暖かく厳かな印象だった。
私たちは、朝のケルストナー通りを思い出しながら、夜の街をみて、インターコンチネンタルウィーンまでいい気分で歩く(15分)。どのウィンドウも美しいこと。ディープな世界はない。そこらじゅう、お伽の国のように洗練されていて美しい。
ホテルの自動ドアの扉を開く。
室内は温かく、一階ではピアノの生演奏が行われ、大人の紳士・淑女たちがグラスを傾けて、笑いあっている。パイプの煙、カクテル。お菓子の家のまわりで頬笑む人々。私たちは4階までエレベーターで上り、それぞれの部屋へ消える。
タスタブに湯をはっている最中、メールをチェックした。日本からの原稿依頼や午前中の訂正や「レイアウトをしてみたが、文字だらけなのでどうしたらよいか」などの問い合わせが数本きていた。日本の、わたしが居た場所から。
窓のむこうは、夜のとばり。イルミネーションの洪水。真向かいには白い電気をがんがんにつけたスケートリンクがあって、キャーキャーと声をあげなら男女や子どもたちがスケートを滑る。すごくピースフルな光景。ここは異国だ。お伽の国の続きを物語る。
耳を澄ましたら、スケート靴の銀色のブレードが「シュー!」「シューッ!」と氷を削る音が響いている。
わたしはひとり、窓の下に配置したソファに座った。ゲラの文字数をiPhoneでカウントし、ちょうど300文字を削る作業をする。一度削り終えたと思ったら、全然足りなくて、もっと大胆に削る。講演での取材中のその人の、穏やかな物言い…。場の雰囲気が、原稿を通して立ち上がる。たちまち日本の懐かしい気分だ。
1時間後。お風呂に本をもって入るが、結局、開くことなく日本のデザイナーとメールのやりとり(ウィーンと日本の時差は8時間)。お風呂からあがって、先程の原稿を再びチェックして送信した。布団にもぐりこむや、すぐさまストンと眠ってしまいそう。体が心地よく疲れているのだ。
窓の外は氷を照らす照明で明るく、スケート靴のブレードや氷を削る音が規則正しく響く。シューッ!シュー!銀色の固いブレードの氷にあたる音。削る音。
真夏の京都の甘味処で、かき氷を削る音をふと思い出した。